ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第97話 決意の果て

 エビル団とアイが集めたトレーナー達が、草原で激突した。それを横目にも見ることも出来ずに、スミレはただ座り込んで震えていた。ツンと鼻をつく嫌な匂いも、ボロボロとこぼれ落ちて止まらない涙も、座り込んだ足を汚す自らが吐き出した朝食も、そして遠くで己を罵るアイと、その隣に佇むブーバーも、全部全部が現実だった。

「ほら、下がるよ 」

背中を優しく摩り、スミレの力が入らない腕を持ち上げながら、ユッカは言う。

「……ぅあ 」

スミレは、青白い表情と虚な瞳で、そう呟くしかない。スミレの脳内ではトラウマというトラウマが荒れ狂い、吐き気もあって足に力が入らないのだ。

「しゃーない。捕まっときな 」

ユッカはやれやれ、と呟くとスミレを横抱きにして持ち上げると、アイに背を向けた。

「逃げないでよ貧乏人! そのクソ女を置いていきなさい!! 」

「ウルセェ黙ってろ!! お前らの相手は俺達だぞコラァ!!!! 」

アイの耳に響くような甲高い怒声を掻き消すようにホウセンが怒鳴ると、ホウセンのイワークがその首を動かし、相手のトレーナーが使うゴローンを【ずつき】で押し潰すかのように地面にめり込ませ、戦闘不能へと追いやる。

「ひぃ……ぐべぇ!! 」

ゴローンのトレーナーは逃げようとするが、ホウセンの行動はそれより速い。高速で接近するとその頬を拳が歪め、折れた奥歯を飛ばしながらそのトレーナーは倒れる。続いてホウセンのオコリザルが敵のカイリキーを【けたぐり】で蹴り飛ばす。

 

「助けてくれぇ!! 化け物だぁ!!!! 」

一方、こちらも一方的であった。トレーナー達が逃げ惑う先に居るのは、スズキのカイリューだ。【ぼうふう】を発動したことで巨大な竜巻の如き風を起こし、敵のポケモンを1体1体蹂躙して倒してゆく。

「なんとも未熟。……つまらんバトルですな 」

スズキは、不機嫌そうに呟いた。アイが呼び寄せたのは、トレーナーとして失敗して落ちぶれながらもまともな職に就けず、しかもロケット団に堕ちる勇気もなく、ただ弱者をいたぶって日銭を稼いで生きてきたような人間であった。スズキにとっては、取るに足らない相手であり、首謀者が

「読みが甘かったなァクズ共!! 俺らは全員バッジ持ち、エビル団幹部は全員5個以上は持っているし、俺とスズキの旦那は8個持ち! その相手をするのは現実もまともに見れず、ただ初心者狩りで悦に浸ってた人生の敗北者共だ!! つまりテメェらは、最初っから勝ち目なんざねぇんだよ!!!! 」

ホウセンが笑いながら叫ぶと、トレーナー達は怒りで表情を歪ませる。

「ハァ…ハァ……敗北者? 」

「取り消せよ……今の言葉!! 」

しかし、そう怒っている隙を、バッジ持ちたる実力者達が見逃す筈もない。

「蹂躙しろ相棒! 【じだんだ】!! 」

「荒れ狂いなさい、カイリュー! 【ぼうふう】!!!! 」

地面から、空中から放たれた同時攻撃がトレーナーとそのポケモン達を襲った。鍛え上げられたポケモン達の技を、初心者狩りばかりに使われてきたポケモン程度が耐えられる筈もない。次から次へと蹂躙されていっていた。

 

「……嘘よ。こんなの、ある筈ない 」

アイは、顔を青ざめさせる。わざわざ親に頼み込み、大金を使って集めさせたトレーナー達なのだ。それがあっという間に、しかも一方的に倒されてゆく。ホウセンとスズキは特に凄まじいが、他の団員の実力もアイには予想外だ。金を掛けて集めたトレーナー達が、下っ端と思われる団員ひとり倒せていないのだ。

「なら……。ブーバー、あの貧乏人に全力の【オーバーヒート】!! 溶かしてやりなさい!!!! 」

アイは顔を真っ赤に染め上げると、ブーバーに指示を飛ばす。だがしかし、ブーバーは戸惑った様子でアイを見返すばかりであった。それも当然のことなのだ。手加減ゼロで技を放てば、スミレは死ぬ。抱き抱えるユッカ共々、死体も残らず焼き殺されてしまう。それをブーバーが野生でもやるか、と言われたら、殆どしないのだ。野生ポケモンは時に殺し合いも行うが、それは生きるためにやむを得ない時だけ。それ以外は、どちらかが戦闘不能になるまで争う、人間によるポケモンバトルのようなバトルを行う。それは、野生に共に生きるポケモン達の、遺伝子にまで染みついた共通認識であった。だからこそ、人間はポケモンバトルというものを開発できたのだ。それなのに、アイという女は、この場に置いて人殺しを指示した。かつてスミレの顔を焼いたブーバーは、手加減をして火傷に留めておきながらも、危険と判断されて殺処分となった。それは当然、加害者だったアイも知っている。けれどアイにとってはトラウマを刺激するために捕まえさせたブーバーよりも、復讐相手を殺す方が最優先であった。

 

◾️◾️◾️◾️

 「……大丈夫、大丈夫だから 」

ユッカは、震えながら縮こまるスミレの背中を、優しく摩る。初対面の時に見た、スミレの氷のような冷たい美しさは影も形もなく、そこにはただ怯える子供が居た。

「……ごめん、なさい。わたしのせいで 」

「大丈夫、アタシのことは気にしないで。……それにウチの団長は強い、あんなのには負けやしないから、ブーバーがアンタを傷つけることなんてないさ 」

背後から聞こえる怒号と爆発音を聞きながら、ユッカは笑う。もしも仲間が負けているようならば、自身に流れ弾が飛んできている筈。それが全くのゼロであるなら、きっと大丈夫だと考えていた。

「でも……私は 」

「………… 」

ユッカは、弱々しいスミレにかける言葉を見つけられなかった。励ましたって無駄だというのは分かっている。ウジウジするなと言いたいが、この場で言えるほど空気が読めない訳でもない。

 その時、沈黙を保っていたボールから、1体のポケモンが飛び出した。そのポケモンはボールから飛び出すと、力強く大地を踏み締める。フシギバナだ。フシギバナは、無言で蔓を伸ばすと、スミレの頭を優しく撫で回した。

「……ふしぎ、ばな? 」

スミレが、俯いていた顔を上げた。ユッカは内心驚くが、口出しをしないように口をつぐんだ。フシギバナはユッカに一度笑いかけると、スミレに向き合い、追加で出した蔓がスミレの体を支える。邪魔にならないようにと、ユッカはスミレの側を離れた。

 

「バナァ 」

フシギバナは、首を戦場にひとつ動かして、鳴いた。つまりは、戦場に行けと言っているのだ。

「……むりだよ、こわいよ 」

「バァナァ 」

フシギバナは、頭を撫でていた蔓を動かし、スミレの腰を指す。腰に付いているのは、モンスターボール。スミレにとっての積み重ねの証で、かつてとは違い、スミレを護り敵を穿つ、スミレだけが扱える力であった。

「でも……ふるえるの。めのまえにいるだけで、からだがうごかなくなって。それで、いたかったおもいでがどこからかわいてくる。どうにもできないの 」

スミレは弱音を吐くが、フシギバナは余裕の表情を浮かべる。そして蔓で自身を指すと、誇らしげに胸を張る。それはまるで、自慢をするような動きで、スミレは何を言いたいのかを理解した。

「……『信じろ』ってこと? 」

フシギバナは、笑って頷いた。そして、体を支える蔓を引っ張り、立たせようとする。だが、スミレの力が入らない体では起き上がったところで、また座り込むだけだ。

 

「……部外者が口出しして悪いけどさ。アンタのポケモン達は、アンタの帰りを待ってんだろ? それよりも、あんなクズの思い通りになる方が重要か? ……辛いだろう、苦しいだろう、逃げたいだろう。でもな、どっかで過去は自分を追い詰めにやってくるもんさ。だから、今からちょっとでも、前に進もうとしてもいいんじゃないか? 」

ユッカの言葉に、スミレは俯いて考える。自分のこれまでを、そしてこれからを。

「……できる? 」

「バナァ 」

フシギバナは、自信満々に答えた。負けるはずがないと、

 

(……前に、進め。今はただ、無様でも)

受け入れてくれる人がいた、受け入れようとしてくれた人がいた。そして側には、いつだってポケモンがいた。あの頃には無かった、強くて優しい相棒だってそこに居た。スミレは、足に力を込める。

「………… 」

立とうとしてよろめいて、膝をついて。だがそれでも、スミレは立った。涙も拭わず、震える手足も収まらず、けれどそのままゆっくりと歩き出す。

「……ぅ 」

ブーバーが視界に入り、よろめく体をスズキが受け止め、前にそっと背中を押す。

 

トレーナーが妨害に入ると、脇から躍り出たホウセンがそれを殴り飛ばし、オコリザルがゴルバットを叩き落とす。

 

そして誰の邪魔も入らぬまま、スミレとアイは対峙した。スミレの周囲には、彼女を護るように6体のポケモンが取り囲んでいる。

「……へぇ、アンタもうちょっと無様で居なさいよ。見れなかったじゃない 」

「…… 」

スミレを嘲るアイだが、その顔には冷や汗が垂れている。対するスミレは俯いて黙ったままだ。

「なんとか言いなさいよ……! ブーバー!! 」

アイはスミレを殺すべくブーバーに指示を飛ばそうとして、その瞬間にブーバーが視界から消えた。アイの視界に入ったのは、鮮やかな花弁。

放ったのは、フシギバナ。全力一歩手前の【はなふぶき】を、圧倒的に格下のブーバーに放ったのだ。

「バナァ? 」

「ひぃ…… ひ、ヒトデマン! 【ねんりき】!! 」

フシギバナは、全力の殺意をもってアイを睨みつけ、アイは顔を青くした。慌てて出したのは、ヒトデマン。かつてスミレの顔に水を掛けたそのポケモンである。放たれた【ねんりき】がスミレに迫り、それは何も無い空間で弾けて消えた。

「ディン 」

下手人は、フーディンだった。普段の弱々しさを怒りで掻き消し、老師とまで呼ばれたフーディンにすら認められた才能をもって、【ねんりき】に代わる新技を放つ。【サイコキネシス】。圧倒的な質量のサイコパワーがヒトデマンを振り回し、墜落させる。

「ああもう、やりなさい! 」

癇癪を起こしながら投げたボールから飛び出したのは、ズバット、ピカチュウ、ロコン。だがズバットはバタフリーの【サイケこうせん】に撃墜され、ピカチュウの脳天をミニリュウの【ドラゴンテール】が叩き、ロコンはラプラスの【みずのはどう】に吹き飛ばされ、たったの一撃で沈められる。

「まず……!? 」

思わず逃げようとするアイの足元から手が伸び、足を引き摺り込み固定した。アイが驚愕して下を見れば、影が蠢きアイを嘲笑うゲンガーの姿が浮かび上がった。アイは、パニックを起こして悲鳴を上げると、そのまま気を失って白目を剥く。

 

「……え? 」

スミレは、目を見開いて呆然と立っていた。

「これで……終わりなの? 」

スミレは、声を震わせて呟いた。

「私の決意は、一体なんだったの? 」

必死だった。苦しくて、悲しくて、死んでしまいたかった。それでも、立ち上がった。今の自分にあるものを必死に抱えて、立ち上がった。当然それは痛みを伴うものだった。恐怖に負けそうになって、傷口を抉ったかのように嫌な思い出が溢れ出して。それなのに、あっさりとついた決着。スミレがポケモン達を呼び出したのは、アイと向き合う勇気が足りなかったからだった。なのに、なんだこれはと言いたくなるような結果だ。バトルを通じて自分の弱さを克服することも、相手の本音も聞くこともなく、たった数秒で敵を沈めてしまった。

 

振り上げた拳のやり場が見つからなくて、それがとても虚しかった。

 

 

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