ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
「初めまして、だね。スミレ 」
病室にやってきた四天王、キクコに、スミレは警戒を隠せない。エリカとの散歩の終わりを考えると、なにかしらの異常事態が彼女を呼び出したのだとスミレは推測する。
「えっと……初めまして、キクコさん。私、スミレといいます 」
警戒しつつも挨拶を返すスミレに、キクコは満足げに頷いた。
「いいね、礼儀正しい子は嫌いじゃない。ま、あたしが来たのは他でもない。オーキドのジジイから頼まれたからだよ。アンタを強くするように、ってね」
「博士に……? 」
またしても相談無しで行動され、スミレはむっとした表情を浮かべる。
「はははっ。普段ならざまぁみろ、といいたいところだがね。今回は勘弁してやんな。アンタのトレーナー資格停止を肩代わりまでした上に、宿敵のあたしにまで頼ったんだ 」
キクコの発言に、スミレは目を見開く。オーキドは、一切そのようなことは言っていなかった。ただ、自分の処分だと言い切っていたはずなのに。
「どう……して……? 」
「そりゃあ、アンタのことが大事なのさ。アンタはアイツの……ま、それは置いておいてね。お前さんと話をしに来たのさ」
キクコは、穏やかに言った。穏やかながらも、どこか底知れぬ雰囲気にスミレは緊張を隠せない。
「なんの、つもりですか? 」
「アンタの性格の、その深淵に見当が付いちまった。その上で聞こう。アンタ……力が欲しいかい? 」
キクコは、真剣な表情で言った。
◾️◾️◾️◾️
「さて、ヒマワリといったね。話をしよう 」
キクコがヒマワリを訪ねたのは、その日の夜のことだった。突然ポケモンセンターに現れヒマワリを連れ出すと、草原に落ちた倒木に腰掛ける。
「一体、何の御用ですか?……星は綺麗ですけど 」
「はははっ。あたしは天体観測に呼んだ訳じゃないさ。ただ、アンタの人格に混じった毒を見極めようと思っていてね 」
キクコは、目を細めてヒマワリを見つめる。見透かされるような視線に、ヒマワリは思わず困り顔で目を逸らした。
「あ、あの……恥ずかしいんですけど 」
「そうかい?……お前、実は人間不信だろう? 」
「へっ!?何でですか!? 」
ヒマワリは、素っ頓狂な声を上げる。
「くくくっ、考えてみなよ。オーキドやエトウから情報を貰って、今日実際に会って情報が信用できることは確認できた。その上で気になったのは、しきりにスミレの友達でいようとする点、そしてスミレに拒絶されるまで、救うために近づいた点だ。あたしは考えた。何故、周りの大人を頼らないのか?何故、しきりに自分でやることに拘るのか?何故、温かな一般家庭で育った温室育ちの小娘が、他人に激しく拒絶されても手を差し伸べられるのか。それは生まれ持っての善性ではなく、我欲の類さ。……ここまで聞いてどうだい? 」
「い、いえ……正直心当たりは。でも、考えてみれば別にわたしじゃなくても良いんですよね……。なんでだろ…… 」
ヒマワリは、困惑を露わにする。自分でも、自分の行動の数々を説明できなかったのである。ヒマワリは、途端に自分が分からなくなった。
「お前さんらの町は、小規模であるが故に繋がりは強い。だからこそ『親しき仲にも礼儀あり』な関係は崩れ、親しさという名の甘えが蔓延していた 」
「そんなことッ……! 」
「ない、とは言わせないよ 」
ヒマワリは咄嗟に否定しようとして、キクコに睨まれる。その視線にたじろいだヒマワリは、縮こまるように黙る。
「……すみません、続けてください 」
「言われなくてもそうするよ。……そして、その甘えの犠牲となったのがスミレだ。大人達の甘えによって幼くして保育士のような役回りを押し付けられて、孤独を隠して笑顔を作った。そうして、アンタら子供達をひたすらに助けて回った。失敗したら叱られる、手を出せないと放置も許されない。……スミレは、神経をすり減らして頑張り続けた。そしてそれに守られた子ども達は笑顔の裏側に秘められた孤独や苦しみに気付かずとも、性根に刻まれるのさ。……大人より何倍も頼れる、同い年なのにカッコいい女の子の背中が 」
「あ…… 」
ヒマワリの瞳が揺れた。ヒマワリにとっての憧れは昔からスミレだった。それを抜きにしても、他の子供達も殆どーーそれこそ、スミレの笑顔を疑っていたシゲル以外は、皆スミレを慕っていたのを思い出す。キクコは、その様子にニヤリと笑みを浮かべる。図星だ、と。
「その反応で分かるさ。お前さんはその背中に焦がれた人間だったんだろ?……そして、お前さんはスミレと離れ離れになり、暫くして戻ってきたスミレに驚いた。まるで別人というまでに暗く、冷たくなっていたのだから 」
そうだ。ヒマワリは、それに恐れを抱いた。再会した時、スミレは嘘のように真顔であった。周りの人間から逃げるように歩き、周りの人間と目が合わぬように俯き、その受け答えは簡潔で突き放したようになった。その変貌に、ヒマワリを始め多くの子供達が困惑したのを覚えている。
「お前さんにとってのスミレは、己が理想とする人間の原型そのものだ。だからこそ、そんな子が苦しんでいる姿に耐えられなかった。まるで別人になるほどに壊れた姿を見るのは許せなかった。だからこそ、アンタはスミレにしつこく絡む形で、力になろうとした。自分を助けてくれたスミレのような、 " ちょうどいいタイミングで現れては都合よく助けてくれる大人よりも有能な子ども " に今度はアンタがなろうとしたんだ。だって、マサラタウンの大人達は、子供であるスミレに子供のお世話を押し付けた、 " スミレよりも無能な人々 " なのだから。だからアンタは拒絶されたんだ。都合の良いお助け要因なんて、そこそこ有能ではなれやしない。助けに来るタイミングを見計らわないといけないし、声の掛け方にも、助け方にも気を遣わないといけない。それをスミレはずっとやっていて、お前はスミレがやってきた血の滲むような努力はおろか、それを隠す演技の仮面すらも見抜けず、スミレほどの才能も持たぬままにそれを真似ようとしたから失敗した。その結果としてアイツに拒絶され、しかもアイツはお前を悪と認識できずにそれを受け取れない自分を責めている。……さて、ここまで話した上で聞こう。あたしの推測、間違ってるかい? 」
「………… 」
ヒマワリは、その言葉を黙って聞いていた。何も、言えなかった。握りしめた拳が震え、歯を食いしばり、涙を堪える。
「やっと自覚した、そんな顔だね。……一応フォローしておくが、マサラタウンの人間がしたことは世の中に蔓延るクソ共に比べたらまだマシな部類さ。少なくとも、これから改善できる部類だ。アンタらは少し求めすぎて、スミレも少し頑張りすぎたし出来すぎた。嫌な方向で歯車が噛み合ってしまったからこそ、結果は予想を遥かに外れた悲劇を呼んでしまったのさ。こればっかりは、あたしが当事者だったとしても絶対に同じ間違いを犯さない自信はないよ。……あのジジイすらも流されたんだからね。お前さんにしてもそうさ。お前さんの善意は、間違いなく本物だ。本気で助けようとしていた気持ちが間違っていないことは、このあたしが保証する。その上で言うならば、やり方を知らなかった。町という小さなコミュニティだと価値観が固定しがちなものだから、外の児童相談所に相談するなりできただろうし、スクールの教員はその辺も学んでいるはずだから相談に乗れたはず。だが、その選択肢はおそらくアンタ達の脳内に湧いて来なかった。アンタ達は、知らず知らずのうちに、人を頼らずに無茶をすることしか学ばずに育っちまったのさ 」
キクコの話を聞きながら、ヒマワリは膝に顔を付けて泣いていた。涙を堪えようとしても、泣く権利なんてないと自分を叱っても、それでも溢れる後悔を止められなかった。
「わたしがダメだから……! わたしがもっと上手くやれれば……!!」
「それは違う 」
ヒマワリの自責を、キクコは否定する。
「でも……!わたしが間違えたからッ……!! 」
ヒマワリは涙を零しながらもキクコを見る。キクコは、それを見て額に青筋を立てた。
「そういうところだと言ったんだよ! いいかい? 子供ってのは間違えるもんさ。人間関係然り、そのほかも然り。そうして間違って、大人に叱られて、人は成長してくんだ! 子供に背負いきれない責任は、周りの大人が一緒に背負わなきゃいけない……それはスミレを救うことだって同じこと。本当は大人がやらなきゃいけないことだった! だってそれは、1人の人間の一生を左右することだからさ! それは、相応の責任を負える人間が、時間をかけてやらなきゃいけなかったんだ! 」
「…………! 」
ヒマワリは、背負おうとしたものの重さを、見誤っていたことを自覚した。そしてそれを、誰も指摘してくれなかったことも。
「でも、結局は変わらなかった。今度はスミレを救うという役割を、お前に押し付けただけだった。オーキドのジジイもそうさ、奴は焦ったんだ。断片的であれども知っている断片的な情報と想定外でしかない現実のギャップ、そこから生まれた焦りは奴から思考力を奪い、町のみんながやってきた " 優秀な子どもに任せる " という楽な方向へ流されていった。特殊な事情があるとはいえマサラタウン1の頭でっかちがそうなら、子供も大人も変わらないだろうね。……大人だって人間だ。子供の人生背負うなんて、キツいんだ。子供は可愛いだけじゃない。頑固だし、我儘だし、うるさいし……。そんな時に " 子供の悪い部分も直してくれる優秀な子供 " が居てしまったんだ。そうしたら、当然頼るだろう。嫌な部分を任せて仕舞えば、自分の子供は純粋に愛せるんだから」
ヒマワリは、耳を塞いでしまいたかった。何も知らずに笑っていられた時に戻ってしまいたかった。しかし、それでも耳は塞がない。この痛すぎる耳は、勉強代としては安すぎるくらいであるから。
「ッッッ…………!!!! 」
「どんだけ泣いても、耳を塞がないのは立派だよ。お前さん達ではない大人達への責めも入っていたというのに、中々に根性ある子だね……。あのジジイが少し前に電話で散々自慢していやがったから聞き流してたが、気持ちが分かる気がするよ。さて、もうひとつ話をしよう。それは、お前さんがスミレを別人みたいに見えた理由だよ。正直、かなり残酷な話になる。あたしだって知りたくなかった話さ……。でも、知りたいなら話してもいいとスミレに許可は取ってある。肝心のスミレに何があったのか、という話は、決心が付いた時に自分の口から話す、とのことさ 」
キクコは、ほんの少し躊躇った。ここから話す話は、キクコすらも知った時は愕然としてしまったほどに残酷な話だ。
「話して……ください…………! 」
ヒマワリは、顔を上げた。整った顔が台無しになるほどに涙で歪み、しかしそれでも顔を上げた。キクコは、満足げに頷くとスミレとのやり取りを話し始めた。
なぜキクコはヒマワリのことを分かったのか?→有能で、しかも完全な部外者であり完全な第三者目線で物事を見れたから。オーキドやエトウらが判断材料となる情報を大量に集めていたから。人間の心理については勉強していたから
ヒマワリの行動理由であり、本作ではサトシが本編でよくやらかす無茶の源泉とします。サトシの場合はヒマワリのような無意識下での人間不信って訳ではなくて、単純にスミレが1人で無茶することが当たり前な環境で育ったから、その影響って感じになります。
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