ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第48話 散華

 スミレの霞む視界に映るのは、未だ健在のギャロップの姿。レアコイルもまた、ギリギリ耐えている。それが限界。捨て身の攻撃すらも通じなかった。

「ごめんね……私……無能でさ…………性格悪いし……体弱いし……心も弱いし…… 」

ボロボロと溢れる涙が、地面に染みを作る。

「私さ……最初は、トレーナーになればなんとかなるって思ってた。…………なりたい自分に、なれるって思ってた…………1人で自由に歩いてさ……好きにバトルして、前の雨宿りの時みたいに自然やポケモンに触れ合ってさ……そうやって……ひとりでも幸せになれる……って思ってた…………でもね、無理だったの……。私が心配だから、ヒマワリも着いてきたのにさ……冷たくして、突き放して、八つ当たりして……。博士だって、昔からいっつも……私の味方してくれてたのに……まるで敵みたいに……考えちゃってた。ミニリュウだって、私が我慢すればいい話だった……。他のことも全部、私がダメだから悪いのに…… 」

「バナァ…… 」

フシギバナは静かに首を横に振った。

「私さ……フシギバナと初めて会った時のドキドキ、ずっと覚えてるんだ……。こうなるって分かってなかった時の、あのワクワク感……。運命みたいな、出会い方してさぁ……私さぁ……………… 」

スミレは、より一層泣きじゃくる。背中を丸めて震わせ、両手で顔を覆う。その隙間からは、鳴き声が漏れ出ている。砕け散った闘争心に、すぐに来るだろう別れへの想像が合わさり、すっかり諦めムードだ。

 

 

「はぁい、感動的な場面に失礼〜! アンタはこれから死ぬんだが、まぁそれは色々と遊んでからでもいいよなぁ? 」

ゴルダックのトレーナーをしていた男が、スミレとフシギバナのやり取りを遮った。スミレの衣服の襟を掴むと、無理矢理引き立たせる。

「…………ころして 」

涙声で、スミレは呟いた。

「あん? 」

「どうせなら、今殺してよ……あとからなにされても、わかんないから………… 」

絶望に染まった瞳で、スミレは男を見上げる。

「おうおう、そりゃあダメだぜお嬢ちゃん。俺達はランス様にお前への復讐を頼まれて来てるんだ。ムサシやコジロウが居ないのも好都合、遊べるだけ遊んで殺してやる……よっ!! 」

「ぅあっ……! 」

男はスミレの腹に勢いよく膝を入れた。思わずスミレの口から、苦悶の声が漏れる。

「もう一丁! 」

「ぅ……! 」

今度は、腹に拳が突き刺さる。スミレは痛みと共に全身から力が抜けてゆく感覚を覚えた。

「…………悪趣味な 」

レアコイル使いの男は、苦い顔でそう言うと、目を逸らして集団から離れる。悪趣味と断じながらも、男はスミレを助けなかった。レアコイルも、それに付き従う。

 

「オイ手前ェ、レアコイル借りるぞ 」

「……これでいいだろ。レアコイル、フシギバナを抑えてろ 」

「レーアーコーイールー 」

レアコイルは電撃を弾けさせ、震えながらも未だに立ち上がろうとするフシギバナを牽制する。

 

「アタシ達も遊ばせなよ! ヤるのはそれからでもいいだろ? 」

自身のストライクをあっさり倒された女が、舌なめずりをして言った。

「フシギ、バナ……………助けて………… 」

「ギャロップ、【にどげり】!! 」

「ぁ……………… 」

助けを求めるスミレの瞳と、弱々しく伸ばされた手。そして、ギャロップの蹴りを受けて呆然と倒れ込む姿に、骨の折れる音。フシギバナは、感情の歯止めが効かなかった。ただ敵を殲滅するために、咄嗟に【はなふぶき】を解放する。

 

「あぁ…………… 」

スミレは、微かに声を漏らした。そして力なく花の嵐に巻き込まれ、血を吐きながら地を転がる。

「バ………バナァァァ………… 」

ハッと我に帰ったフシギバナが、スミレの元へとよろめきながら歩く。

スミレの姿は、まさに悲惨だった。頭を打ったのか、ただでさえ弱った体を攻撃された挙句に勢いよく叩きつけられ、更なる出血がスミレの全身を染めていた。

「ふしぎ……ばなぁ………… 」

「バナァ!! 」

泣き叫ぶようなフシギバナの声に、スミレは弱々しく笑った。

「たすけて……くれたんだね…………あり、がと……。ごめん、ね……もう……なんにも……みえないや………… 」

スミレはそう呟いた。その瞳は硬く閉ざされており、スミレの瞳に何も映らないのは当然と言えた。

「バナァ……バナァ………… 」

涙声で呼びかけながら、自身の顔を優しくスミレの顔に擦り付ける。フシギバナの顔に血がべっとりと付くが、そんなことは気にもならない。

どうか起きてくれ、と願う。例えそれを彼女が望まなかったとしてもだ。

「あったかい…………そこに……いるんだね…ふしぎ……ばな…… 」

ドクドクと流れ出る血は、止まる気配を見せない。増え続ける血溜まりは少しずつだが土に吸われ、地面を赤黒く染めている。叫びたいほどに痛い筈なのに、出ようとする言葉を、スミレはぎゅっと堪える。それが自分に出来る、最期の優しさだと思ったから。

 

「やりやがったなぁ……! ギャロップ、【かえんほうしゃ】!!ガキごと燃やせ!! 」

「ロォォォォォォップ!! 」

残り体力は僅かであろうが、それでも未だ無事なギャロップの炎が、唸りをあげて迫る。

(ここまでか……!)

フシギバナも、流石に体力の限界を迎えていた。

 

(ごめん……スミレッ…………!)

そう謝りながら目を瞑りーーしかし炎は、当たらなかった。

「ラ…………ラァァァ…… 」

瀕死だったはずのラプラスが、その炎を身をもって受けていた。炎が途切れると、そのまま倒れる。

「フリィィィィ!!!! 」

ギャロップの胴体に、バタフリーが突進する。ギャロップを僅かに後退させると、そのまま地面に激突して動かなくなる。

「ディ………ディィィィィン……! 」

「…………んんっ!! 」

 

「ゲェェェン!! 」

フーディンのサイコパワーが、男の口を封じた。その隙に肉薄したゲンガーは、技も使わずにギャロップの胴体を殴りつける。ゲンガーは振り払われ、フーディンはその後ギャロップの突進を受けて地面を転がり、どちらも動かなくなる。

「バァァァ、ナァァァ!! 」

奮起したフシギバナは、無我夢中で蔓を伸ばす。せめてあと一撃、というところだが、伸ばした蔓は僅かに逸れた。鬣の炎にあたり、ボロボロと燃えて崩れ去る。

「ロォップ!! 」

ギャロップの蹴りが炸裂し、フシギバナはその場に崩れ落ちた。

 

 

◾️◾️◾️◾️

「なんて奴らだ…… 」

幹部とはいえ、他人に人選を託すんじゃなかったとコジロウは悔やむ。眼下に広がるのは、スミレとその手持ちポケモン達が無惨な姿で転がっている姿。一応、まだ誰も死んでいないらしい。

「アンタら! 殺すなって命令した筈よ!!なんでここまでやったか、説明しなさい!! 」

苛立ちを隠せないムサシが怒鳴った。

「ランス様のご命令だ。俺達はそれに従ってる 」

「命令だかなんだか知らないが、10歳のガキ相手に寄ってたかってここまでやって……!ふざけるな!! 」

コジロウの立腹を、団員達はさも鬱陶しいといった態度で受け流す。

 

「かなり危ない状態ね……このまま放置したら今日中には…… 」

死ぬ、という言葉は喉に支えて止まる。

(アタシも、なんだかんだで気に入ってたのかしらね……)

そう思い、悲しげに笑う。この傷は、自身らの行動が招いた結果だ。悪党を自称する癖に、中途半端に悪を為そうとした結果が、部下の暴走だ。

「コジロウ!! 」

「オウ!ドガース、【えんまく】!! 」

「ドガァァァァ 」

コジロウはドガースを呼び出すと、煙幕を放たせる。団員達の視界を塞ぐ。

「今ニャー!!!! 」

ニャースは叫び、戦闘不能になったポケモン達をボールに戻し、ムサシが背負ったスミレの腰に取り付ける。

「ミニリュウも着いてこい!ひとっとびするぞ!! 」

大急ぎで気球に乗り込み、脱出。暗い煙幕を切り裂いて、彼らの気球は空を飛んだ。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 緊急治療室のランプを見つめながら、コジロウは呆然とイスに座っている。スミレを背負ってタマムシシティに入った時は、町の人も流石に大混乱であった。血塗れの少女を背負ったポケモン泥棒の指名手配犯が、半泣きで助けを求めてきたのである。幸いにも、運び込むまでに死ぬ、なんてことはなかった。ジョーイも感心するほどに見事な、ムサシの応急処置の腕が光ったのである。そのムサシは、ニャース共々現在はここに居ない。タマムシシティのジムリーダー、エリカとそのジムトレーナー達を伴って現場に急行している。スミレとの激戦で疲弊した彼らに、怒れるジムリーダーの相手が務まる訳もない。どの道、すぐに捕まるだろう。

「お主がロケット団かの? 」

隣のソファに座ってきたのは、ポケモン研究の世界的権威であるオーキド博士だ。

「……はい 」

「そうか……。お主達が処置しなければ、あの子は間違いなく手遅れだった。助けるチャンスすらも無かった。…………元を糺せばお主らの責任じゃが、その部分に関しては礼をいうぞ 」

「……いえ 」

「のぉ、青年や 」

「……なんでしょう 」

「もしも、もしもの話じゃ。誰かの未来を結果のみ断片的に知っていて、そしてそれが幸せなものであった場合、そのキッカケを作ろうと動いたのは、間違いだったのじゃろうか 」

「……分かりませんよ。ただ、アイツはそうやって敷かれたレールの上を走るのは嫌いそうだ 」

「ああ……そういえば、そんな子じゃったな。…………ワシは、友達のことも分かってやれんかったのじゃな…… 」

「………… 」

コジロウは、何も返さない。

 

丁度そのとき、フッ、とランプが消えた。ガタガタと中から医者達が出てきて、その後ろから生命維持装置を付けられたスミレがベッドに載せられ、運ばれてくる。

「結果は!? 」

「大丈夫、なんとか一命は取り留めました。応急処置と、輸血が間に合わなかったら手遅れでした 」

「……ホッ 」

「なんらかの後遺症が残る可能性はありますが、ひとまずは問題ありません 」

「……治療には、どのくらい? 」

「それなりの期間は、覚悟した方が良いかと。それだけの傷ですから。少なくとも、今後のジム戦はせめて交通機関での移動にしていただかないと、傷が開く可能性があります。……それと、お耳に入れたいことが ひとつ 」

「……なんでしょう 」

 

「通常の治療では治癒が間に合わないとと判断されたため、治癒力を強化するために、あの子の体にフシギバナの血液を注入しました。輸血自体はロケット団のニャースを介して聞いた、フシギバナの意思ですが。ポケモンの遺伝子を取り込む、ということの意味は、貴方ならご存知でしょう? 」

 

「ああ……そうか………… 」

オーキドは、静かに呟く。スクール生すら歴史で学ぶ、一般常識。自身の体にも流れる血の秘密。ヒトでありながらヒトならざるものを目指した、この世に超人が増え続ける大きな要因となる、世界大戦の遺物。

 

ポケモン遺伝子による、意図的な人体の改造。ほんの少しとはいえ、それが少女の身に施された。

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