ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
特訓翌日、ショウガはいつもの如く朝からリハビリに取り組んでいた。スミレが死にかけた事件と異なるのは、リハビリ速度。超人、かつポケモンと戦えるまで鍛えられた肉体を持つショウガは、本調子とはいかずとももうそれなりに動けるようになっていた。
「とはいえ、ポケモン相手の組み手は明後日から。明日までは禁止だから、強くなりたいからって焦って始めないように」
スミレは呆れたような表情で話す。いくら超人とはいえ、回復速度がスミレとは天と地程にあるのだ。
「分かっている。……それと、黙っていてくれてありがとう」
「ふん、まぁキクコさんの判断だからね」
ショウガが礼を述べると、スミレは不機嫌そうにそっぽを向く。結局、昨夜のショウガとキクコの特訓は警察にはバレなかった。というのも、キクコは精巧なダミーを病院に残して行ったかららしいが、24時間体制で見回っていたポケモンの目を誤魔化し続けた辺りそのダミーの完成度が窺える(当のキクコは警備の質が低いと現在鍛え直しに行っているのだが)。スミレが何故それを知っているか、といえばスミレにはあまりにも目が利く狙撃手、バタフリーがいるためだ。飛び回りながら【はかいこうせん】で急所狙撃が出来る変態の目は流石に誤魔化せず、その結果スミレは夜明け前に報告に来たバタフリーによって叩き起こされる羽目になった。不機嫌なのは、寝不足のためである。
「しかし、ミコト殿はどうする?……私はまだ直接会った訳でもないが、聞いた話によると相当心に傷を負っているようではないか」
「……そっちはどうにも。私はあの手のメンタルケアはどうも苦手でね、私は明らかにトラウマ引き摺ってる側だし。まぁ、あれで旅を辞めたいと言えない辺り、あの子も旅そのものには未練がありそう。その辺は時間を掛けて、ゆっくり治していくべきことだと思う」
スミレが顔を顰めると、ショウガは顎に手を当て考える素振りをした。
「そうか。…………もし良ければ、私に話をさせてくれないだろうか?」
ショウガからの提案に、スミレは小さくため息を吐く。
「当然お断りだけど。苦しんでる人間は、自己満足の為の道具じゃないからね」
「そんなつもりな訳がない、というのは君が一番よく分かってるんじゃないか?私に出来ることがあれば、したいだけだ」
「だったら何?……本気でやれば、人が救えるとでも思ってる?覚悟が中途半端でも、決まっていても、人生経験を多少積んでいても、人は簡単に救えない。たかが人間が思い上がるなよ、トラウマというものは、部外者が思うよりもずっと重いんだ」
ぞわり、とショウガの背中を違和感が襲った。ショウガに冷たい視線を向けるスミレの瞳は、黒く濁り、底の見えない沼のようにも見えた。
「しなくて結構、私は私なりにやるだけやってやるさ。どの道、動けるようになったという報告はせねばならんだろう。…………頼む、私に機会をくれないか?」
人間への憎悪が混じったスミレの視線を、ショウガは真っ向から見つめ返した。
「…………医者に頼んで。ドクターストップが掛かれば駄目、許可が降りれば自由にやれば良い。私の知ったことじゃない」
スミレは冷たく吐き捨て、ショウガに背を向ける。
「ありがとう」
ショウガはそんなスミレに向けて微笑み、そう言った。その言葉にスミレは動揺したのか一瞬足を止めるが、小さく舌打ちをすると早足で病室を出て行った。
◾️◾️◾️◾️
病院の中庭にミコトが出てきたのは、昼過ぎの事だった。傷自体は治っているミコトは、看護師に連れられて気分転換も兼ねて外へ散歩をしに来ていたのである。それを見たショウガは、声を掛けるため近寄った。
「ミコト殿、お久しぶりだな」
「…………あ」
ショウガに声を掛けられたミコトは、恐る恐るといった様子で顔を上げる。その様子にショウガは、引き攣り掛ける表情を抑えるのに必死になった。全身は痩せこけ、その目には恐怖が映っているのだ。見る者が見れば『スミレのそれよりは何倍も軽傷である』と評価するだろうが、ショウガには目の前の少女が痛ましく感じて仕方がない。
「報告を、しなければと思ってな。……私は元気になったよ。もう、撃たれたところも心配は要らない」
「そう、ですか……」
「ああ。それで、君のことが心配になってね。……あんなことがあったから、心を痛めているだろうと思って。だから声を掛けたのだ」
「ありがとうございます……。でも、うちは大丈夫ですから、お気になさらず」
「そう言わないでおくれ。私でよければ相談に乗るとも。……今の君に、大丈夫だと安心できる要素はどう見てもないのだから。私はこれでも仏の道を歩む者、何かアドバイスもできるやもしれん」
ショウガの言葉にミコトは迷いの表情を浮かべるが、ゆっくりと頷いた。
「分かりました……。ショウガはん、よろしゅうお願いします」
中庭のベンチに、2人は並んで座る。辺りで遊ぶポケモン達を、ミコトは愛おしそうな表情で見ていた。
「それでは、聞かせてもらえるか?」
「はい。……うちは今、旅を続けるか辞めるかを迫られております。でもそれが中々決められんで。お父様は『帰ってこい』言うてはるんですが、ポケモンを手放さなくても良いと言われてるのに、旅を辞めたい言えへんのです。それをどうしたらええかが分からんくて……。でも続けたい言うには、心からあの恐怖と痛みが消えんのです」
ミコトが苦しげに吐き出した悩みに、ショウガはしっかりと頷いた。
「そうか。……そうだな。まず君は、旅に未練があるのではないか?旅を辞めると言う選択肢がすぐに取れないということはつまり、ポケモンと一緒に居るだけでなく、一緒に旅をすることもまた楽しさであったのではないだろうか。だからこそ素直に辞めることができなかった、幸せな思い出を途中で途切れさせることになるから」
「旅の……未練?」
「ああ。では聞こう。……もしここで怪我をしていなかったのなら、君は何がしたかった?」
その問いにミコトは、頭をひねる。
「うちは……。そうですね、街の美味しい物を食べたかったです。オシャレなお店に入って、綺麗な服や雑貨を買い物してみたかったです。ウチはヤクザやから、旅の最中でないと入らせてもらえん店も多いんです。あとトレーナーが入るような専門店とか敷居高くて入りづらいですから、入ってみたりして。…………それに、もっと色んな場所を歩きたかったです。色んな町を歩いて、色んなポケモンと出会って、バトルして、捕まえて、育ててって」
ぽつりぽつりと溢すように話すミコトの言葉を、ショウガは優しく相槌を打ちながらも聞く。
「そうか。……それなら、旅を辞めるのは悔しいよな」
「う、ん……」
ミコトの丁寧な口調が砕け、声に涙が混じった。旅が終わる、しかも消化不良で打ち切られる悔しさを改めて感じたのだろう。
「そう思うと、やってみたいとは思わないか?」
「思う……でも、まだ怖くて…………うちはまだ忘れられへんのです。旅に出る時、『人は死ぬ』って教えられた筈なのに。覚悟はしていた筈なのに……」
「…………そうだろうな。怖いよな、それを私は否定したりはせんよ。それに何も、これからも同じように旅をしろとは言えない」
「……?」
「仲間だよ。もしも旅にもう一度出るのなら、実力や人格の面で信頼できる仲間を見つけてから進むと良い。特に人の悪意に対して恐怖心があるのなら、尚更守ってくれる誰かを探すべきだと思う。まぁ少なくとも、君の親御さんはそうせんと納得はしてくれんだろう」
「仲間……」
「ああ。私の旅仲間は強くてな。あの事件の時は、我々が戦った連中が束になっても勝てないくらいに強い、ロケット団の幹部を1対1で足止めしてくれていた。大人としては子供に守られる現状は情けない話だが、それでも彼女はとても頼もしい仲間だよ。……まぁ私はこれからもっと強くなって、今度は彼女を守れるように必ずなってみせるがな」
そう言って笑うショウガを、ミコトは見上げる。
「あの……」
「ん?」
「ひとつ、聞いてもええでしょうか?」
「なんだ?」
「貴方はポケモンと戦った挙句銃で撃たれて怪我したのに、どうして強くなろうと思えるんですか?……うちは貴方よりもずっと軽い傷で怖くて動けんのに、どうして」
ミコトに尋ねられ、ショウガはミコトの頭を撫でる。
「私はずっと、寺で鍛錬しておってな。ポケモンと戦うなんて、初めは狂気の沙汰としか思えなかったし、心臓が止まるほどに酷い目にあったことなど一度や二度ではない。だがそんな私が今も戦えるのは、絶対に譲れない物があったからだ。それこそが我が相棒のオドシシだった。……アイツは特殊な個体だから護る必要があったし、それ以上にアイツのことが大切だった。しかし、今はそれだけではない。旅仲間を得て、手を伸ばしたい遠く眩い目標を見つけた。心に傷を抱えながらも強く立ち戦うあの子の助けとなりたい、今の私はそうも思っている。……人もポケモンも死ぬ時は死ぬし、果てしない悪意には時に身も竦むだろう。それを咎めることは誰にも出来ないが、その恐怖を乗り越え一歩先に進むキッカケがあれば、人は案外先へ進めるものだ」
その言葉にミコトは、曖昧な笑みを浮かべる。
「……うちには、そのキッカケが分かりません」
「それで良いのだ、急いては事を仕損じるぞ。心の傷というものは簡単に治せるものではない。今はゆっくり休んで、休みながら少しでも考えてみれば良い」
そう言うと、ショウガは突然立ち上がった。
「ショウガはん?」
「さ。散歩でもどうだい?……今日は良い天気だ、気持ちいい日光の下でのんびりすれば、考える余裕も少しは出来てくるだろう」
その提案にミコトは、弱々しくも笑った。
「ふふふ……。ええ、そうしましょ」
◾️◾️◾️◾️
『成程。それで相談の連絡を』
「はい……。どうすればいいと思いますか?」
スミレは、悩ましげな表情で電話の相手……エリカに尋ねる。
『一度任せたのなら、信じるしかないでしょうね。それがいい方向に行けば良し、悪影響を及ぼせばその時はその時ですよ。既に賽は投げられたのですから、貴女があまり悩む必要はないと思いますよ』
「……分かりました。それから、ちょっとお願いがあるんですけど」
『?なんでしょう』
スミレは、少し躊躇いながらもお願いを口に出した。
「あの……ジョウトまで、来てくれませんか?援軍もそうですけど、機会があれば私のことを鍛え直して欲しいんですけど」
『ふふふふ』
「わ、笑わないでくださいよ……」
突然笑い出したエリカに、スミレは頬を染めると口を尖らせる。
『ワタルさんより既に要請は来ましたので、支度はしておりました。……しかしまぁ、可愛い弟子の頼みとあらば。なるべく早く、私もジョウトに入りましょう』
「!ありがとうございます」
『取り敢えず、こちらのことは気にせずジム巡りを続けて下さい。……そのうち、こちらから出向きますから』
「分かりました。宜しくお願いします。……それでは、失礼します」
『ええ。頑張って下さいね』
「はい」
そう言ってスミレは電話を切ると、深呼吸をして立ち上がる。ロケット団の一件でスミレは、自身と敵との力量差を痛感した。ロケット団の幹部と戦闘が成立する時点で子供としては過剰な強さだが、スミレは少なくともそれで満足する器ではない。
「フリィ」
力強く歩みを進めるスミレの肩に、バタフリーが乗る。ショウガが入院している間は手持ちを入れ替えつつ鍛えているが、スミレ個人では限界があるし、キクコを頼ろうにも周辺の警察を全員鍛えているので忙しい。そのため今回、態々エリカをジョウトまで呼び出そうと考えたのだが、エリカは思ったより早く来れそうなのでありがたい限りである。
「……さて」
スミレが視線を向けると、病院の花畑でオドシシを恐る恐る撫でるミコトと、それを笑いながら眺めるショウガの姿が映る。2人の交流は思ったよりも上手くいったらしいと、スミレは安堵する。しかし今後を考えると少し2人に戦い、というよりポケモンの育て方を教えておく必要があると感じた。
(仕方ない。……少しだけお膳立て、してあげるか)
しかしそれをやるのは、自分よりも適任がいる。だからスミレは再び電話に向かった。連絡がつくことを心の何処かで祈りながら。