ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
「……ごめん、バタフリー 」
スミレは、震える声で呟きながらバタフリーをボールに戻す。昏い表情はかつてのスミレのようで、それを見たエリカはため息を吐いた。ぐるぐると廻る焦燥と後悔が、スミレの心を狂気へと傾ける。
「ストップですよ、スミレさん 」
しかし、その思考はエリカによって遮られた。
「……私は 」
「分かっていますよ。今貴女は、ほんの少し過去に戻りかけました。理由は、貴女自身が犯した失策とそれによる敗北です。『もっとこうできた』という思考が、貴女を焦らせている。だから、止めさせて頂きました。……覚えておきなさい。人間、後悔しない選択肢はないのですよ。どんな選択をしたって、『もっとこうしておけば』という思考はいつも付き纏います。どうせ悔やむなら、その悔しさを食い尽くしなさい 」
「食い尽くす? 」
「ええ。ミスを分析し、それを引き起こした要因を分析し、その要因を排除するためにどうすれば良いかを考える。ただ仕方ないと割り切り、切り替えるのではなく、そのミスすらも次の成功の糧となさい。……ただひとつ気休めを言うのなら、わたくしは貴女に対して、手加減の範囲内で対策を立てたからこそ優位に立ちました。つまり貴女と貴女のポケモン達が積み上げてきた強さは、ジムリーダーたるわたくしに対策を立てさせるほどに強いのです。それを信じろ、とは申しませんが、貴女は貴女自身の強さを客観的に知り、その強さを利用できるように努力することをお勧めしますよ 」
エリカのアドバイスに、スミレは頷いた。
(自分のミスを背負って、次の成功のための糧にする。なら私が今握っているべきなのは……!)
内心でそう思うと、次のポケモンが入ったボールを、腰のベルトから外し、強く握りしめた。
(拳じゃなくて、次に出すボール! )
「そう、それでいいのです。さあ、来なさい 」
「……ッはい! 行くよ、ミニリュウ! 」
続いて呼び出したポケモンは、ミニリュウだった。サナダから貰った第二の切り札、それを最も扱えるのがミニリュウだったからだ。飛び出したミニリュウは、鋭い目でラフレシアを睨みつけている。
「準備はいいですね、ラフレシア 」
エリカの問いに、ラフレシアは笑って頷いた。
「ミニリュウ、【りゅうのいかり】」
「【はなふぶき】で防御 」
ミニリュウの放った【りゅうのいかり】が飛ぶが、冷静に【はなふぶき】で防ぐ。爆発が起き、土煙が舞う。
「次ッ……、【ドラゴンテール】! 」
土煙を切り裂いて接近したミニリュウは【ドラゴンテール】を放ち、ラフレシアは吹き飛ばされる。だが、すぐに立ち上がると【エナジーボール】で反撃、ミニリュウは吹き飛ばされた。
「行きなさい、【はなふぶき】! 」
「【ドラゴンテール】で地面を砕いて 」
舞い踊るようにミニリュウへ迫る【はなふぶき】。対抗するミニリュウは、【ドラゴンテール】を地面に撃ち下ろした。地面が砕け、欠片が宙を舞う。その欠片達は殺到した【はなふぶき】と接触、爆発を起こした。
「【エナジーボール】! 」
「【りゅうのいかり】! 」
両者の技がぶつかった。吹き荒れる爆風に、スミレの髪が乱れる。火傷痕が晒されても、スミレにはそれに気を取られることはない。その様子に、エリカは笑みを浮かべる。
「さあ、次です。【メガドレイン】!! 」
ラフレシアの放った【メガドレイン】が、ミニリュウに当たる。【メガドレイン】は、相手に与えたダメージの半分量、自らの体力を回復する技。スミレのフシギバナにも採用している技である。エネルギーを搾り取る【メガドレイン】に、ミニリュウは顔を歪めて身悶える。
「……どう、突破する? 」
スミレは、思わず声を漏らした。
(サナダさんに貰った切り札は、強いけど代償がある。今切って、もしラフレシアを倒せなかったら……。いや、でもダメージを重ねて最後のポケモンに渡すなら……)
サナダに貰った切り札は、【はかいこうせん】のように、強力である代わりに放った後のデメリットがある大技だ。文字通りの切り札であるからこそ、それを切るタイミングは考えなければならない。スミレは、視線を下にやって考え込んだ。
「判断が遅い。一瞬の判断の遅れが、自身の敗北に繋がりますよ。まともな分析ができてはいるようですが、それをもっと素早く効率的に行いなさい 」
エリカの厳しい指摘に、スミレは小さく頷いて相手を見据えた。
(そう……。1発の攻撃が戦況を変える以上、あんまり悠長に考えてられない。…………あっ)
スミレは、そう考えてあることを思い出した。それは、バタフリーが【はかいこうせん】を放った時。その時ラフレシアは【はなふぶき】を展開して身を守っていたが、技の火力を軽減した程度で、ダメージを無効化した訳では無かった。それこそ、【メガドレイン】での回復が必要なほどに体力は削られていたはずであった。
「ミニリュウ、第二の切り札、行くよ! 」
「リュウゥゥゥ!!!! 」
スミレの判断に、未だ【メガドレイン】から逃れられぬミニリュウは覚悟を決めてラフレシアを睨みつけた。
◾️◾️◾️◾️
「……このわざマシンってまさか 」
スミレは、サナダに渡されたわざマシンに収録された技に、思わずサナダを驚愕の視線で見上げた。
「ああ……。貴様のミニリュウならば、このわざマシンを扱えるだろう。ちょうど、近接が得意なタイプであるようだしな。この技は強力だが、むし使いの儂は今の所このわざマシンを使う予定はないし、貴様の手に渡るならば、手放すのも惜しくない 」
「……でも 」
サナダは、一切の迷いもないような表情でスミレの肩に手を乗せる。
「この技は強力だが代償持ちの技でもある。使うことを強制する訳ではないが、今の貴様は堂々の勝負を避けすぎるあまり手札が限定されすぎている。使ってみるのも、ひとつの手だぞ 」
スミレは、サナダの言った言葉が正しいと理解できた。そして、サナダが本気で自身に託そうとしていることも。
「分かりました。ありがとうございます 」
スミレは、素直にそれを受け取った。
◾️◾️◾️◾️
エリカは、第二の切り札という言葉に、警戒を強める。
(スミレさんは合理性を追求しすぎて搦手に頼りがちになり、馬鹿正直な正面突破を軽視する傾向にあります。手札を自分で狭めては、臨機応変な対応が出来なくなってしまう……。だからこそ、既存の手札が通用しない状況に追いやり、力技による突破という選択肢が生まれるように仕向けたのですが……さて、どうしますか? 付け焼き刃を、初見殺しに昇華するのは難しいことですよ)
エリカの思考を他所に、スミレは切り札を切る。
「ミニリュウ、【げきりん】! 」
「リュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!! 」
ミニリュウの瞳が赤く染まり、怒れる龍が暴れ始めた。突進しての頭突きで、【メガドレイン】を解除。すると、自慢の尻尾をラフレシアに何度も叩きつける。
「【げきりん】ですか。なるほど、そのミニリュウの切り札としては納得のものです。……【はなふぶき】」
対するラフレシアは【はなふぶき】を展開、ミニリュウを吹き飛ばして距離を取らせる。
「リュウゥゥゥ…………!!!! 」
ミニリュウは、依然として紅く染まった瞳でラフレシアを睨みつける。その唸り声には、足が竦むような威圧感が込められていた。【げきりん】、それは龍の怒りを刺激して " 火事場の馬鹿力 " を強制的に引き摺り出すという技だ。その威力は、ドラゴンタイプ使いの多くが切り札に採用するほどのもので、短時間持続する大幅な戦闘力向上を代償に、技が切れると、混乱の状態異常になってしまうのだ。混乱になれば、自傷行為を始めるためバトルどころではない。つまりこのタイミングで【げきりん】を使う、ということは、負けることも覚悟で、その上で前に進むことを決めた証でもあった。
(【げきりん】を使用する覚悟はあるのは大変良いことです。ただ心配なのは、過去の狂気に囚われたスミレさんに立ち戻りかけることがある、ということですね……。流石に、こればかりは彼女のトラウマによるものですからわたくしにはどうしようもありませんね)
前途多難だ、とエリカは思う。人間、簡単に変わるなんてことはあり得ない。スミレが自身を模造品でなく、1人の人間として見られるようになったのは、そもそもそれを受け入れてくれる人がいたからだ。それを否定する人間が周りにいなかったからこそ、彼女は大きな変化を行えた。だが、トラウマに関してはそう簡単に行きはしない。どんなに割り切ろうと思っても、その顔や体に付いた傷跡が、見るだけで自身の体に対し、刻み付けられたトラウマを強制的に呼び覚ます。それは、師匠という立場を持つエリカであっても手を出せない、スミレ自身が向き合わなければならないことだ。それはきっと、ポケモントレーナーという立場では特に突きつけられることだ。
(わたくしに出来るのは、せめてスミレさんがなす術もなく殺される事態にならぬように鍛えること。精神面に関しては、ただ味方であること以上は難しい。……もどかしいとは思いますが、わたくしはわたくしに出来ることを出来る範囲でやるだけです)
そんな思考も、素早く打ち切った。余計なことを考えていては、真剣にスミレと向き合えないからだ。
「ラフレシア、【エナジーボール】 」
ラフレシアは、【エナジーボール】を放つ。対するミニリュウは、【げきりん】の状態で真っ直ぐ突撃、【エナジーボール】を食い破るように破壊する。
「行って……! 」
スミレの声と合わせるように、ミニリュウの尻尾がラフレシアの胴体を薙ぎ払いダメージを与えた。そのままミニリュウは飛び上がり、頭の花の部分に尻尾を叩きつけた。
「【はなふぶき】! 」
対するエリカは、【はなふぶき】を指示。手加減された花の嵐が、ミニリュウを押し潰さんと迫る。対するミニリュウは後ろに飛び退くと花の嵐を尻尾で打ち払い、自らへのダメージを防ぐ。しかしそれでも完全には防ぎきれずにダメージを負った。そして更に追撃の【メガドレイン】がミニリュウに纏わりつき、ミニリュウはダメージを負った上に【げきりん】によって一気に削られた体力の一部が回復してしまった。
(ここまでの戦況は圧倒的に不利……。ラフレシアにダメージは入ってるけど、【メガドレイン】で回復される。技の変更は不可能、ただ混乱までを待つしかない。だから突破口は、1つしかない…………!)
「多分……次が最後。混乱する前に、決めないと 」
スミレは、鋭い目でラフレシアを見る。ラフレシアの体力はそこそこ消耗させたが、【メガドレイン】で回復された現状では、所詮はそこそこ止まり。倒すには急所への強撃が必須だ。
(……できるの? 本当に)
ふと、疑念を持った。ミニリュウの素行は、親であるスミレが1番良く知っていた。特訓は真面目に行うようになり、高いプライドは折られたとも聞くが、それを信じて良いか分からない。確実に急所に当てること、もしくはダメージを与えて最後の1体に託すこと。スミレにとってミニリュウがそれができるとは到底信用できないことだったし、それを否定できるほどの信頼を、ミニリュウは積み重ねてこなかった。
「……ッッ!! 」
だから迷った。咄嗟に、出そうとした指示が喉の奥に仕舞い込まれる。
「ああ、やはりそうなりますか。問題を起こしておきながら、話し合う努力も怠りなあなあにしているからそうなるのですよ 」
エリカは悲しげにつぶやいた。ミニリュウはスミレの言葉を待たずに突進する。そしてそのまま、待ち構えていた【メガドレイン】に囚われる。それと同時に【げきりん】は切れ、なす術もなく【メガドレイン】によって体力を吸われて、倒れた。
ただハッピーエンドに進むだけなら、僕は初めから曇らせてない
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