ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
「むむむ…… 」
スミレは、ビデオを見ながら唸っていた。今見ているのは、シンオウ地方チャンピオン、シロナの試合。ワタル曰く、スミレが参考にすべきトレーナーということでトレーナーになる前の時点で既に見ているが、トレーナーになる前となった後ではかなり違って見えた。今見ているのは、シンオウ地方で行われたチャンピオンリーグ、その最終戦。四天王やジムリーダー、歴代ポケモンリーグ優勝者が争い、優勝すればシロナに挑めるというシステムの試合。優勝したオーバと、シロナのバトルだった。オーバは炎のように苛烈なバトルを、シロナはそれを受け流しつつ時に敵を真っ向から撃ち砕く水のようなバトルを見せる。しかし、それは少し前の講義を見ると、少し見えるものが変わる。例えば、オーバの戦術だ。激しい攻撃ではあるが、それはかなり緻密なエネルギー操作によって支えられている。例えば、ゴウカザルが使った【フレアドライブ】。本来ならば反動が大きく、ダメージを受けるため使いどころが限られた大技なのだが、オーバのゴウカザルはそれを他の技に比べて少し少ない、という程度の割合で使用している。耐久力の低いゴウカザルで、である。昔はあまり気にならなかったことだが、今見ると凄まじい技術だ。残念ながら反動ダメージの全てを殺しきれてはいないようだが、それでもかなり抑えられている。しかも、チャンピオン戦本番での連続使用を成功させるなど、どれだけの信頼関係があってどれだけの鍛錬を積んでいるのかとスミレは素直に驚いた。一方、シロナの様子を見るに、【フレアドライブ】を切るタイミングをどうも誘導していたらしい。シロナとオーバの会話によってオーバはやる気を燃え上がらせ、そんな中でガブリアスが致命的な隙を晒した、ともなればオーバは必ず大技を放つ。そう、シロナは知っていたのだろう。だから、盤外でオーバの好みそうな、少々熱血気味な言い回しを使ったのだろう。そして、ガブリアスは指示無しで故意の隙を作り出した。それは、事前に対策していたであろうと察せるほどのスムーズな動作だった。
「その表情を見るに気付いただろうが、シロナは盤外での心理戦によってリスクありの大技を使うタイミングを誘導した。このように、トレーナー同士の読み合いを制することやトレーナー相手の心理的な圧力はバトルに勝つ上で重要なものになる。……スミレの過去を聞くに、スミレは自分の本質とかけ離れたキャラクターを演じざるを得なかったそうだな 」
ワタルが突然スミレの過去に関する話を始め、ついスミレは身構える。
「ああ、すまん。お前が思うようなことではないよ。……オホン、まぁそうだな。お前にとっては忌まわしい過去かもしれないが、お前が不本意とはいえ培ったその演技力は、バトルにおいてかなりの効果を発揮できるはずだぞ 」
「……私の過去が、バトルに? 」
「そうだ。相手を盤外で騙し、掌で踊らせ、自慢のポケモンでその作戦の全貌を勝利によって明かすこと。ハマれば相当にカッコいいし、相当に効果的だぞ。それは演技力だけでなく外見もだ。例えば、エリカのような高級な和服を着こなした相手の目の前では緊張感を覚えるし、いかにもなアイドル衣装の人間を見れば、ソイツが全霊をバトルに注ぎ込む人間という印象が付かず、相手はつい油断してしまう。今のは一例だが、外見や内面を飾り立てて相手を圧倒し、自らのポケモンをサポートするというのはトレーナーができる努力でもある。そして、スミレには演技という強い武器があるんだ。使いこなせば、かなりの精神的優位を得られるぞ 」
ワタルの言うことは、理に適っているとスミレは思った。未だ抵抗はあるが、それでも一度真剣に検討してみることもありだろう、と思いながら残りの試合の分析を始めた。手元のノートは、バトルの分析によって真っ黒と形容できるほどに、文字で埋め尽くされていた。
◾️◾️◾️◾️
蔓が唸り、拳と激しくぶつかり合う。フシギバナとゴビットのバトルは、少しずつフシギバナが巻き返しを始めていた。ゴビットの攻撃を耐えつつ反撃、という行動を繰り返すうちに少しずつ【はなふぶき】の制御が上手く行き始めたのだ。対するゴビットも、高速で動き回りながらも遠距離技、近接技、技ですらない格闘技を織り交ぜた戦闘技術で対抗する。フシギバナはゴビットの強力な攻撃を何度も受けたことで傷つき、消耗している。しかしその集中力は衰えず、逆に上がっていた。
「バナァァァァ!! 」
フシギバナが叫びと共に放った【はなふぶき】。それが遂に変幻自在の刃として完成した。ゴビットの拳による防御をすり抜け、その体を花弁が叩く。その衝撃で防御が緩めばその部分に花弁が殺到し、遂にはゴビットを飲み込んだ。
「……よし、良くやった 」
キクコは、フシギバナにそう告げた。キクコの視線の先には、戦闘不能となったゴビットの姿があった。その姿を視界に入れてフシギバナは気が抜けたのか、崩れ落ちるように倒れた。
ジュナイパーが何度目かになる、【どくのこな】による煙幕に突っ込んだ。一度風で吹き散らす手間を惜しんだ時に、息を止めれば問題ないと思ったからだ。それによって一度は撃墜したものだが、今回は勝手が違った。勢いよく毒の霧を抜けたジュナイパーの目の前には、避けきれない距離に大木が立っていた。勢いを殺せずに頭から突っ込むジュナイパー。そして、頭を打ってふらつきながらも飛ぶジュナイパーの視界に影が差し、慌てて顔を見上げるとバタフリーの姿があった。
「パァ……! パァァァァ!? 」
ジュナイパーは、獲物を発見して笑みを浮かべるが、バタフリーの体がズレたことにより、太陽の直射日光を直接見てしまう。思わず目を閉じて悶えるジュナイパーの身体を、何発もの【サイケこうせん】が撃ち抜いた。それらは全て急所を的確に狙撃するもので、ジュナイパーは大ダメージを免れない。そうして墜落してゆくジュナイパーをバタフリーは追撃すべく急降下、【むしくい】をしながら特攻し、ジュナイパーの体を下敷きに地面に激突した。
「アンタも合格だ、見事だね 」
キクコの合格判定を薄れゆく意識の中で聞きながら、バタフリーは目を閉じた。
「ラァ……ラァァァァァ!!!! 」
氷の風がシャンデラとギルガルドの速度を落とし、視界を塞いだ。その正体は、【こごえるかぜ】。薄く引き延ばすように放たれたそれを、シャンデラは燃やし切れない。そしてその合間を縫って撃たれた【みずでっぽう】や【みずのはどう】は、シャンデラやギルガルドを打ちのめす。しかし、それは最後の攻撃。力を出し尽くしたラプラスは、プールの中へゆっくりと沈んでゆく。その体は赤い光に包まれ、キクコが持つボールに戻された。
「まぁいいだろう。合格だよ 」
キクコは、まぁ現状ならばこのくらいだろうと、合格の判定を出した。それでも、同格のポケモン2体を相手に長時間粘り、尚且つ大きなダメージを与えたことで、その強さは相当に伸びている。
「ディ……ディィィィン!! 」
最後の一文字を書き終えたフーディンが、地面に横たわって喜びの叫びをあげる。脳をいつも以上に酷使したことで、高いはずのIQであってもフーディンの頭は疲れ切っていた。おまけにサイコパワーも攻撃のサーチや的当てでかなり消費し、肉体もボロボロ。限界の壁をひとつほど破ったか、見える世界が広がっている感覚はあるのだが、心も体も疲れ切っていた。
「よくやったね。ゆっくり休みな 」
キクコのその声を子守唄に、フーディンは眠りに落ちた。
「ゲェェェン!!!! 」
「ゲェェェン!!!! 」
スミレとキクコ、双方のゲンガーの全力の【シャドーパンチ】が、クロスカウンターとして互いの頬にめり込んだ。2体のゲンガーはよろめきながら距離を取る。
「ゲェ……ン 」
膝をついたのは、スミレのゲンガーだ。息を荒くしており、視線も安定せずに宙を彷徨っている。
「………… 」
対するキクコのゲンガーは、立ったまま気絶していた。そしてそのまま、ゆっくりと背後に倒れ込む。勝者、スミレのゲンガー。神出鬼没の行動を理解し、その動きについて行ったことによる勝利だった。
「なるほど、いいバトルだったよ 」
スミレのゲンガーはニヤリと痩せ我慢の笑みを浮かべ、ボールの中へ戻って行った。
「トサキィィィィィン!!!! 」
トサキントとダダリンが、水中で激突する。時に近距離、時に遠距離と位置を変え技を変えて戦ってきた2体だが、経験のより薄いトサキントは押されていた。他のポケモンのような、スミレに起きた悲劇を直接目の当たりにするという絶望の味を知らなかったことは大きく、己のプライドだけを柱に戦ってきたトサキントは振り絞る気力も残り僅か。両者は距離を取ると、同時に最大火力の攻撃を放つ。トサキントの【みずのはどう】が、ダダリンの【うずしお】を突き抜けた。その一撃で、戦闘不能になるダダリン。その差は、トサキントが展開していた【アクアリング】での回復による体力差であった。
「……リュ、リュ…… 」
技を放ち、体を叩きつけ、巻き付き、噛み付く。泥臭くも激しい戦闘は、遂に終局にもつれ込んだ。その理由は、ドラゴンとしての血が目覚めたことによる両者の戦闘力向上にあった。ドラメシヤもミニリュウも、満身創痍になりながらも『目の前のコイツにだけは負けられない』という思いで体を動かす。
「ドラァ……! 」
「リュウ……! 」
互いの頭突きがぶつかると、両者は目を回して倒れ込む。それを合図とするかのように、両者は気絶した。両者戦闘不能、引き分けであった。
「頑張るじゃないか、いいね 」
キクコはその様子に喜ぶと、両者をボールに戻して笑った。
◾️◾️◾️◾️
「………… 」
看護師によって包帯が替えられるのを、スミレは黙って受け入れる。勉強していないと、心の奥底から闇が噴き出てきては息苦しさを覚えるし、かといって看護師はそれを相談しようと思う相手ではない。看護師側も、スミレの様子を気にしながらも、スミレの傷だらけの体を清潔にし、包帯を巻いてゆく。
(気まずい……!)
看護師は、胃がキリキリと痛むのを感じた。目の前にいるのは、看護師歴がそれなりにあっても、創作物でしか知らないレベルで悲惨な薄幸の美少女だ。包帯を変える段階では当然裸にするため、その体の痛々しすぎる傷が見えてしまう。厄介なことに彼女は看護師、医療の知識はあるため、傷がどのような技やポケモンによってつけられたものかがあらかた特定できてしまうのだ。可哀想だ、と思うし、それを放っておくのは看護師としてどうなんだ、という気持ちはある。だが、それ以上に授業を受け終わって1人になった時のスミレが、怖くて仕方がなかった。10歳の女の子が死んだ目と傷痕まみれの体でベッドに横たわっているなんて、お化け屋敷レベルで恐怖の絵面だ。
「あ、あの……。巻き具合、とか大丈夫ですか? 」
「ああ……はい 」
「そ、そうですか……良かった、です 」
スミレにそう静かに返されて、会話は途切れる。
(気っまずぅ…………!)
冷や汗をダラダラと流しながら、看護師は包帯を変え続ける。
(やっぱ……人に見せるものじゃないよね)
当のスミレは、看護師の反応にそんなことを思っていた。