ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
ぶっちゃけ、あんまり上手にかけてないです。
「もう、亡くなっています……」
アカマツの通報にわざわざ来たジョーイが、悲しげな表情でそう断念する。死因は、老衰。ジョーイによると、このニドキングは100年以上、それこそシンオウ地方がまだヒスイ地方と呼ばれていた時代から生きてきたニドキングであり、いつ亡くなってもおかしくは無かった。ニドキング王は、新王との語らいの後倒れ、ジョーイを呼ぶ間に群れの者達に向けて何かを小声で話しており、その後で眠るように動かなくなった。
「きっと、安心したんだと思うよ。新しい王様の誕生を見届けたから」
アカマツは寂しげにそう呟く。もしもポケモンの言葉が理解できたなら、というIFがつい頭を過ぎる。かの王は、新たな王への激励と祝福を残して逝ったのだろうか。もしも彼と言葉を交わせたら。アカマツは、初めて自分が人間であることを悔しく思った。
「……これが、死」
スミレは、王の遺体をじっと見つめる。スミレの勘が、重大な喪失をスミレに教えているが、何を喪ったのかを気付くことはできなかった。その正体とは、王の言葉であり、スミレの覚醒を促す重要な要素であったのだが、スミレがそれに気づくことはない。
(どうして、悲しむの……?)
スミレは、先王の遺体に縋り付く新王らに対し、そんな疑問を抱いた。スミレにとっての死とは、即ち救済だ。穢れきった世を飛び出し、あらゆる苦痛から解放される救済こそが死であるため、それは祝福されて然るべきだ。なのになぜ、彼らは悲しむのか。今のスミレには、理解することができなかった。
▪️▪️▪️▪️
「ゴースちゃん、ごめんねぇ…わたしはもう、ダメみたい」
真っ白い病室で、1人の老婆が側に浮かぶゴースに謝罪の言葉を投げかける。老婆の体は病に蝕まれ、枯れ木のように痩せ細っていた。ゴースはそんな老婆に必死で言葉をかける。
『そんなこと言わないで!きっとあなたは良くなるから!!』
しかし、ゴースの言葉は老婆には届かない。老婆は既に、装置を付けなければ日々の生活が出来ないほどに衰弱していたのだ。
「ごめんねぇ……、わたし、耳が遠くてさぁ。なんて言っているのか、分からないのよ…………」
老婆は、微かに聞こえるゴースの鳴き声に、そう返した。
(なんてこと……。こんな近くにいるぼくの言葉が、届かないなんて………!!)
ゴースは、その事実に衝撃を受ける。老婆が日に日に弱っていることは承知していた。しかし、彼女の耳に言葉が届かないなど、誰が予想できただろうか。ゴースの言葉は、人間の言葉とは全く違うが、老婆はゴースの言葉を理解することができていた。実際、ゴースは毎日老婆を見守っている訳ではない。老婆の家族が、病気の老婆の近くにゴーストポケモンが居る事を拒絶したからだ。だから、ゴースは老婆が1人の時を狙い、彼女を訪ねていたのだが、それ故にその事実を知るのが遅くなってしまっていた。
「わたしねぇ…幸せだったよ。ポケモン達と成長して、働いて、爺さんと出会って、結婚して、子供作って、育てて、見送って、孫の顔を見て、爺さんやポケモン達に先立たれて、ゴースちゃんと出会って、こうして笑って死ねる。贅沢を言えば、もっと沢山の人に囲まれて、お話しして死にたかったけどね……。それでも、わたしは幸せものだった。あなた達が居たから、わたしは楽しかった……ふふっ」
そこまで言い、老婆は笑った。しわくちゃの顔で、まるで意中の人と出会った乙女のような笑顔を見せた。
『行かないでっ!ぼくを置いていかないで!!』
「ああ、爺さん……。待ってな、すぐ、そっちへ行くからさ……。いや何、本当……いい人生だったよ」
そう続けて、老婆は目を閉じた。もう2度と動くことのないその表情は、満面の笑顔であった。そして、ゴースの言葉を老婆が聞き取ることは、最期の最期まで出来なかった。
「なんでよ!なんでお婆ちゃんを殺したの!?お婆ちゃんはアンタを可愛がってた!!なのに、なんでっ……!!!!」
老婆の孫が放つ怒声が、病院に響く。孫である少女は、別にゴーストポケモンが嫌いな訳ではない。しかし、野良のゴーストポケモンが死ぬ間際の人の側に立つ、ということが不吉だという迷信や、過去、ゴーストポケモンが病人の魂を吸って殺したというニュースで見た事実、ゴースの体が有毒なガスで構成されているという知識から、ゴースを追い出していたのだ。それが、コッソリと病室に侵入していたことを知り怒り、既に永遠の眠りについた大好きな祖母の姿に、少女は余裕を無くしていた。
「辞めなさい!まだそうと決まった訳じゃないわ!」
少女は、その母親に抑えられ、泣きながらもがく。泣いても、恨んでも、祖母はもう帰ってこない。最期に何を想い、何を言ったのか、それを知る術はない。ただ、受け入れるしかなかった。しかし、病室には息を引き取った老婆とゴースのみ。状況を見れば、ゴースが老婆を殺したように見えても仕方が無く、孫娘が冷静さを欠くには十分すぎた。
『お願い!聞いて、聞いてよ!!』
ゴースもまた、余裕では無い。ただひたすらに、自分の無実を訴えて、老婆の最期を伝えようとしていた。しかしその言葉が、通じることはなかった。
「消えろッ……この人殺し………!!!!」
▪️▪️▪️▪️
(今の彼女に必要な言葉……でも、俺様の言葉は届かない)
ゲンガーとなったかつてのゴースは、再び言葉が通じない悲劇に歯を食いしばる。新たな主人である、スミレが死を願っていることは、ゴーストポケモンの本能で分かっている。諦めも混じった、死への願望が、スミレの中に蠢いている。つきあいの短いゲンガーでも、スミレのおかしさが分かるほどに露骨だった。
(アイツは、狂ってる)
例えば、フシギバナへの異常なまでの信頼。例えば、強くもない体で旅立ったその精神。例えば、時折見せる冷徹な瞳。そして、悲しみをカケラも持たずに先王の死体を見つめる姿。スミレの服の裾を握れば、濁った瞳がゲンガーを見つめる。
「何?」
『いや、なんでもない』
ゲンガーは、その意味を込めて言葉を発する。
「……?まぁ、いいよ」
スミレは、ゲンガーの言葉を聞き取ることも、聞き取ろうとすることもせず、踵を返す。スミレにとってのここは、何の利益も齎さない場所だった。タマゴの回収はなされた。ポケモン図鑑への登録もジョーイが来るまでの間に済ませ、もうここに用はない。苦い薬を無理矢理飲み込むように、胸中の疑問を頭の片隅に追いやり、逃げるように歩き出す。
(コイツは多分、一度踏み外せば1人じゃあ戻ってこれないタイプだ……)
ゲンガーの頭に、スミレを見限る、という選択肢が降って湧く。正直な話、スミレに着いていくメリットなど、そこまで無い。そもそも、サダコに預けられる道を選んだのも、あの老婆が話していたからであったから。あのサダコも、サヤの影響で丸くなったらしいが根本が人でなしなので、一生従う気もなかった。
『ゴースでも、ゴーストポケモンでも良いのよ。あなたが居たからわたしは家族と離れても寂しくない。わたしはあなたに救われた。……もし、もしもだよ?あなたがその気になってくれるのなら、わたしみたいにひとりぼっちな人を、助けてやってくれないかい?ひとりぼっちは、寂しいからさぁ』
ふと、老婆の声が聞こえた。きっとこれは幻聴だ。ゲンガー達ゴーストポケモンは、冥界と現世を行き来できる。その為、あの老婆が天国に行き、その後に転生を果たしたことも知っている。だから、彼女の霊がここにいることなんてあり得ない。これはただの幻聴で、ゲンガーにとっては縋り付きたい程に愛おしい思い出のカケラ。そして、老婆の孫娘の顔を思い出す。老婆が亡くなって暫くは、あの娘も今のスミレと似た、濁った目をしていたのを覚えている。それらは、スミレを見限ろうという思い付きを否定するには、十分なことだった。
(しゃあねぇなぁ……)
ゲンガーは、呆れた表情で頭を掻く。どうにも自分は、この少女を見捨てられないらしい。自分の我儘が、老婆の孫娘に憎しみを教えた。老婆が好きだと言っていた、笑顔を奪った。その罪悪感は今でも心の中にある。だがゲンガーは、それから逃げようとは思わない。忘れたいとは思わない。ただゲンガーは、未来に希望を託す。きっといつか、自分の声でトレーナーと心を通わせる。その為に、ゲンガーはスミレという面倒極まりない性質の少女に付いていくのだ。
▪️▪️▪️▪️
「行くんですか?」
去ろうとするスミレに、アカマツは声を掛けた。
「……ここにもう用はない。留まるくらいなら先を急ぐ」
スミレは、足を止めずにそう言った。スミレはもう、あのニドキングの死骸を見ていられなかった。ポケモンの死骸なら、過去に下駄箱に詰め込まれたビードルなどで見ているが、あの死骸とそれに群がるポケモン達を見ていると、自分の価値観が壊れそうで怖かったのだ。
「……ありがとうございました」
アカマツが、唐突にそう言い、スミレは思わず足を止めた。
「何?」
「貴方はラッキーのタマゴを取り返してくれた。それに、貴方とのバトルがニドキング王の世代交代を齎した。……もしも世代交代がなされぬまま先代の王が死ねば、残された群れは他の群れやポケモンに蹂躙されるだけですから。……貴方は、貴方自身が思っている以上に、優しい人ですよ」
アカマツはそう言って笑った。
「……嘘つき」
スミレは、そんなアカマツを直視できず、俯く。スミレは、自分が性格が悪いと自認している。ポケモンの死に悲しみをカケラも抱かず、むしろ悲しむ者への疑問を抱くことが、異端であることを知っている。だからこそ、スミレはアカマツの言う"優しい"という評価を、嘘と断言した。
「今じゃなくていい。いつか、分かってください」
そう言うアカマツから逃げるように早歩きでその場を逃げ出そうとし、大きな体に正面からぶつかった。
「キィング」
それは、新たに王となったニドキングだった。
「ッ……!悲しんでなくていいの?」
スミレは、思わずそう聞いた。
『良いんです。もう俺は王様ですから、しっかりしないと……。スミレさん、で合ってるかな?俺は貴方と貴方のゲンガーのお陰で、先代様に安心して眠ってもらう事ができた。これから大変なことが沢山あると思うけど、群れのみんなも居るし、俺も頑張るから』
そこまで言うと、ニドキングはその体格に見合わぬ優しい力加減で、スミレを抱きしめた。
「何をッ……!」
『先代様は、貴方のその瞳を気遣っていた。そして俺は、俺を成長させてくれた貴方に恩返しがしたかった。だから俺は、俺自身の判断で王の職務と貴方の臣下を、両立することに決めました。だから、困った時や辛い時は俺を頼って下さい。俺は貴方が居たから進化出来た。進化出来たから群れを守る資格を貰った。だから、いつかその恩返しをしたいんです。……俺はこの森に居ます。だから、いつか俺の力が必要になった時は、この森に来てください。今よりもっと強くなった俺が力になりますから』
そう言ったニドキングはスミレのバッグを無断で漁り、空のモンスターボールを取り出すとスイッチを押し、中に収まる。ボールが音を鳴らし、ゲットした事が示されると、ニドキングはボールから飛び出し、ボールを手に持ったまま、スミレに背を向けた。
『分かっています。貴方に俺の気持ちは伝わらないことは。でも貴方には、ポケモンが居る。彼等に俺の気持ちが伝わったのなら、俺はそれで良いんです。……さようなら、そしていってらっしゃい、俺のマスターよ』
スミレには、分からなかった。ニドキングの言葉も、行動の意味も。ボールを持ったまま、静かに森の奥へ消えてゆくニドキングに、スミレは何の言葉も浮かばない。今のスミレに出来るのは、頭の中を占める疑問の全てに背を向けて、歩き出すことだけだった。
ありがとうございました。一応、ニドキングがスミレのポケモン入りです。緊急時の助っ人枠となります。
頑張って書きますので、気長にお待ち頂けると嬉しいです
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