ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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すみません、遅くなりました


第84話 暗雲迫る朝日

 今までとは違って見える朝焼けが、スミレを照らしていた。ジム戦の翌日、スミレは再び旅立ちを迎える。腰のボールは6つ、ニドキングは群れに返し、ラプラスをオーキド研究所に一度送っての編成であった。見送りには、エリカやサナダといった者達が多く来ているが、ヒマワリの姿はない。ヒマワリは、スミレが起きた頃にはもう既に出発していた。

「……ヒマワリは 」

スミレは、少し心配そうな様子で呟く。

「奴は儂とのジム戦に5度負けた。その上、救いたかった人間を救う一助になれたとはいえ、その実態は部外者のお膳立てあってのものだった。奴とて、思う所はあるだろう。……あの小娘は儂が気に掛けておく。貴様は心配するな 」

サナダは、そう言って首を横に振った。他人の心配よりも自分の心配をしろ、とでも言いたげな表情をしていた。

「すみません、お願いします 」

「うむ。くれぐれも、無理はするなよ 」

サナダは、スミレの返答に頷き、笑った。

「スミレさん。帰ってくる時は、いつでもご連絡くださいね。……あと、ブーバーと対峙する覚悟が決まったその時も、また 」

エリカは、初めはにこやかに、しかし後半には真剣な表情でそう付け加える。

「…………はい 」

スミレは、重々しく頷いた。ブーバーは、スミレにとって消えないトラウマだった。スピアーには嫌悪感を感じつつも判断が鈍らない程度には思考を保てるし、顔の火傷の原因となった【かえんほうしゃ】も、入院中にワタルの協力の元である程度慣れさせた。しかし、ブーバーだけはどうしても駄目だった。映像資料ですらトラウマがフラッシュバックしてパニックを起こし、その結果ワタルが看護師に怒られる始末になってしまったのは、スミレは今だに申し訳なく思っている。

「焦りすぎることはない。バトルの腕を磨くだけ磨いて、公式戦には参加しないという道もあるのだ。そうすれば、ブーバーと出会う機会も減るだろうからな。人の歩む道は、有限なれど人には知覚できぬほど膨大に広がっているもの。貴様にとってより良い道を、歩いていけばいい。だから、トラウマの克服が出来なかろうと、己を必要以上に責めるでないぞ 」

「はい 」

サナダのアドバイスに、スミレは素直に頷いた。

「貴女が人生にどんな結論を出そうと、わたくし達は構いません。ただ、貴女がこの先狂気に敗れ、ロケット団と同じ外道に成り下がるようならば、わたくしが師としての全責任を持って貴女を叩き伏せます。どうか、そのような事にならないことを祈っています 」

「……気をつけます 」

エリカの瞳に映った剣呑な光に、スミレは気圧されながらも答えた。

「ではな、スミレよ。ロケット団に気をつけろよ 」

「健康にも、どうかお気をつけて。またお会いしましょう。…………いってらっしゃい 」

スミレは頬を染め、そして小さく微笑んで言った。

 

「……いってきますっ! 」

スミレは、元気よく歩き出す。その背中を押すように、追い風が吹いた。

◾️◾️◾️◾️

 「…………サカキ様。ムサシ、コジロウ、ニャースの3名の処罰をお願い致します 」

苦々しい表情で言ったのは、ロケット団の幹部であるランスだ。それと相対するのは、ロケット団のボスである、サカキ。机の上に乗る、束になった書類から目線を上げてランスを見遣る。

「ならん 」

「何故ですか!? 奴らは、ロケット団に仇なす存在に有利な、しかも虚偽の証言をしました! 奴らは処罰されて然るべきです!! 」

「……だがその場合、その前にやらねばならんことが出てくる 」

サカキの冷たい視線に、ランスは思わず喉を鳴らす。

「何でしょうか? 」

「分からんのか? 多くの精鋭を私怨で動かし、その全てを捕らえられるという失態を犯した、貴様の処罰をしなければならなくなるのだがな 」

サカキの言葉に、ランスは顔色を悪くした。紛れもない自分の失態を突かれたのである。

「返す言葉も、ございません…… 」

ランスは、苦しげに表情を歪ませた。計画の邪魔をしたのはスミレだが、それに対して感情的になった挙句、ここまでの失態をしたのはあくまでランス自身の責任だ。サカキの責めるような視線に、ただ頭を下げることしかできない。

「……今回の件でアジトを幾つも潰されており、タマムシシティでは市民に潜り込ませたスパイが次々と捕まっている。これは明らかな大損、本来ならお前を処刑しても良いほどの大失態だ。それを、下っ端3人組の貴様への背信を見逃す程度のことと引き換えにして見逃してやっているのだ。これ以上の文句は許さん」

「分かりました……。寛大な処置に、感謝致します。……ですが、おひとつお聞かせ願いたいのです 」

「なんだ? 」

「なぜ、下っ端如きを庇うのですか……? 今は1匹のピカチュウ如きに執着しているとも聞きますし、ピカチュウ1匹捕らえられない奴らを庇う価値はどこにあるのです? 」

サカキは、あからさまに不満げなランスに、ため息を吐いた。反省はしている、だがそれはそれ、これはこれといったところか。

「まずニャースは、ポケモンとの意思疎通が可能という特殊な存在だ。戦力としてポケモンを扱う以上、手放すのは得策ではない。また、機械に精通している以上は奴を抱え込んでおけばロケット団の技術力にも貢献してくれるだろう。ムサシとコジロウは、下っ端の中でもかなり育ちが良い方だ。下っ端は、捨て子や被虐待児童の出身も多く、識字率を気にする必要がある程度には学力に問題がある。だからこそ、あの2人は必要なのだ。特にムサシには、お前が憎むあのスミレという小娘を救うだけの医療知識と技術がある。学のある下っ端は将来有望であるから、多少の失態には目を瞑ってやらねばならん。奴らの人格を見ても、到底こちら側に染まり切るほどの悪人ではないが妙に義理堅い。だから、最悪の裏切りだけはしないだろう、と私は判断したのだ。余程失敗が続くようなら対応も考えるが、今はまだその時ではない。……分かったな? ランス 」

「…………はい。浅慮で差し出がましい真似を致しました、申し訳ございません 」

「気にするな、気になっても仕方のないことだ 」

サカキは、ニヤリと笑って部下の謝罪を受け取った。

「スミレに関しては、放置しますか? 」

ランスは、念の為に尋ねた。3人のことは納得しても、スミレに関しては放っておくことはできなかった。

「いや、私が出よう。スミレという小娘、一度は会ってみたい。なんせ、サナダ程の男がバッジを渡したと聞く。奴は我らロケット団と長らく戦ってきた生粋の武人、ただ強いだけの無能には決して打ち破れないつわものである上に、何の見込みもない人間に情けをかけてバッジをやるような甘さもない。つまり、サナダはスミレという小娘に何らかの可能性を見出したのだろう。ならば、私もまた奴を見極めてみたい 」

サカキの出した願望は、スミレにとって、あまりに傍迷惑なものであった。

「分かりました、ではどのように? 」

ランスの質問に、サカキは唸る。

「奴は恐らく、トキワジムには来ない。サナダもそうだが、奴の師匠はエリカだ。あの腹黒女がわざわざ敵の根城に子供を、しかも愛弟子を向かわせる訳がない。ヒマワリという小娘は、様子見だ。サナダが目を掛けた人間である以上、今は大したことはなくとも、変に殻を破られたら面倒だ。……いや待て、シオンタウンに確か、フジという元ロケット団の研究員がいた筈だ。送った団員はスミレに無様な負け方をしたようだが 」

「確かに、その通りですが…… 」

ランスは、サカキの考えを理解しかねて首を傾げる。

「既に完成間近なミュウツー1号機ならば兎も角、ミュウツー2号機の製造には1号機の開発関係者たる奴が欠かせん。そして、シオンタウンにはサダコがいる。多少丸くなったという噂を聞くが、あの魔女なら子供を捨て駒にくらいするだろう。……決めたぞ、ランス 」

サカキは悪意に満ちた笑みを浮かべた。世界的組織を纏めるその優秀な頭脳は、ここぞとばかりに回り始める。世界征服という遥かな夢を掴む、その日を目指して。

 

◾️◾️◾️◾️

「トサキント、【つのでつく】 」

少し濁りの見える水中を、トサキントは高速で駆け抜けた。そしてその自慢のツノで、メノクラゲを吹き飛ばす。

「メノクラゲ!! 」

メノクラゲのトレーナーである少年は必死に呼びかけるが、水面には目を回したメノクラゲの姿が。

「……私の勝ち、ですね 」

「だーっ!負けたぁ!! 」

スミレの宣言に、少年は悔しげに叫んだ。タマムシシティを出てすぐの場所にある16番道路で、スミレは野良バトルに興じていた。というのも、ミニリュウを早く進化させることやトサキントの強化など、やることは山積みであったからだ。

「強いなー、ねぇちゃん! トサキントも、全然捕まんねーから困っちまったよ 」

「そちらのメノクラゲも、その足と【どくばり】のコンボは中々厄介だったと思います 」

少年はメノクラゲをボールに戻すと、負けたにも関わらず笑顔でスミレに接し、スミレも薄い表情ながらも比較的柔らかい声音で応える。自慢の戦術を美少女に褒められる、という羨ましいシチュエーションを図らずに体験してしまったその少年は、思わず頬を赤く染めてはにかんだ。

「へへっ、だろぉ? 一緒に練習したんだぜ! 」

照れを隠すかのように、自慢げな様子で胸を張る少年に、スミレは少し既視感を感じる。

(サトシを素直にした感じ……眩しい)

 

 この時、心理的に眩しいものを見たタイミングで、物理的に眩しい現象が巻き起こる。トサキントの体が、青白い光を帯びた。その姿はより大きく、ツノはより鋭く変わる。体色はより鮮やかなものに変わり、その姿はまるで絵画のようだった。

「ズオォウ!! 」

アズマオウ、きんぎょポケモン。一部では美術品として品種改良も行われる美しいみずポケモンだ。未だにレベル的な差は他のポケモン達に付けられているが、それでも戦力として大きな前進だった。

「うおお!!生の進化は初めてだ! おめでとう!! 」

少年は興奮気味に叫び、スミレはその音量に目を丸くしつつ、アズマオウを見る。

「……アズマオウ、おめでとう 」

スミレがそう声を掛けると、アズマオウは自身の身体を見せつけるように、泳ぎ回る。スミレやポケモンセンターの管理のお陰で、その身体は管理が行き届いており光沢がある。性格面ではスミレが少し接しての感覚だが、アズマオウはかなり美意識が高いように見えた。体調やら体質管理に煩く、自分を美しく魅せることを好む。また、その影響かよく水面や鏡をよく見ており、スミレはアズマオウの性格を自信家と認識した。その割にバトルを良くするが、それは美しい勝利を飾るためには、強くなければならないからだ、とスミレは推測している。

 濁った水面からもよく見える美しい体色は、見るものを魅了する気品を纏っていた。

「戻って、アズマオウ 」

光を纏って、アズマオウはボールに吸い込まれてゆく。

(……本で読むより、ずっと綺麗だった)

その内心は、アズマオウの美しさに釘付けであった。今まで見たことのある一般的なアズマオウと似た紋様、同じ色合いであるにも関わらず、自身のポケモンであるアズマオウは、どこか違って見えた。

 

 

 

(少しだけ、世界が広く見える)

スミレは、少年に別れを告げて歩き出した。その足取りは、今までよりも少しだけ軽く、しかししっかりと大地を踏み締めていた。

 




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