ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
『このままじゃあいけねぇ。そうは思わねぇか?旦那。』
そう口火を切ったのはバタフリー。華やかな見た目に反し、口調は荒っぽく渋い。旦那、と呼ばれて反応するのはスミレの相棒であるフシギソウ。スミレの手持ちの中でも最強であり、リーダーを務める存在である。
時間はもう深夜。スミレはとっくに眠っており、静かな寝息が聞こえる。いつもなら過去の事を夢で見ては飛び起き、寝直すという事を繰り返しているのだが、今日は昼間は人にも遭遇せず、ストレスがあまりなかった為か、魘されず穏やかな表情で眠っている。起きているのは夜行性のポケモン達とスミレの手持ち達だけだ。
こうして始まったポケモン達の話し合いだが、今日は初めから荒れ模様だ。バタフリーがフシギソウに先述の言葉を投げかけたのだ。バタフリーには不満があった。そう、ユンゲラーの事である。ユンゲラーは手持ちの中では唯一戦闘が出来ないポケモンだ。バトルに出せば技を逸らすか避けるしかせず、一撃でも貰えばすぐに逃げ出す。バタフリーは、自ら選んで付いてきたにも拘わらず堂々と主人の足を引っ張れるその精神が気に食わなかった。
『そうは言ってもねぇ…。スミレも、まだ先は長いって言ってるよ。』
バタフリーを宥めるのはフシギソウ。フシギソウとしてはユンゲラーが悩みの種であることは知っている。夜な夜な頭を抱えながら、それでも捨てるのを我慢してここまでやってきている事を理解しているからこそ、バタフリーの怒りも理解できた。バタフリーはスミレから『出せば必ず成果を出す。』と評価されており、切り札として温存されがちなフシギソウと違い、『困ったら出しておけ』程度の感覚で出されては何らかの形で貢献してくる実力者だ。そして何より、彼は努力家だ。火力が足りない、という欠点を抱えながらも、得意の創意工夫と熱意、そしてスミレへの忠義で技を磨き上げ、強くなった彼が現状に甘えるユンゲラーを許せる筈がなかった。
フシギソウとしても、現状を変える必要があった。先のやり取りからも分かるが、ユンゲラーとバタフリーの間に、溝が生まれ始めているのだ。今までは、ラプラスも育成途上という事で表面化しなかった。しかしラプラスは親を殺されたトラウマに苦しみ、スミレに泣きつく事もあるがそれでもバトルから逃げたりはしなかった。懸命に努力し、本当は怖いはずである攻撃を受ける事にも耐え、強くなった。相性有利、かつ本人が育てた訳ではないのか連携もあまり上手くなかったとはいえ、レベル差があったドラゴンタイプのオンバーンを真っ向勝負で打ち破る大金星を上げた時には、バタフリーは特に泣いて喜んでいたものである。ラプラスの成長はスミレ第一のバタフリーと、スミレは好きだけどバトルは怖いユンゲラーの間にあった見えない溝を表面化するには十分すぎた。スミレはこの問題には不干渉の立場を取っている。本人曰く、『私が介入すれば確実にバタフリーの肩を持つ。』との事であった。フシギソウとしては頭が痛いが、スミレが未だユンゲラーを手放していない理由が、ユンゲラーに懐かれている為捨て辛いという事と潜在能力は十分にある事、そして強くなるキッカケをくれたフーディン老師への義理なのである。愛情もクソもあったものではない。しかしそれでも、手持ち間の溝など作るべきではない。共にスミレに従う者同士、仲良くしなければならない。
『ユンゲラーよぉ、お前いつまで甘えるつもりだ?オレぁ許せねぇんだよ、勝手な都合で嬢ちゃんの足引っ張るヤツが。』
『ぁ…う…。』
ユンゲラーは俯いて僅かに声を発するだけ。実際、ユンゲラーも負い目を感じていた。自分で望んで付いてきた癖に何の役にも立たないタダ飯食いであることを。ユンゲラーは、自身の扱いでスミレが悩んでいる事を知ってしまっていたが故に罪悪感を覚える。
『まぁまぁ、バタフリーさん。あんまり強く言わないであげて。』
ラプラスが仲裁にかかる。ラプラスは一時期、手持ちに居るのにバトルに参加できない時期があった為、スミレの役に立てない辛さを知っていた。
『だが…。』
バタフリーはラプラスに少し甘い。ラプラスには強く言えずに言い淀む。
『でも、実際どうにかしなきゃいけないのは事実だよ。バタフリーにはもう少し優しく指摘して欲しいけどね。』
フシギソウは優しく、だがバタフリーに同意する。バタフリーの言っていることは間違いではない。ユンゲラーにもペースがあるとは言え、あまり長引くとスミレの今後に関わる。ジム戦の規定では2から4体、今のまま4体出してくるジム戦に行けば実質3対4だ。ジムリーダーなら相性不利などあっさり突破してくるので、フシギソウとしても早めにユンゲラーには覚醒して貰いたいのが本音だ。
『ごめんなさい…。』
ユンゲラーとしては謝ることしか出来ない。
『チッ…!』
バタフリーがそれに対して舌打ちをし、フシギソウに蔓で軽く叩かれる。
『駄目だよ、その態度は。』
『分かったよ、旦那…。』
『うぅん、スミレちゃんはどうするって聞いてる?』
ラプラスがフシギソウにそう聞く。
『スミレとしてはこのまま暫く様子見、リーグまでに治らなかったら誰かしらに譲るか研究所送りにする。って言ってるよ。ちなみにスミレはバタフリーとユンゲラーのトラブルに関しては全く干渉しないから。したらバタフリーの肩を持ってしまうってスミレも言ってたし。』
フシギソウが明け透けに言うとユンゲラーは顔を青ざめさせる。
『うぅ…どうにか出来ないの?』
ラプラスは心配そうに聞く。
『僕からも色々言ってみては居るんだけど、言葉が通じないからニュアンスでしか会話出来ないからね…。ロケット団のニャースや老師みたいな人間と会話できるポケモンが居れば話は別なんだけど、話せた所で今のスミレじゃあ処遇を変えてはくれないよ。』
『どうして?』
『彼女自身に、心の余裕がないからだよ。スミレは、自身の抱える闇との決着がまだ付いていない。その状態で誰かの介護なんてストレスの塊をぶつけられるようなものさ。今は本人も自覚しないうちに、どんどん苛々を溜め込んでる状態だ。ヒマワリちゃんとの一件で一度爆発したけど、次がいつだなんて分からない。彼女は今、バトルで結果を出す事でしか未来を見れていないんだ。その上僕らを育てるということは、スミレの財産を切り崩すと言う事だ。だからこそ、結果を出すどころかバトルすら碌に成立しない君に対して、切り捨てるという選択肢が生まれている。』
『ぁ、あの…じゃあ、どうすればいいですか…?』
ユンゲラーが恐る恐る聞く。
『努力するしかないね。才能はあるんだ、戦えるようにさえなればスミレもきっと認めてくれる。まずは今までスミレがやらせたように、木や石に向けて攻撃を撃って火力とコントロールを上達させる事。そしてもう一つスミレが考えていたんだけどね、テレポートで相手の攻撃を避けながら攻撃したら一方的に殴れるんじゃないかって。だから、移動に関しても練習すべきだ。恐怖心に関しては僕らが模擬戦に付き合うよ。』
『私に…できるんでしょうか?』
『出来るよ!』
自信なさげなユンゲラーにラプラスはニコニコと笑いながら返す。
『あー…やってみなきゃ分かんねぇってのはある。本気で克服しようって言うなら俺はもう少し我慢して付き合ってやるからよ。』
バタフリーはやれやれといった風にそう言う。
『ふふっ、それでこそスミレの認めたバタフリーだよ。…ユンゲラー、ここで覚悟を決めれば、きっとスミレを喜ばせる事ができるし今までの評価を覆す事ができる。…その代わり、2度と立ち直れないくらいに大変な思いをするかもしれない。やるかい?』
フシギソウはまるで握手を強請るように、蔓を差し出した。それはきっと悪魔の囁きで、地獄のような思いもするかもしれない。2度と立ち直れないだけの心の傷を負うかもしれない。ユンゲラーの全身が恐怖に震える。
『ユンゲラー、この木の実は好き…?』
ハッとした。
『ユンゲラー、まだやれる。』
『任せた、ユンゲラー。』
『才能はある、焦らず行こう。』
『ほら、ちゃんと食べなさい。』
『別に取って食いはしない。』
耳元に響くのはスミレの声。何度も失望された、何度も睨まれた。でも、何度も励ましてくれたし何度も期待してくれた。美味しいご飯を食べさせてくれた。技が上達したら褒めてくれた。スミレはユンゲラーにとって、嫌われたくないと思える人だった。それは悪魔の囁きに乗るには十分すぎた。
『ゃ、やります…。わ、私…頑張ります…ッ!』
震える声で、ユンゲラーは確かにそう言った。
⬛️⬛️⬛️⬛️
「全く…夜遅くに何やってたんだか…。」
早朝、カップスープのじゃがいものポタージュを片手に、スミレは呆れ顔で呟く。スミレの側には、明らかにボロボロなフシギソウ、ラプラス、バタフリー、そしてユンゲラーが眠っている。ボロボロになっている辺り、きっとユンゲラーに何かの心境の変化があったのだろう、スミレは自分が下そうと検討していた"役立たず"の評価を取り下げる。スミレは本気で、研究所に送るつもりだった。もしくはサトシやヒマワリ辺りに押し付けようなんかも考えていた。だが、今のユンゲラーの姿を見て、もう少しだけ期待してみよう、そう思う。
「傲慢が過ぎたな…私は。」
スミレはそう自嘲する。自分1人で何とか出来なかったのだからと矯正を諦めかけていた。早くも戦力外通告を行おうとしていた。だが、彼らとの何らかの出来事で、ユンゲラーはボロボロになるだけの機会を得た。初めから彼らに頼れば良かったのだ。スミレのポケモン達は、スミレ自身が思う以上に、頼もしい存在だったのである。
「お疲れ様、そしてありがとう、みんな。」
スミレの呟きが、疲れ切って眠る彼らに届くことは無かった。
ありがとうございました。
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