ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第55話 絶望の果てに

 暗く閉ざされていた視界を開けば、急に開けた視界に眩暈を感じる。スミレの顔に付けられた包帯が、遂に取れたのだ。

『視界はどう? 見える? 』

モモカの心配げな表情に、スミレは小さく頷く。

『うん。大丈夫 』

スミレは、未だ痒みを感じる右の額に手を伸ばし、モモカに手を握られる。

『ほーら、ダメよ掻いたら。それから、鏡よ 』

モモカの注意を聞き流すと、スミレは手鏡を除いた。その瞬間、穏やかだった心が一気に冷え切る。

 

そこには、痛々しい火傷の痕が残されていた。

『あ…… 』

スミレは、思わず鏡を取り落とす。激しい音を立てて砕け散ったガラスの破片が床に散らばる。

『何をしてるんだ!? スミレ!! 』

トウリが怒鳴る。モモカは慌てて看護師を呼ぶためのナースコールを押した。

『………………傷、治せないの? 』

スミレは、ポツリと呟いた。鏡に映った醜い火傷を、自らの顔と認めたくなかった。

『大丈夫よ、スミレ。私たちはちゃんとあなたを愛しているわ……!』

『そうだ……。だから元気を出せ!! 』

スミレは、両親の励ましに応えることなく俯いた。スミレは言いたかった。『違う、そうじゃない』と。しかしそれをぐっと飲み込んだ。スミレが聞きたかったのは、直す方法があるかないかであって、傷を抱えたスミレをどうするか、ということではないからだ。

 

『……分かった 』

ズキリ、と火傷が痛んだ気がした。

 

◾️◾️◾️◾️

 『………… 』

スミレは、自室で鏡を見ていた。目の前には、無惨な姿の自身の顔が写っている。

『醜い……なぁ…… 』

傷痕を撫でるだけで、憎悪を筆頭としたありとあらゆる負の感情が湧いてくる。思わず爪を立てると、突き刺すような痛みに歯を食いしばる。

マサラタウンは、かつてのスミレを知る者ばかり。だからこそ、周りの視線が気になって仕方がない。その視線に感じるのは、憐憫や同情と、スミレに対して悪感情を抱く者はない。しかし、何処までもスミレは普通に扱ってもらえない事実にうんざりしていた。かつては頼れるお姉さん、今では哀れな虐め被害者。後者は仕方のない部分はあるが、スミレをただ1人の子供として見てくれる人は、殆ど居なかったのである。そして、もうすぐスミレは新たなスクールに編入される。同郷の知り合い達が通うスクールだ。しかし、スクールというものに対するスミレの感情は圧倒的に負の側面へと傾いていた。払拭されぬトラウマ、癒えぬ古傷、近づくスクールへの編入、周囲からの孤立感。それらが、スミレの心を苦しめていた。

 ふと、紐を見つけた。それは昔近所の子供にせがまれて行ったDIYの後で残った紐。そんなただの紐に対し、スミレは唐突に目が離せなくなる。まるでブラックホールに吸い寄せられるような、それくらいの引力を発するその紐に対し、スミレはふらふらと近づき手に取った。

 『あった…… 』

スミレは、正気とは言い難かった。部屋の天井にちょうど見つけた、タペストリーなどを飾れる金具に紐を固定し、その先で輪を作る。スミレは緊張した面持ちで椅子を運ぶと、その上に乗って輪の中に自らの首を通す。

『はぁ………はぁ……ふぅ………… 』

だらだらと滝のように汗が流れ、心臓は激しく鼓動する。スミレは己がこれからやろうとすることに、酷く恐れを抱いていることに気付いた。

しかしやらねばならないと、椅子からその身を踊らせた。

 

『ガァ……! 』

首が急速に閉まる。激しい息苦しさに思わず口をぱくぱくと開き、足場のない空中で足が暴れる。椅子が大きな音を立てて倒れ、下の階で誰かが動く音が聞こえた。

 

(苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい)

スミレの脳内が、苦しみ一色に変わる。しかし、それもすぐにままならなくなる。思考がぼやけ、目の前がぼやけ、苦しみのために流した涙は拭われることなく床を濡らした。

(……ああでも、しねるならいいや)

そしてスミレは、窒息したことで意識を闇に落とした。

 

◾️◾️◾️◾️

 モモカがその音に気付いたのは、必然であった。未だ自宅待機状態のスミレを置いて何処かへ行こうとは頭の片隅にすらなかった。とはいえスミレが部屋から出てこないとなると暇であり、リビングでのんびりと雑誌を読み耽っていた。だから、気づいた。あまりに大きな異音に。モモカは、直感で悪い予感を感じ取った。心臓が爆音で鳴り、悪い想像が頭を過ぎる。

『スミレ! 大丈夫!? 』

ドアをノックしても、返事はない。モモカは、唇をぎゅっと噛み締めた。

『ごめんスミレ! 入るわよ!! 』

嫌われるかも、という想像をすぐに掻き消して、ドアを開ける。そこにあったのは、最悪を超えた最悪の光景。

 

『嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!! 』

 

自分の娘が、首を吊っている状態で見つかった。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 『殺してぇぇぇぇ!! 殺してぇぇぇぇ!!!! なんで生かした!? 救ってくれないくせにぃぃぃぃ!!!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 』

『患者が暴れるぞ! 抑え込め!! 』

『早く鎮静剤を!! 』

『殺せ、殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!! 』

スミレは、一命を取り留めた。取り留めてしまった。だからこそ暴れ、発狂した。スミレの状況を見た医者の判断により、精神病院へと移されることになった。

 

場面が、切り替わる

 

『やぁ、僕はエトウと言ってね。……僕はカウンセラーだけどね、世間話をしに来たんだ。無理矢理聞き出すのも悪いだろう? 』

スミレの元へ、カウンセラーが来た。これで3人目だったか。スミレは、ただ無表情で病室の窓から外を見る。視線の先は病院の庭で、植物やポケモンを連れたトレーナーや野生のポッポを見られる。少なくとも、スミレにとっては目の前の人間より見る価値のある景色だった。しかし今度のカウンセラーは一風変わっていた。今まで通りなら、スミレがどんな目に遭っただとかを根掘り葉掘り聞いてきたものだが、そもそもスミレの境遇を聞こうとしなかった。

『…… 』

『ありゃ無反応。でもちょっと顔が動いたね、興味持ってくれたかなー? 』

 

『……別に 』

『おお! 話に聞いていたたが綺麗な声だね。演技力を鍛えたら声優目指せそうだ 』

『……そ 』

『そうそう。さてと、どーでもいいことから話そうか。病院のあの庭が好きなら、きっと気に入ってくれる話さ 』

『……? 』

スミレは、無表情でエトウの顔を見る。小太りな若い男性であると、スミレはここで初めて認識した。

『どんな話かって? 僕の旅の記憶さ 』

 

そこから聞いた話を、スミレは10歳になった今も覚えている。エトウが旅したという、さまざまな地方のさまざまな場所。毎日のように訪れては、スミレに自身の旅を語り続けた。野生ポケモンにご飯を取られた、などの日常の小話に始まり、大学の友人達とホウエンの海へ繰り出して伝説のポケモン、カイオーガの撮影に挑んだ壮大なプロジェクトの話まで。スミレが本でしか知らない世界を実際に見てきた人間の話は、どうしようもなくスミレの関心を惹きつけた。

 2週間もすれば話の合間にポツポツとスミレが疑問を溢してエトウが答える、という段階に入った。そして1ヶ月も経てば、スミレはポツポツと自分のことを話し始めた。エトウはその話を真剣に聞き、だからこそそれに共感しなかった。スミレの苦しみは、きっとスミレだけのものだから。1年に及ぶ治療の後に、スミレはスクールへ通うことになった。

 

場面が、切り替わる

 

 『くっ、また負けた! 』

戦闘不能になったゼニガメを抱えて、シゲルは歯を食いしばる。目の前には、かつてとは別人のように様変わりしたスミレと、スミレが使うイシツブテの姿。スクールの授業における、ポケモンバトルの授業だった。シゲルやスミレが所属するAクラスは、成績によってオーキド博士が選別した結果の、オーキド研究所所属トレーナー有力候補15名で構成されたクラスだ。成績、といっても勉強だけではない。バトルの天才でありながら座学がダメダメなサトシや、ポケモン育成では他の追随を許さないほどの才能を持ちながら座学がダメダメなヒマワリなどもAクラスに含まれるのであり、他のメンバーも天才奇才変人の巣窟だった。そんな中でもトップ争いを続けるのはスミレとシゲル、天才vs天才であった。しかしそんなシゲルはバトルだけは負け続けた。しかもかつて自分が使っていた戦術で。スミレが使う、変化技による嫌がらせ戦術はシゲルが使っていた戦術だった。今のシゲルは、ヒマワリを参考にした堅実でオーソドックスな戦術、ヒマワリはサトシを参考に火力特化型、サトシはスミレを参考にフィールド利用型と、それぞれが露骨に影響を与え合っていた。なのに、スミレは実力で頭ひとつ飛び抜けている。シゲルは、それが悔しくてたまらなかった。

『次はオレの番だ! 』

回復を済ませて次に挑むのは、サトシ。スミレのイシツブテに対してサトシはヒトカゲ。シゲルは、簡単に終わるだろうとあたりをつけていた。しかし結果は、一進一退の激しい攻防。【ひっかく】や【ひのこ】の小技を使い、スピード特化で立ち回るサトシに対して、それらを耐えつつ強打を狙うスミレ。

『ヒトカゲ、【ひのこ】!! 』

サトシは真っ向からでは分が悪いと、ヒトカゲの炎を地面に連続で撃たせた。

『無視して……【たいあたり】』

スミレの指示と共に突撃したイシツブテ。しかしその動きは、突如止まることとなる。【ひのこ】を連続で一箇所に放つことで、その部分は地面が熱せられていた。熱に強いと言っても、限度がある。熱さに顔を歪めたイシツブテが、その場で飛び跳ねる。

『……ッ! 』

『行くぜ、【かえんほうしゃ】!! 』

スミレの反応が、目に見えて遅れた。そのままイシツブテを炎が飲み込む。

 

『…………イシツブテッ! 』

スミレが声を張り上げるも、既にヒトカゲは迫っている。

『決めろ、【ひっかく】!! 』

サトシの声と共に振り上げられた爪が、イシツブテを戦闘不能に陥らせた。

 

無敗であり、全員の目標であったスミレの敗北、それにクラス中が湧いた。興奮を抑えきれず、スミレとサトシ双方の健闘を讃える。

『……見てろ 』

シゲルは、自分も必ず勝つと心に誓って、鉄仮面のような表情の裏で沈むスミレと浮かれるサトシに向かって歩き出した。

 

因みに、その後調子に乗ったサトシをズタボロにしたのは別の話である。

 




評価バーの色が……変わった(絶望)。正直ここまでメンタルに来るとは思ってなかったです……。また赤に戻れるような作品作りを頑張りますので、高評価やお気に入り登録等よろしくお願いします
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