ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
トキワシティにある、大きなポケモンスクール。『トキワエリートスクール』と名付けられたその学校は、全寮制で通常のスクール以上の勉強を行う、文字通りのエリート養成校。オーキドはそこに自身が推薦することで生徒としての格を得て入学することを勧め、スミレもまたそれを受けた。環境を変える、というオーキドの誘い言葉に内心釣られたのだ。
『………… 』
スミレは、静かに俯いていた。全身はぐっしょりと濡れ、髪からは水滴が滴り落ちる。実行犯は、同じクラスの女子4名。トイレに呼び付けられた挙句、水を掛けられたのだ。
『ケイゴくんに言い寄るなんて、卑しい真似をするからよ!あのオーキド博士の推薦だからって、調子に乗るんじゃないわ!! 』
怒りで顔を真っ赤にして、リーダー格の女ーーシラメが騒ぐ。
『いえ……私は別に………… ぅっ…… 』
スミレは笑顔を作ってそれを否定しようとすると、取り巻きの女から蹴り飛ばされてトイレの床に強く叩きつけられる。それと同時に、爆発したように笑い声が響いた。
『アンタさぁ、何口答えしてんの? このスクールに来た癖に、身分差って言葉知らないの? 』
アクラは苛立った様子でスミレの頭を踏みつけ、足を動かす。足の動きに合わせてかかる衝撃が、スミレを苦しめる。
『…………ッ! 』
スミレは、歯を食いしばって耐える。始まった頃は教師に頼ったが、既に助けて貰えるという希望は捨てていた。以前に校舎裏で殴られたとき、偶々通った教師に見られ、しかしその教師はスミレを無視した上に殴られているスミレのすぐそばを通って去っていった。だから、期待しない。オーキドに話す、という手もあったが、当時のスミレには思いつくことすらもできなかった。せめて痛みで歪む表情と漏れそうな声を唇を強く噛むことで押さえつけ、相手の気が済むまで耐え続ける。
『チッ……! つまんない、行こ 』
アクラが飽きたら、終了だ。去っていく4人をバレないように薄目で睨みつける。全身は水によって冷え、濡れたことによる不快感が全身を覆う。スミレはゆっくりと立ち上がると、力なくトイレを出る。異常な光景に周囲の人間は遠巻きに眺めるが、気にしている余裕はない。
この状態の始まりは、1人の男であった。
『キミ、結構顔良いからさ。ボクの愛人にしてあげるよ 』
ある日、よく知らない男に、突然声をかけられた。スミレは、女子生徒が常に群がっていた男を思い出す。大企業を経営するジングウジ家の御曹司、ケイゴ。スミレからすれば普段から騒がしくて勉強の邪魔程度の印象しか持っていなかった。
『ええと……。ごめんなさい 』
スミレは、生理的な嫌悪感を隠して、にこやかに断る。周りの女子の目が痛かったし、誰かも知らない人から高圧的に交際を要求されても嫌なだけであった。
『いや、決定だ。キミには、ボクに奉仕する義務が生まれた 』
スミレは、額に青筋が浮かぶのを自覚する。
『ごめんなさい……。貴方のこと、よく知らないの 』
『知らなくて結構。ボクに仕えていればいい 』
『私は無理って言ってるの……! 』
そう言うとスミレは、ケイゴの静止も振り切って教室を飛び出した。
その翌日、" スミレがケイゴにしつこく言い寄った " という訳の分からない噂が流れたのだ。
試験でカンニングの冤罪をかけられた。教師は無実を信じてくれなかった。
靴が隠された。放課後必死に探したら、ゴミ箱の中に入れられていた。
教科書が無くなった。ビリビリに破かれた状態で、ゴミ箱の中から見つかった。教師は全てを知ってなお、黙認した。
取り巻きの筆箱が無くなった。自分の鞄から出てきて、教師には顔を殴られた。
数少ない友達のひとりが虐められた。その友達は最後までスミレを信じた。だからこそ、虐めが止むことはなかった。だからこそその友達は、心を病んで学校を去っていった。別れの日ですら、スミレを責めたりはしなかった。
残った友達も皆居なくなった。親や教師を介して、圧力を掛けてきたのだ。虐められた友達の姿を見せられ、親のリストラと退学をちらつかされる、というのは脅しには十分すぎた。皆、罪悪感を募らせた表情で去っていった。
そしてそれらを、10歳のスミレはもう一度鮮明に見せられていた。
そしてーー
『これ、は…… 』
スミレは、ソレを見て愕然とした。そして、遠巻きにニヤニヤと笑っている女達を信じられないものを見るような目で見た。
それは、ビードルの死体だ。所々から体液を流したビードルの死体が、靴箱に詰められていた。
『どう、して……こんなのって…………あんまりだよ…… 』
ビードルの死体を抱き抱え、膝をついて涙を零すスミレ。しかし、その思考は動き続け、とある結論を出していた。
『あなた達……ッ! まさか、ビードルを殺したの!? 』
スミレの絶叫にも似た問いかけに、生徒達は笑い出した。その笑いこそが、その答えだった。
『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい………… 』
スミレは、ビードルの死体を抱きしめたまま謝る。それが意味を成さないことは分かっているが、やらずにはいられなかった。
『巻き込んでごめんなさい……苦しかったでしょ? 痛かったでしょう? ……ごめんなさい、ごめんなさい………… うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 』
耐えられなかった。あまりに残虐なやり方に、スミレの忍耐力では足りなかった。ビードルの体液が体を汚すのも構わずに、スミレは絶叫する。
『キャハハハハハハ!!!! 』
主犯格の女が大声で笑うと取り巻き達はそれに従い笑い出す。野次馬達も教師達も、それを遠巻きに見るばかり。
羽音が、鳴り響く。そして現れたのは、スピアーの群れ。殺意を全身に滾らせて、我が子が残した最期のサインを頼りに、5人の少女に狙いを付けた。
校内は一気にパニックになる。ビードルを殺したであろう張本人達も、想定外の展開に動揺を隠せない。
『あぁ……そっか 』
高速で迫ったスピアーから逃げられるはずもなく、諦めの表情を浮かべるとビードルを庇うように抱き抱える。すると、丸めた背中に針が突き刺さった。遠くで、悲鳴があがった。
『ぐぶっ…… 』
激痛と共に、スミレの口と背中から血が溢れる。全身の血液が沸騰するような感覚を覚える。体を引き裂くような痛みに、叫ぶ余裕すらもない。手から離れたビードルが地面を転がると、スピアーの一部がその周りを悲しげに飛び回る。
『ガ、ガァ…… 』
2撃目。地面を這いつくばりながら逃げようとするスミレの背に再び深々と突き刺さった。スミレは苦痛に体を痙攣させると、そのまま全身の力を失い気絶する。そこで気絶していてよかったかもしれない。何故なら、目が覚めていたならば更に刺されていただろうから。
場面が、切り替わる
『これの何処が事故じゃ!! 貴様らの目は節穴か!!!! 』
スミレの目が覚めた時、聞こえたのはオーキドの怒鳴り声。
『しかし……学校はスミレさんが引き起こした事故と結論を出しました』
『馬鹿を晒すのも大概にせい! ビードルは自身の体液に独特なフェロモンを持っておる! そしてその体液からビードルを害した敵を特定し、スピアーは報復を行う!! スピアーだけでなく、むしポケモンの多くが持つ特徴じゃ!! 聞いたぞ、スミレを刺したスピアーは4人の生徒を狙い教師によって鎮圧されたと!! あの子が犯人ならば、その4人が襲われる筈がないのじゃ!! 』
『ですが…… 』
『よう分かった、キサマら教師も丸ごと腐っておるな!? どうやら金でも掴まされたものと見える!! キサマらの学校に信じて送り出したワシが馬鹿だった!! 』
『ここは病院です! どうかお静かに!! 』
『……博士? ここは………… 』
目の前には、白い天井。スミレはすぐに、そこが病院であると気づいた。扉の外から、オーキドの怒声が聞こえてくる。スミレは、少しだけ嬉しさを覚えた。
『ああ、スミレ……! 良かった、目が覚めたのね!! 』
モモカが涙ながらにその手を握りしめ、スミレはその温もりを感じる。愛されている、という実感がスミレの胸を一時的に満たした。
『生きてる……? 』
『ええ、生きてるわ。無事よ 』
『…………ッッッッ!!!! 』
スミレは泣いた。子供らしく泣きじゃくった。怖かったのだ。迫り来る羽音が、腕の中のビードルが、そしてポケモンの死体を弄んでなお笑っていられる人達の心が。
場面が、切り替わった。
『ダメよ 』
『……え? 』
モモカの一言で、スミレの表情が抜け落ちた。
『何を言ってるの? 体だってもう傷跡だけ、体調も悪くない。サボりは良い子のやることじゃないわ 』
『なんで……? いきたくないって、そんなにダメ……?私、殺されかけたんだよ? 』
『それとこれとは話は別。学校へいきたくないなんて、子供なら誰でも言うじゃない 。甘えちゃダメよ 』
モモカは、そう言って切り捨てた。別、ということはあり得ない。スミレは度重なる虐めと殺人未遂によって疲弊していたし、それらが学校によって揉み消されて事件にならなかったことが不信感を生み出した。不登校、というのは虐めへの対抗手段としてはありえない話ではなかった。オーキドはスミレを転校させるよう勧めたが、モモカとトウリはそれを突っぱねた。オーキドは2人の楽観視に危機感を覚えたが、オーキドは所詮は他人、親の決定を覆すだけの存在ではない。結局は、スクールへ変わらず通わされることになった。
『ああ……うん、分かった 』
スミレは、泣きそうな顔で笑った。内心で送った『助けて』の言葉に、モモカは気付かない。気付こうとも思わない。何故なら、モモカは人に顔色を窺われることはあっても、窺ったことがなかったからだ。
学校に行けば、当然注目される。目線は、嫌悪8割以上に罪悪感が数人、ケイゴは熱っぽい視線を送ってきて、残りは傍観だ。少し前は、傍観がもっと多かった。どうやら、スミレが治療のために休んでいる間に、熱心にも悪評をばら撒いてくれていたらしい。スミレは、足早に席へ向かうと、悪口の書き連ねられた机に突っ伏し、耳を塞いだ。そうすれば、雑音が聞こえなくなると思ったから。
不意に、横腹を蹴り付けられて椅子から転がり落ちた。
『なぁに一丁前に耳塞いでんの! 』
『………… 』
『生意気なのよ! 下民!! 』
癇癪を起こしたアクラの蹴りは激しくも、スピアーの針程ではない。
(大丈夫……まだ私は、耐えられる…………)
スミレは、ぎゅっと目を閉じて自身の体に響く痛みを堪える。閉じた目から見える真っ暗闇が、スミレには自身の未来にも見えた。
フルで描写するには作者の実力が足りない……。