ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第77話 十人十色

 ストライク、戦闘不能。その言葉が審判の口から聞こえ、スミレは大きくため息を吐いた。スミレにとっては、今までのジム戦でも間違いなくトップクラスの難易度であり、それでいて最も有意義なジム戦でもあった。スミレという人間が模造品という殻を破って生まれ、生きてゆくことを決めたのは、間違いなくサナダが、泥を被る覚悟でスミレと向き合い、その歪みを糾弾したからこそであり、それを主導したエリカと、スミレの為に動いたヒマワリのお陰でもあった。

「貴様の勝利だ。……見事なバトルだったぞ 」

ストライクをボールに戻したサナダが左手を差し出し、スミレはそれに右手を出してその手を握る。

「色々、ありがとうございました 」

スミレの言葉に、サナダは穏やかに笑う。

「……なぁに。大人が子供を叱り、導くのは何もおかしなことではない。だが、今貴様が儂に抱いた、その感謝の心は決して忘れるなよ。当然のことであっても、それを皆が享受出来るわけではないのだ。当たり前のことに感謝するということは、とても大切なことであるからな 」

「はい 」

スミレは、サナダの言葉に素直に頷いた。当然のことにも、感謝する。それはスミレにだって分かる、大切なこと。狂っていれば、忘れていたかもしれないこと。改めて話してくれるこの男を、スミレは『立派な大人』だと思った。

「……では、バッジを渡すとしよう 」

そう言って取り出したのは、サナダの首飾りと同じ、6枚の古銭によるデザインのジムバッジ。

「……六文銭 」

六文銭とは、古くから人間が死後の世界へ向かう際に、この世とあの世を分つ川を渡るのだが、その際に舟を出してもらう渡し賃である。

「ああ、よく知っているな。これはコセンバッジ、儂のジムを突破した証でな。現状ではカントー地方のジムバッジでも、最も所持者が少ないバッジでもある。つまり、これを手にした貴様は、ジムリーダーサナダが心の底から認めた、数少ないトレーナーであるということだ 」

サナダはそう言って、微笑んだ。そして、スミレの頭を撫でる。少し硬く、暖かい手がスミレの頭に乗せられる。すると、スミレは驚いたように目を見開いた。サナダの全身には、ほのかに煙の匂いが染み付いていたのだ。それも、煙草の煙が持つ匂いではなく、線香の香りだ。それは、大切な人を喪い続け、それでも足掻き続けたサナダの無念を表しているようで、スミレは目を伏せる。

「サナダ、さん…… 」

「ああ、すまんな……線香臭かったか。貴様も察しているだろうが、この線香はロケット団との戦いの中で喪った家族や仲間のためにあげた線香の匂いだ。コセンバッジも、いつ奴らの元へ行ってもいいという気持ちの表れである。……今、貴様はロケット団に命を狙われている状況にある。ワタルを始めとするリーグの者達が積極的にアジトを潰して回っているが、奴らは政府から一般人にまで配下が潜んでいる。つまり、貴様が今後襲撃を受ける可能性が高いということだ 」

「はい 」

サナダからの注意喚起に、スミレは頷いた。対ロケット団の最前線であるカントー地方は、どこにロケット団の目があるのかは分かり辛い。昨日まで元気だった人が、翌日には無惨な死体で発見されていた事例だってある。だからこそサナダは、スミレに対して注意を促したし、スミレもまたその言葉に素直に頷いた。

「人間は、いつか死ぬ。生きたくても、死にたくても。不幸でも、幸福でも、死ぬ時はあっけなく死ぬ。なればこそ、今というものは大切にせよ。過去を学び、今を育て、未来を望め。この世界は不幸の数だけ幸福が訪れるような、都合の良い世界ではない。周りに注目されぬ容姿や能力故に、" 救われる権利 " すら与えられずに死んでいった者もいる。貴様のように、" 救われる権利 " を得ながらも、耐え難い現実によって心を壊すような不幸に襲われる者もいる。並の不幸と幸福を平凡に繰り返して死んでゆく者もいる……。この世界に住む人間は十人十色。幸福も、不幸も、美しさも、醜さも、それもまた十人十色だ 」

サナダが語るのは、サナダの目に映った世界の姿だ。沢山の人々が虐げられ、救われぬまま狂い果てた末のロケット団。そして、そんなロケット団を時に生み出し、時にその被害者となりながらも、あくまでもそれらの悲劇を他人事として生きる一般人。そして、蛮勇で命を賭け、多くを喪ったサナダとその仲間達。守り切った先の未来にあったのは、孤独と、何も変わらずに悪意と偽善を振り撒く一般人とそれらが動かす、変わらぬ地獄を生み続ける社会。そして、多少の弱体化こそあれども相変わらず暗躍を続けるロケット団。戦った日々を後悔しなかった訳ではない。仲間達がその命を捨てた意味を自問自答しなかった訳ではない。だが、それでも。彼らと過ごした美しい思い出の日々は、サナダに狂うことを許さなかった。失意と孤独の中で、サナダの心を暖めたのは大切な人と過ごした大切な記憶だった。それさえあれば、冬の夜空すらも寒くは無かった。思い返すだけで、サナダの目は遠くを見つめてしまう。長年引き摺ってきた、悪い癖だった。

「サナダさん…… 」

心配そうな表情で、スミレはサナダに視線を向けた。

「気にするな、とは言えんが、これは儂自身が背負わねばならぬことだとも。これは、儂の問題なのだから。……スミレよ。平等な幸せが望めないのなら、貴様は貴様の人生という道の道端で、拾えるだけの幸福を拾って歩け。探せば、小さくとも確かに輝く幸福の光がそこにある。とても見え辛い、その小さな幸せに貴様が気付き、それを胸に抱けたならば、たとえ苦しい現実に膝を抱えることがあったとしても、その胸を暖める力となるだろう。貴様の不幸が、幸福になるその日までその灯りで耐え忍べば、貴様が持つ夜の闇を晴らす、夜明けが来るかもしれぬ。

「……分かりました 」

「最後にひとつ、儂は、貴様の幸福を願っている。どうか儂のように、全てを喪った敗北者になどなるでないぞ。………………どうか、死なないでくれ 」

最後に付け加えられた言葉に込められた感情は、懇願。それは、サナダがスミレに対して願う精一杯の気持ちだ。

「……貴方は、敗北者じゃあありません。そんなこと、私が言わせませんから 」

スミレの口から、衝動的に出た言葉。それを聞いたサナダは一瞬呆気に取られ、そして泣きそうな表情で微笑んだ。

「…………ありがとう 」

スミレは、『死なない』とは明言しなかった。それを言うには、スミレはまだ何も知らなすぎた。

 

 

 話が終わると、サナダは1枚のわざマシンを取り出す。

「これは、儂に勝つことで渡されるわざマシン、【シザークロス】だ。上手く使うがいい 」

「はい 」

スミレはそれを両手で受け取ると、大事にバッグに仕舞い込んだ。

「あー……。奴らは居ないな? 」

チラリ、とサナダは横目でジムを見渡すが、エリカとヒマワリの姿はない。恐らく、気を利かせて出て行ったのだろう。

「……? 」

不思議そうな表情をするスミレに、サナダはいたずらっ子のような笑みを向ける。

「今回、儂はエリカの奴に良いように使われた。結果的には良かったし、元を糺せば儂が悪いが、それでも納得はいかんものだ。故に、貴様にはいいものを渡そう。上手く使え 」

そう言って取り出したアイテム、それを見たスミレは、思わずサナダを見上げた。

「これって……まさか………… 」

 

◾️◾️◾️◾️

 「………… 」

スミレは、黙って夕焼けを眺めていた。エリカとのジム戦は明日、ポケモン達は皆回復のため預けており、持て余した暇に従って、揺らめくオレンジ色の光を見つめていた。トク、トク、と小さく鼓動する心臓は、平時に比べても少しだけペースが速い。どうにも、気分が高揚しているらしい。

「……綺麗 」

狂いかけていた時、星空を見て気を紛らわせていた。だがしかし、本当に狂ってしまっていたら、この空も目に入らなかったのだろうかと思い、少しだけ不安が過ぎる。

「ここに居たのですか 」

エリカが、声をかけた。いつもの和服姿で、2本のペットボトルを持っていた。どちらも、中身は同じ抹茶ラテである。

「エリカさん…… 」

「少し失礼……。どうぞ 」

エリカは、スミレに1本のペットボトルを渡した。スミレはお礼を言いつつ受け取ると、軽く上下を逆さにして中身を混ぜ、開けて一口。抹茶の深みのある渋さと、それを包み込むようなミルクの甘さがマッチして、思わず息を漏らす。

「おいしい 」

「それは良かったです 」

スミレの率直な感想に、エリカは穏やかに微笑んだ。

 

ほんの少し、沈黙。そして、その後にエリカは口を開いた。

「…………綺麗ですわね、夕日 」

スミレは、小さく頷いた。

「多分、あれ以上まで行ってしまえば、この空も見えなくなっていたのかも、と思います」

「確かに、そうかもしれませんね。……ですが、今の貴女にはそれが見えるようになった、それは紛れもない事実です 」

励ましにも聞こえる言葉を遮るように、抹茶ラテをひと口。抹茶ラテの優しげな甘味は、エリカの気遣いを表しているようだった。

「……用事、あるんですよね? 」

そう尋ねるスミレの視線に、エリカは小さく笑みを浮かべて頷いた。

「ええ。明日のジム戦のご連絡を、と。……わたくしは、ただのジムリーダーではなく、貴女の師として迎え撃たねばなりません。故に、わたくしは明日のジム戦、貴女が熟すべき課題を試練としてお課し致します 」

「……熟すべき、課題? 」

スミレは、心当たりがないため首を傾げる。

「まず、ジムトレーナー1人目。彼女とのバトルでは、最もレベルの低い、トサキントを使って頂きます。1対1のシングルバトルです。続いて、2人目に関しては、特に指定は致しません。1対1のシングルバトルです。そして最後のわたくしですが、わたくしは1体、スミレさんは3体と指定させて頂きます。そしてその際に課す追加条件は、フシギバナの選出禁止です。スミレさんが、戦力的、そして精神的支柱を欠いた状況でのパーティーによるバトルで、どこまでやれるのかを判断させて頂きます 」

「……確かに、それは 」

スミレは、眉を顰めた。フシギバナ不在でのジム戦とは、スミレにとって初めてのことであった。いつも、最後の最後まで追い込まれたスミレを助けてくれていた切り札が、このバトルでは使えない。そう思うと、早くも不安の雲が立ち込めてきた。




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