ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
ざわざわ、とした森のざわめきは風か、それともポケモンか。ヒワダタウンを出てすぐの場所にあるウバメの森は、とある伝説もあり多くのトレーナーで賑わうトレーナーに人気のスポットである。まぁ、コガネジムでボロ負けしたというトレーナーが頭を抱えながらもやって来るスポットであるが。
そんな場所でやることといえば、バトルの他に木の実拾いがある。木の実拾い、というものは文字通り木の実を拾うという実に地味な作業ではあるものの、世の中に意外と人気の趣味である。というのも、この世界における木の実はポケモン発生以前とは様子が明確に異なるのだ。ポケモン発生以前の木の実はどうやら、一般的な作物のように成る季節や熟れる季節が決まっているものらしいのだが、今の木の実はポケモンに多く食べられる関係で季節の区別なく成るし熟す。まぁ、ポケモンの傷を癒したり状態異常を治したりといった一般作物と比較してトンチキな効果を持つのが木の実なので、早く成る程度で驚くことではない。そんな木の実を集めるのは、トレーナーの嗜みというものだ。当然、木の実は生物なので消費期限はあるのだが、それにしてもバトルや日常でよく役に立つ。
「……保存食?」
「ああ、木の実は上手く加工すれば効率の良い保存食になる。市販のものもあるが、拾ったものから作れば安上がりというものだ」
木の実で保存食、と聞けばレーズンのような加工品が思い浮かぶものだが、そのようなものか。
「出来るの?」
「寺で修行していた時に教わってな。簡単なものだが、腹に溜まるものを知っている。まぁ、流石に木の実だけでは材料が足りんが」
「へぇ」
そう言いながら、スミレとショウガは足元に落ちる木の実を拾い上げる。森の恵みはポケモンの餌となるものや種が残りいずれ次の世代に繋がるものもあるので、取るにしても乱獲は当然禁止である。そのため状態が丁度いいものを厳選し、幾つかを取ってゆく。しかしスミレが見る限りは丁度よく熟したものはそうない。普通ならば丁度よく熟したものから熟しすぎたものまであるものだが、今回はあまり熟していない木の実ばかりなので、殆どを残して行くことになっている。その一方でスミレが横目でショウガを見ると、ショウガはスミレよりもずっと早く木の実の選別を行っていた。
「少しばかり未熟なものが多い。……やはり、居る」
「居る?……まぁ、確かに未熟なものが多いけど」
ショウガの呟きに、スミレは疑問符を浮かべる。
「未熟なものが多く、熟しすぎたものも少ない。それに、所々で何かにへし折られたと思われる木がある。となれば、地に落ちた熟した木の実を食べる捕食者が居るな。……それこそ、私がエリカ殿に課された試練に繋がることかもしれんが」
「ま、そう考えるのが自然だよね。熟さない内に落ちてるってことは、何かの衝撃で振り落とされたってことかもしれないし」
スミレの推測にショウガは渋い表情を浮かべて頷くと、腰のボールに手を伸ばした。
「ああ、その通りだ。……そういえば、スミレは私が課された試練について何処まで知っている?」
ショウガに尋ねられたスミレは首を横に振る。
「あんまり。でも、エリカさんは『事前に情報を渡さないとどうにも出来ない程度の人間では困る』と言ってたので、私から情報が渡らないようにしてると思うよ」
スミレの返答に、ショウガは困ったような表情を浮かべた。
「むむ。では仕方ないか」
「ま、あの人が課した課題ならそれなりに役立つと判断した上のことでしょ。大人しくやりなよ」
「分かってるさ」
ショウガはそう返すと、真っ直ぐに先を見つめた。
「うわぁぁぁぁ!!」
そんな所に、情けない悲鳴が響いた。悲鳴の出元に視線を送ると、小太りの中年男性が、3体のスピアーに追われて逃げ回っていた。
「……ッ!」
それを見たスミレは息を呑み、動きが止まる。それを横目に、ショウガはボールを投げた。
「行くぞオドシシ、【バリアーラッシュ】!」
「シッシィ!!」
オドシシがエネルギーを纏い突進すると1体を弾き飛ばし、その1体が残り2体にぶつかったことで動きが止まった。
「……フシギバナ、【はなびらのまい】!!」
そしてそこに、何かを振り払うかのようなスミレの声が響き、荒れ狂う花弁の嵐が過剰な火力をもってスピアー達を弾き飛ばした。
◾️◾️◾️◾️
「やぁー、助かりました!ちぃっとしくじってしまいましてね」
そう言ってケラケラと笑う中年男性にショウガは困ったような笑みを浮かべつつ、横目でスミレに視線を送る。スミレは男性とショウガから離れた場所で、フシギバナの背中に乗っている。
「(しかしあの態度……。まるでスピアーを恐れている。追われたことでもあるのか)いや、ご無事で何よりです。しかし、何をされていらっしゃったんですか?」
「いやぁ私はこの辺で農場をやっとるノダと言いまして。……木の実を栽培する果樹園内に、スピアーが巣を作ったんです。そのせいで、私は収穫できないわ農場内でやってる養蜂もミツハニー達が怯えてミツが取れないしで困っとりまして。なのでスピアーが狩りに行ってる間に巣を取り除こうとしたら、取り外したところに丁度帰ってきて……」
「その結果、追われる羽目になったと」
「はい。やぁー、やっちまった。こりゃリーグに頼らんといかんですなぁ」
呑気にノダは言うが、巣を破壊されたスピアーは身内を害したと認識して報復に訪れる。丁度、我が子を殺した犯人に仕立て上げられたスミレの体を滅多刺しにしたように。
「……笑い事なものか」
ギリ、と歯を食い縛りスミレは呟く。その姿にノダは納得したように頷くと頭をポリポリと掻いた。
「あぁ、もしかして君も追われたことでもあるんですかい?そりゃあ不安か、悪いことしましたなぁ」
ノダの言葉にスミレは何も返さず、ただそっぽを向いている。それにショウガは困ったような笑みを浮かべた。
「しかし、そうなればスピアーは報復に来るでしょうね」
「ええ。なので、ヒワダタウンのツクシ君にでも頼みますよ。君達にお願いしようかなぁとも思ったけど、その様子の子に頼むのも忍びないしなぁ」
そう言って顎を撫でるノダに、ショウガはスミレへ視線を送る。
「……こちらとしても、見て見ぬ振りはできん。だが、連れの為にもここは」
「いいや、それは無理」
ショウガが困ったような表情で断ろうとすると、スミレがそれを切り捨てるように声を上げた。
「スミレ。大丈夫か?」
「……思ったよりは大丈夫じゃない。スピアー自体はもう割と大丈夫なんだけど、多分『スピアーに追われる』って特殊な状況がダメなんだと思う」
マサラタウンは森が近く、スピアーを見る機会も多い。だからこそスピアーに対するトラウマを軽減することが出来ていたのだが、元々スピアーはブーバーと同じくらいには苦手である。そして慣れた今でも、スピアーに追いかけられる人という構図はかつての自分が過って嫌な感情が湧いてくる。スミレが古傷の残る脇腹に触れながら話すと、ショウガはそれ以上詮索はしなかった。
「それで、無理とは?」
「……スピアーは執念深い。私達自身が逃げ切れたとして、一度巣を壊されたならまた来る。スピアーは、巣を作っていた場所で叩きのめすことで苦手意識を持たせ近寄らなくさせる。そうしないと、何度だって戻ってくる」
「だったらどうする?……君は、大丈夫じゃないだろう」
「だとしても、フシギバナで十分蹴散らせる。後は、ヒワダタウンのツクシと相談すれば良い。あの人はむしタイプのエキスパート、むしタイプの扱いは朝飯前でしょ」
「そうですなぁ。ツクシのお坊ちゃんに頼るとしますが、取り敢えずの対処はお願いしてもいいですか?……お礼は弾みますので」
ノダがそう頼むと、ショウガはスミレに向かって頷き、スミレは苦い表情を浮かべながらも頷き返した。
「分かりました、その依頼お受け致しましょう」
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ノダに連れられて果樹園に戻ると、そこは楽園であった。森のように生い茂った木々には大量の木の実が成り、ノダのポケモンと思わしきヌオーが【あまごい】を発動し雨を降らせている。また別の広々とした草原では濃厚なミルクを出すミルタンクがのんびりと過ごしている。
「これは中々に凄いですね」
「そうでしょうそうでしょう。ウチはミルクやそれを原料にした加工食品、ミツハニーによる蜂蜜、更に木の実といった商品の生産と販売を行っとります」
「成程」
自慢げに話すノダにショウガが感嘆する中、スミレがショウガの袈裟の端を引っ張った。
「……ショウガ」
「どうした?」
「……今回の作戦、貴方が立てて」
「?分かった」
疑問符を浮かべながらも承諾するショウガに、スミレは小さくため息を吐いた。
「別にスピアーが怖いとかじゃないよ。ただ、作戦をいつまでも私頼りじゃあ、エリカさんに合わせる顔ないんじゃない?まぁつまり、今回は私も駒として使って、貴方が指揮官としてこの一件を収めてみせなさい」
「む。……それもそうだ。よし分かった、私に任せろ」
「うん」
ショウガはスミレの意見に同意すると、頭を回し始めた。襲いかかるスピアーの群れ、スミレの恐怖心、味方戦力と戦術。そして、ひとつの疑問が思い浮かんだ。
「この農園で、バトルができるポケモンはどのくらいですか?」
その言葉にノダは、少し考え込む仕草をする。
「あー、まず果樹園には水やり担当のヌオーがおります。また、放牧場には牧羊犬としてハーデリア。養蜂場には、ミツハニーの群れの女王蜂であるビークインが。後は、場内の移動用にいるバンバドロに、普段いない自宅の管理なんかをやってくれてる相棒のメガニウム。後は外部から警備のため雇ったヨルノズクが数羽。というくらいですねぇ。あとは数人スタッフがバトルができますが、彼らはジムバッジ集めの最中で挫折し、行き場を失った元トレーナー達。スピアーの強さにもよりますが、果たして勝てるかどうか」
そう聞いてスミレはため息を吐き、ショウガは苦笑いを浮かべた。面白いくらいに、護身用のポケモンが居ない。しかも現場スタッフは、トレーナー崩れの者ばかりと言う。挫折したトレーナーを引き取り働く場を与えることはロケット団などに身を寄せる人間を減らせるため良いことではあろうが、こういうトラブルでは弱かったりする。
「ヨルノズクを警備に配置するのは良い案ですが、根本的に護身が足りません。……せめて、メガニウムを護衛に配置すべきでは?」
「そうだねぇ。妻も居るし、いっそのこと任せてしまって良いかもしれないねぇ。トレーナーになった息子が帰ってきてくれたら一番なんだが、そうもいかないしねぇ」
スミレの出した案に、ノダは相変わらず呑気な様子で返答する。
「奥様の負担が多いならば、相応に家政婦など雇っても良いかもしれません。……もしくは、家事などを覚えられるポケモンを捕まえて仕込むのも時間はかかりますが有りな選択かと」
ショウガが口添えすると、ノダは納得したように頷いた。
「ですよねぇ。妻も僕の手伝いで忙しいですし、従業員の子達も広い農園の管理やらで大変ですからねぇ」
「まぁ、その辺はそちらでどうにかして貰うとして。……ショウガ、作戦は?」
スミレがそう言ってショウガに視線を向けると、ショウガは笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、殆どが出来上がった。……ノダさん、農園から可能な限り、戦えるトレーナーを集めてください」
激しい羽音をかき鳴らしながら、スピアーの群れ5体は取り除かれた巣の跡地を目指していた。あの場所にいたミツハニーの群れは弱く、ボスのビークインも既に撃破している。そして、あの恐ろしく強いフシギバナや妙な攻撃をするオドシシも居ない筈である。
「バウッ、バウッ!!」
そこに、声が響いた。スピアーが視線を向けると、そこには1体のハーデリア。自身の力が弱くなる感覚を覚えるが、目の前にいるのは1体のみである。
「やるんだヌオー、【あまごい】」
「今だホーホー、【さいみんじゅつ】!!」
ノダの声で茂みに隠れていたヌオーの【あまごい】が、従業員の青年の声と共にホーホーの【さいみんじゅつ】が放たれ、雨に翅を濡らしながらもスピアーは【さいみんじゅつ】を回避する。
「行けぇピカチュウ、【10まんボルト】!」
「お願いバタフリー、【むしのさざめき】」
2人の従業員が声を発すると、【むしのさざめき】がスピアーの動きを封じ、【10まんボルト】がその体へ小さくないダメージを与えた。
「スピッッ!!」
しかしそれで勝てるようなスピアーではない。スピアーは全速力で飛び回ると、ホーホーとバタフリー、ピカチュウを【ミサイルばり】で撃ち落とし、ヌオーの体に【どくばり】を打ち込んだ。続いて何処からか攻撃が飛ぶが、スピアーは素早く飛び回ることで攻撃を躱す。
「ぬう、厄介な」
その光景に悔しげな表情を浮かべたノダが声を張り上げた。すると、スピアーの目が巣を破壊した張本人であるノダに注がれる。
「スピアーの相手は苦手だけど仕方ない。【つるのムチ】」
ノダに向かって飛び出したスピアーだが、横薙ぎに振るわれた【つるのムチ】が群れの動きを止めた。スピアー達の視界に、自分達をいとも簡単に吹き飛ばしたフシギバナの姿が映る。スミレはフシギバナを伴い、不機嫌そうな表情を浮かべて、立っていた。そして動きが止まったところに、イワークの【がんせきふうじ】、ネイティの【ねんりき】、ホーホーの【エコーボイス】が殺到しダメージを与えた。
「……ありがとう、もう大丈夫だ」
それを見て、ショウガは力強く笑みを浮かべた。対するスミレは、小さくため息を吐いた。
「【つるのムチ】。ここまでお膳立てしたんだ、しっかり決めなよ」
最後にフシギバナが蔓を伸ばしスピアーの群れを一纏めに拘束すると、スミレは汗ばんだ掌で顔を覆ってフシギバナの背中に座り込んだ。
「ああ、任せろ。……オドシシ」
「シッシィ!!!!」
ショウガが背後を見ると、【めいそう】で極限まで能力を高めたオドシシが力強く立っていた。
「さあ、全力をぶつけるぞ!……【バリアーラッシュ】!!!!」
ショウガの指示と共に、オドシシが一条の流星となって地を駆けた。それと同時にフシギバナが拘束を解くと、解放されたスピアーに着弾、空の彼方へと吹き飛ばした。
◾️◾️◾️◾️
「いやぁ、ありがとうございます。お陰で助かりました!」
「いえいえ、当然のことです」
ニコニコと笑うノダに、ショウガは笑みを返す。対するスミレは、無表情で農場を眺めている。戦いに参加したスタッフ達も通常業務に戻り、今はノダの自宅の庭に置かれたテーブルに就いていた。
「これでスピアーも暫く近寄らないでしょうなぁ!ハッハッハ!!」
「……そうでもないです」
「?そうなんですか?」
愉快そうなノダにスミレが呟き、ノダは首を傾げた。
「スピアーが新たに巣を作る必要があったのは、より強い相手に元の巣を追い払われたからと考えて良い。そして貴方と会う前、未熟な木の実が不自然に多く落ちていた。……つまり森の中に、スピアーを追い払える強者が潜んでいる。ま、その正体もあらかた察せたんですけど」
「分かったのか?」
スミレの言葉に、ショウガが目を丸くした。
「そう。ま、貴方は分からなくて当然だよ。私が分かったのは状況証拠だけじゃなくて、『エリカさんがショウガの手持ちを見た時にどんなポケモンを捕まえさせるか』って内容も含めての推測だから。……あのポケモンなら、ショウガに捕まえさせるのも当然だね」
そう言って小さく笑みを浮かべるスミレに、ショウガは訝しげな表情を浮かべた。
「ほう、ではそのポケモンを捕まえて下さるんですか?」
「はい。カントーリーグジムリーダー、エリカの指示による捕獲を行います」
ノダが身を乗り出すと、スミレは淡々と返す。
「それは助かりますよ、どうぞよろしくお願いします」
「ええ。お任せ下さい」
ショウガは安心させるようにそう言って胸を張り、スミレは視線を逸らす。
「まぁまぁ、それは兎も角。ご用意が出来ましたよ」
そう言って来たのは穏やかそうな雰囲気の中年女性、ノダの妻に当たる人物、名前はケイコである。ケイコが持って来たのは、農園で採れた木の実で作ったフルーツサンドに、木の実の輪切りを浮かべたフルーツティーであった。
「さあ、せめてものお礼です。お召し上がりください」
「……頂きます」
「せっかくなので頂きます」
にこやかに告げるノダに小さく会釈し、スミレはフルーツサンドに齧り付く。
「美味しい」
そして、目を細めて呟いた。