ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
フシギバナの登場に、ホウセンは笑みを浮かべた。
「見りゃあ分かる。そのフシギバナ、随分と良く育てられてる。背中の花の質がそこらの個体とは訳が違ぇ 」
「ありがとうございます 」
体の一部に植物を持つようなポケモンは、その部分の状態で普段の飼育環境がモロにバレる。それを踏まえて、スミレのフシギバナを見ればその花は色艶が良く、葉に虫食いや病気も見られない。良い環境で育っていることが良く分かる姿であった。そして何より、スミレの表情を見てホウセンは察した。先程までよりも力強い瞳は、フシギバナへの強い信頼を示している。
(……つまり、コイツの相棒はフシギバナ。こりゃあ、流石に捕まえたばっかのケンタロスじゃあ勝てねぇか)
「楽しくなってきたなァ、ケンタロス。一丁お前の走りを見せてやれ!! 【たいあたり】!!!! 」
「ブモォォォォォォ!!!! 」
ケンタロスが、雄叫びを上げて突進する。その激しい衝突を受ければ、フシギバナとてダメージは免れない。
「……【はなふぶき】」
スミレは、一言呟いた。瞬間、生み出されたのは無数の花弁によって形成された、激しくも華やかな花の嵐だ。
「【しっぽをふる】! 」
ケンタロスはその指示に走りながらも尻尾を振ることで対応、フシギバナの防御を下げる。
「今 」
と、スミレは呟く。次の瞬間のことだ。フシギバナに接触する寸前までケンタロスが、突然足を何かに引っ掛け、勢いよく倒れたのだ。
「なんだと!? 」
ホウセンは動揺して倒れた場所を注視し、冷や汗を垂らしながらも笑みを浮かべた。足元には、【はなふぶき】の一部があった。つまり、【はなふぶき】によって走るケンタロスの足を引っ掛け、倒したのである。
「追撃 」
スミレの短く、そして鋭い指示で放たれた【はなふぶき】が、ケンタロスを撃ちのめす。
「ケンタロス、脱出しろ! 」
ホウセンの指示で、ケンタロスは逃げ出そうと立ち上がる。しかし、それをスミレは許さない。
「【つるのムチ】」
「【つのでつく】」
フシギバナの背中から蔓が伸び、ケンタロスはツノにエネルギーを纏わせ打ち合う。だが、ケンタロスは自然保護区で捕まえたばかりのポケモンで、スミレのフシギバナとはレベル差があまりにも大きかった。更に、蔓とツノでは射程に大きな差があった。だからこそ、ケンタロスは放たれた蔓を避けることができず、捕らえられる。
「【タネばくだん】」
身動きを封じられたケンタロスに、至近距離から放たれたのは【タネばくだん】。顔面で爆発した【タネばくだん】は、ケンタロスを戦闘不能へと追いやった。
「いいなァ、期待通りの強さだぜ嬢ちゃん! だがな、俺も後1体、俺が手間暇かけて育てた相棒がここに居るんだ、勝負はここからだぜ!?」
ホウセンは、自身も残り1体に追い込まれたにも拘わらず、嬉しそうに笑った。それを見たスミレは、警戒心を強める。
「最後の1体、勝とうフシギバナ 」
「バナァ 」
フシギバナは短く鳴き声を上げ、ホウセンを睨み付ける。押し寄せるプレッシャーに、ホウセンは身体中に震えを感じる。
(……いいねぇ。いい覇気だ。まだまだ発展途上だが、それでも良いトレーナーと良いポケモンだぜ、全く。武者震いが止まんねぇよなぁ)
「最後の勝負だ……。全力で勝ちに行くぞ、相棒!!!! 」
「リィィッザ!! 」
気合い十分、鼻息荒く登場したのはオコリザル。常に怒りを燃やし続ける、かくとうタイプのポケモンだ。
「………… 」
スミレは、オコリザルからのプレッシャーに、唇を噛み締める。
(……強い。毛並みや筋肉の質が、野生のものとは雲泥の差。レベルは、多分フシギバナよりも上。素早さでは、間違いなく負けてる。ただ、こっちは遠距離も近距離も戦えるアドバンテージがある。それに、私は負けたくない)
「オコリザル、【けたぐり】! 」
「フシギバナ、【はなふぶき】 」
先手を取ったオコリザルがフシギバナに向かって駆け出す。しかし迎撃したフシギバナは【はなふぶき】を発動、技を放つまでもなくオコリザルは吹き飛ばされる。
「負けんなよ、【じだんだ】!! 」
起き上がったオコリザルは、地面にその足を叩きつける。衝撃が地面を伝わりフシギバナを攻撃、ダメージを与える。【じだんだ】はその前に発動した技が失敗した場合、威力が2倍になるという特殊効果を持つ。この状況では【けたぐり】を失敗しているため威力上昇し、しかもフシギバナはケンタロスに【しっぽをふる】による防御力低下を受けている。フシギバナは、たった一撃で大きなダメージを受ける。
「くっ……【メガドレイン】」
対するスミレは、【メガドレイン】で対抗、フシギバナから放たれたオーラはオコリザルに纏わりつき、ダメージを与えながらもフシギバナの体力を回復させる。
「回復か、でも気合いで耐えれば良いよなァオコリザル! 」
「リィィィザァァ!! 」
オコリザルは壮絶に笑い、攻撃を受けながらもフシギバナに接近する。
(来る……)
「【メガドレイン】中断、【つるのムチ】で牽制して 」
「バナァ! 」
突撃したオコリザルを、フシギバナの蔓による薙ぎ払いが吹き飛ばす。オコリザルは、空中で2回ほど回転すると着地した。
「【タネばくだん】」
「避けろ!」
追撃の【タネばくだん】は、軽々と躱される。
「【じだんだ】! 」
再び放たれた【じだんだ】がダメージを与えるが、先ほどの一撃程ではない。
「【はなふぶき】」
「避けろ! 」
フシギバナによる全力の【はなふぶき】が、オコリザルを襲う。オコリザルは見事にそれを躱わすが、エリカ直伝の千刃花は、空中で軌道を変えると地面に激突することなくオコリザルを吹き飛ばした。
(……あれ?今)
スミレは、吹き飛ばされたオコリザルに違和感を持つ。具体的には、その足。右足で地面を蹴ることで【はなふぶき】を避けようとしていたが、その左足にエネルギーが集まっているように見えたのだ。
「反撃行くぜ! 【じだんだ】!! 」
地面が、激しく揺れた。明らかに威力増強の追加効果が発動している威力だ。
「まさか……あれは 」
スミレは、違和感の正体に気がついた。
「そうだ! 俺はオコリザルに避けさせるとき、【けたぐり】を撃たせてた! フシギバナの【はなふぶき】には驚いたし凄えって思うが、結果は【けたぐり】の失敗! つまりは【じだんだ】の威力は上がるってことだ!! 」
「やられた…… 」
スミレは、悔しげに表情を歪めた。ホウセンの機転によって、フシギバナは既に満身創痍。作戦ですら、完全に負けていた。
「さぁ、決めに行くぞオコリザル! 」
「させない……! 【はなふぶき】」
フシギバナの【はなふぶき】が、全方位からオコリザルを襲う。
(……これは、防げない筈)
スミレは、そう思っていた。
「背後は無視しろオコリザル、前に道を開くぜ! 【オーバーヒート】!!!! 」
紅蓮の炎が、前方から迫る花弁を焼き尽くした。背中を打つ花弁になど目もくれず、オコリザルはただひたすら前に突き進む。
「……わざマシン 」
スミレは、オコリザルがわざマシンによって【オーバーヒート】を習得できたことを、今になって思い出した。【はなふぶき】が焼かれ、自壊したことによる爆発が起こり、爆煙に視界は遮られる。
「【オーバーヒート】は特殊攻撃のチカラを下げる! ……でもよ相棒、テメェの本領は、特殊なんて関係ねぇよなァ!!!! 」
「リィィ、ザァ!! 」
「フシギバナ……【メガドレイン】」
「オコリザル、【けたぐり】! 」
【メガドレイン】の体力吸収をものともせずに突っ込んだオコリザルの蹴りが、フシギバナに突き刺さる。【けたぐり】という技は、相手の体重が重いほど威力を増す。フシギバナの巨体には、効果覿面な技であった。一瞬意識を飛ばし、よろめきながらも気合いで踏みとどまるフシギバナ。本来なら、戦闘不能になる筈なのに、フシギバナは踏み止まった。その姿にスミレは呆気に取られ、ホウセンは嬉しそうに笑った。
「それ耐えるんなら俺たちのマジで応えねぇと、ダセェよな相棒! 」
「フシギバナ……【はなふぶき】」
苦し紛れに放たれた【はなふぶき】は、それでも鋭く美しい。だが、ホウセンという男とオコリザルは、それで勝てるほどに低い壁では無かった。
「全力で行くぜ! 【インファイト】ォォ!!!!!! 」
オコリザルの放つ拳が、そこから放たれる衝撃が、花弁を散らしてフシギバナの体を滅多打ちにする。【インファイト】は、かくとうタイプの大技だ。消耗しきったフシギバナでは、とても耐えることができない。
「……ぁあ 」
スミレは、震える声を漏らした。フシギバナ、戦闘不能。目の前で気を失ったフシギバナを、スミレは呆然とした様子で見つめていた。
「……勝っといてなんだが、そろそろ戻してやりな 」
「あ…… 」
ホウセンに優しく指摘されて、スミレはハッと気がついた。周囲では、興奮した様子のホウセンの舎弟達がそれぞれ会話しているくらいで、コートに注目しているものは居なかった。それだけ、スミレは長い時間呆けていたのだろう。スミレは、慌ててフシギバナをボールに戻す。
「悪かったな。急にバトルふっかけて。アンタ、負けるのがよっぽど苦手らしい 」
「……いえ、すみません。大丈夫です 」
「そんな死にそうな顔して言われても、説得力ねぇぞ 」
「そう、ですか 」
「嬢ちゃん、なんで負けに弱いのか、自分で分かるか? 」
「いえ、分かりません 」
「そうかよ。……俺は、カウンセリングの真似事なんざできやしねぇ。出来たら俺は不良の道を歩んでねぇし、舎弟どもにもっとまともな人生送らせてやれてるさ。だが言えることはある。嬢ちゃん、お前はトレーナーとしてはまともに挫折できてねぇ。これができるのは、ジムリーダーなんかの格上のトレーナーじゃ決してできない。格上が相手なら、負けても運が悪かったとか、相手が強かったとか、そういった仕方ねぇって言い訳が出来ちまうからな。重要なのは、同格か格下のトレーナーに、全てを出し切った上で敗北することだ。良く知ってる格下の人間なら、なおのこと良いな。そんなの見てらんねぇひでぇ負け方だが、その負け方は一度でもしなきゃなんねぇ。そしてそういうとんでもなく屈辱的な負けを経験して、自分の弱さと絶望ってのを目一杯味わって、膝ついて思いっきり泣いて。そうすりゃ見えてくるもんってのがある。人間空っぽのまんまじゃ足りねぇんだ。空っぽのままじゃ、いろんなモンは詰め込めても何も出せねぇんだよ」
「……格下に全力を出して負けるなんて、あり得ないと思います 」
スミレは、理解し切ることができなかった。全力を出して格下に負けるということがあり得るのか、疑問にしか思えなかった。サトシは余程条件を整えてやらねばならないし、シゲルやヒマワリに至ってはまだ一度も勝てていない以上は今後も勝てない筈なのだ。
「そうかい。それが分かんねぇ時点で嬢ちゃんはまだまだ未熟だ。……じゃあ、もうひとつオマケだ 」
「……なんでしょうか 」
「負けられねぇ理由ってのを、考えてみろや 」
ホウセンはそう言うと、スミレに背を向けた。
「…………ぇ 」
スミレは、言葉を詰まらせる。
「俺に言えるのはここまでだ! 俺はお前を認めてるってのを撤回するつもりはねぇからよ、今度はリーグで会おうぜ!! ……帰るぞ、野郎ども!! 」
スミレは、舎弟を伴い帰ってゆくホウセンの背中を、黙って見つめるしか無かった。
良い感じに曇ってきた。サトシは毎シーズン毎シーズン丁度よくライバルがいて、何回も負けて成長してるのに対し、スミレはトレーナーとしての負けは少ないしあっても格上相手の仕方ないって簡単に割り切れてしまうような負け方しかしていない