ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第62話 答え

 力が欲しいか、そう言われてスミレの目が揺らぐ。しかし、キクコはそれを見て言った。

「即答しないね。……迷いでもあるのかい? 」

スミレは、自分の手を見下ろした。

「私は……私のままじゃあ強くなれない…………。今のままやっても、無駄なんじゃないかって 」

スミレの呟きに、キクコは眉を顰める。嫌な推測を携えてやって来たが、それが現実であることを証明しかねない状況であった。

 

「…………その今っていうのは、 " 作り直した後の自分 " って意味かい?」

スミレの表情に、影が刺した。キクコを見上げるその目の奥は、薄れない闇によって覆われている。キクコは、当たってほしくなかった推測が当たっていた事実に、顔を歪めた。キクコは、資料によってスミレが自殺未遂後に一時的に発狂して精神病院へ入れられていたことは知っていた。しかし、その後の人格変容については、過去の抑圧の爆発によるものだと認識していた。だが、それは事実とは異なっていたのである。正式には、スミレは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、彼女が行ったのは自我の治療ではなく再構築であり、現在のスミレの人格は崩壊以前の人格とはまた違った、新しい人格なのである。

(なんて……なんて残酷な…………!)

キクコは、思わずその体を震わせた。事態をより残酷にしているのは、その新たな人格が、本来の人格でないとスミレ自身が認識してしまっているということ。スミレ本来の人格は既に死亡していて、現在のスミレはその劣化コピーである、というのがスミレが見た自身の人格であったのだ。酷いことに、スミレ自身が構築した後のスミレの自我が、以前と全く同じと言い切れる者はどこにも居ない。むしろ、昔のスミレを知っているならば、尚更今のスミレを別人のようだと表現するだろう。幼い頃に素の自分を出せなかったことが、ここまで悪い方向へ向いた事例をキクコは長い人生のどこを振り返っても知らなかった。

「……私の心は、偽物だから。本物じゃない私だから、負けたんです。あの頃の私は、もっと頑張れて、もっと凄くて、誰にも頼られる凄い子だったんです……。なのに、私は弱かった。完璧な良い子じゃないといけないのに…… 。そして、エリカさんと着物見て、いつか着てみたいって思って……ふと、思ったんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。……だって、良い着物なんて初めて見たんです。凄いって思った、綺麗って思った、……でも、この感性は知らないんです。元の私ならどうしたんだろうって……。病院で寝てると、嫌なことばかり考えちゃって…… 」

スミレは、顔を手で覆って嗚咽する。スミレは、己を弱くなったと評した。完璧で、そして強くなければならない筈なのに、何度も失敗を繰り返した挙句、スミレは己を" スミレ " の出来損ないと認識してしまった。そうして、スミレが初めて目の前や横の現実ではなく、先の未来を見てしまった。そうして、不穏な終わり方をしたことによる不安と病室で寝ていなければならないことへのストレス、という余計な思考に陥りやすい環境によって、自分の抱いた記憶のない感情が本来のスミレか、今のスミレかが分からなくなった。そうして、ただでさえ不安定な情緒を蝕んだその不安は、キクコとの会話によって唐突な暴発を見せたのだ。

「昔のわたしが、夢の中で私に沢山の声を聞かせてくれたのに、私はわたしじゃないから立ち上がれないっ……。立ち上がる資格も……! 私じゃあ、わたしの代わりになれないから……!」

スミレは叫んだ。超人へのコンプレックスも、過去のトラウマも、自殺する前の思い出は、全部本物であって偽物。刻まれた記憶であっても、それを受け取る人格が同一でないのなら、それはスミレにとっての本物にはなり得ない。そして、自殺未遂後の感情は、その偽物の記憶をあたかも実際に体験したかのように模倣した更なる偽物、スミレにとってはそういうものだ。人にぶつけた怒りも、ポケモン達と味わった思い出も、全部が全部虚構の代物だとスミレは思った。スミレはスミレ、それは変わらなくても、本物と偽物の境界線、自身という人格の存在意義、それが過去の人格を越えられなかったことにより、大きく揺らいでいた。

「困ったね……。掛けてやる言葉が思いつかないよ。あたしもあのジジイを笑えなくなっちまったかい。……だがまぁ、ひとつ言えることがあるとするならば、アンタはアンタであることから逃れられないってことさ」

キクコが困り顔で言った。カントーには、古くから『藪を突いてアーボを出す』という諺があるのだが、必要な問いではあったとはいえ、まさに自らの手でその状況を作ってしまったのである。キクコは、自身のやらかしに内心冷や汗をかいていた。

「私は……わたしから…………? 」

「そうさ。お前さんがどれだけ自分を偽物っていっても、それを証明できる者はどこにもいない。お前さんのポケモンだって、その" 偽物 " とやらしか知らないから、ポケモン達にとっては本物でしかないんだよ。周りの人間だって、察した人間はいたかもしれないが、表立って認識していると分かる人間などいやしない。……だから、本物に成り変わる覚悟が無くちゃならないんだ。偽物、という認識も全部捨てて、" お前が知っている本物のスミレ " という存在をこの世界に固定しなくちゃならない。あたしは、今から最低なことを言う。アンタの手で、" スミレ " を眠らせてやりな 」

「…………そんなこと 」

スミレは、首を横に振った。自分の大切な元人格を2度も殺すなど、スミレには出来ない。

「いいかい?アンタという存在を世界に固定するだけなら、簡単に出来るんだ。ジジイの孫に、ヒマワリと……サトシだったね? お前さんと共に旅立った3人、コイツらに全てを話して、核とする。3人が今のスミレを受け入れることが絶対条件だがね。そうして、3人を介して少しずつ仲間を増やしていき、お前さんの居場所を作り出す。……だけどね。その為には、スミレを本当の意味で殺してやらなきゃならない。つまり、お前さんは今のお前さんを受け入れなきゃなんない 」

「嫌ッ……! 」

スミレは耳を塞いだ。その言葉は、理性では正しいと分かるだけに聞きたくなかった。

「駄々こねるんじゃないよ。どうせ、何かしらの対処はしないと遅かれ早かれお前は死ぬ。今度こそ、自分で自分を殺すのさ。それが虚像になったスミレか、今を生きるスミレかの違いだね。今のスミレが死ぬ……それをあたしらは許容できない。アンタが不幸なまま死ぬのは、なんというか癪に触るしこっちとしても色々不都合なのさ 」

キクコは、うんざりとした様子で言った。

「死んでおけば良いじゃないですか……偽物なんて 」

「矛盾だね。アンタ、元人格から受け取った大事な体をよりにもよってアンタが壊すのかい? 」

その言葉に、スミレは目を見開いた。キクコは、ため息をひとつ吐いた。

(全く、歳不相応に賢い割に、精神は子供だね。いや、子供寄りにまで退行した精神で、苦しい過去を作った大人の演技をしようとしているのかい。だから、今のような肝心な時にボロが溢れるほど出てくる。……まったく、馬鹿な子だ。なんで周りを善人に囲まれながら、誰にも相談する選択肢を取らなかったんだい。いや、消えてしまった人格に問うたところで、無駄足だね )

キクコは、そう考えると静かに頭を横に振った。

「……ぇ? 」

スミレが、消えそうな声で疑問符を浮かべる。

「埒が明かないね。……じゃあ、こうしよう。まずあたしが、ヒマワリ、シゲル、サトシの3人にこのやり取りを話そう。そうして、その上で受け入れてくれたのならば、お前さんは己に起きたこと、その全てを話しな。感情なんて交えなくて良いんだ、ただ事実を淡々と話せばいい。感情の言語化は、エトウの小僧と一緒にこれからやって行くことなのだから。…………これは賭けさ。あたしは、3人が受け入れることに賭ける。もし外れたら……。そうだね、アンタが自殺しようが何をしようがそれを止めないし、その邪魔をさせないように手を回そう。どうだい? 」

 

「…………分かりました。じゃあ、こう伝えてください 」

 

◾️◾️◾️◾️

 

「……『受け入れない時も、そう言って欲しい。そうしたら、ちゃんと私は消えるから 』ってさ。悪いね、あたしも所詮はジジイと同類だ。触れちゃならんところに触れちまったよ 」

キクコは、流石に申し訳なさげに言った。あまりに悲惨な現状に、キクコの良心が痛んだのである。

「スミちゃんには……謝りましたか? 」

「当然さ 」

「じゃあ、スミちゃんに伝言お願いします。……『わたし達が知らないスミレちゃんのこと、もっとたくさん教えてくれたら嬉しい。会いに行ってもいい時があったら、教えて』って 」

涙で潤んだ瞳で真っ直ぐにキクコを見つめると、ヒマワリは言った。その言葉を待っていた、と言わんばかりに、キクコは静かに微笑んだ。

 

「ああ……分かった、必ず伝えるよ 」

 

◾️◾️◾️◾️

 

 「オレ、スミレのことよく分かんないし、病気とかそういうのも詳しくないけどさ。オレはやっぱり、アイツのことをシゲルと同じくらいに超えたいライバルだって思ってる。だから、スミレが昔から変わってたって、スミレはスミレ、オレはそれで良いんだと思うぜ 」

サトシは、照れくさそうに言って笑った。離れたところで話を聞いていたタケシとカスミも、笑顔で頷く。

「オレ達の力で良ければ、いくらでも貸すぞ 」

「そうね。アタシ達、とーっても頼りになるんだからね! 」

 

「タケシは兎も角カスミは…… 」

「何よぉ!!!! 」

「イタタタタタタタタタ!!!!何するんだァ!! 」

サトシの失礼な言葉に青筋を浮かべて耳を引っ張るカスミと、少し涙目で逃げ回ると、すぐに怒って抗議の声を上げるサトシ、そしてそれを笑いながら見守るタケシ。3人の織りなす光景を眺めてキクコは笑みを浮かべると、そのまま影に消えていった。

 

◾️◾️◾️◾️

 

 「どの道、アイツはアイツでしかないんですよね? だったら簡単な話です。アイツに伝えてくださいよ、『チンタラしていたら置いていくよ 』ってね 」

シゲルは、一瞬も悩まずにサラリと言い切った。その顔は自信満々でありながら、なんだかんだで少し嬉しそうだった。シゲルとしては、納得がいかなかった。このまま死なれては、勝ち逃げされることになるからだ。天才である己に勝ち越していながら、このまま消えられるのはシゲルのプライドが許さない。しかし一方で、そんな相手を助けるための力、その核となることに誇らしさを感じずにはいられない。なんだかんだ、シゲルもスミレには手助けして貰った記憶があるのだ。恩の清算は少なくとも後何十年も掛かるだろう、と明らかにスミレを老衰で死なせる計算を心の中で言い訳しつつ行っていた。

「ふぅん……。まだまだ青いが、いい孫を持ったね、ジジイ 」

キクコは、笑って視線を向けた。オーキドは、目尻に涙を浮かべながら頷く。

「ああ。……ワシの、自慢の孫じゃよ 」

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