ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
「私を、殺す…… 」
スミレは、ポツリと呟く。その言葉は、まるでカビゴンのように重く、スミレにのし掛かっている。キクコとの対話から、もう2週間になるのだが、スミレは未だに答えを見出せずにいた。エリカに相談しようにも、少し前にタマムシジムで火事があったらしく、後始末に奔走している。キクコやワタルはリーグ関係でしばらく会っていないし、オーキドも処分中の仕事に関して色々とやることがあるらしい。両親は警察により面会が制限されており、幼馴染3人はそれぞれ旅に出ている。ヒマワリは近場でポケモンを鍛えているらしいが、会う勇気なんてあるわけが無い。腕を掲げて見れば、細く包帯まみれで、まるで木乃伊のような腕が病衣の下に覗く。
「すみません、入ってもよろしいでしょうか? 」
コンコン、とノックの音。毎度のことながら、タイミングが良いものである。スミレは了承を返事すると、ドアから見慣れぬ女性が入ってくる。格好を見るに、看護師ではない。
「……えっと、貴女は? 」
「私は、レンゲと申します。この町で、エリカさまのジムトレーナー、及び保育士をやらせて頂いております 」
「ぁ…… 」
スミレは、やってしまったと思った。レンゲ、という女性の名前は知っている。スミレに対して輸血を行い、スミレの命を救った人物。スミレ自身の感情は兎も角としても、紛れもなく命の恩人である。そんな人間をこちらから訪ねることなく出向かせ、更には知らずに名前を聞くなど、スミレにとっては恥ずべき無礼だった。
「すみません、命の恩人に対して…… 」
「あははっ、畏まらなくていいのよ! お礼も要らないわ。別に、私もそういうのを期待して来た、とかそんなのじゃないから 」
レンゲは、そう言って笑う。それを見たスミレは、どことなく嘘臭い態度だ、と思うが、それは単純に保育士が子供を相手にする時のキャラであり、スミレへの気遣いだと気付くと、スミレは目を逸らそうとする。だが、その視界はレンゲの手によって、すぐに塞がれる。
「ぇ……? むぎゅっ 」
目の前に、豊かな膨らみがある。それはスミレの頭を受け止めるクッションとなり、スミレは思わず目を白黒させつつなすがままにそのクッションに頭を沈めた。暖かいお日様のような香りが鼻をくすぐり、優しく後頭部に手が添えられていた。
「ごめんね? 急にやって。でもね、例え10歳でトレーナーになったとしてもまだ子供。大人扱いして任せることも時には必要だけど、こうして甘やかしてあげるのも必要なのよ。特に、子供が辛い時にはね。……今、貴女のご両親は貴女と接触できない。だから、保育士の私がこうするの。ずーっと、子供の面倒見てきたんだから、このくらい任せなさい」
「ぷはっ、……でも私は 」
スミレは、自分にそうして貰う価値がないと言おうとする。自分は偽物、そして今度は本来の自分を殺すかもしれない。そう言おうとした。だが、その唇に、レンゲの人差し指が添えられ、塞がれた。レンゲは、ニカッと笑うと、スミレの顔を再び沈めた。
「よーしよし、私はね。あんまり詳しいことは聞かない主義なのよ。だって、私は結局部外者だもの。辛いことがいっぱいあって、そのことで悩んでいるんだと思うわ。でもね、今雰囲気に流されて聞いたって、私は同情くらいしかできないの。だから、今は聞かない。……貴女の過去も関係なしに、貴女をこうして抱きしめる。貴女がどこの誰で、どんな人生を歩む子であっても、子供が健やかに育つようにぎゅっと心から抱きしめる。……それが、私の保育士としてのやり方なの 」
暖かい、それがスミレの感想だった。全身を抱きしめられている訳ではない筈なのに、暖かい。慈愛の籠った声が、スミレの心に嫌でも染み込んでくる。拒絶しようにも、体は碌に動かない。ただただ、その陽だまりのような暖かさと、向き合うしかなかった。
(ああ、そう。この子は、見せられてばかりの子だったのね)
モモカとトウリの2人には既にあったし、お礼もされた。その時に、随分と仲の良い夫婦、それこそ物語の王子とプリンセスだと思ったのだが、今のスミレの様子から見て、随分と抱きしめられ慣れていないように感じた。恐らく、これはあくまでレンゲの憶測だ。モモカとトウリは、頻繁に抱きしめ合っていたのではないだろうか。それも、スミレを除け者にして。物語の王子とプリンセス、と感じた感覚が間違っていないのなら、トウリとモモカは主人公とヒロインで、何らかの苦難の果てに結ばれた。そして、よく物語の最後に書かれている、『いつまでも幸せに暮らしましたとさ』という文章のような、語る必要のない物語の後日談に出てくる登場人物なのだ。つまり、スミレとはトウリとモモカにとって互いの愛を確かめ合うための備品であって、2人の態度からしてそれを自覚していない。そこまで考えて、恐ろしくなって思考を止めた。
(辞めなきゃね……。詮索しないのが私の流儀、ただ今は、この子に愛を注がなきゃ )
(暖かい……目元……熱い……胸が苦しい……何が…………)
スミレは、込み上げてくる感情が何かをわからなかった。戸惑いながらも、レンゲの服にシミを作る。
「よーし、よし。寂しかったでしょ? ずーっと1人で頑張ってきたんでしょ? 今は何も考えずに甘えなさい。何度も泣いて、泣いて、悲しみを出し切ったら、きっといい選択ができるわ 」
「…………はい 」
撫でられる心地よさが、スミレは忘れられなくて。消えるべき人間な筈なのに、もっと欲しくて。よく知らない他人の筈なのに、全部預けてしまいたくて。
その涙は、幼い頃に子供になれなかったことへの反動とも言えるものだった。
「そろそろ、帰るよ。私も、やることあるからね 」
「……あっ 」
帰り支度をしようと離れたレンゲに、スミレは思わず声を漏らす。
「ふふっ……、また来るわね。まためいいっぱい甘やかしてあげる 」
そう言って笑うレンゲに、スミレは頬を赤らめて顔を逸らす。
「……いえ、別に 」
照れを隠すように呟くスミレに、レンゲはまた頭を撫でた。暖かい感触に、スミレは無意識に目を細める。
「あらあら、可愛い子。……またね 」
「……ぅあ、あ、ありがと、ございます 」
言葉に詰まりながら返すスミレに、レンゲは笑って手を振ると、病室を出ていった。
レンゲがいなくなった病室は、寒々しく感じられた。
◾️◾️◾️◾️
「はぁ…… 」
レンゲは、病院を出てすぐのベンチでため息を吐く。スミレが胸の中で震えた時の感覚が、まだしっかりと残っていた。
(何もできなかったなぁ……)
結局は胸を押し付け、頭を撫でただけだ。もし退院した時は、思い切り抱きしめてやろうかと
「ゲェン? 」
そう声が聞こえ、隣を見るとゲンガーが座っていた。
「……珍しいね、この町でゲンガーはあんまり見ないけど。それに、何処かで見た覚えがあるよ 」
「? 」
ゲンガーは、眉を顰めて首を傾げる。どこかおどけたような態度に、レンゲは既視感を増すが、すぐに首を振ってそれを打ち消す。
「いいや。ゲンガー系統はいい思い出ないし 」
思い返すだけでも、碌な思い出がない。幼い頃に祖母を殺したという冤罪で、ゴースを責め立ててしまったこと。スクール生時代、肝試しで行った墓場で散々驚かされたこと。トレーナー時代、空き家で雨宿りしていたらゲンガーに驚かされて怖かったことetc……。最初のは完全な自分のやらかしで黒歴史だが、それはそれとしても嫌な思い出ばかりだ。レンゲは、そこまで思い出して手を打った。
「……あー、そういえば、小さい頃に亡くなったお婆ちゃんと仲が良かったゴースと若干雰囲気が似てる 」
ゲンガーが、目を見開いた。何か、心当たりがあるのではないかとレンゲは、試しに話してみることにした。
「ま、少し前はね。ゴーストタイプのポケモンは、それこそ偏見が強くてさ。事実もある分タチが悪かったんだけど、病室に現れたゴーストポケモンは人の魂を食う、とか。ゴースのガスで病人が亡くなった、とか。私はそれを特別信じてたわけじゃなかったけど、あったら怖いなー的な感じで考えてた。それでさ、大好きなお婆ちゃんが病気になって、そして入院して。そんな時にお婆ちゃんがゴースと仲良くなったって聞いて、私は怖くなった。だから、遠ざけようとした。結局、あのゴースがお婆ちゃんの死を看取った。お婆ちゃんが最期に何を感じてたのか、とか分からない。でも、私はお婆ちゃんの死をゴースのせいだって決めつけて責めた。ゴースは、その後どうなったかは分からない。ただ毎年、お婆ちゃんのお墓に花が添えてあったから、元気にはしているんじゃ無いかって思う。そんな、酷い人の話……。て、なんで頭撫でてるの? 」
沈痛な面持ちで話すレンゲの頭を、笑顔でゲンガーは撫でていた。その姿に、その嬉しそうな面持ちに、レンゲは思わずぎょっとする。
「ゲェン、ゲェェェン 」
「何、励ましてるの? ごめんね、私はポケモン言語は昔ちょっとやったっきりで詳しくないから。……じゃ、ついでとばかりに話すけどね。私は、変わってなかったよ。何もできないくせにゴースに暴言吐いたあの頃の私を変えようって走ってきたけど、今日スミレちゃんって子に会ってね。ただ話も聞かずに抱き締めるしかできなかったの。あの子、私なんかよりもずっと辛い目に遭った筈なのに、あんなに人の温もりを求めてて、しかもそれに自分で気付けない子なのにね。世界は残酷で理不尽、それを知っていても私に何もできないのが悔しいの…… 」
そう言うレンゲの膝上に、いつのまにかゲンガーは座っていた。ゴースト、どくタイプという比較的人体に悪影響を及ぼすタイプを持つゲンガーだが、その能力を御しきっているからこそできる甘え方であった。
「ゲェン……ゲェン、ゲンガー!ゲンゲン、ゲンゲロゲェン!! 」
言葉で伝わらなくても、届かせるくらいに応援する。頑張れ、君ならできる、と。ゲンガーの脳裏に、ゴース時代に友人だった老婆の声が響いた。よく孫自慢を聞かされたものだったが、それによると、彼女はとても頑張り屋だと言うのだ。自身のトレーナーであるスミレも世話になったようであったし、親友の孫を応援するのは、当然の話だった。
「……ありがと 」
レンゲは、ぎゅっとゲンガーを抱きしめた。その頭に顔を埋めた。為されるがままにしてくれているゲンガーの気遣いが、嬉しかった。
スミレの弱点=ママ属性持ちによる甘やかし。
抑圧された子供、という前のスミレに基づく側面が顔を出す。前のスミレそのものではないが、今のスミレが意図的に作り出したものでもない
11/27 23:43 評価バーオレンジ化、評価1追加はめっちゃメンタルに来るやつぅ……