ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第73話 狂気の果て

 カイロスが、遂に膝をついた。しかも、ゲンガーはカイロスの手が届かぬ影の中。それは、スミレにとっては絶好ののチャンスであった。

(立ち直る前に、倒し切る……!)

カイロスはミニリュウから受けたダメージもあるため、そろそろ限界も近い筈だ。カイロスは【ハサミギロチン】を持つ以上、ラプラスやフシギバナといった機動力に劣るポケモンで相手をするには不安があった。それに、【シザークロス】、【ハサミギロチン】、【むしのさざめき】と3つの技しか未だ出しておらず、あと1つの技が詳細不明のまま残っている。考えられるのは、ゴーストタイプに効果がなく、カイロスが覚えられるノーマルタイプの技、もしくはかくとうタイプの技の2択。勿論、未だ温存しているという可能性は捨てられないが、それでも『出せない』という可能性の方が高い。

「ゲンガー、【シャドーボール】」

スミレの指示を受けたゲンガーは、手の先を影から出すと、【シャドーボール】を連続で放つ。爆炎が連続で上がり、カイロスは大きく吹き飛ばされる。

「……ふむ、ならばカイロス! 【かわらわり】!! 」

(かくとう技……!? やっぱり出せなかったんだ!!)

カイロスは、自身の影に向かって【かわらわり】を叩きつけた。地面が割れ、破片が飛び散り、影が乱れる。すると、弾かれるようにゲンガーは飛び出してきた。ダメージはない。しかし、影には居られなかったのだ。

「ゲンガー……対応された!? 」

スミレは、その光景に思わず目を丸くし、動揺を露わにする。

「当然だ。影に潜むポケモンは、その影の写り方を乱してやるとよい。影の空間が乱れ、強制的に弾き出される 」

「……滅茶苦茶を 」

涼しげな顔で言うサナダに、スミレは唇を噛み締めた。

「たとえ無茶でも、出来ねばならぬ。相性が最悪な相手にどう立ち向かうのか、それはエキスパートタイプを持つジムリーダーならば、当然に考えて備えていることだ。そして何より、完全とは人間もポケモンもあり得ない。あり得るとするならば、それは人間やポケモンの領域を超えた者、つまりは神の類いだ。……故に、一見無敵に見える策を講じようと、どこかに必ず綻びが生じ、そこに隙は生まれる。ならば、そこを分析するのが儂のすべきこと、そして儂の分析に従い、それを実践することがカイロスのすべきことだ。そしてそれは、我らが間の絆によって為されるのだ 」

サナダの言葉に、スミレは目付きを鋭くさせる。

「絆……また絆…………! 鬱陶しいッ……!! 」

スミレは、思わず歯軋りをして呟いた。その姿に、サナダは視線を落とす。

(……儂らの不出来を責められているようだ。昔から、世の中を良くしようと足掻いた者は多くおった。儂もその1人だった。内に入れば内憂を断ち、外へ出れば外患を討った。そしてその先で、次の世代にバトンを渡した。だがそれでも、目の前の子供を見ると思うのだ。儂らがやってきた事に、何の意味もなかったのか、と。儂らの戦いと友の犠牲の果てに出来た世界が、あの子のような心を憎しみと寂しさに囚われた子供を産んでしまう世界なら、奴らが死んだ意味は、儂らが傷を負った意味は、一体なんだったのか、と)

「……だが、今は貴様を試すのが儂の役目。遠慮はせんぞ 」

「何をブツブツとッ……! ゲンガー、【シャドーボール】!! 」

「迎え撃てカイロス、【シザークロス】 」

思考を切り裂くようにスミレの指示が飛ぶ。放たれた【シャドーボール】を、【シザークロス】で防ぐ。そして【シザークロス】を装填し直すとゲンガーに接近、ゲンガーも【シャドーパンチ】に移行し、激しい乱戦が始まった。

「ゲェン!! 」

「ロォッス!! 」

【シャドーパンチ】と【シザークロス】が互いの体に決まり、両者はふらつきながらも距離を置く。

「【かわらわり】 」

カイロスはフィールドに手刀を叩きつけ、ゲンガーはその衝撃から逃れるために空中へと飛び上がる。

「【シャドーボール】 」

ゲンガーは【シャドーボール】を投げつける。

「追撃、【たたりめ】 」

ゲンガーは【たたりめ】を放った。本来、状態異常の相手への強撃として持っている【たたりめ】は、カイロスとのバトルではあまり使わなかった。【シャドーボール】や【シャドーパンチ】ほどの扱いやすさが無く、追加効果も状態異常でないカイロス相手には全くの無駄。そんな【たたりめ】を、【シャドーボール】に重ねた。

「ロォッス!? 」

カイロスは、その二重攻撃に大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。

「……2連【シザークロス】のお返しになった? 」

「お釣りがくるがな 」

スミレとサナダの視線が交錯し、睨み合う。

「ゲンガー、【たたりめ】 」

追撃の【たたりめ】がカイロスを襲う。

「【むしのさざめき】 」

対するカイロスも【むしのさざめき】を放って対抗する。2体は、もう限界が近かった。

「これで決めるッ……!【シャドーパンチ】!! 」

「勝つぞ、カイロス。【シザークロス】!! 」

両者の技が互いに決まり、ゲンガーもカイロスも耐えられなかったのか、ゆっくりと倒れる。

「ゲンガー、カイロス、共に戦闘不能!! 」

審判の声が響いた。

「……ありがと、ゲンガー 」

「ご苦労だった。ゆっくり休め、カイロス 」

スミレとサナダは、それぞれ自らのポケモンの奮闘を労いつつボールに戻す。

 

「相打ちとは、大したものだ。貴様、まだバッジを渡せん心持ちをしておるが、ポケモンは中々に強かった。だが、今のままでは3体目は倒せぬよ 」

「……絆を否定されたのがそんなに気になりますか? 」

「少しな。目の前の超常を貴様の常識で切り捨てているようでは伸びんぞ 」

「生憎、私はヘンテコな宗教にハマる気はありません 」

絆を信じる、ということがヘンテコな宗教という扱いを受け、サナダは苦笑した。

(否定し辛いな、宗教扱い)

内心でそう思いつつも、それを呑み込む。

「宗教扱いとは随分なことだな。……まぁ、諸説ある話で原理がはっきりと判明している訳ではないが。……確定している事実として、ポケモンとの絆がポケモンの力を引き出す、というのはある。スピリチュアルと取られてもおかしくはないが、経験を積めばそれが事実であると分かってくる 」

「……だからなんだと言うんです? 人とポケモンは仲間だけど同時に主従関係でもあります。絆なんて綺麗事で関係をなあなあにして、人とポケモンの馴れ合いになって仕舞えば連携に支障が出ます。……絆なんて不確定なものに縋って、いい年した大人が恥ずかしくないんですか?」

「…………今のは少し効いたぞ 」

胸を押さえて、サナダは唸った。尚、観戦していたエリカやジムトレーナーも流れ弾を食らっている。

 

 

「……スミレよ、問おう 」

「何ですか……? 」

気を取り直したサナダの問いに、スミレは昏い表情で反応する。

「お前は、なんの為に戦う? 」

「……勝つ為 」

スミレは、ポツリとつぶやいた。

「何故勝ちに拘る?ロケット団のような輩に負ければ、ポケモンを奪われる故に『負けてはならぬ』と自身を追い込む理由もわかる。だが、貴様がただ人間としての価値を求めるならば、バトルに勝利する、ということのみを追求する必要はない筈だ 」

その指摘に、スミレは瞳に剣呑な光を宿す。

「わたしは、ポケモンが好きだった。だから、真似してる私は死んでしまったわたしに、わたしの体で勝ち続ける姿を見せなきゃいけない。孤独の中で苦しみ、最期は首を吊って死んでいったあの子の為に、私は最強のわたしでなければならないッ……! それが、私がわたしに贈れる唯一のもの……。未だ惨めに生きてることを、そうすれば赦してもらえると思うから! 」

スミレの言葉に、サナダは目を見開いた。

「……贖罪と手向けか。だがスミレよ、貴様は本当にその" スミレ " が今の貴様を見て喜ぶか? 完璧な己に執着し、周りの評価に怯え、狂気に身を堕とそうとする貴様の姿を見て、本当に安心して眠ることができるのか? 」

「……ッ!! 」

スミレは、その問いにハッキリと答えを出せない。ロケット団の襲撃で殺されかけたとき、目覚める最後のきっかけとなったのは" 前 " のスミレだ。あのスミレが、今のスミレの人格を知っているかは分からない。ただ神という存在に遣わされ、スミレを助けに来たのは分かっている以上、知っていてもおかしくはない。その上で送り出してくれたのではないか、とも思えてしまう。だから、迷った。答えに窮してしまった。

「貴様、今のまま突き進めば、その先にある場所はロケット団だぞ 」

「アイツらと一緒にしないでッ……! 」

サナダの言い草に、スミレは怒る。例外としてどうにも憎めない3人組(正確には2人とポケモン1匹)は居るが、ロケット団の所業を思えば憤慨せざるを得なかった。

「いや、貴様が止まらねば確実に堕ちる。ロケット団とは、そういう組織だ 」

サナダの言葉に、スミレは時が止まったように固まる。そして疑問符を浮かべた。

「……そういう組織? 」

まるで、組織の内実を知っているような口ぶりだ。

「知っているさ。儂は両親も兄弟も奴らに殺され、人生の大半を奴らとの戦いに費やした。そして結果として多数の友の犠牲と引き換えに奴らの世界征服を一度は阻止した。……だからこそ、何故奴らを滅ぼすことができないかを知っているのだ 」

さらり、と語られたサナダの重すぎる過去に、スミレは絶句する。

「ロケット団、今のボスはトキワシティでジムリーダーもしているサカキだ。奴は裏社会から政界まで、さまざまな業界を掌握している。そして、カントーやジョウトこそ最大勢力だが、傘下の組織や取引相手なども含めるとその勢力は全世界に及ぶ。だからこそ、ロケット団のボスという正体がバレるような、一見迂闊な行動も簡単に行えるのだ。……まぁそれはいい。そのロケット団の中核を成すのは、暴走した社会的弱者達だ」

「……暴走した、被害者達? 」

「そうだとも。親と死別した、もしくは親に捨てられた子供。家庭環境や周囲の人間関係で苦しみ、道を踏み外した者。大切なものを失い、途方に暮れる者。己の居場所を探して彷徨った末に組織にたどり着いた者。己の道を進んだ先で、狂気に堕ちた者。……そういった、社会から弾き出された哀れな敗北者達が、サカキの親のカリスマの下、徒党を組んで加害者となったことで生まれた組織……それがロケット団だ。ロケットコンツェルンの経済力と、尽きるまで燃え続ける社会や人への怨念、そして拾ってくれたボスへの忠誠心や居場所をくれた仲間への仲間意識。それらが奴らの暗躍の原動力だ。そして、社会がある限り、誰かしらが弱者として差別され、弾き出され、そうして組織に人間が集まってくる。だからこそ、あの組織は根深く存在し続ける。……あの組織は恵まれない人間に対して惜しまぬ支援を行い、組織を辞めることも咎めない。給料もかなり良く、休みも取りやすい。だが、その対価に犯罪行為を行わせる。大概は小さな犯罪、もしくは団員が復讐したいと思っている相手で一線を越えさせ、その後はズルズルとそのまま闇の世界へと沈めてゆくのだ。……どうだ? お前のその狂った執着と孤独の果てが、ロケット団でないと言い切れるのか? 」

「……私は 」

スミレは、喉の奥が詰まったような感覚を覚える。声が、出せない。凶悪だったロケット団の団員達。許せないと思ったことは何度もあったし、殺そうとしたことさえあった。だが、その原点は、スミレと同じ孤独の被害者だった。だが、それは犯罪をしていい理由にはならない。ポケモンを奪い、傷つけた。人を殺し、それでも尚笑っていた。それを、スミレは許すことはできなかった。だが、そんなロケット団を殺そうとした苦い記憶が、自身とロケット団の差異を認めてはくれなかった。

 

(……なら、私は)

目の前が真っ暗になるような気がして、スミレはふらつく。倒れそうに、折れそうになる体と心を、誰かが支えた。

 

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