ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
ジム戦の翌日。スミレはショウガが動けないのを良いことに、兼ねてから考えていたことを実行に移そうとしていた。そこで来ていたのは、ヒワダタウンを出た先にあるウバメの森の一角だ。
「……ま、呼び出された理由は分かってるよね?ガルーラ」
そう、それはガルーラだ。キキョウジム戦でのガルーラの敗戦とその原因を考えれば、いつかはスミレ自身が向き合わなければならない問題だった。
「…………ルゥ」
「今のところ私は、迷ってる。……全然違う人に譲り渡すか、研究所に完全に譲渡してしまうか。だって私は、戦えないポケモンを戦場に出そうとは思わないから。そして、私の目的を果たす上で明確に役に立たないと判明したポケモンを今後も養っていくほど、裕福な訳でもない」
不安げな鳴き声をガルーラの子供は漏らし、ガルーラは神妙な表情を浮かべるが、対するスミレは冷たく言い放つ。
「……ルゥ!?ガルゥゥ」
ガルーラは実質的に捨てることを視野に入れているというスミレの言葉に、悲しげな鳴き声をあげる。
「嫌なら、せめてその子供は研究所に置いて行きなよ。そいつを守って戦えないなら、そもそも戦場に連れてくるべきじゃないでしょ……私達の戦いは、どうでも良いものじゃない。ジム戦は私自身の人生を左右する、でもそれはまだ良い。負けたって、また鍛え直して挑めば良いから。でも問題は、ロケット団やポケモンハンターとのバトル。そんな負けられないバトルで戦場に連れてきた子供を庇って負けるなんてされたら困るんだよ。……貴女は見てないけど、この前ここでランスとバトルした時も、私達の背後には沢山の命があった。ゲンガーが踏ん張ってくれたからやっと守れた、キクコさんが来てくれたからやっと守れたけど、ゲンガーがあっさり負けていれば、キクコさんが間に合わなければ失った命もきっとあった。私だって、殺されてた。……アイツは、敵を殺せる時には殺すような奴だから。人間は嫌いだけど、恨みはあるけど、わざわざ見捨てるのも道理に反する。だから私は戦うけれど、そんな場面は突然やってくるしこれからそんな機会は沢山あると思う」
スミレが並べる言葉はこれからの苦難を予想させるもので、ガルーラは袋から自身を見上げる子供に悲しげな視線を送る。
「……もしも重要な局面で貴女が戦うことになって、そうやって子供のためにバトルを放棄して隙を晒し、結果負けたら?それで沢山の人が殺されたら、私が殺されたら、他のポケモン達が殺されたら、貴女はどう落とし前をつけるつもりなの?私たちの足を引っ張るくらいなら、戦場に立つ覚悟ひとつも持てないというのなら、せめて子供を連れてこの戦場から離れなよ。そして私のことなんて忘れて、優しい誰かの元で幸せに暮らせば良いんだよ」
スミレはガルーラを睨みつけて吐き捨てる。スミレとしては、別に捨てたい訳ではないし意外とそこまで怒ってもいない。むしろガルーラとその子供のことを考えれば、ロケット団に目を付けられている現状のまま所有しておく訳にも行かないのである。よって、多少の苛立ちはあるのでスミレはそれを利用して大袈裟に怒って見せていた。
「……ルゥ」
「まぁ良いや。……出ておいで、ホーホー、ネイティ、イワーク。貴女達にも、厳しめで特訓するから。ホーホーは【エコーボイス】のゴリ押しと偶に別の技を使うくらいしか手札がない。ネイティは念力系統の強化、イワークはカウンターに繋げる動きと単純な攻撃力増強。それで行こう」
不機嫌な様子のスミレはボールを投げるとホーホー、ネイティ、イワークを呼び出す。3体のポケモン達は戸惑いながらもガルーラの横に並び立った。
「私からの課題はひとつ。4体で、私が指示をする1体を倒すこと」
スミレの課題は瞬間的な印象ではかなり甘く感じられるものだ。というのも、4対1なら通常は囲んで叩けば倒せるからである。しかし、それを言うスミレの表情は冷たい。その表情が、ポケモン達に警戒を促していた。
「出ておいで……バタフリー」
スミレが呼び出したのはバタフリー。スミレの手持ちにおける実質的なNo.2にして、研究所にいるスミレのポケモン達を纏め上げるスミレの手持ちでも最強の狙撃手にして暗殺者だ。
「今から、このバタフリーが貴女達を狙い撃つ。精々、突破してみせなよ。……撃て」
瞬間、ガルーラは考える暇もなく自身の腕で腹の子供を覆い隠す。瞬間、放たれた【サイケこうせん】が子供の眼前に動かしていたガルーラの腕を撃ち、ガルーラは痛みに表情を歪める。しかし瞬間、異常に気が付いたとでも言うように眉間に皺を寄せた。
(……ま、鍛えさせてたのは私の指示だし流石に気付くか)
「イワァァァク!!」
子供を狙ったことに怒ったのか、イワークが咆哮をあげて突進する。【ずつき】だ。しかしスミレは体を打つ風圧を涼しげな表情で受け流す。
「……バタフリー相手に、そんな単純な突進は愚策だよ。【はかいこうせん】」
【ずつき】を発動している部分に向けて放たれた【はかいこうせん】は、圧倒的なレベル差によって凄まじい火力を叩き出した。イワークの巨体が弾かれ、イワークは土煙を上げて倒れ込む。
「ホー!!」
「……」
ホーホーが【エコーボイス】を放ち、スミレの内心が読めることもあるのか冷静さを失わないネイティが【アシストパワー】で追撃を放った。
「撃て」
「フリッ!!」
しかしバタフリーは【はかいこうせん】を放つとサイコパワーを消し飛ばし、音の波を喰い破る。ホーホーとネイティは慌てて躱すも、背後で爆発した爆風で吹き飛んだ。
「ガルゥゥ!!!!」
そこに突撃したガルーラは【かみくだく】を発動、慌てて躱すバタフリーだが大きく体勢を崩す。
「……!?」
「ガルゥア!!」
そこに放ったのは【れいとうビーム】。バタフリーは【サイケこうせん】を放つことで威力を減衰させるが、大きく吹き飛ばされた。
「ホー!!」
そしてホーホーが大きく鳴き声を上げると撤退。4体のポケモン達は体勢を立て直すべく、森の中へと入って行った。
◾️◾️◾️◾️
『一体どうしたというのだ、我が主は?』
森の身動きの音が察知できないほどの奥に入って、真っ先に困惑の声を上げたのは新参のイワークだった。イワークが知っているスミレは確かに厳しいし明るいトレーナーとは言い難い性格ではあるが、怒りに任せて子供を敢えて狙い撃ちにするようなトレーナーではなかったからである。
『…………』
対するネイティは無言だ。キキョウジムの出来事も、スミレの内心も全てをサイコパワーで読み取ったネイティは、何も言わずにただ状況を受け入れていた。
『わたしは知っておりますが……とはいえあそこまで怒るとは』
ホーホーは悲しげに表情を歪め、ガルーラの子供は袋から少し顔を出して震えている。
『いいや……。戦って分かったよ。スミレは、実は本気で怒ってない』
しかし親ガルーラの言葉に、ネイティ以外が首を傾げる。
『一体どういうことだ?バタフリーに子供を狙わせる人間が、どうして怒ってないと言える?』
『弱すぎるんだよ、攻撃がね。……あのバタフリーは全力でやれば、子供を狙うと見せかけて急所を撃ち抜くことだってできる。アタシが間に合うか間に合わないかくらいの速度の射撃もできるし、攻撃で怯ませてから子供を狙撃することだって簡単だよ。バタフリーは攻撃こそ低いが、とはいえ【はかいこうせん】でジムバッジ2つ相当のポケモンをまだ倒せていないのは明らかにおかしいのさ。そしてなによりもスミレは、それになんの文句も付けなかった。バタフリーはスミレがフシギバナの次に信用しているポケモン、その能力を把握していない訳がないのに』
『それはつまり……手を抜いてるってことですか。あそこまで良いようにやられてたのに』
イワークの疑問にガルーラは答えると、それに対してホーホーはバタフリーの強さに戦慄する。
『敢えて言うと、アタシの突撃で吹っ飛ばされたのもわざとだろう。アタシもあの子も、大概バカだよ。あの子はアタシがなんの気後れもなく離れられるように、愛想を尽かせるように振る舞っている。それ以外の方法が分からないから、思いつかないから。…………それなのにアタシは結局、そこまでしてくれるトレーナーから離れることも考えちまってる。子供が傷つくことが怖くて、でも離れることも怖くて、どうしても動けなくなってしまうのさ』
ガルーラだけではない。カントー時代からのポケモンは皆、スミレの過去を程度の差はあれど聞いていた。深い話はそれこそメインの6体とニドキング、アズマオウといった特に信用されたメンバーだけが知ることであるのだが、それでも親子がなんの障害もなく愛し合えることを羨んでいるのは知っている。そしてそれが自分にはできないことも知っていて、それも全て背負う決断をしたのも知っている。それでも、ガルーラはスミレよりも我が子に比重が傾いているのは事実だった。我が子を守るためには、戦いの場から遠ざかる必要があると思っていた。けれどガルーラの中にある臆病な愛情が、消えることのない闇を抱え込んだ少女と訣別することを拒んでいるのだ。
『……子供は、それほど弱いのか?一緒に戦うことも、研究所に子供だけ預けることもできんのか?』
イワークが尋ねる。
『考えられないよ。コイツを目の届かない場所に置くなんてさ、仲間なら兎も角、あの研究所には沢山のポケモンがいる。置いていったら、それこそ心配で戦えない。一緒に戦うなんてそれ以上にありえないのさ』
そう言い切ったガルーラにホーホーとイワークは顔を見合わせ、ネイティは静かに目を閉じた。
◾️◾️◾️◾️
「……さて、今は作戦会議中かな?まぁそう遠くには行ってないでしょ、今時は治安悪いしそのくらい判断つかないと困る」
「フリィ…………」
先ほどまでの冷たさはまるで幻であるかのように、スミレは呟いた。頭に乗ったバタフリーがスミレを心配するように鳴き声をあげるが、スミレは平然としている。
「大丈夫。……それよりも、ごめんね。低火力かつ低速とはいえ子供の狙撃なんてさせて」
「フリッ」
スミレの謝罪にバタフリーは首を横に振ると、また鳴き声をあげた。
「私も、悪役ヅラする気はなかったんだけどね。……でも、ユンゲラーの時は勝手に変わっていたし、カイリューの時は状況が状況だった。私は、まだちゃんとポケモンに寄り添えない、寄り添い方が分からないから。だから、こうするしかやり方が分からない。それでもやるしかない。私が誰かを守る戦いに身を投じている以上は、 " 何も選べない " 腑抜けなんて居ない方がいい。……私が私でいる為には、目の前の敵と戦うしかないから」
そう言って、目を閉じる。心が少し痛むが、無視してしまえばそれで良い。少し翳った表情が、スミレの苦悩を示していた。
(……そう。私は彼らのようにはなれない)
サトシなら最後の最後まで寄り添っただろう。ヒマワリならバトル以外にも適材適所を見つけただろう。シゲルなら試行錯誤をしただろう。でも、スミレは彼らのようにはなれない。だからこそ手っ取り早く、子供を狙う敵としてスミレ自身とバタフリーを用意したのである。
「……?」
だがしかし、ここでスミレにとっての誤算が生じる。少し遠くから聞こえるのは爆発音だ。森には沢山のトレーナーがいるのでバトルの余波と考えるのが自然だが、スミレは妙な胸騒ぎを覚える。
「フリィ!」
「……うん、そうだね。フシギバナ」
スミレが呼び出したのはフシギバナ。フシギバナはポケモンとしては鈍足の部類には入るが、人間……それも半分常人のスミレよりはずっと速く走れる。
「バナァ!!」
「……バタフリーは上空でナビお願い。戦闘にはいつでも入れるようにね」
「フリィィィ!!」
フシギバナが足音を響せ走り出す。しかし走り出してすぐに、前方から飛んできた影がスミレの胸に飛び込んだ。付けた覚えのない傷を受けたネイティが、ガルーラの子供を背中に乗せるとスミレ目掛けて飛んできたのだ。
「その傷……!?何があったの?」
『……ハンター、来た。みんな、捕まってる』
スミレの脳内に響いた声に、スミレは表情を一気に強張らせた。
◾️◾️◾️◾️
「ルゥゥガッ!!」
咆哮と共に火炎が放たれ、ガルーラが地を転がる。目の前に立つのは悪どい表情を浮かべた男とそのポケモン、ヘルガーだ。
「ハッ……!弱えぇなぁオイ。ガキ狙えば使いモンにならねぇガルーラに、単純にレベルの低いイワークとホーホー、ネイティか。話にならねぇ。こんな雑魚を集めたところで、幹部にゃなれやしないぜ」
ポケモンの強さに文句を付ける男だが、実際負けていてはなんとも言えない。相手が完全に手を抜いており、リーグ出場レベルに一応達しているガルーラが前線に立つことでなんとか戦線を維持しているものの、4体全てが満身創痍だった。
『どうする……?子供を逃す?このまま戦う?スミレに助けを求める……?』
ガルーラは表情を歪めた。こんな時にも、どうすれば良いのか決断が出来ない。子供だけを逃すこともできず、勝利することもできず、スミレに報告に行くこともできない。ハンターの男から見れば、ただ棒立ちになっているだけである。
『……ネイティさん』
しかしそんなガルーラのパニックに水を掛けるように、ホーホーが声をかける。
『…………なに?』
ここで初めて、ネイティが声を上げた。
『貴女は確か、スミレさんに声を掛けれますよね?』
『ウン……エスパーだから』
「何話してるか知らねぇが、やらせねぇよ!ヘルガー、【ほのおのキバ】!!」
「ルゥッガァ!!」
「イワァァァ!!!!」
ヘルガーが相談を防ごうと迫るが、突っ込んだヘルガーにイワークの【がんせきふうじ】が襲いかかった。岩石を躱すことに意識を割かれ、攻撃は当然決まらない。
『ガルーラさんの子供を連れて、スミレさんに助けを求めてください』
『待ってくれよ、ウチの子を手放せってのかい!?』
ガルーラが驚愕に表情を歪め、ホーホーを睨み怒鳴りつける。だがホーホーは真剣な表情でガルーラの目を睨み返した。
『……そうです。一緒に捕まるより、スミレさんに預けた方がずっと安心でしょう?』
『できるわけないじゃないか!アタシは親だ、コイツを守る義務があるんだよ!!』
『…………行ってください』
『うん』
ホーホーの指示でネイティは【ねんりき】を発動、ガルーラの子供を攫うと背中に乗せて飛び立った。
『ふざけるな!!アタシの子を返せ!!!!』
『…………』
額に青筋を浮かべるガルーラにホーホーは何も言わない。ただ目を輝かせて【ねんりき】を発動、ガルーラを僅かに後退させる。
『何をッ……!ーー!?』
突然の攻撃に抗議しようと顔を上げたガルーラは、目の前の光景に絶句する。自らを押しのけたホーホーが、ヘルガーの牙に噛みつかれている姿がそこにあった。ヘルガーが首を振るうと、ホーホーの体は力無くガルーラの腕に収まる。
「レベルしか取り柄のないカスを庇うたぁとんだ馬鹿だな。……まぁ良い、これで終いだ」
ガルーラが怯えた眼で周囲を見渡すと、いつの間にかイワークは戦闘不能になっている。
男はどこからかバズーカを取り出すと発射。ただ立ちすくむガルーラと既に倒れたイワークとホーホーの全身を、特殊なネットが覆い被した。