ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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お久しぶりです。最新話です


第42話 カラを破って

 「ふむ……」

スミレは、膝上に乗せたタマゴに視線をやり思案する。ラッキーに盗まれる事件もあったが、無事にここまで来たタマゴは、頻繁に揺れるようになった。かつて博士の研究室で読ませて貰った本によると、タマゴの揺れが激しくなると、それは孵化の合図なのだそう。となると、そろそろ孵化後の世話を考えねばなるまい。

「バナァ?」

フシギバナが心配そうにスミレの顔を覗き込むと、スミレはひらひらと手を振って何でもないことをアピールした。現在、手持ち達は特訓中。模擬戦をしたり、自主練をしたりする事で戦力の増強を目指している。

「ワタルさんのことだから、タマゴの中身はドラゴンタイプ。……なるほど、命の授業には最適って訳ね」

スミレはそう予想し、顔を顰める。ドラゴンタイプは、ポケモンのタイプ内ではぶっちぎりの育成難易度を誇るタイプなのである。ドラゴンポケモンは能力が高く、そのビジュアルからも人気は高い。しかし気性は荒い上にプライドが高く、なかなか指示を聞かない。また、進化に時間が掛かりまくるし育成費用が掛かるなどデメリットを多く抱えたタイプだった。その為、育成は大いに難しく、そして面倒なのである。ジム戦や野良バトルを繰り返したお陰で随分と稼げてはいるので資金面はなんとか工面できそうではあるが、スミレ自身タマゴからポケモンを育てた経験がない。精々、オーキド研究所でタマゴ育成法の本を読んだ記憶があるだけだった。スミレとしても、流石に適当に育てて殺すようなことはしたくないので、ポケモンセンターがある、ヤマブキシティへの道を急ぐことにした。

 

◾️◾️◾️◾️

「確かに、もう少しで産まれそうですね!」

ヤマブキシティのポケモンセンターで見せた所、ジョーイはそう言ってスミレの見立てを肯定した。

「どのくらいで産まれそうですか?」

「早ければ今日中には。お客様はこのタマゴを沢山連れ歩かれたようなので、その分早く育つんです!」

ジョーイはワクワクを隠せない様子でそう言った。ポケモンをタマゴから育てる、というのは中々に難しい。その為タマゴを所持しているトレーナーというのは珍しく、ジョーイも貴重なタマゴに心を躍らせていた。

「なるほど……。育て方について、どう調べれば良いですか?」

スミレはそう言って首を傾げると、ジョーイはスミレに一言断りを入れると奥へ入っていき、すぐに1冊の本を持ってくるとスミレに差し出した。

「私からのプレゼントです!『初めてのポケモン育成〜タマゴから最終進化まで〜』という本ですが、この本なら信頼ができるので、持っていって下さい」

ジョーイからの好意に、スミレは素直に従った。世の中、書籍であってもネットであっても、偽の情報が出回りやすい。そんな中、医療のスペシャリストであるジョーイが信頼できると断言した本なら、安心して指示に従うことが出来る。

「ありがとうございました。また様子を見て、何かあればまた来ます」

スミレはそう言って小さく頭を下げると、本とタマゴを持って外へ出た。天気は快晴、まさに新たな命の誕生を祝福しているかのようにも思える。

(……産まれたら、大変だろうなぁ。躾とか、どうしよっか。前途多難すぎる)

スミレは脳内で、そう悩んだ。スクールで学べるのは、最低限の知識くらいであるし、オーキド博士の研究所でも、より専門的な文書が読める程度であって、研究所で保有されているタマゴや赤ちゃんポケモンの世話は、資格を持ったブリーダーの仕事だったので実際にやった事がない。仲間であるラプラスも、子供ではあるが赤ん坊ではないし、ラプラスを育てていたヤエとクヌギの夫婦はタマゴからの育成をやっていたが、赤ちゃんポケモンの世話を手伝ったのはヒマワリだった為、経験は全くのゼロだった。そしてタマゴからの育成というものは、凄腕のトレーナーも苦労するという。今までなぁなぁとやってきて真面目に向き合って来なかった、タマゴから育てるという事の難しさに、スミレは嫌な顔をした。そうしてスミレは、ふと素直に祝えない自分に気づいた。

「私……人でなしだ」

ポツリと呟くと、足元が脆く崩れて奈落が顔を出したように思える。例えばポケモンタワーでロケット団を殺しかけた時、ニドキング王の死を悲しまず、逆に死に悲しむ感情に疑問を抱いた時、そして今、産まれようとする命を祝福できないことに気づいた時。そのような状況を作り出せる人間を、"人でなし"という言葉以外で表現する方法を、スミレは知らなかった。本来、育児というものは人であれポケモンであれ難しいし疲れるし苦労するものだ。不安になる気持ちは当然のものだが、子育て経験のないスミレには、その気持ちが罪深いものであるかのように思えたのである。

 スミレは、タマゴの殻を軽く叩く。ポケモンのタマゴというものは、総じて堅牢な殻に包まれている。その理由は諸説あるが、最有力とされているのが外敵から身を守る為、というものだった。ポケモンの世界は弱肉強食、まるでキャラクターのようなビジュアルの癖に生物らしく血生臭い世界に生きている。だから、我が子が無事に産まれてくるように、親は子をタマゴという形で産むようになったと考えられているのだ。子は、体が出来上がるまでは堅いタマゴの中で過ごし、殻を破る事でこの世に生を受ける。親からの守護を自ら破り、広い世界に出ていくポケモン達を想像すると、目が潰れてしまいそうなくらいに眩しかった。人に縋り、己の世界に閉じこもり、ヤケになって人に迷惑をかけ、挙句の果てに人としての良識すら失った。人として殻を破れない自分が、タマゴから産まれてくるポケモンの世話をして良いのかとスミレは感じた。本来、ポケモンがタマゴの殻を破る事と人が殻を破る事は全くの別物で、スミレの思考はこじつけに過ぎない。スミレとて理屈ではそれを分かっている。しかしそれでも思い悩む程に、今のスミレは追い詰められていた。

(いつだか、お母さんも言ってたよね……。『過去に拘らないで』って。『前を向いて』って。……無理だよ。だって、今が辛いから)

とスミレは思う。モモカが言うように、前向きに生きられたらどれだけ良かっただろうか。顔の傷も、体の傷も、心の傷も全部過去のものと割り切って生きていけたらどれだけ幸せだっただろうか。それらの傷のせいにして、周囲に八つ当たりをして生きる人間でなくなれたなら、どれだけ良かっただろうか。ただ、そんなIFはきっと叶わない。きっと想像すらも許されない。

「せめて貴方は、こんな醜い私みたいにならないで」

そう呟いて、スミレはタマゴを、ケース越しに強く抱きしめる。せめて貴方の前では、完全無欠な自分で居るからと、無垢な貴方が歪まないように、弱い自分を殺して見せるからと、タマゴに向けて誓いを立てる。タマゴは、揺れなかった。

 

◾️◾️◾️◾️

 

 何度か検討し直したが、ヤマブキジムは、結局のところ挑まない事にした。正直な話、勝てばわざマシンと賞金を貰えるためフーディンの強化にもなってメリットは大きいのだが、ジムリーダーのナツメは勝つと負けたチャレンジャーを人形に変えてしまうという話を聞いた。ナツメがエスパーポケモンの遺伝子を保持する、サイキッカーという超人種のひとつに該当する場合、そのような超常の事象を起こすことも可能となる。負ければ人形で後がなく、そして相手は強力なジムリーダー、と考えた時に、スミレの失敗を恐れる心が挑戦意欲を掻き消したのだ。

 己の臆病さに呆れるスミレだったが、それよりも優先すべきはタマゴである。なんだかんだ心配になり、ポケモン達を何かあれば呼ぶよう言い聞かせて自主練に放りだしてまで、タマゴを見守っていた。そうやっているといつしか昼が過ぎ、空が茜色に染まり、夜になる。

「ほら、ご飯」

スミレは、リュックから取り出した色違いの餌入れに、ポケモンフーズと木の実をブレンドしたものをそれぞれ入れる。フシギバナは苦味、バタフリーは渋味、ラプラスとフーディンは甘味、ゲンガーは酸味と好みが分かれるので、それぞれに合わせて作ってある。勿論、毎日同じ味という事はない。ポケモンといえど、飽きてしまいコンディションに影響が出てしまうので、その辺りの気遣いはせねばならない。

「さて、私も……頂きます」

そう言ってスミレが本日頂くのは、カレーである。カレーといえばガラル地方が有名だが、スミレが作ったのは、何の変哲もない一般家庭のカレーである。ただし10歳の子供が作るにしては辛い、辛口のカレーとライスであった。スミレとポケモン達が食事する間、タマゴはスミレの目の届く場所に置かれる。以前は、ラッキーに盗まれる事態になったので、二度と同じ轍を踏まないよう、スミレも気をつけていた。

 夜になり、空に星空が見える。野外でのキャンプというものは、都会の喧騒から離れ、静かに絶景に浸れるのでスミレも好んでいた。天気の良さを見込んで、ヤマブキシティを出た甲斐があったというものである。微かに感じる心地よい風と焚き火の炎と音、そして空に煌めく星空というこの上ない好条件でのキャンプは、スミレの心を僅かながらに癒す。

「こういうの、いいな……」

久方ぶりに浮かべた薄らとした笑みは何処かぎこちなくて、しかしスミレはその違和感すらも受け入れられた。食べ終わった食器類を除菌シートで拭き取り、洗い物を済ませる。やる事さえやれば、あとは自由だ。

バタフリーはフシギバナの花の上に止まり、空を見ていた。フシギバナは、焚き火を見つめながらまどろんでいた。ラプラスは既に夢の中、起こすのも悪いのでボールに戻した。フーディンは空を見て、何かを探していた。偶に何かを見つけたのか、慌てて目を閉じては何か祈っていたため、流れ星に願い事でもしようとしたのだろうか。ゲンガーはそんなフーディンに絡み、からかったり一緒に祈ったり忙しそうだった。そしてスミレは、膝にタマゴを乗せてタマゴを撫でながら、ポケモン、星、焚き火、タマゴと視線を行ったり来たりさせていた。

「……この時だけは、私は人で居られる」

スミレは夜が好きだ。夜の静かさは、心を穏やかにしてくれる。悩みや苦しみの痛みも、朝や昼に比べると収まってくれる。だからこそ、その瞬間が来ても、パニックに陥ることがなかった。

 ピシリ、と音を立ててタマゴにヒビが入る。その音はやけに響き、ラプラスは目覚めてボールから飛び出し、他のポケモン達も各々のやっていたことをやめてタマゴに注目する。殻を破る音が何度も響き、殻がスミレの膝から零れ落ちる。そうして出てきたポケモンは、ぶるぶると顔を震わせてタマゴの小さな殻を吹き飛ばし、産声をあげた。

「リュウゥゥゥ!」

突然、スミレの目から、涙が溢れた。スミレ自身にも制御できない透明な雫が、静かにスミレの頬を伝って膝に落ちる。

「な…んで……」

スミレは、己が流した突然の涙に戸惑う。スミレは自身を、人でなしと表現した。だが、スミレはスミレが思うよりも、ずっと人間であった。

「リュウ」

そのポケモンが口を伸ばし、スミレの頬に付いた雫を舐めとる。それはまるで、そのポケモンがスミレに『泣かないで』と言っているようにも見える光景であった。

「…誕生、おめでとう………。…ミニリュウ」

スミレはそう言って産まれたばかりのポケモン、ミニリュウを抱きしめた。

 膝上で動くその小さな命は存外に重く、そして暖かかった。

 

 




ありがとうございました。
タマゴから産まれたポケモンはミニリュウでした。
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