ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
リハビリ、というのは社会へ復帰する上で重要なことである。スミレもまた、例外なくそれを行うことになった。それが終われば、問題は未だ山積みではあるものの、身体的には復活なのである。
「っっっっ〜!!!! 」
スミレが、歯を食いしばりながら足を動かす。暫く動かなかったことで筋肉が鈍った足では、一歩進むだけでもかなりの激痛が走るのである。
「頑張って……! もう少し、もう少しよ!! 」
隣で介抱する看護師のエールを耳元で受けながら、スミレはひたすらに前を目指し、スロープを握って足を動かす。視線の先には車椅子、そこがゴールだ。
「ぅあぁぁ……! 」
唸るような声を上げ、スミレは汗を流しながら歩く。痛みを堪えて歯を食いしばる姿は、まさに鬼気迫る、といった表現が適切なほどである。リハビリはスミレにとって初めてのことではないのだが、それでもキツいものはキツいし、やりたくないことはやりたくないのである。
「っ……! っあ……!! ふぅ…… 」
一歩、二歩、三歩、と固くなった足を懸命に動かし、倒れ込むように車椅子に座り込む。想定外の消耗に、スミレは顔を顰めて浅い息を吐く。
「やった、到着です! 頑張りましたね! 」
そう褒め称える看護師の声を聞き流し、スミレは痛む足を睨む。超人化したことで、リハビリは常人である時以上に効率化が成されている。回復力の強化の恩恵は大きかったが、それで全てが楽になる訳ではなかった。やりたくない、けれどやらなければならない。スミレは、覚悟を決めて再びの練習に入った。
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バトルリハビリ、というのが存在する。そしてスミレは、それを受けていた。現在行っているバトルリハビリというのは、トレーナー向けのリハビリで、バトルの感覚を最低限戻すために行われる。トレーナー経験のある看護師とバトルを何度か行い、バトルの感覚を最低限取り戻させる。バトルの感覚を全くなくした状態で野生のポケモンと戦い死亡なんて事例が昔あったためだが、スミレの強化された手持ち達は、容赦なく看護師のポケモン達を打ちのめしていった。
「フシギバナ、【はなふぶき】 」
フシギバナによって完璧に制御された花の嵐が、看護師の出したエビワラーを打ちのめす。フシギバナは全体的な強さは優れているが、スミレのパーティーの柱となるならば未だ不足だ。それでも、スミレのポケモン内では変わらず最強。技の精密化に成功させたことで、更なる強さを手に入れた。相手の攻撃は自慢の耐久力で受け切り、【どくのこな】で毒状態を付与する。【つるのムチ】を自在に操り相手を絡め取ったり相手を殴りつけたり、と戦術のメインを占める。減った体力は【メガドレイン】という技で相手を攻撃しつつも相手の体力を吸収して回復、そして極め付けはメインウェポンの【はなふぶき】だ。タマムシシティでは知らぬ者はいない【千刃花】、それの難度はタマムシ在住のトレーナーが知らないはずはない。だが、それをそのフシギバナは習得していた。エビワラーが拳を放てばそれを避けつつ腕を跳ね上げ、エビワラーが両腕をクロスさせて防御の体勢に入れば腕の隙間から入り込み、更に背後へ回り込み、その防御の隙間を滅多打ちにした挙句それによって防御が崩れると、これ幸いと全方位から花の嵐が殺到して蹂躙する。ここに誕生した理不尽のタマゴに、エビワラーはなす術がなく叩きのめされた。
バタフリーは、器用だ。それを鍛え上げ、罠や狙撃などの頭脳プレーを磨いただけでなく、飛行能力もまた磨かれている。スミレは成長ぶりに驚きながらも、【どくのこな】を目眩しにしての【サイケこうせん】や【むしくい】を使った戦術を展開、相手のオニドリルを一方的に打ちのめし、撃墜した。看護師にはちょっと引かれた。
ラプラスは、まさに浮沈艦。圧倒的耐久力と攻撃技による持久戦が得意だ。打っても打っても倒れない、というものはかなり厄介で、看護師の使うアズマオウの攻撃を受け切った上で、【こごえるかぜ】を利用して素早さを下げまくった挙句、【みずでっぽう】や【みずのはどう】を砲撃の如く打ちまくり、アズマオウを滅多打ちにした。しかも厄介なのは、4つ目の技となる【あやしいひかり】だ。相手を混乱状態にし、混乱した相手は自傷行為に走ってしまう凶悪技。それを、相手の攻撃に対するカウンターとして用意した挙句、先述の戦術を組み込むという害悪とも言える戦術が生まれた。やられた看護師は少し泣いた。
フーディンは、打たれ弱いが才能は凄まじい。ならばと鍛えられた回避力。【テレポート】を利用した変幻自在の移動で翻弄し、強力な技で相手を倒す。新技、【シャドーボール】によって対新タイプにも効果がある技を習得した以上、フーディンに隙を見出すのは楽ではない。相手をしたのはカイリキー。カイリキーにとっては相性は最悪、そのため攻撃の尽くを避けられた挙句にエスパー技連打、これで十分であった。
ゲンガーは、バランスは良く目立つ欠点はない。そして特訓によって、キクコのゲンガーから変幻自在の立ち回りを教わった。影に潜み、相手の裏を掻き、相手を惑わせる。相手はルージュラだったが、その影に入り込んだり、【テレポート】を真似た動きで混乱させたり、とルージュラを存分に弄んだ挙句に撃破した。
ミニリュウは、プライドが高くワガママで、しかも相対的に弱かった。しかし、特訓によって慢心を叩き折られ、強敵との邂逅によって強くなったミニリュウは、遠距離技をサポートに限定して使用し、近距離での戦闘をメインとして、タッツーを尻尾で殴り飛ばした。それまでのポケモン達とは違い、細かい操作や作戦もない力押し、だが、それ故にミニリュウの気質には合っていたと言うべきか。スミレはミニリュウに対しては、ゴリ押しの火力要員という役割を期待した。スミレの戦術的に使える、【でんじは】を敢えて覚えさせず、4つの技すべてを攻撃技で揃えるというのは、スミレにしてはかなりの脳筋。しかし、ミニリュウのスペックと気質も相まって、ミニリュウはようやくバトルで機能した。オコリザルを相手に、【ドラゴンテール】などの近接攻撃を主体とし、相手の攻撃は避けずに受け止める。スミレらしくない、まさに喧嘩のような激しいバトルの末に、ミニリュウは競り勝った。
トサキントは、絶好調であった。キクコとの訓練や、その後の様々な訓練を孤独にこなしてスペックだけは上がっていたのだが、トレーナーと共に戦うという経験は無かった。正直、自分だけで問題はないとトサキント自身思っていたものだが、他のポケモン達に義理立てする形でリハビリの戦闘に付き合った。その快感は、トサキントを痺れさせた。戦場を俯瞰して適切に分析し、指示を出す。トサキント自身はそれを信じて動けばいい。それが、面白いほどに嵌まった。相手となったのは、トサキントの進化先であるアズマオウ。進化前では進化先に勝てない、というのは、元野生のトサキントにとっては遺伝子レベルで組み込まれた情報である。しかし、トサキントはアズマオウに勝った。近づいてきたところを【ちょうおんぱ】で混乱させ、攻撃技を相手の動きを窺いつつのヒット&アウェイ戦術。地道ながらも、アズマオウを壊すかのように丁寧に丁寧に削り、自身はダメージを殆ど受けない。進化先を手玉に取り、最後まで圧倒した状況を崩さずに勝つ。ポケモンとトレーナーは仲間であり主従関係、とはバタフリーの言だったが、トサキントはアズマオウとのバトルから、スミレの従者となったとしても己の美しさを損なうことはないと判断し、本当の意味でスミレのポケモンとなることを決心した。
こうして、若干人の心を置き去りにしたバトルによって、失った時間を取り戻すかのようにリハビリのために集まった看護師達を蹂躙し尽くしたのだが、2日目以降は看護師もそれに対策してきて、挙げ句の果てに他の患者が観戦に訪れ、スミレのリハビリとしては十分だったのだが、ついでに貴重な実戦経験にもなってしまった。
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スミレの身体のリハビリは、地道に進められた。看護師が付き、偶に現れたエリカやレンゲが付き、スミレは少しずつ運動能力を取り戻して行った。とはいえ、運動能力が戻ったとしても、そこで終わりではない。フシギバナの血による半超人化。それはスミレに大幅な運動能力の上昇や生命力などの上昇を促しており、それまでの感覚で動けば混乱が生じる。
「ふっ……ふっ……ふっ…… 」
そういう訳で、スミレは病院の庭を走っていた。追随するようにバタフリー、ゲンガー、フーディンが走り、それを寝そべって見守るフシギバナと、その背中で声援を送るミニリュウ、ボール内にいるラプラスとトサキント、という状況になっていた。
(体が……軽い……、でも、想定と速さがかなりズレる……バテる前に、調整しないと……)
スミレは、常人時代の感覚で走ると速すぎると感じていた。急ぎならば兎も角、持久力も増えたのならば相応に対応しなければ、スピードも制御できずに人と接触事故を起こしてしまったり道路に飛び出してしまったり、という間抜けな失敗もしかねない。本調子でないためどことなく重い体と、その癖に妙に早いスピード。スミレは感覚を集中させて、スピードを体に適応させようと試みていた。
「はぁ…… 」
スミレは、ベンチで水分を補給する。汗がダラダラと滝のように流れて、スミレはすぐにタオルを顔に当てる。まだまだ外は暑いので、水分を摂らないと熱中症になるし、汗が目にでも入って仕舞えば痛くて仕方がない。
「分かんないや…… 」
目の前の問題から目を逸らすために、何も考えずに思い切り走ってしまうというのも考えた。しかし、現状は全力疾走を禁止されており、軽いジョギング程度しか許されていない。スピードの正確な把握と訓練は、もう少し先のことだ。体力測定や身体の検査などを行い、体を却って壊してしまわないように考えて行われる。スミレはそれに異論こそないが、自分の体への違和感にむず痒さを感じていた。スミレは、ぼんやりと空を眺める、流れる雲を見つめて、物思いにふける。ずっと憧れていた超人、半分とはいえそれになったのならば、もっと楽に生きれると思っていた。しかし、それだけではなかった。マサラタウンの子供達はよく物やら人やらにぶつかって怪我をすることも多かったが、それはきっと強すぎる身体能力を脳が把握しきれていなかったから。子供のわんぱくに適応するまで、時間が掛かったから。超人には超人なりの苦労があったと、手に入れてから気付いた。もっとも、手にした力に後悔はしないのだが。
(『隣の芝生は青い』、ねぇ。……ほんと、よく言ったものだよ)
スミレは、小さくため息をこぼした。
結構削れたのでは……?
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