ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
スミレは、震える手でフーディンをボールに戻した。勝ち筋はあった。しかし、それを簡単にひっくり返された。悔しさと不甲斐なさで、スミレは顔を俯かせる。
「……さあ、次は? 」
早く出せ、という態度のサナダに、スミレは冷たい視線を向ける。大体、ジムリーダーが一撃必殺でチャレンジャーのポケモンを潰しに来るのはどうなんだと聞きたいところだ。ジムリーダーの職務はチャレンジャーの力量を推し量ることであって、叩き潰すものではない。叩き潰しにいって、その中での力量を確かめると言うのは本来、バトルフロンティアのフロンティアブレーンやポケモンリーグの四天王、チャンピオンが担う役目だ。手加減されているのは知っていても、『ジムリーダーの仕事分かってやってる? 』という質問が喉元まで出そうになってしまった。スミレはその言葉を飲み込んで、次のボールを手に取る。次は、【ハサミギロチン】で倒せないポケモンだ。
「任せるよ、ゲンガー 」
呼び出したのはゲンガー。ゴーストタイプに、ノーマルタイプの【ハサミギロチン】は通用しない。ゲンガーは、それまでのバトルを見ていたからか戦意は十分、ギラギラという表現が似合うほどに戦意に満ちた表情で、カイロスを睨みつけていた。
「ふむ、ゲンガーとな。なるほど、【ハサミギロチン】への対策か 」
「はい。……3体目に出しておくべきでした 」
スミレの暗い表情を見て、サナダは笑う。
「よいよい、貴様はまだ若いのだ。こういった理不尽を味わっておけば、後に対策も立てられよう。今は、失敗を悔やむことよりも、どうやって勝つかを考えるべき時だと思うが? 」
「そう……ですね。分かりました、すみません 」
スミレは、依然として固い表情で言う。サナダは、これ以上は無駄だと見ると、口出しを控えてバトルに意識を戻す。
「ゲンガー、【シャドーパンチ】 」
「カイロス、【シザークロス】 」
ゲンガーの拳と、カイロスの鋏がぶつかった。そのまま【シャドーパンチ】と【シザークロス】による打ち合いに入るが、5度打ち合っても両者共に攻撃を受けない。
「ゲンガー、【シャドーボール】 」
「カイロス、3連だ 」
ゲンガーが【シャドーボール】を投げたのに対し、サナダはただ『3連』とだけ言った。
「ロォォォォッス!!!! 」
カイロスの鋏と両腕に、エネルギーが宿る。
「……まさか 」
スミレは、何を使われるかを悟り、目を見開いた。
「そうだ! 【シザークロス】は鋏のみならず、両腕でも使えるのだ!」
「不味いッ……! ゲンガー、逃げ…… 」
スミレは口を開くも、回避を指示するには遅すぎる。
「ゲェェェン!? 」
【シザークロス】の2連撃が、ゲンガーを打ちのめす。2度全てを食らったゲンガーは、大きく吹き飛ばされてジムの壁に叩きつけられた。
「げ、げんがー 」
スミレは、震える声で呟く。
(やられた……? いや、耐久を考えればまだ……。でも、さっきのスピアーが本来の性能を超えた耐久だったなら……攻撃が高くてもおかしく無い…………まさか……)
「ゲ、ゲェェェン 」
だがしかし、最悪には至らない。ゲンガーは、大きなダメージを受けながらも立ち上がった。もしもエリカやキクコとの修行がなければ、あの2連撃で戦闘不能、もしくはそれに近いレベルで削られていただろう。しかし、スミレを喪いかけるという最悪に近い体験があったからこそ、ゲンガーは耐えられた。スミレは思わず、ホッと胸を撫で下ろす。
「耐えたか……あれで仕留めるつもりだったがな 」
サナダは、残念そうに呟いた。
「ッ……! ゲンガー、【シャドーボール】乱れ撃ち 」
「ゲェェェン!! 」
スミレは我に返ると、【シャドーボール】を指示する。ゲンガーは気合いの声と共に両手に一個ずつ【シャドーボール】を生成するが、その大きさは手のひらに収まる程度のものだ。
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!!!!!! 」
ゲンガーは両手を高速で動かす。放たれたのは、【シャドーボール】の雨霰。所謂、グミ撃ちというやつだ。小型化に伴い、1発1発の火力は低い。しかし、鳴り止まぬ【シャドーボール】の雨はカイロスを反撃も防御も許さずに打ちのめし、サナダとカイロスの間に土煙が起きて状況確認を妨害し、絶え間なく続く爆発音が指示を通し辛くする。
「ロォォォォォ!? 」
「ぬうっ……! 」
闇の弾丸に身体中を撃たれ、カイロスは苦悶の叫びをあげる。サナダもまた、爆風や土煙に妨害されて顔を顰めた。
「ゲンガー、【シャドーパンチ】 」
その指示と同時にゲンガーはカイロスへ急接近、拳をまともに受けたカイロスは跳ね飛ばされる。
「追撃いくよ、【シャドーパンチ】 」
「させぬ! 【むしのさざめき】!! 」
スミレによる追撃を指示を受けて拳にエネルギーを纏わせるゲンガー。しかし、サナダの指示が素早く飛び、カイロスは【むしのさざめき】を放った。激しい音の波がゲンガーを襲う。その音はあまりにも不快で大きく、ダメージこそないがスミレすらも巻き込んだ。
「ゲ……ゲェン!? 」
ゲンガーの拳からエネルギーが散った。至近距離での反撃に思わず耳を抑える。
「くぅ……! ゲンガー、【シャドーボール】で牽制しつつ離脱して!」
スミレも耳を抑えながら声を張り上げる。それはどうにか聞こえたようで、【シャドーボール】を1発放って退避する。【シャドーボール】がカイロスに命中し、カイロスによる【むしのさざめき】が中断される。
(あのカイロス……。やっぱり音を上手く操ってる。私にも五月蝿い音が飛んでくるのは、きっとわざとやってるんだろうね。サナダさんに当てず、私はダメージ無しの音だけ、そしてゲンガーには音とダメージ。脳筋みたいな見た目の割に、このカイロスはかなり賢い……!)
スミレは、歯を食いしばる。【ハサミギロチン】は封じられても、それでもなおカイロスは強い。
(戻す……? フシギバナに交代して一気に潰すか……いや、フシギバナはまだ温存したい。ラプラスの【こごえるかぜ】を起点に範囲制圧? でも陸上の機動力が低すぎて【ハサミギロチン】の格好の餌食……。だからといってゲンガーをこのまま使っても、カイロスの体力を削り切れるだけの決定打に欠けるから、押し切られる可能性は高いよね。どうしよう……?)
「ゲン!! 」
不安げな表情で思考を巡らせるスミレに、ゲンガーは声を掛けた。痛む体にムチを打ち、まるで余裕であるかのような表情を浮かべてサムズアップ。『まだやれる』『オレ様を信じろ』、という、自信と決意を示す意思表示だった。
「……分かった、お願いね 」
スミレとゲンガーの関係は、主従と呼ぶにはあまりに距離が近く、仲間と呼ぶにはあまりに距離が遠い。その関係を敢えて表現するなら、ビジネスパートナーだ。スミレにはスミレの生き方があり、ゲンガーにはゲンガーの生き方がある。互いに必要な時は協力し合うが、不必要な部分では不干渉を貫く。だがそれでも、なんだかんだでスミレはゲンガーに対しては好意的であったし、ゲンガーもまた、スミレの元での暮らしが気に入っていた。だからこそ、ゲンガーは立ち上がったしスミレはゲンガーに戦いの場を任せる決断を下した。
「未だそのゲンガーで勝てると? 」
サナダは、敢えてそう尋ねる。
「……勝ちます 」
「随分と自信なさげだな。勝ち筋が見えぬなら降参、という手もあるが? 」
サナダの甘い誘惑を、スミレは無表情で受け流した。
「確かに勝算は薄いです。……でも、私は負けられません。負けてはいけません。勝ってこそ、完璧であってこそ、私は私としての価値を存続させられるのですから。親に課された生き方をなぞるにも、親に課された生き方から外れるにも、私は究極で完璧な私でいなければなりませんから 」
その言葉に、サナダの表情が歪んだ。
「つまらん……実につまらんぞスミレ。 貴様、よりにもよって人間の価値を語るか 」
不機嫌に言うサナダに、スミレは冷たい視線で返す。
「これは私の生き方です……口出しはさせません 」
「出すとも。馬鹿が目の前で道を踏み外そうというのに、止めぬは人の道に反するだろうが 」
その言葉に、スミレは眉を顰めた。
「人の道に……? 」
「ああそうだとも。人間とは醜悪であり未完成な生き物だ。それが完全を目指そうと足掻けば、必ず貴様自身とそれに巻き込まれたなんの罪もない人間が犠牲になるぞ。だから、そこらで止まっておけ 」
サナダの忠告に、スミレの額に青筋が立つ。
「黙ってッ……! 私が私という存在を許さなきゃいけないなら、私は人間を超えてでも完全じゃなくちゃいけない…………!! そうすれば、スミレちゃんの体はもう傷つかなくて済むから!! だから、お前は邪魔をするな!! 」
「邪魔するとも。……スミレちゃん、とな。……よもや別人格でも持ったか? その上で、今は別人格側が主導権を握っている、もしくは元人格が死滅している、辺りは考察としては妥当であろうか。矛盾だな。貴様がその体を傷つけたくないのならば、旅に出たのは何故だ? スーツを身に付けなかったのは? 」
「五月蝿いッ……! ゲンガー、【シャドーボール】!! 」
スミレは話を切り捨てて、【シャドーボール】を命じた。ゲンガーはやれやれ、といった表情をしながらも、素早く【シャドーボール】を生み出し投げつける。
「ふむ……では続きは後ほど、とな。よかろう。カイロス、【シザークロス】だ」
サナダの命令でカイロスは動き出し、両腕で放つ【シザークロス】によって【シャドーボール】を弾き飛ばす。
「突っ込め、【シャドーパンチ】! 」
「迎え撃て、【シザークロス】! 」
両者の技が激突した。カイロスは後退し、ゲンガーは跳ね飛ばされて空中で静止、すぐに再度突撃する。カイロスはそれを【シザークロス】で迎え討とうとしてーーその攻撃は、宙を切った。ゲンガーの姿は、どこにもない。
「ふむ…… 」
サナダが視線を彷徨わせる。
「ゲェェェン!!!! 」
「ロォ!? 」
突如としてゲンガーが、カイロスの影から飛び出した。その勢いに乗せて、【シャドーパンチ】を放つ。【シャドーパンチ】はカイロスの顎をカチ上げ、カイロスはタタラを踏む。
「今ッ!! 」
スミレは叫ぶが、ゲンガーとて百も承知だ。
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!!」
【シャドーパンチ】を両手に発動させると、両の拳で目にも止まらぬラッシュを放つ。カイロスは両腕をクロスさせてそれを防ぐが、【シャドーパンチ】の嵐が一歩、また一歩とカイロスを後ろに押しやってゆく。
「【むしのさざめき】 」
「潜って! 」
対するサナダは、【むしのさざめき】で対抗。しかし、ゲンガーは影に潜った。スミレをダメージを伴わぬ音が襲うが、ゲンガーにはなんの影響もない。
「ゲンガー! 【シャドーボール】!! 」
影から飛び出した【シャドーボール】が炸裂し、カイロスは遂に膝を突いた。
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