ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
スミレがあからさまに落ち込んで退場した後。ミコトは、席を離れ1人考え込んでいた。観客席で聞く限り、スミレに対しては2つの声がある。ひとつはあからさまにミスをしたり落ち込んで対戦相手の手を借りるメンタルを責める声。もうひとつは、両者のバトルを賛辞しつつも彼女らのポケモンを突破するにはどうするか、という議論を始める者。ギバラ曰くここでの態度が強くなるトレーナーと弱いままのトレーナーの分かれ目だと言うが、詳しくは何も言わない。『自分で考えてみろ』と言い残して酒を買うため売店へと向かっていった。
「……うちは、甘いんでしょうか?」
ミコトは、そう独り言を呟く。ミコトには、どうしてもスミレを責める気持ちは浮かばなかった。
「どうかしましたか?お嬢さん」
そう声を掛けたのは、スズキだった。思わぬ人物の登場に、ミコトは驚きあっと声を上げる。
「えっと、あの……。うちはミコトっていいます」
「ええ、一方的にですが存じ上げておりますとも。……この度は災難でしたな」
そう言われて合点がいった。スズキは、ミコトが被害にあったロケット団による事件を知っているのだ。
「いえ、大丈夫です。でも今は、一人旅を禁止させられてます。……でも、事件があってからまた同じことがあったらと恐怖を感じる自分も居ます。……だから、今日の試合を見て判断しようって。旅仲間を見つけようって思うたんです」
そう言ったミコトに、スズキは優しく微笑んだ。
「では、どうでしたかな?」
「分かりません……。スミレはんとタイゾウ選手のバトルは、とても胸が高鳴りました。うちもあんなバトルやってみたいって、思うとったんです。……でも、さっきの試合を見て、分からなくなりました」
「ほう、何が?」
「スミレはんが負けて落ち込んでいる姿に、よくないという声を聞きました。……もしかしたらスミレはんも、自分の姿にそう言うかもしれません」
「でしょうな。スミレさんは、そういう子だと思います」
「……だとしたら、うちは甘いんでしょうか?父は強くなれるかなれないかの分かれ目だって言っとりましたが、それじゃあうちの感情は、旅に出るべきでない甘ったれた感情なのでしょうか?考えてみろって言われたけど、考え方が分からないんです」
それを聞いたスズキは、顎を撫でて言った。
「ふぅむ。……まず、それを考えるか考えないで良いのかを考えるのが良いでしょうな。しかしこんな所に居ては気が滅入るだけ。少し、出かけませんか?」
重々しい音を立てて、カイリキーの体が沈む。立っているのは、相性不利な筈のカビゴンだ。
「よっしゃあ!」
喜んでいるのは、帽子を被り肩にピカチュウを乗せた、ミコト自身やスミレと同じくらいの年齢の少年だった。
「凄い……。カビゴンでカイリキーを倒すなんて」
ミコトはタイプ相性を知っている為、その戦果に驚きを隠せない。
「彼の名はサトシ。……スミレさんの幼馴染ですよ。彼のカビゴン、相当厄介なんですよねぇ……、一撃が重いわ体力は多いわ、挙句の果てに一般個体よりも妙に速い。しかしミコトさん、貴女が見るべきはバトルの結果ではなく、バトルをするトレーナーとポケモン達です。ほら、あれをご覧下さい」
そうスズキが手で指し示した先には、見覚えのある人が立っていた。
「あっ……ユウタ!」
同じ時に旅立った少年、ユウタだ。ユウタはヒノアラシの進化形であるマグマラシを使い、名も知らないトレーナーのキリンリキと戦っていた。
「マグマラシ、【かえんぐるま】!!」
「こちらは【とっしん】だ!」
激しい衝突を繰り返し戦う2体のポケモンとそのトレーナー達の表情は、誰もが真剣で、しかしどこか楽しそうであった。
「楽しそう、ですね……」
「ですねぇ。貴女が旅をしたいかしたくないかに、自分が甘いか甘くないかは別物だと思いますよ。思考が脱線して混乱しているだけです。少し、頭を整理してみてはいかがでしょう。無論、答えはあげませんよ、貴女が掴み取るものですから。……ですが、貴女もどうです?」
スズキに誘われ、ミコトは腰のボールを見た。ボールは自己主張をするように激しく揺れ、ミコトの感情を揺さぶってゆく。そして顔を上げた。するとユウタが、名も知らない沢山のトレーナー達が、楽しそうに、しかし真剣にバトルをする姿が見える。心惹かれるように一歩を踏み出そう、とするが、しかし足は動かない。先程見た、スミレの絶望したような表情が脳裏に過ぎったのだ。
「……ほう。では一度戻りましょうか。最後に、背中を見せて差し上げますよ。私とスミレさんの、バトルでね」
それをスズキは責めることなく、会場へと戻るべく踵を返した。
「スミレはんは、大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫ですとも、あの方ならきっと。……貴女を誘ったということは、あの方はあの方なりに貴女へ背中を見せようとしたのでしょう。だったら、あれでは絶対に終わらない。あの方は、それだけの矜持を持ってここに立っているのですから」
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失敗した、スミレは控え室でソファに寝転びながら呻き声を上げた。最後の最後、カイリューを突っ込ませてしまったことで麻痺を受けた。しかしそのプレイミスもそうなのだが、最悪なのは負けた後。ミコトに背中を見せるつもりでいたのに、敗北によって得られる絶望という最悪の情報を流してしまった。
「情けない……」
重くのし掛かった後悔に、スミレは大きくため息を吐く。ヒマワリ達に愚痴を吐こうにも彼女らは皆講習会でバトル三昧、こちらの状況は知らない筈である。
「大丈夫か?」
そう聞き覚えのある声がして、スミレは視線を動かす。声の主は、部屋の外に立っているようだった。
「……ショウガ。もしかして、バトル見ていた?」
その声に、ショウガはドアを開けて部屋へと入ってくる。それにスミレは少しだけ眉を顰めた。
「ああ。少し特訓を中断してな。……だが、行くべきだと判断した」
「そっか。……無様な姿見せたね」
スミレが顔を覆いながら呟くと、ショウガは少し間を空けて言う。
「何を言うか。ああも不利な状況で、最後まで諦めずに戦い抜いた。……私は、その不屈の心を尊敬するとも」
「馬鹿……。こんな無様、尊敬なんてしないでよ」
ショウガの優しげな言葉に、スミレは顔を覆ったまま口元を歪める。
「恥ずかしいか。……だが、私は知っているつもりだ。君は、あのまま終わるような奴じゃあないだろう?」
「だとしても、どうしろって言うの?……次の相手はスズキさん。客観的に見れば、絶対に勝ち目のないバトルなの。どう考えても、今の私には負け以外のルートがない。また無様を晒す羽目になる」
スミレの口元が、悲しみではなく不快に歪んだ。
「勝ち目のないバトルから逃げるのか?それは、態々この大会に参加した君の言うことでもあるまい。君は、勝てないと分かって参加したのではないのか?」
「その時と今は状況が違う」
「だったらどうしたと言うのだ」
不貞腐れた様子のスミレに、ショウガは思わず眉を顰める。しかしその声にスミレは、苦しげな表情を浮かべた。
「貴方に話して何になるの?……貴方は己の心を縛り付け、孤独の寒さに震えながら10年近く生きたことはある?温かい世界を知っても、身体中に鎖のように巻き付いたこの呪いが分かる?成仏できない怨念を背負う重さが、貴方に分かる!?……ないでしょう?ないからそこまで弱いんだ。修行僧なんて言ってる癖にポケモンの修行ひとつ怠って、その結果10歳のガキにも及ばない雑魚なんだ。その弱さが、お前が今まで甘えてきた環境の甘さを示してる!そんな甘い生き方しか知らない奴が、偉そうな口を聞くなよ!!」
「そうだな。しかし君は、背中を見せるんじゃあ無かったのか。ミコトの為に、頑張るのでは無かったのか」
「…………」
ショウガの諭すような声に、スミレは黙り込む。
「君にとって納得のいくバトルでは無かったのかもしれない。……私如きには、想像もできない思考の末の結論かもしれない。でも、君は一度決めたのだろう?その勝ち目の絶対にないバトルへ挑む覚悟を。バトルを通じて人の背中を押そうという決意を。だったら、君がすべきことはそれではない筈だ。……違うか?」
「……」
「君が抱える物を私は知らない。きっと私は、君の経験したことよりもずっと楽な人生を歩んできたのだと思う。だから君に本当の意味で共感してやることなど出来ん。だが、そうやってそこに止まっていて何が出来る。蹲って泣く人に、人は憧れなど抱かんぞ。……君は一度彼女のために戦うと決めた。ならばやり通すのが、筋というものではないのか」
「それを、貴方は出来るの?守るとかほざいてオドシシ鍛えなかった癖していざとなったら相棒面して守って貰った貴方に」
スミレの言葉が、心に刺さる。そのショウガは悲しげに微笑んだ。
「耳が痛いな。……全くもって事実だ。ならば君は、君が嘲る私と同じようになるつもりか?出来もしない夢想に取り憑かれ、必要なことから目を背けたかつての私のようになるつもりか?」
「……」
ここまで来て、ショウガはスミレの内心を悟った。
「そうか。君は私の言葉が事実だと理解しているのだな。……そしてその上で、私には言葉の重みがないと、納得しないと言っているのだろう。そうか、そうか。私が情けないから、私が君を守れないくらいに弱いから、君は納得しても動かないのだな。君は私を仲間として見てくれていても、私をトレーナーとして認めてくれてはいないから」
「…………そうだね。分かっているんだったら、その無駄に生意気な口を閉じろよ」
(こうなる人間を、私は知っている)
自分の心身を守る為にこれまで積み上げたものを鎧と武器にし、他者を威嚇するやり方。
(虐め、虐待。……人の悪意に傷つけられ孤独を強いられた人間の防衛本能か。過去の再現に怯える心。自分の心を守ろうとするあまり感情のコントロールが効かなくなり相手を傷つけてしまう攻撃性。先天的な物ではなく、後天的に身についてしまった呪いか。……だとしたら)
ショウガは、そこからひとつの結論に達した。スピアーに追われることを恐れていたこと。顔についた火傷の跡、そして時たま服の袖から覗く腕についた不自然すぎる程に多い傷跡。実力に拘っている態度。
「(彼女を傷つけた何者かが、ポケモンを使って傷を付けた。……だが、それならば)君の過去に察しがついた。君の顔と体の傷は、ポケモンをけしかけられ付けられた物だな?そしてその心の傷はきっと、人の悪意に晒され続けた故のものだろう」
「黙れ!!!!!!」
スミレが、ショウガには聞いたことのない程の金切り声で絶叫した。そのまま両耳を塞ぐと、床に転がり全身を丸めた。まるで降り注ぐ暴力から自分の身を守るかのように。そこでショウガは、自身の失敗を悟った。スミレを復活させる材料にするつもりが、むしろ地雷を起爆してしまったのである。
「済まない、だが落ち着け……」
「お前も私に押し付けるのか!!お前も私を使うのか!!!!」
スミレの金切り声に、ショウガは伸ばした手を下ろして項垂れた。
「…………済まない、私が悪かった。だが、これは言わせて欲しいんだ。……その呪いに関しては、同情するし理解もする。だが、それで動けなくなるなら、初めから大会の出場もミコトに背中を見せるということも、やらなければ良かった。いいや、やってはいけなかった。少なくとも君が、スミレという虐め被害者が、助けを望む誰かを救うということを途中で投げ捨てる人間であってはならなかった。それはきっと君が忌み嫌った人達と同じ道を歩むことになるから。……もしも今、君が彼女を見捨てたのなら。彼女はきっと君と同じになってしまうのではないか? " 救えた筈の女の子 " 、" 見捨てられた哀れな被害者 " に」
「…………ぁ」
スミレの体が、ピクリと動いた。
「君にしか出来ないこと、それを君は分かって誘ったのではないのか?君が味わったような絶望を、ミコトが背負わないように」
スミレはそれを無視するように、立ち上がった。横顔から覗く瞳には、様々な感情がごちゃ混ぜになっている。
「……知った風な口を聞かないでよ」
「済まない」
スミレは、一度も振り返らずに歩くと控室の扉に手を掛けた。
「手間、掛けた。……それと。八つ当たりして、ごめん」
「こちらこそ。偉そうなことを言って。……そして、君の傷口を抉った。済まなかった」
そう言った声に、ショウガは安堵の感情が混ざる。スミレの顔は見えないけれど、その声には活力が戻っていた。そして扉の外へと歩き出すスミレを、黙って見送った。
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第5試合、リコリス対タイゾウ。リコリスの1体目はメガニウム、タイゾウはメタグロス。このバトルは火力と速度の勝負になり、順当にメタグロスが勝利。しかし2体目にシャンデラを呼び出すと、その火力でメタグロスを撃破、続くゴローニャと相打ちになり、両者最後のポケモンに。最後のポケモンとしてリコリスはサーナイト、対するタイゾウはドンファンを使用した。ドンファンは自慢の火力でサーナイトを追い詰めるも、【さいみんじゅつ】で眠らされたことで形勢を逆転。リコリスが勝利し全勝でリーグ1位、タイゾウは全敗で最下位という結果に終わった。そして残るはスミレ対スズキ。互いに1勝ずつなので、リーグ2位か3位かの戦いだ。