ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
カラカラ、と軽快な音を立てながら車椅子は街を行く。その椅子に座るのは目を覚ましてあまり経たぬスミレ。そして押しているのは、タマムシジムのエリカだ。車椅子に付き添う形で、彼女の相棒であるラフレシアが隣を歩く。町の人々の、注目の的になっていた。こうなった理由は、少し時を巻き戻す。
「お外を散歩してみませんか? 」
そう言われたのは、その日の昼頃であった。訪問して来たエリカの謝罪を受け取った後、スミレは話すこともなく、気分も沈んだまま浮いて来ず、黙って窓の外を眺めていた時にエリカは先述の言葉を放った。
「外……? 」
スミレは、小さく首を傾げた。目が覚めて2日目、未だベッドの上から動いたことはない。
「ええ。念の為、お医者様に許可は取りました。スミレさんの精神状態を鑑みると、あまり閉じこもっておくのも良くないとの判断が下りました。流石に移動は車椅子となりますし、わたくしが念の為護衛に付きますが。如何でしょう? 」
スミレとしては、特別断ることではない。むしろ、何もない病室にいてもつまらないだけだったので、スミレは小さく頷き、了承の意を示した。そして、現在に戻る。
「…とまあ、そのような訳で、スミレさんのポケモン達はニドキングを除き皆それぞれの特訓に励んでおります」
景色をぼんやりと見ながら、自らのポケモン達の近況について話を聞く。少し前のスミレであれば、ミニリュウは特に自分の手で育てようと拘っていたであろうが、今ではそんな気すらも起きなかった。ただ、彼らが自分を思い、己の無力を嘆いていると聞いたことでほんの少し、心が温かくなるのを感じた。
(いや……。それは、さすがに良くないか)
そう思うと、スミレは自身の内心を打ち消す。いくら自身を思ってとはいえ、仲間の嘆きに喜んでしまった自分に、ほんのりと自己嫌悪が湧いてくる。
「嬉しいですか? 」
エリカに言われて、ハッとした表情で口元へ手を当てる。
(顔に出てた……?)
「ふふっ。すみません、雰囲気が変わるので意外と察しやすいのですよ。ジムリーダーは " 読み " が重要なので、わたくしも気付けました。……わたくしは、その気持ちが悪いこととは思いません 」
エリカの言葉に、スミレは思わず視線を向ける。
「…………どうしてですか? 仲間の不幸を喜ぶなんて 」
「確かに、仲間の不幸を喜ぶのはよろしくないと思う気持ちも理解できます。しかしながら、貴女のお仲間達の苦悩は、貴女への好意が故です。その気持ちを笑って受け止めてあげるのも、また良いことかとわたくしは思います 」
スミレは、その言葉に少し悩む素振りを見せ、顔を俯かせる。エリカは、その姿に己の幼い頃を幻視し、微笑んだ。
(なんとなくですが分かります。この方は、きっと強くなる。ならばせめて、わたくしの力を注ぎましょう。……スミレさんという花が、スミレさんらしく美しく咲き誇れるように)
◾️◾️◾️◾️
タマムシシティの一角に位置する店、『繚乱』。そこが、2人の向かった店だ。その店は、タマムシシティにおいて、100年に渡って営業されている、老舗の呉服屋だ。
「……凄い 」
スミレは、その光景に思わずそんな声が漏れた。目の前には、膨大な数の美しい着物やその生地達がある。値段はシルフカンパニーの一件の報酬やジム戦などの賞金、過去の虐め事件の賠償金である程度潤っているスミレの口座を考えても目を逸らしたくなるほどの高額な商品ばかりだが、その値段に見合うだけの職人の技術の粋が詰め込まれている。華やかなその着物達を一言で表すならば、百花繚乱、という言葉がよく似合う。伝統的なデザインの外観にある程度に合うよう設計された、車椅子でも移動できる店内を2人は移動しながら着物達を眺める。スミレもなんだかんだで女の子。オシャレにはそれなりに興味はある。
「……あ、あれ 」
スミレは、1枚の布に目を付けた。値札から全力で目を逸らしつつそれを見ると、それはスミレの視線を吸い込むように惹きつける。職人の手によって丁寧に藍染がなされ、濃紺の生地に映えるように、花の紋様が美しく咲いている。
「なるほど……。あれは、特に良質ですわ。スミレさんはあれのどこが良いと思われたのですか? 」
「……なんとなく、としか言えないです。私には、着物はよく分からなくて。でも、あれは凄く綺麗だって思います。……どうしても、目が離せない感覚になります 」
スミレは、エリカの問いに対してうまく言語化できず、もどかしい感情を抱いた。目の前の生地に対しては、それだけの感動を覚えたのだ。
「なるほど、それに目を付けますか 」
ふと、背後からエリカとは別の声が聞こえた。エリカは、背後を振り返り、笑みを浮かべた。どうやら、エリカの知り合いらしい。40代か50代くらいだろうか、着物をキッチリと着こなし、厳格な雰囲気を醸し出したその女性は、洗練された足捌きでスミレ達の居る方へ歩いてくる。スミレは、訳も分からないまま頭を下げる。
「いらっしゃいませ、エリカさん。お久しぶりですね 」
その女性は、エリカに声を掛けた。
「ご無沙汰しております、ランコさん。こちらが今回お連れしたスミレさん。……流石にお高いので、購入は無理かと思いますが、こういう機会に見せておきたいと思いまして。……スミレさん、こちらの方は3代目店主のランコさんです 」
「そうですか……。スミレさん、どうぞお越しくださいました 」
購入は無理、というところで少し残念そうな表情を浮かべるも、すぐに微笑んで頭を下げる。
「あっ……、えっと、スミレです。……お金が無いのですみません。えっと、凄く、いいお店ですね 」
スミレは、ランコの醸し出す雰囲気に緊張で言葉を詰まらせながらも、頭を軽く下げる。滲み出る高貴なオーラに、スミレは気圧されていた。
「さて、スミレさん。なぜ、買えもしない高級呉服店に入ったか、と申しますと、2つの理由があります。ひとつ目は、単純にわたくしのお勧めだから、そして重要な2つ目は、今のうちに繋がりを作っておく必要があるからです 」
エリカの解説に、スミレは首を傾げる。
「……繋がり、ですか? ガラル地方のスポンサーみたいな? 」
「ええ、その通りです。ガラルほどのエンターテイメント化はなされておりませんが、それでもPWCSのような世界的に注目される大会で戦う場面もございますし、人気商売な一面もあるのです。また、オーキド博士の後ろ盾があるとはいえ、貴女はまだ子供。大人の思惑によって使い潰されることがないように、スポンサー兼後ろ盾の候補を探しておくのは大事ですわ 」
エリカはそう言うと、ランコは顰めっ面で頷いた。
「ええ。事情は軽く聞いております。……我が店が今から貴女のスポンサーになる、というのは貴女自身もご存知の通り実績が足りぬためできません。しかし、10歳もの若さであの布に目を付けたのは、将来有望であるとのエリカさんの言葉も頷けます 」
「……あの布? あの藍色の布のことですか? 」
「ええ、そうですとも。……あの布は、名を『宵花園』と名付けられた生地になります。それは、作られたはいいもののあまりの良質故に身に纏う資格を持つ者を未だ見出せず、そのまま飾られている生地となっております。その作り方は、あまりに徹底した拘りによります。厳選された、最良のむしポケモン達によって生み出された糸を使い、一流の職人が材料から拘り制作された機織り機にかけてその糸を織り、布にします。そうして織られた布を、人間国宝たる職人の手により、後染めがなされて完成させるのです。そして、人に提供する場合は、当店が選別した、カントーでも上位に位置する超一流の職人の手によって、この生地から着物が制作されるのです。一応は売り物になるので値段は付けておりますが、然るべき人が居れば無償で譲渡することも厭わず、資金を出せたとしても格が足りぬと見れば売らない判断を下すことを躊躇わぬ、それほどに完成された生地なのです。この店内で唯一、客を選ぶ商品となっており、唯一売る気のない商品になっております 」
スミレは、あまりの手の凝りようと生地にかける思いに、かすかに顔を引き攣らせる。それは目を逸らしたくなるレベルの値段がする筈である。この店は、初めから売る気が無かったのだ。
「……着て、みたいなぁ 」
スミレは、ホロリと願望を溢す。決して叶わないことを分かっていても、美しい生地で織られた着物を着る自分を、幻視せずには居られなかった。これまでの人生で砕かれた筈の " 希望 " という感情が、スミレの中に種を植えた。
「では、私共は貴女のご活躍を見守っておくこととしましょうか。……もしも、貴女にその格有りと認めたその時は、貴女の為にこの生地を使いましょう 」
ランコは、そう返した。見所はそれなり、けれど未だ未熟。ならば、今後を見守り判断するのもまた一興と、判断を下した。その様子を見たエリカは、静かに笑う。ランコは、エリカがこうなることを読んでいたことを察して顔を顰めた。思い通り、というのも気に食わないが見所があるのは事実であるし、何よりも吐いた唾を飲み込むような真似は美しくない。ランコは、エリカをじとっとした瞳で軽く睨むだけで、放った言葉を訂正しようとはしなかった。
「ありがとうございますっ……! 」
ランコの言葉に、スミレは礼を言いながらも目を輝かせた。それは一瞬で、闇に曇った瞳に一瞬光が宿った程度の物だ。しかし、その僅かな光を見たエリカとランコは、目を合わせて笑みを浮かべた。
「………… 」
スミレが、少し目を丸くして自身の体を見つめる。ランコの提案で、子供用サイズの着物を試着させて貰えることになったのだが、まずスミレが驚いたのは、店員による着付けのスムーズさであった。スミレの体は、フシギバナの血による急速回復が為されているとはいえ、未だ車椅子が必須なほどに弱っている。しかし、そんなスミレに負担を掛けないような動きで、2人の店員によりあっという間に試着が出来てしまったのだ。普段から着物を着ているエリカも、この着付けスピードには驚いたようで、感嘆の声を漏らしていた。
スミレが試着した着物は、その全体は水色と白、そして紺。徐々に白から水色へ、そして紺色へと変わっていくような色合いに染め上げられている。そうして、水色や紺色の部分には雪の結晶を表す紋様。外見から冷たい印象を受けるスミレには、とてもよく似合う着物であった。
「スミレさん、とてもお綺麗ですわね 」
エリカの賛辞に、スミレは白磁のような肌を僅かに紅潮させ、しかし素直に喜ぶことも出来ず目を逸らす。
「ふむ……。こちらは、『雪花』と申します。先程のものより質は見劣りしますが、エリカさんが普段着ていらっしゃる着物と同等くらいの格はございます。これもまた、当店が依頼した腕利きの職人の手で作られた、高級品になります 」
その説明に、スミレは納得したように頷いた。
「……まだ、着られてる 」
その着物は美しく、着れたことは光栄であったし嬉しかった。しかしどうしても、着物の良さに自身が付いていけていない、という感覚が消えなかったのだ。スミレの呟きに、ランコは驚愕に目を見開き、続いて笑みを浮かべた。
「それが分かるなら、貴女はきっと伸びますわ 」
エリカは、あえてそれを否定しない。それが答えだった。
(……いつかは、こんな着物も似合うようになるのかな)
目の前の失敗から逃げてばかりいたスミレは、この時初めて、遠い遠い先の自分を意識した。
着物に関しては素人なので、もし間違ったことを書いていたらすみません。その時はご遠慮なく指摘をお願いします。
日常回のつもりが日常回になってないような場合もあったので、久しぶりに日常回っぽいのを書けたかな?と思います。まぁ、ただオシャレを楽しむ話はスミレの精神面から没になりましたが。
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