ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第215話 不穏抱えて

 パシャリ、と音を立てて水を顔に掛ける。視線を上げて鏡に映ったその顔は酷いものだ。昨日の夜、スミレから聞かされた話。小さな子供が、孤独と悪意を傷だらけの体に詰め込み歩んだ道のりの話。

「……酷い顔だな。全く」

ミコトは泣いていた。優しい子だとショウガは思った。スミレは『同情など要らない』と吐き捨てながらもミコトに握られた手を振り解こうとはしなかった。ショウガはスミレもまた優しい子だと思った。そして、悲劇への同情よりも先に、己の無力を恨んだ。あんなに重いものを背負った子供に、いつまで守られるつもりだと、既に競争ギャロップなら血が吹き出しているだろう程に鞭打った己の体に再び鞭を打った。

「隣に立つのは難しい。あの子もまた進み続ける。……ならばせめて」

その背中を守れるようにならなければ。そう思い、深呼吸をする。

「変に気負うもんじゃないよ」

その声に振り向けば、朝から不機嫌なスミレが立っていた。

「ああ、すまん。……おはよう。調子はどうだ?」

「おはよ。調子はいつも通り最悪、昔の夢見たからね。……今日はなるべく次の街へ近づくよ」

「分かった。ミコトは?」

ショウガに尋ねられたスミレは、苦笑いを浮かべる。

「今さっき起こしにいってきた。良い話じゃなかったからね、流石に寝付けなかったらしい」

「……当然だ。あまりに刺激が強い」

ショウガは苦笑いを浮かべる。

「それはそう。でも変に背負っちゃダメだよ。要らないものまで勝手に背負い込むと、本当に大切なものを見失ってしまうから。……貴方達2人を、私のようにはさせないから」

そう言ったスミレはショウガに背を向ける。

「忠告ありがとう。だが我々は仲間だ、少しは支えさせてくれ」

笑って返すショウガに、スミレは背中を向けたまま手を振った。

「それはどうも。先にご飯食べとくから早く来なよ」

軽やかな足取りで歩いてゆくスミレに、ショウガは嬉しそうに頷いた。今までと比べて少しだけ、心を開いてくれているように思えたから。

 

◾️◾️◾️◾️

 コガネシティを出た先にある35番道路からは、自然公園か36番道路に繋がる。

「という訳で私達が向かうのは36番道路の方だね。自然公園とかポケスロンドームとかも本来なら行っても良かったけど、今回はお預けにする」

「はい」

「確かに、色々と時間を取りすぎたからな。しかしスミレ、36番道路に直行は出来るのか?記憶だと木が邪魔で直通出来なかった気がするのだが」

スミレの決定にミコトは素直に頷き、ショウガは首を傾げる。

「ああ、それなんだけど。【いあいぎり】って技があれば斬り払って進めるんだよ。旅立ち前に下調べした時、オーキド博士に教えて貰った」

「ほう、良いのか」

「成長の早い植物らしくてね。斬ってもすぐ伸びるらしい。だから切って進んでも良いとリーグから許可が出てる。そして使うのがこれ。出る前に招集したの」

そう言って取り出したのは、ひとつのモンスターボール。手持ちとは別に、呼び寄せたらしい。

「ならば良かった。さ、進もうか」

その言葉にスミレは頷き、3人は並んで歩き出した。初めての3人旅となるミコトは、少し緊張気味らしい。スミレとショウガは、バレないように視線を交わした。

「…………ミコト」

「はいっ」

スミレに声をかけられ、ミコトは肩を跳ねさせる。

「あれだよ。今回は時間の都合で流石に合わせて貰うけど、寄りたいところとかあったら言いな。旅なんてやりたいことやれないと苦しいだけだし」

「あはは……。わかりました」

「まぁあれだな。私が積極的にやっていればそのうち慣れるだろう。それでバトルはどうする?野良トレーナーは見るからに待ち構えているが、急ぎならば早目に片付けた方が良いだろう」

「問題ない。……ちょっと野生とバトルでもして待ってて。行ってくる」

そう言って駆け出したスミレを、2人はただ見送った。

 

 

「お待たせ」

スミレの帰還は速かった。行ってくる、と言って数十分。レベル上げをする2人の視界の端に映ったのは、先に進みたいからとフシギバナを容赦なく使い野良トレーナーを風の前の塵同然に蹴散らすスミレの姿であった。レベル上げの観点から【いあいぎり】要員以外の手持ちも使っていたが、数十人の野良トレーナーを壊滅させたのはほぼフシギバナ1体である。流石はカントーリーグベスト16の猛者である、と2人は戦慄と賞賛を隠さなかった。スミレは少し顔を逸らした。

「だがまぁ、かなり進んだな」

ショウガの言葉通り、あまりにもスムーズに進んだ。野生ポケモンはフシギバナの大暴れに恐れをなしたか姿を隠し、野良トレーナーは既に排除済み。36番道路への入り口となる場所へとやってきた。

「こ、これ切るんですか?」

ミコトが、顔を引き攣らせた。他の樹木に比べれば小さく細いが、確かにしっかりとした樹木が立っている。ポケモン初心者のミコトには、これが簡単に切れるとは思わなかったのである。

「切れるだろうな。私が蹴っても折れるぞ」

「ええ……」

なんてことないように言うショウガに、ミコトは困惑を露わにする。

「へぇ、やるね。でもまぁ綺麗に切った方が歩きやすいし切るか。……出ておいで、ストライク」

スミレは目を丸くしつつもボールを投げる。ボールから飛び出したのはストライク、カントーのサファリゾーンで捕まえたポケモンの1体だ。

「ストライク……持っていたのか」

「うん。これが自然公園に行かない理由ね。むしポケモンにも補欠がちゃんと居るから、態々行かなくて良いの。2人のパーティーにも別にむしポケモンは必須じゃないし」

スミレ的にアリアドスは少しばかり魅力的だが、とはいえ層は十分。ショウガにはヘラクロスが居り、ミコトには別にむしポケモンの需要は高くない。敢えて捕まえに行くまでもないし、捕まえに行って恒例で行われる虫取り大会にでも巻き込まれたら面倒だった。

「強そうどすなぁ……」

「強いよ。サファリゾーン組なら1.2位を争う」

メインには入れない程度だが、とは本人……というか本ポケの前では言わない。言わなくても良いことではあるし、本ポケが一番自覚しているまであるが、カントー組のレギュラー陣は層が厚すぎて要求されるレベルが高いのでスミレとしてはなんとも言い難い。あれは本当になんなんだ、としか言いようがないのであるあの変態どもは。

「ライッ」

ストライクは微妙な表情を浮かべた主人に背を向けて樹木と向き合う。目の前にあるのは身の詰まった木だ。しかしストライクにとって、苦労する程の木ではない。強い仲間という高い壁に挑むストライクにとって、ここで苦戦することはあり得ないし許されない。

「ストライク。【いあいぎり】」

「…………ッ!!!!」

スミレの声が届いた瞬間、右腕の鎌が閃いた。その勢いは一切殺されることもなく、目の前の障害物を横一文字に斬り捨てた。

「見事」

主人から届く短い賞賛が、ストライクにとって何よりも誉れ。ストライクは胸を張ることもなくスミレに一礼すると、そのまま光になってサファリボールの中に戻って行った。

 

「良い太刀筋だ。見てみろ、ミコト」

「はい……」

ショウガが指差した断面を、ミコトは眺める。綺麗な年輪が渦を巻き、心癒される木の香りが漂っている。

「美しい断面だ。真っ直ぐ、一度もつっかえることもなく振り抜いている」

「へぇ」

ミコトは、頭にハテナを浮かべつつも返す。するとショウガは、クスリと笑った。

「ククッ。確かにこれは一度でも居合いの類をやってなければ分からんな」

「因みに私もあんまり分からない。まぁ、変に色々飛び散ってないから凄いなーくらいの認識で褒めてる」

ミコトに同意するようにスミレが言うと、ショウガは頷いた。

「そのような理解で良いとも。私はこれでも色々と武術をやったことがあるのでな。良い腕だった」

「だってさ」

興奮気味のショウガに、スミレはストライクのボールに視線を移す。対するストライクは無反応。ストライクにとっての目標はメインの7体と肩を並べること、この程度で浮かれていられない。それを確認すると腰にボールを付けて歩き出す。

「それにしても、ショウガは武道やってたとしてミコトは何か運動とかしてた?」

「いえ、うちは何も……。精々スクールの体育が精一杯でした」

「の割にはよく歩けているな。スミレは?」

「私もほぼミコトと同じ。まぁ私の故郷は田舎だからね。外を走り回る小僧共のお守りしてたしそれが運動の代わりになってたのかも。ショウガは武道やってて良かったこととかある?」

「ああ。まずは護身術が身につけられること。私のようにポケモンと戦える程、とは行かずとも体を鍛えていれば人の脅威には対抗可能だ。あとは精神の修行だな。それは私が学んだ仏教も同じだが」

ショウガの話に、スミレは頷く。

「スミレはんは精神修行に何が良いとかご存知ですか?」

ミコトにそう尋ねられたスミレは、困ったように笑った。

「……私は特に。目の前の困難と死に物狂いで戦ってるだけだからね。少なくともエリカさんは茶道とか華道とかやってるよ」

「へぇ、効果はあるのか?」

「あんまり見えないけどね。あの人、情勢が悪いからってここ2、3年ずっとあの厳しい指導者のキャラ付けしてるらしいし」

スミレの発言に、2人は目を丸くした。

「ほう?あれは演技なのか?」

「完全に、という訳じゃないよ。ただ内心で思ったことを少し棘多めに出力してるの。ここ数年はロケット団とかのお陰で世間は不安だから、そんな時に就任した未成年ジムリーダーなんて町の人からしたら信用できなくても仕方ない。だからああやって厳しい態度を続けてるの。私もカントーの旅が終わってから知ったけど、あの人って素で居る時の方がずっと穏やかでお嬢様然としてるんだよね」

「ははぁ、大変だなぁ」

「あのジムがスパイ多かったのって子供だから舐められやすいしその割に影響力強かったからだし。背負う重さで言ったら私より重い気がするけど、あの人は私と比べて人に頼れるからね……」

「そうか」

そう言ったスミレに、ショウガはホッと胸を撫で下ろした。

「…………何?」

「いや、試練のことを考えるとな。それがどんなものかは昨日教えて貰えなかったが、エリカ殿の懸念通りにはならんようだな」

「ああ、確かに」

ショウガの安堵にミコトが頷く。それを聞いたスミレは不満げに口を尖らせた。

「まぁ恨み言は言うつもりだけどさ……。どこかでやらなきゃいけないことだったから、態々逃げ道を作ってくれたことは感謝しかないし。厳しい指導者貫くつもりなら強制すれば良いのに。どうせ必要なことなんだから。…………ただ、なるべく早く先に進んで早くやりたい。かなり怖いし今でも決心が鈍りそう」

そう言ってスミレは顔を青くして体を震わせた。

「…………あー、成程。大体想像がついた。うむ、早く行こうか」

「ええ」

不安をそうやって言ってくれるのは、ショウガとミコトにとってはとても嬉しいことだった。過去の共有、というのはスミレにとって大きな信頼を示す重要な儀式らしい。とはいえ、スミレの反応で2人は割と内容を察した。ショウガとミコトは、顔を見合わせて頷く。態々、横道に逸れることでショートカットしようとするだけのことはある。

 

スミレの妙にペースの速い歩行に従う形で、2人は歩き出した。

 

◾️◾️◾️◾️

 一方。1人で旅をしていたシゲルは、とある施設を訪れていた。その建物はまるで歴史上の城……しかもカントーやジョウトとは異なる、パルデアなどの辺りにあるタイプの城に似ている。

「ハルラマイロさん、お招き頂きありがとうございます。本日はよろしくお願いします」

「うむ。オーキド博士のお孫さんか、今日は来てくれて感謝する」

シゲルと固い握手を交わすのはハルラマイロ、と呼ばれた口髭の逞しい中年の男だ。

「それで……本題ですが」

「いや待て、その前にもう2人の客人が戻ってくる。話はそれからだ、掛けて待ちたまえ」

「…………失礼します」

そう言って豪華な装飾の施された扉に視線を送る。シゲルは、妙に高級感のある椅子に気まずげに座った。

 

そうして言葉を交わすこと数分。

「戻ったぞ、ハルラマイロ」

知っている声と共に、2人の男性が部屋に入ってきた。それを見たシゲルは咄嗟に立ち上がる。

1人はアルフの遺跡調査に参加していたタマムラ。そしてもう1人は。

 

「タマムラ博士。…………そして、ナナカマド博士」

ポケモン研究の第一人者にして、シゲルの祖父であるオーキドの恩師。ナナカマド博士が立っていた。

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