ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
困っている子供を見つけたらどうするか? という質問に、スミレはすぐには答えられないタイプであった。
「…………どうしたの? 」
この時、目の前でしつこく草むらを掻き分けて歩き回る幼い少女を見かけたスミレも、長い迷いの末にやっとの思いで声を掛けた。内心で散々メリットとデメリットを分析した結果である、まず声を掛けるサトシやヒマワリのような善人でも無かったし、損得勘定をするにも、シゲルのような地頭の良さから来る判断の速さもなかったのである。
草むらを漁っていたのは、イーブイの着ぐるみを着た歳下の少女。ポケモンごっこ、という職業で登録される立派なポケモントレーナーである。正確には10歳で資格が取れるため、地方認定のトレーナー候補のひとつであるのだが。
「おねえちゃん、トレーナーさん? 」
「ええ……そうよ 」
目を潤ませてスミレを見上げる少女に、スミレは柔らかい声音を心掛けて応える。
「あのね、わたしイーブイちゃんをさがしてるの! はじめてのポケモンは、イーブイちゃんがいいから! 」
泣きべそをかく少女に、スミレは眉を顰める。
「お父さんとお母さんはどうしたの? 」
新人の、しかもトレーナー候補の相棒選びは、大人の同伴が無ければならないはずなのだ。なのに、少女は1人で草むらにいる。明らかに危険なのだ。
「パパもママも、イーブイはだめだって。よわいから、ヒトカゲにしなさいって 」
むくれる少女だが、スミレとしては両親の意見に反対しきれない部分もあった。イーブイは進化の多様性はあれど、イーブイもその進化形であるブースター、シャワーズ、サンダースも態々捕まえて運用しようとはスミレは思わない。むしろ、最終的に強力かつ移動手段としても優秀なリザードンになるヒトカゲの方が、相棒としてはメリットが大きいのである。ただ、イーブイは愛玩ポケモンとして人気であるため、子供が欲しがることはあまりおかしなことではない。しかし、この子供はそれに反発し、1人イーブイを捕まえに来たのである。
「貴女は、イーブイが好きなのね?……草むらは危ないって言っても、止める気はないんでしょ? 」
「うん! だいすき!! きょうはイーブイをつかまえるまで、かえらないもん!! 」
「……分かった、私がサポートする 」
スミレは、内心の苦々しい思いを隠して笑った。少々その笑みは引き攣っていたが、少女は気付かない。無邪気に喜ぶ少女を他所に、スミレは影でため息を吐いた。
(……人の家庭に首を突っ込むの、嫌なんだけどなぁ)
◾️◾️◾️◾️
「イーブイちゃぁん、でておいでー! 」
無邪気に歌いながら草むらを歩く少女(名前はアユミと言うらしい)のすぐ後ろを、スミレは周囲を警戒しながら付いて歩く。アユミの影にゲンガーを潜ませ、バタフリーに周囲の警戒を任せている辺り、スミレの警戒度合いが伺える。
(……17番道路、ギャロップやドードリオが出てくると困るんだけど)
17番道路に生息するポケモンの内、特に注意すべきなのはギャロップとドードリオだ。この2種はスピード自慢、本気を出されれば、人間は反応もできずに蹂躙される。
「おねーちゃん! あそこにコラッタいた! 」
「……ああ、ウン。そうだね 」
目が死んでいるスミレと対照的に、アユミは元気いっぱいだ。因みに、このような状況ではジュンサーに頼るのが吉であるが、そもそもジュンサーに頼るという選択肢が浮かぶ程警察に信用がある訳でもないスミレは、その手を取れずにただ胃を痛めるだけである。
「フリィ 」
バタフリーが気遣わしげに鳴くが、スミレはただアユミを指差した。つまり、警戒を怠るな、ということである。バタフリーはスミレをチラチラと横目で見つつ、警戒に戻る。
「ねぇおねーちゃん、イーブイちゃんがみつからないよぉ…… 」
急にテンションの下がったアユミに、スミレの脳内はもう大混乱である。スミレの理屈で行動や思考が読めない、更に理屈を語っても理解できない年齢の子供への付き合い方はスミレは心得ていない。そういうのは、マサラタウンの4人だとヒマワリが得意としていた。
(イーブイの警戒心の話して理解できる……? いや、そうなると乱獲の話とかに繋がってきちゃうから分からなくなる。イーブイの巣を探す、となるとイーブイとはいえ親を怒らせる恐れはあるし。悩みどころ、だよね)
スミレはため息を吐きながら眉間を揉む。スクール時代、幼稚園と交流したことがあったのだが、その時を思い出した。子供相手にムキになった挙句喧嘩を始め、更にはシゲルと小競り合いを起こすサトシや子供に対して高圧的に接した挙句、飽きるとサトシを普段通り煽るシゲル。子供の声に最低限しか応えず、しかも無表情ですぐに子供の相手を放り出すスミレといった散々な結果の3人に対して、ヒマワリは1人で彼らから逃げ出した子供達を捌ききり、手懐けて見せたのである。
(……勘のいいガキは嫌いじゃないんだけど、この子はどうだろ)
「ねぇ、アユミちゃん 」
「なーに? おねえちゃん 」
「野生のイーブイは警戒心が強いから、多分簡単に見つかりはしないと思うけど 」
「? 」
スミレの言葉は難しかったらしく、アユミは脳内に疑問符を浮かべる。
(こういうとき……ヒマワリはどうしたっけ)
必死に思い出そうとするが、当時のスミレは子供の相手はほぼ無関心、ヒマワリがどう動いていたのかも分からない。
「……アユミちゃん、お父さんとお母さんは今何処にいる? 」
「いえにいるよ! 」
「どの町に住んでるの?それから、お父さんとお母さんに草むらに行くって言って来たの? 」
「ううん。あそんでくるって。あと、わたしはセキチクシティにすんでるよ 」
「……………なるほど? 」
スミレは、頭が痛くて仕方がなかった。
(どうする?セキチクシティに送って、そこから引き返して鍛錬する?いや、でもこの子はまた抜け出す。一回痛い目を見れば学習するんだけど、ポケモンの攻撃で怪我するのは痛いし……)
「あっ!イーブイみつけた!!まってー!!!! 」
頭を悩ませていたスミレは、視界にイーブイを収めたアユミのスタートダッシュに反応できずに出遅れた。
「ラァァッタ!! 」
追いかけようとしたスミレを、野生のラッタが阻む。背後にはコラッタ、空中にはピジョンやポッポもいる。スミレは、小さく舌打ちを打つ。
「……ほんと、今日は厄日だよ。バタフリーはあのガキを追って 」
「フリィ!! 」
スミレの指示に従って飛び出したバタフリーを視界の端に収めると、ボールを取る。
「潰せ、フシギバナ 」
不機嫌にそう呟き、スミレはボールを投げた。
◾️◾️◾️◾️
アユミは無我夢中に走っていた。視界の先には、イーブイ。念願のイーブイ発見に興奮したアユミはスミレの状態も意識に入らず、ただひたすらに逃げるイーブイを追いかけていた。
「フリィ! 」
その背中に追いついたバタフリーが怒ったような声を掛けるが、アユミは足を止めない。
「イーブイちゃんをつかまえたらおわるから! だいじょーぶだいじょーぶ! 」
バタフリーはため息を吐きつつ、【サイケこうせん】を微弱なサイコエネルギーに変換すると、全方向に放出して索敵を行う。背後、スミレとフシギバナが野生ポケモンを相手に暴れ回っている。左、コダックの群れ。現状は警戒に値しない。右、敵影はまばら、要警戒。そして正面、危険。そう認識した時には、逃げるイーブイがソレを蹴り飛ばす。
「リィィオ!!!! 」
蹴り飛ばしたのは、ドードリオの巣だ。そして、側には幼いドードー。一歩間違えれば子供を蹴り飛ばしていたイーブイの暴挙に、親であるドードリオが怒らない筈がない。興奮気味に叫び、イーブイを睨みつける。
「ブイィ…… 」
弱々しく鳴くイーブイに、アユミは止めかけた足をまた走らせた。
「ドードリオさん、ごめんなさい! 」
アユミはイーブイを庇うように立つと、ドードリオに頭を下げる。突然やってきた第三者と思われる人間の謝罪に、ドードリオは動きを止める。
「わたしが、イーブイちゃんをおいかけたのがわるいの! だからごめんなさい!! 」
「フリィ 」
アユミの肩に止まり、頭を下げるような動きをするバタフリーに、ドードリオは目を遣った。イーブイを無闇に追い掛ける程度の人間には到底扱えないような強者の存在に、ドードリオは青筋を浮かべたまま動かない。この場でぶつかれば、愛するドードーも余波で無事では済まないからである。
「ドォォォ!! 」
このまま許して、生きて帰すのは納得できないが、バタフリーとまともにぶつかるのも避けたい。その葛藤に答えを出すように、空からフシギバナが降って来た。空を見れば、フーディンとその腕に掴まる少女ーースミレだ。
(勝てない)
目の前のフシギバナからは戦意を感じないが、その眼光にドードリオは怯む。少なくともこのフシギバナには勝てないと、ドードリオの本能が全力で警鐘を鳴らす。スミレと共に地に降り立ったフーディンもまた、ただでは勝てない相手だと分かってしまい、悔しげに表情を歪める。
「……ドードリオ、これで手打ちにできませんか? 」
そう言ってスミレが差し出したのは、大量の木の枝と木の実だ。木の実は食料になり、木の枝は巣の材料として使う種類の木のものだ。
「ドォ 」
ドードリオは不機嫌に鼻を鳴らすと、木の枝と木の実を受け取り、首を振った。ここを去れ、という合図だ。どうやら、許してくれるらしい。
「ご迷惑をおかけしました。……行くよ 」
スミレに促され、アユミとイーブイは怯えながら付き従う。スミレの全身からは、どれだけ察しが悪くても気づく程に不機嫌な雰囲気が漂っていた。
◾️◾️◾️◾️
「……イーブイちゃん、おねがいがあるの 」
「ブイィ? 」
アユミは、イーブイに語り掛けた。
「わたしは、イーブイちゃんといっしょにいたいの。だから、ゲットしてもいーい? 」
「ブイ! 」
「……ありがとう! 」
アユミの言葉に、イーブイは元気よく返事をする。アユミは満面の笑みを浮かべると、新品のモンスターボールを取り出し、まるでハイタッチするようにイーブイの掌に押し付ける。イーブイがボールの中に吸い込まれ、ボールは3度回り、ゲットされる。
「やったー!! イーブイ、ゲット!!!! 」
飛び上がって喜ぶアユミを、スミレは少し離れた所で見ていた。
「バタフリー、ご苦労様。ゲンガーも、警戒ありがとね 」
アユミの影に潜んで見守っていたゲンガーと、直接的にアユミを守っていたバタフリーを労う。アユミはボールから早速イーブイを出し、遊び始めている。アユミの無茶を叱るのは親の役目であって、自身の役目ではないとスミレは何も言わなかった。
「落ち着きがなくて、無鉄砲で、でもどこか優しくて……。あれが、普通の子供って奴なのかな? ああいう子供が成長して、少しずつ社会に適応して生きていく。……私には、到底無理な生き方だよ 」
そう呟くスミレの瞳の奥には、相変わらずの闇が住む。けれど、その表情に曇りはない。
(普通の生き方が出来ないなんて、もうとっくに分かってる。……羨ましいとはちょっと思うけど、私は私の生き方しかできないんだから)
心配そうに見つめるバタフリーに、スミレは小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫じゃないよ。ただ、受け入れてるだけ 」
ゲンガーとバタフリーは、安心したようにボールに戻る。1人になったスミレの頬を、優しい風が撫でた。
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