ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
クチバシティでの一件を終えたスミレは、次の目的地であるヤマブキシティに向かっていた。ヤマブキシティにジムを構えるジムリーダー、ナツメに関してはいい噂を聞かないため、避けておくに越したことはないのだが、ヤマブキシティはカントー1とも言える大都会。様々な企業や商業ビルが立ち並ぶため、物資調達には困らない。幸いにも、サントアンヌ号で様々なトレーナーとバトルした為、鍛錬に大幅に時間を割かれることもない。ユンゲラーの実力には不安はあるが、技の精度だけは岩や木を相手に鍛え続けているので性格のみどうにかすれば問題ない。特にラプラスは相性有利とはいえ、圧倒的に格上のオンバーンに勝った。その経験が相当彼女を強くしたらしく、フシギソウやバタフリーと同格まで一気にレベルを上げた。よってヤマブキシティまでの道は、少しのんびりと行くことにする。
6番道路を歩きながら、スミレは考える。思えば、こうしてのんびりと道を歩くことは久し振りだった。ヒマワリがいたときは鍛錬かヒマワリが何処かで人助けを始め、スミレが巻き込まれるまでは無駄を排し、寄り道も減らしてひたすらに早足で目的地を目指していた。
(…余裕が無かったんだろうな。)
スミレはそう結論づける。日々感じる負い目や自己嫌悪、ヒマワリや町の大人達への不満で余裕を無くし、折角の旅なのに視野が狭くなっていたのかもしれない。珍しく上機嫌に、ボールから出したフシギソウを連れて歩く。天気は曇り、野生のバタフリーが既に木の下に避難している辺り、もう直ぐ雨が降ってきそうなものだが晴天は眩しくて暑いので、スミレにとっては未だ旅日和である。
(…癒される。湿った草木の香り、雨の訪れを感じる風、ポケモン達の鳴き声。)
目を閉じて、鼻を動かせば香ってくるのは自然の香り。町に居たり、人と居たりすると感じる閉塞感も、排気ガスの臭いもない、広い世界の香り。耳をすませば聞こえてくる、風の音、ポケモンの鳴き声。たとえそれが町と町を繋ぐ道路だったとしても、俗世から一歩踏み出したこの広い世界が、スミレは好きだった。
不思議なほどに人と遭遇しないまま、6番道路を歩くと、様々なポケモンと遭遇する。雨が近いからか、みずポケモンのニョロモやその進化形が活発に動いている。野生のニョロゾとバトルし、勝利したからとボールを投げようとしたら明らかに高レベルのニョロボンが出てきて逃げ出したり、最近新種として発見され、ニョロモ系統の新たな進化ではないかと言われ、研究が進んでいるニョロトノと呼ばれるポケモンがそのニョロボンの率いる群れの中にいるのを遠目で見つけたりした。スミレはモモカから『念のため』とカメラを渡されていたのだが、これが案外楽しく、ニョロトノの姿を綺麗に写真に収めた時は少しばかりテンションが上がったものだ。
そんなこんなで歩いていると、ぽつり、ぽつりと雫が降ってくる。雨だ。野生のポケモン達は急いで木々の下や自身の巣に帰り、雨宿りをする。
「私達も、雨宿りしようか。」
「フシャ。」
スミレはフシギソウを見下ろし提案すると、フシギソウは快諾。1人と1匹は道路脇の、一際大きな木の下に入るとそこは雨粒のあまり落ちてこない絶好の雨宿りスポットだった。しとしと、と降る雨はあまり強くはならないようで、柔らかいリズムを刻みながら大地に降り注ぐ。スミレはリュックからタオルを取り出すと顔と体を手早く拭く。木の下には様々なポケモンがいた。バタフリー、ポッポ、コラッタ。ナゾノクサやマンキーもいる。スミレはふと思い立ち、リュックから大きな魔法瓶とマグカップ、そしてティーバッグを持ち出すとカップにティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。出来上がったのは温かい紅茶、冷えた体を温めるにはちょうどいい。木の巨大な根の1つに腰を下ろし、小さなテーブルをセッティングして準備完了。スミレは周囲を見渡す。周囲には木の下に集まり、身を寄せ合う全く違う種類のポケモン達がいる。姿、形、種族、性別など関係なく、誰も排除することのなく共に雨止みを待つ、優しい世界。きっとそれは、人間が歴史の中で望み、未だ手に入れることが出来ていないものだ。
「おっと…。」
ふわりと香る紅茶の香りに、意識を戻す。
(今は煩わしい事なんて、忘れよう。…うん、そうしよう。)
いつも難しいことばかり考えていては、誰だって疲れてしまう。だからこそこうして茶を淹れたのだ。スミレの表情が、僅かに綻ぶ。
「フシャ?」
フシギソウがスミレに向かって、『どうしたの?』と言いたげに声を掛ける。
「…いいや、何でもない。」
そう返し、紅茶を一口。少し濃くなったが、これはこれでまた美味。ほろ苦く、しかし深い味わいが口いっぱいに広がる。甘い茶菓子の類を所持していないのが残念であるが、穏やかな光景を見ながら1人紅茶に舌鼓を打つのは茶菓子などなくても十分に良いものである。
この日は、穏やかながらも随分な長雨であった。紅茶を飲み終え、後片付けを済ませても雨は未だ降り止まない。
「どうしようか…。」
スミレは悩む。折り畳み傘はリュックに入っているが、道路で傘をさして歩くのはトレーナーとしては御法度に近い。傘を持つ片手が塞がる上に視界が狭まり、万が一ポケモンに襲われた際に危険だからだ。だからと言って濡れたまま歩くと風邪を引きやすいし、両親からも止められている。スミレは素材が美人な為、服が濡れて透けたりすると、変質者に狙われる危険があるからだと言う。実際、幼い頃に誘拐されたことがあったのでスミレとしても杞憂とは言い切れなかったものであるが、こうも長雨が続くと碌に身動きが取れない。腕利きのトレーナーなら、ポケモンに【にほんばれ】なりを指示して天候を一時的に晴れにして旅を続けるが、スミレのポケモンにそれを扱えるポケモンがいない。しかし、
「ここで野宿するのもね…。」
スミレは眉を顰める。野宿は一般的に、焚火なりお香なりで周囲に野生のポケモンが近づかないようにしてから寝袋なりテントなりを用意し、するものだ。そうしなければ野生のポケモンに荷物を漁られたり、酷い時には食い殺されたりする。驚異的な身体能力と肉体強度を誇る1部の人間すら、殺された前例があるため、一般人なスミレは特に危険だ。だがスミレの周囲には野生のポケモン達が身を寄せ合って雨宿りをしている。スミレ達は、その空間に入れてもらっている立場であるので、彼らを追い出すのも気が引けた。とはいえ別の場所に移動して野宿の準備をすると、ポケモンの縄張りに入りかねない。雨宿りをしている木が共用の場であるから、呑気にお茶することが出来ていたのだ。水辺にはニョロボンが率いる群れがおり、人を食い殺した前例のあるギャラドスも生息しているので論外、森の奥へ行くとオコリザルやニドキングなどの縄張り意識の強いポケモンの縄張りに入り兼ねず、場所によってはパラスやパラセクトに出くわし、背についたキノコから出される胞子で中毒になって病院送り、なんてこともある。
「フシャ!」
フシギソウが蔓を伸ばし、スミレのリュックから取り出したのはタウンマップ。カントー地方の地理を調べる事のできる道具だ。スミレは殆どタウンマップを使っておらず、その為存在すら殆ど記憶になかった。
「…忘れてた、ありがとう。」
スミレはタウンマップを開き、周囲を検索する。周辺に建物はなく、ヤマブキシティに着く少し手前に地下通路があるらしい。地下通路まではまだ先、雨宿りをする為に行くには少しばかり遠いのでスミレは悩む。
「フシャァ〜。」
フシギソウも蔓でタウンマップをスミレの手から器用に取ると、眉を顰めながら眺めては悩むような声を上げた。
「まぁ、こんな事があってもいいかな…。」
スミレはそう呟くと、フシギソウからタウンマップを回収してリュックに収納し、フシギソウに行き先を告げると雨の中を歩き出した。目的地は地下通路、そしてその奥のヤマブキシティ。ぬかるんだ地面で靴は汚れ、霧のような細かい雨がスミレとフシギソウを濡らす。
「ボン、ボン。」
「ポォ!!!!」
「ンキーー!!」
歩き出せばすぐに、雨音に混じってポケモン達の鳴き声が聞こえてくる。特に目立つのは雨でも活発に動くニョロモ系統の群れ。水辺でリラックスし、雨に打たれながらも何かを話している。ポッポはそこらの樹木を見ればどの枝にも止まっている、というくらいに個体数が多い。彼らは雨に負けぬとばかりに大声で泣くものだから森によく響くのである。また、個体数こそ少ないが1匹1匹の声量がえげつないのがマンキーだ。雨の中でも元気なもので、個体によっては雨の中を木の実を持って騒ぎながら走り回っているものもいる。一方、何処からか静かに寄ってきたむしポケモンのカイロスは、その図体に似合わず大人しく木の下で雨宿りをし始めた。体を大きく振り、水滴を飛ばすとそれを掛けられたコラッタ達が抗議の声をあげ、カイロスはまるで謝罪するかのように鳴き声で返す。
「これが、自然…。私が見たがっていた、広い世界のポケモン達…。」
スミレはまるで観光地に来た観光客のように辺りを見回しながら、濡れるのも気にせずに歩んで行く。スミレの人生とは真逆に近い、平穏で幸せな日常の一コマ。しかしきっと、彼らには彼らの苦労があるのだろう。スミレはそう思い、少しばかり芽生えた、羨む感情を否定する。
「さぁ、行こうフシギソウ。…地下通路はもうすぐだ。」
いつもより少しトーンの高い声で、スミレはそう呼びかける。
「フシャ。」
フシギソウは笑って追随する。
雨はまだ、止みそうになかった。
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