ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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最新話です。筆がのりました。

前回でスーツについてご指摘がありましたが、この話の中に軽く回答を仕込んでおきました(別途で感想への返信でご説明させて頂きましたが)。自分では描写不足に気付かなかったので、とてもありがたいです。


第44話 不穏

 簡単に手出しできない、そうエトウは言った。

「なんですと? 」

エトウの言葉に、オーキドは耳を疑う。エトウは、あのスミレが自分から通うほどのカウンセラーだ。若くして業界で名を馳せるほどの麒麟児、それが簡単に手出しができないと言ったことに、オーキドは眉を顰めた。

「あの子、多分相当追い詰められてますね。爆発させてストレス解消、なんてものもありますが、あの子の場合はそれが追いついていないんです。元々余裕がない上に、普段からストレスが大量に入ってくるからああなるんです。多分、あのミニリュウ、どうせ誰かしらに貰ったタマゴを、ノウハウもないくせに手放せなかったんでしょう 」

「それは分かります。あのミニリュウ、恐らくですが親はワタルのカイリューですな 」

「ワタル!? なんでそんな大物が 」

「ワタルは彼女の名付け親です。不思議ではありますまい。それに、あのミニリュウを見れば分かります。動きから予想がつきましたが、親の遺伝子を良く継いだかなり才能のあるミニリュウなようです。……それがかえって、育成に慣れない彼女を追い詰める要因となった。皮肉なものですな 」

「見て分かるって…えぇ…… 」

オーキドの回答に、エトウは顔を引き攣らせる。初見のポケモンの僅かな見た目の個体差から親を割り出すなど、博士号持ちでもそうそうできない芸当だ。しかもあっさりと才能までも見出している。その能力をもっと人に向けろとエトウは思う。

「まぁ、ワタルから渡されたタマゴなぞ手放せないでしょうな。もともと責任感の強い子ではありましたから 」

「責任というか、それを越した強迫観念でしょうがね。あの子は逃げないと思いますよ。どれだけ反対しても、やり遂げる以外の道はきっとあの子にはありません 」

「どうしますかのぉ…… 」

「ホント、どうしますかねぇ…… 」

エトウとオーキドは、揃いも揃って頭を抱え、項垂れた。

 

◾️◾️◾️◾️

 

 スミレが目を覚ますと、既に日は沈みかけ、茜色に染まっていた。

「……ここは 」

周囲を見るに、ここは病院だろう。見覚えのありすぎる設備が並んでいれば、流石に分かるというものだ。

「目を覚ましたかい?……全く、相変わらず無茶ばかりして 」

「先生…… 」

視界に入ったエトウに、内心で驚く。沢山の患者を抱えるエトウが、わざわざ出向くのは予想外であったのだ。

「驚いてるようだね。君が倒れたと聞いてさ、駆けつけたんだ。原因が心労となると、僕の分野だろ? 」

そう言って笑うエトウの目には、昔を彷彿させる姿のスミレが映っていた。ストレスからか、折れそうなほどに細い体。まるで底の見えない池のように濁り、焦点の合わない瞳。喜怒哀楽がするりと抜け落ちたかのような無表情。

(無理だ)

エトウは、そう思い冷や汗をかく。こうなったスミレは、まず人の話を聞かない。自分が強制された道を歩く、機械のようなものだ。

「すみません、ご迷惑をおかけしました 」

「気にしないで。自分の患者のケアは、ちゃんとやらなくちゃいけないだろう? 」

あまり届いていないとは思うが、仕事アピールを欠かしてはいけない。親切心を持ち出すと、逆にスミレは疑って自分を見せない気質だ。初期はそれで散々疑われた。なので、あえてそれが仕事であると話せば、スミレは手早く終わらせるために協力してくれる。

「カウンセリングですか? 」

スミレが、僅かに声に棘を含ませて尋ねる。要するに、『邪魔をするな、早く先へ進ませろ』という意味だ。

「そうなるね。……さて、オーキド博士の推測なんだけど、あのミニリュウはワタルからの預かり物で良いのかい? 」

「はい 」

「へぇ、凄いね。育児、大変だったろ? 」

「…… いいえ、わがままなところも可愛いので 」

(ユウタァァァァァァ!!)

エトウは、爆弾発言をかましてくれやがったユウタ少年に、今すぐにでも恨み言をぶつけたかった。スミレは、完全に気に病んでいる。

「そうかい?過労と睡眠不足があったみたいだけど 」

「いえ……それは私が悪いので 」

明らかに嘘だ。

「〜〜なるほど、そうかぁ。ねぇ、オーキド博士がもし良ければあのミニリュウを引き取りたいって言ってたけど 」

「私に課せられた課題なので、私がやらなければなりません 」

「どうしても? 」

「私に死ねと? 」

スミレの返しに、エトウは長期での治療が必要だと思った。スミレの感覚では、役割も果たせない自分は死ぬべきと考えているのだろう。

「んん……。旅を中止して、本格的に治療する気はない? 」

「なら死にます 」

「どうしてそうなるかなぁ!? 」

「?……価値がないので 」

「……そうは思わないけどなぁ 」

エトウは否定したかった。しかし、己の殻に篭ったスミレに対して、彼女自身の意見を強く否定すると確実に逆上する。苦々しい表情でやんわりと否定した。

「あー……ウン、まぁつまりは旅をしたいってこと? 」

「はい。私は私が生きてる言い訳をしないといけません。そのために、価値を作らなければいけません 」

「そっかぁ……うん、そっか…………。なんでこうなるまで放っておいたんだよぉ…… 」

エトウは半泣きで頭を抱えた。予想通り、強迫観念に潰されている。言葉による説得は意味がない。むしろ、心がガタガタになるほどの挫折を味わわなければ、付け入る隙は生み出せない。

「うぅん、でも旅は危険だよ 」

「もう失敗はしません。大丈夫です。必ず、価値を証明しますから 」

「ダメだねこりゃ…… 」

エトウは、もはや諦めの境地に達した。そして、自身でも鬼畜と思えるような指示を出した。

「分かったよ。ミニリュウも返すし、旅も続けていい 」

コーヒー豆をそのまま齧ったような、苦々しい表情でそう指示する。スミレに対して、現状での意思疎通を不可能と判断し、対話の隙を作るために敢えて挫折させ、凝り固まった心を打ち砕く策に出たのである。そしてエトウは、袋に入った複数の衣類をスミレに渡す。

「これは、ポケモンの攻撃による身体へのダメージを軽減してくれる服だ。オーキド博士が買ってきてくれた。旅に戻す条件として、これを着ていくこと。ただし、これは着ている部分のみに効果があって、しかも強い炎なんかは防げない。せいぜい、防水やショック吸収、あと電撃の軽減くらいの効果しかないから、過信はしないこと。連絡義務は、既にあるみたいだから除外するよ。……君の精神状態を考えれば、今すぐ入院させて時間をかけて治療させるのが1番なんだろうけど、今の君を無理に入院させるのはかえって悪手だ。せいぜい、満足いくまで旅をするといい 」

「……ありがとうございます 」

スミレは、静かに礼を言った。その目に、エトウは映っていない。

「じゃあ、僕は帰るから。明日の朝、ミニリュウを返してもらって、それから出発するといい 」

エトウはそう言って、くしゃくしゃっとスミレの頭を軽く撫でると、病室を出ていった。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 「ふーん、随分と厄介なことになってるじゃないの 」

双眼鏡で病室を眺めながら、ムサシは言った。今のスミレは、さすがのムサシでも憐れむ惨状であった。

「あいつ、幸薄そうな見た目してるもんなー 。かわいそうに 」

コジロウはそうぼやく。軽い口調とは裏腹に、その目は真剣だ。

「ポケモンが邪魔なら、ニャー達が奪ってやればいいのニャ 」

ニャースは、そう言って怪しく笑う。スミレのポケモンを奪った未来を想像している。彼らが付け狙っているサトシ一行は、ジムリーダー、ナツメへのリベンジを終えてヤマブキシティに滞在している。彼らを追いかけてヤマブキシティに入ったのだが、食事を探す過程でコジロウがスミレを見かけ、あまりにも様子がおかしかったために様子見をしていたのだ。

「さてと、どうする? 」

ムサシは、コジロウとニャースに視線を向ける。

「奪いに行こう。その方が、アイツも碌な目に遭わない 」

「コジロウ、おミャーは少し奴に肩入れし過ぎなのニャ 」

「だってさぁ、小さい子供があんなに不幸ですって顔してたら放っておけないだろ? 」

「コジロウ、アンタの感傷なんてどーでもいいのよ。まぁ、ポケモンを奪うのは賛成 」

3人は悪い笑みを浮かべると、作戦会議を始める。

「鍵になるのはあのミニリュウ ニャ。アイツは簡単に奪えそうだし、ハナガールは確実に釣れるのニャ 」

ニャースは、ミニリュウを狙うことを提言する。ニャースの言ったハナガールとは、スミレのあだ名だ。由来はもちろん、スミレの花である。因みにヒマワリは、ハナガール2号としている。

「いや待て、1番厄介なのはフシギバナだろ? 」

コジロウが反対意見を述べる。

「厄介なのはフシギバナ ニャ。でも、あのサイズを捕まえるのは難しいのニャ 」

「ジャリボーイと比べるとやっぱアタシ達も相手を知らないわね 」

「予想外の戦力が隠れてるかもしれないなぁ…… 」

「居ると思うニャ。でも、それは捕まえれば良い話ニャ。……それで、作戦は? 」

3人は身を寄せ合って、夜通し会議を続ける。その光景を見たものは、ただ天のみである。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 「リュッ、リュッ、リュッ…… 」

ミニリュウが相変わらずの力強さで哺乳瓶に齧り付く。朝、ジョーイからミニリュウを受け取った後、朝からミルクを飲ませていた。今回ばかりは、食欲がなくても無理矢理朝食を胃に押し込んだので、空腹に悩まされることはない。だがしかし、引きずられそうなほどの剛力でしゃぶられる哺乳瓶を丁度良い位置で固定しつつ、落ち着きのないミニリュウにミルクを安全に飲ませるという行為は、非常に神経を使う作業だ。

「落ち着いて……量は変わらない 」

昨夜はミニリュウと離れたことで落ち着いて眠れたためか、スミレの様子は昨日ほどの悲惨さを感じさせない。それはスミレに痩せ我慢をするだけの余裕ができただけなのであるが、幼いミニリュウにはそれを察することができなかった。

 スミレがふと顔を上げるとフーディンと目が合い、フーディンはサッと顔を逸らした。フーディンはこの頃、スミレと目を合わせることを露骨に嫌がるようになった。バトルの指示には怯えながらも懸命に従うし、目さえ合わせなければ甘えてもくる。しかし、目だけは決して合わせられなかった。スミレの目に対して、異常な怯えを見せていた。それにスミレは少し胸を痛めるも、すぐに他へ視線を向ける。スミレは、己の目を鏡でしか見れない。見ても、目はただの目だと思っている。けれど、大人達は目を憐れみ、ポケモンには目を逸らされる。

「私は……どうなるの? 」

「リュ? 」

「……いや、なんでも 」

呟かれたスミレの疑問に答える声は、何処にもなかった。

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