ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
『ねぇ、放課後残れよ。イイ事してやるからさぁ』
アクラは、スミレに向けて笑いかけると、クラスの取り巻き達に目配せをする。スミレが学校に復帰して1ヶ月ほど。アクラは、スミレに止めを刺すことに決めた。
アクラにとって、スミレは目の上のたんこぶだった。アクラの家は、有名な政治家の一族だった。選民思想を幼い頃から植え付けられ、遜る臣下を持たされた。望むものは全て与えられ、しかしその対価として完璧を求められた。アクラにとってその環境はどこか窮屈で、しかしあって当たり前な環境であった。アクラは家の長女、男子がいなかった為に跡継ぎ候補として祭り上げられ、幼い頃から他人を蹴落とし、成り上がるやり方を教わって来た。だから、スミレも蹴落とすことにした。自身が恋している男に惚れられた挙句にそれを断ったスミレが気に食わなかった。スミレが試験でトップを取るせいで、親から激しい叱責と折檻を受けた。だから、スミレが嫌いだった。それが理不尽と理性で知っていながらも、身を焦がす嫉妬と憎悪の炎に身を任せる事以外を知らなかった。不幸にも、アクラの暴走を止める者は居なかった。実家すらも、悪事の隠蔽に力を貸した。
その日、アクラは一線を越えることに気付かずに計画を立てた。腰には、親に借りたモンスターボール。中には、彼女の全てを奪えるポケモンが入っていた。
『これで終わりよ……これでアタシは………… 』
アクラは、狂気を孕んだ瞳で呟く。簡単に壊れなかったが、これでもう終わるはずだと、どこか肩が軽くなるような錯覚と共に感じる。
『大丈夫……これでアタシは、愛してもらえる………… 』
ケイゴの寵愛を貰えたら、きっと父は喜ぶ。スミレが居なくなって自分が1番になれば、母に褒めて貰える。沢山の手下を連れて敵を壊せば、きっと親戚は自分を認めてくれる。そう思うと、笑いが溢れた。
『よく逃げなかったわね、スミレ 』
アクラは、嗜虐的な笑みを浮かべてスミレを歓迎する。スミレの表情は、暗い。
『……何のよう? 』
スミレは、影のある表情でアクラを睨む。スピアーの襲撃事件後から、スミレは笑顔を浮かべなくなった。スミレにとっては、もはや笑顔すらも耐え難い苦痛であったのである。
『アンタを終わらせにね…… 』
アクラが手を鳴らすと、男子生徒達が数人出てきた。彼らは、アクラにスミレを自由にする権利を貰っていた。スミレは美少女であり、しかも取り繕っていたとはいえ人当たりが良かった。その結果、スミレに恋をした男は多かったのだ。そしてアクラは、スミレの体を好きに使うことを彼らに許す。自身が、最後の憂さ晴らしをした後で。
『あぁ……! 』
スミレは、悟ってしまった。自分に用意された、あまりに残酷な末路を。自身の胸元を隠すように手を回し、スミレは恐怖の表情で距離を取る。
『安心しな。今回、アタシは男共の前にやる一回で勘弁してやるよ 』
アクラは、腰のボールを投げた。
『行け、ブーバー!! 』
ブーバー、ひふきポケモン。火山に生息するポケモンで、熱を放出すれば凄まじい熱量を誇る。そんなポケモンを、親から借りて来ていた。
『……貴女、そこまで 』
スミレは、そう呟いた。ブーバーが全力を出せば、超人すらも溶かしてしまう熱を放てる。その力を、人に向けるとどうなるのか。それは、オーキドの元で本を読んだスミレはよく分かっていた。
『安心して、殺したりなんてしないわ。服をちょっと焦がすだけよ 』
アクラは、自信満々にそう言った。アクラは何度も、このブーバーの炎を見てきた。それに、狙いが外れても取り巻きの1人がみずポケモンを連れているから、火事の心配もない。だからこそ、ブーバーならうまくやる、そう信じていた。
『不味い…… 』
スミレは、ブーバーから視線を離さずに後退る。スピアー以来となる死の気配に、スミレは全身の震えを自覚した。
『ブーバー、【かえんほうしゃ】!! 』
アクラは小さい頃に見た、バトルを行う父の姿を思い浮かべながら指示を出した。そして放たれた炎はぶわりと風を起こして髪を浮かせーーーースミレの顔を焼いた。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! 』
スミレの絶叫が響き、アクラ達は呆然とした。服を焦がし、傷だらけで醜い素肌を晒すつもりだった。なのに、炎はスミレの顔を焼いた。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
燃えている。目の前で、憎かった少女が顔を焼かれて絶叫していた。スピアーの時は混乱で見えていなかった姿に、誰もが動きを止めた。
『ああああ!! あつい、いたい、あぁ!!!! ころしてぇ!! ころして!!!!ああああああああああああああああああああああ!!!!』
顔の右半分を焼かれて、殺すように懇願しながら苦しみもがくスミレの姿。肉が焼けるような臭いと、白い肌が爛れる様。誰もが吐き気が込み上げてくる。既に数人がトイレへ駆け込むべく教室を出て行った。そんな様子も知らずただ苦しむスミレは少しのたうち回ると、白目を剥いて気絶する。
『アイ! 水を!! 』
ハッと正気に戻り命令を下すと、アイと呼ばれた取り巻きの女がヒトデマンを繰り出し、【みずでっぽう】を顔に掛ける。それによって鎮火はされたが、同時にスミレを強制的に目覚めさせた。
『いたい……いたいよ…………おねがい、ころして……………もうやだ……いたいよ……だれか……ころしてぇ…………しなせてよ……いたいよ…… 』
うわごとのように呟くスミレ。覗く目は虚ろで、瞳の奥は深淵を思わせる闇が覆っていた。幼い子供達には、そこが限界だった。悲鳴をあげて、逃げ出す子供達。アクラはそんな中ひとりで立ち尽くした。
『そんな……そんなつもりはなかったの……アタシは……嫌…………』
アクラは、顔を青ざめさせて後退る。視線の先のスミレは、うわごとをブツブツと呟きながら、床を這いずっている。
『ころ……して……。いたい……いたい……しなせて……。いたい……やめて……なんでわたしが……こんなめに…………。かおがいたいよ……あついよ……。わたしは……なんでいきてるの……? しねないの……。こんなにくるしいのに………… 』
『ヒィッ!! 』
誰かの悲鳴が、アクラの内心をよく表していた。
『あ…… 』
スミレの手が、アクラの足首を掴んだ。アクラは、恐怖が喉元まで来るのを感じた。
『イヤァァァァァァァァァァァァ!!!! 』
アクラは逃げた。目の前の現実を直視したくなかった、できなかった。憎たらしいほどに美しかった顔の一部が焼かれ、爛れている。どれだけ虐めても折れなかった敵が惨めにも転がり、死を懇願している。なのに、胸の奥から湧き上がってくるのは達成感ではなく恐怖。やってしまったことの重さに、ようやく気がついた。全身にこびりついた不快感を振り払うように、周りも見ずに疾走する。誰かに肩をぶつけて押し倒しても、気に留めない。
(やっちゃったやっちゃったやっちゃった…………!!!!)
覆水盆に返らず。知っていたはずの言葉の意味を実感したのは、全てが手遅れになった後だった。
◾️◾️◾️◾️
『良かったッ……! 本当に良かった!! 』
モモカに抱きしめられて、スミレは弱々しく微笑む。スミレの顔の右半分には包帯が巻かれ、右目は一時的に閉じられている。場所は病院、あの後で様子を見に来ていた、アクラに脅される形でスミレの傍を離れた元友人が、救急車と警察への通報を行ったのだ。今のスクールは、警察の捜査により立ち入り禁止となっている。
スミレの怪我は、酷かった。顔の皮膚が焼け、痕が残るらしかった。痕を残さずに治療する方法としてポケモンの血を輸血する方法はあったものの、『そのままの我が子を愛する』と主張した両親の意向に従う形になった。スミレは、諦めたように笑った。
『スクールには警察の手が入るし、マスコミが嗅ぎつけてる。実態が分かるのはすぐだろう。よく頑張ったな、スミレ 』
そう言ったトウリに頭を撫でられ、スミレは目を細めた。どんな形であれ、2人がかりで自分を愛してくれていることは、スミレにとっては嬉しいことだった。
『お父さん、お母さん……私、良い子? 』
『ええ、良い子よ 』
『そうだな 』
『……そっか 』
スミレの問いに2人は笑って答え、それにスミレは笑う。それは、暖かく見えてもどこか歪な、家族の姿であった。
◾️◾️◾️◾️
『すまなかった!! ワシが紹介したばかりに!!!! 』
オーキドと会ったのは、事件から2日後のことだった。
『いえ……こうなるとは、私も思ってませんでしたから………… 』
『じゃが…… 』
『………… 』
『そうか……分かった 』
納得がいかないオーキドだったが、無言で向けられたスミレの視線で、あっさりと引き下がる。内心に、激しい焦りを隠して。
スミレは、オーキドから捜査の状況を聞いた。実行犯の特定と確保は既にされていて、余罪などの調査を行うべくスクール全体で事情聴取が行われているようだった。どうやらアクラの父が手を回していたらしく、警察の重役は学校と共謀し、スミレの自殺未遂をでっち上げようとしていたらしい。その為オーキドはカントーリーグや他地方の偉い学者のツテを頼ってそれを潰し、正式に殺人未遂事件として捜査させることに成功したらしい。相手も相当ごねたようだが、シンオウ地方のナナカマド博士やガラル地方のローズ委員長、さらに国際警察のトップをわざわざトキワシティまで召喚したことで決着が付いたと聞いたスミレは、すっかり薄くなった表情を動かして動揺した。
『過剰戦力では? 』
とは、スミレが思わず放ったツッコミである。だが、スミレが思う以上にこの問題は大きかった。政治家の子供や会社社長の子供など、エリートとなるべき人間が通い、エリートとなる名門校。一般家庭出身者でも、そのスクールを出ていれば一流企業の就職も夢ではなかった。そんなスクールで起きた、政治家の娘を主犯とする虐め事件と、その父や警察、学校による大規模な隠蔽工作。国際警察が捜査に乗り出し、他地方のマスコミが取材に来るほどの大事件なのだ。
『まぁ、そんな訳で事件の後始末に関しては心配いらん 』
『すみません、そこまで…… 』
『謝らんでくれ、ワシが紹介した結果がこれじゃ。せめて後始末くらいはさせてくれ 』
恐縮するスミレに対し、オーキドは悲しげに笑った。オーキドは、防ぐことができなかった目の前の少女への罪悪感と、本当に行き着くのかという不安を押し殺す。
『今後については、また相談しよう……。今はゆっくり休みなさい』
事件についての話を終えると、オーキドはそう言って去っていった。その背中は、世界的な博士というにはあまりに小さく、弱々しいものだった。
悲しいなぁ……博士。その焦りの先は、スミレに不信感を与える道だぞ
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