ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
戦いの終わり、それはあまりに呆気ないものであった。集団と集団の激突も蓋を開ければエビル団の精鋭とスズキの連合軍による一方的な蹂躙であり、スミレとアイのバトルもまた、あまりに一方的なものであった。
「……お疲れさん 」
「はい………… 」
ホウセンは、呆然としているスミレに声を掛けた。ホウセンには、スミレの気持ちがよく分かった。己の弱さを突きつけられ、勇気を振り絞って立ち上がり、向かい合った因縁の敵。それがあまりにも小物であり、復讐心をぶつける相手があっさりと潰れたことで不完全燃焼なその心のやり場に困っているのだ。
「気持ちの整理、つかねぇだろ? 」
「はい 」
「だろうな。警察に突き出す前に、俺たちで囲んで尋問しよう。そんときに、お前の聞きたいことを聞けばいい 」
「……ありがとうございます 」
「いいってことよ。……ああ、それと 」
「……? 」
スミレは、何かを言いたげなホウセンを見上げる。
「あの時、よく立ち上がった。……最高にカッコよかったぜ、スミレ」
ホウセンは、そう言って少し雑にスミレの頭を撫で回す。髪がぐしゃぐしゃになるが、スミレはそれを拒否しようとはしなかった。
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草原に、沢山の人が縛られて転がされている。雇われたトレーナー達はそれなりに多く、ポケモンバトルが生んだ負の側面を実感させる。それを遠巻きに取り囲みながら、中心で眠るアイの尋問に入る。
「やれ 」
ホウセンの命令で、下っ端の1人が自身のスターミーに【みずでっぽう】を指示すると、アイの意識を強制的に覚醒させる。
(……皮肉なもの)
スミレは、ヒトデマンで自身の顔に水を掛けた女が、スターミーに水を掛けられたことに運命的なものを感じる。
「ゲホッ……ゲホッ……! なによ、つめた……ひぃ!? 」
アイは、周囲を取り巻く不良達と自分が雇ったトレーナー達が周囲に転がされている事実に、怯えを露わにする。
「オウ、随分と遅いお目覚めじゃねぇかクソ女 」
ホウセンが目の前に座り込み、アイを睨みつける。
「……近づかないで! ウチに何する気!? 」
「尋問だよ尋問、残念ながらテメェが期待してる展開にはなりゃしねぇよ。俺は18歳未満だし、テメェはまだ10歳だろ 」
ホウセンは、アイの警戒を鼻で笑う。
「尋問……一体何を聞くつもり? 」
「……スミレ 」
アイに尋ねられ、ホウセンはスミレに質問を促した。
「はい 」
スミレは、緊張した様子でアイに向かって歩み寄る。
「チッ……!」
アイは唾のひとつでも飛ばしてやろうかと思うが、隣に立つホウセンが睨みを効かせている以上、下手な真似はできないと舌打ちを1つだけする。
「私の質問はひとつだけ。……なんで、私を虐めたの? 」
その質問に対する答えは、爆笑だった。
「あははははははははっ!!!! さすがは底辺、そんなことも分からないのね!! 親切に教えてあげるわよ……アンタ、目障りだったの!! 庶民の癖にいい成績とって、庶民の癖に先生に褒められて、庶民の癖にケイゴくんに目を掛けられて……!! 庶民なんて、地を這いつくばって媚び諂っていればいいのに!! アンタはイジメだって言うし、無能な警察どもだってそう言う。でもね、アレは教育なのよ! 身の程を弁えないお前なんて、死んで当然でしょ!! ウチはそうやって、昔からパパに教わってきた! パパの言うことは正しいんだから、ウチのやり方は間違っていないのよ!! 」
「……そっか。それはよかった 」
スミレは、それを聞いて笑った。アイの余裕が、その笑みで崩れ去る。
「良かったよ、救いようのない人で。良かったよ、この怒りをぶつけられる相手で。……貴女は今、縛られてる。なら、なにをされても抵抗できないよね 」
スミレは、明らかに冷静さを失っていた。声も握りしめた拳も怒りに震え、目の前の屑に復讐すべく一歩を踏み出し、その前を一本の手が遮った。
「待ちな 」
「……邪魔しないでください 」
スミレは遮った相手、即ちホウセンを鋭く睨みつけた。
「まだ尋問が残っててな。……怒る気持ちも分かるが、少し待ってくれや 」
「尋問なんてあるなら、先にやってください……! 」
「そう言うと思ったぜ。だが、その間にちっとは頭冷えるだろ 」
「頭を冷やす必要なんて、ありません!コイツは、私の人生を壊して、それでも笑ってる……!! 許せない、わたしの為にも!!」
ホウセンは、スミレの言い回しに違和感を感じるも、冷静に言葉をかける。
「……そうかよ。でも、冷やす必要はあるな。テメェがどんな辛い目に遭ったかはよく知らねぇが、これでも法治国家でな。カタギのお前が私刑なんぞに手を染めちゃあならねぇ 」
「だったら、どうするの!? 私はコイツらのせいで、トラウマ負って、顔を焼かれて、人格だって一度壊れた!! それなのに、なんで邪魔するの……!? どいてよ……私は、コイツが許せない!! 」
「なら尚更だ。……なあ、オイ。その復讐、俺に託しちゃあみないか?」
「…………え? 」
ホウセンの提案に、スミレは固まった。
「言ったろ? " カタギのお前が私刑なんぞに手を染めちゃあならねぇ " ってよ……。なら、カタギなんぞじゃねぇこの俺に、お前がしようとしている復讐、任せてみないか? 」
ホウセンは、真剣な表情で続ける。
「俺達ァ不良、悪の組織エビル団だ。己の矜持を押し通し、例え国家権力だろうがロケット団だろうが、敵に噛みつき食いちぎる。……このアイって女に苦しめられた人間なんて、結構いるもんでな。俺ァそいつらから、あのクソ女へ振るう拳とそこに乗っける怨念を託された。そこにひとつ、お前の怒りを上乗せさせてくれ。全部全部俺が背負って、あの女のツラ歪ませてくるからよ 」
「……それは 」
「考えてみろ、お前は同い年で細腕の女。俺は歳上で鍛えていて、そして男だ。1発殴ったときの威力なんて、全く違う。あんまり殴りすぎると後が大変だから1発殴って終わりにする、なら俺が殴った方が余程いいだろうが 」
「あ…… 」
スミレは、ハッとした表情で声を漏らした。より大きな被害を与えられるホウセンに託すこと、復讐とするにはあまりに合理的で、盲点だった。復讐心は轟々と燃え続けるが、その脳内はすっかり冷える。
「……分かり、ました 」
スミレは燻る気持ちを無理矢理抑え込みつつ、引き下がる。苦々しさを隠せないのか、歯を食いしばって耐えるスミレに、ホウセンは苦笑を漏らす。
「オウ……やっぱ、お前はそうできる奴だと信じてたぜ 」
「…… 」
肩を怒らせ、下がってゆくスミレの頭をすれ違い様に軽く叩き、ホウセンはアイの目の前に立つ。そしてアイの体を、軽々と持ち上げ目線を合わせる。
「……ひぃ!? 」
アイは悲鳴を漏らすが、知ったことではない。
「さぁて、尋問の時間だクソ女 」
「……な、なによ!? こんなことして、パパが黙っちゃ居ないんだから!? 」
父親を盾に騒ぐアイに、ホウセンは眉を顰める。その視線の先には、アイの瞳が見える。
(パパ、ねぇ……)
ホウセンは、小さく溜息を吐く。先程のアイの目を見て、ホウセンは悟った。
(……ちぃと、後味悪くなるかもしれねぇな)
「テメェ、スミレを虐めた理由に間違いはねぇか? 」
「あ、当たり前よ……! 」
「じゃあ、今まで何人壊した? 」
「し、知るわけないじゃない……! 庶民の教育
「へぇ……。確かに、嘘は付いてないしテメェのその部分の認識は正常だ。俺はこんなナリでも組織の長だからな、洗脳されてるかされてないかくらい、目を見りゃ分かる。……ちっとは期待したんだぜ?エスパーポケモンにでも操られて性悪になっちまった、洗脳解けば罪は消えなくても、屑なテメェは消えるんじゃねぇかって。……だが、テメェのやった悪行はテメェ自身の意思でやってたって今はっきりと分かった。お陰で、アイツらの無念も全部遠慮なく叩き込める 」
ホウセンは、自身を頼ってきた沢山の人を想い涙を流す。金を騙し取られたという子供は、泣きじゃくっていた。息子を自殺に追い込まれた母親は、憔悴しきって今にも死んでしまいそうであった。虐められ、外に出られなくなった子供は、ずっと膝を抱えて怯えていた。その顔が、怨嗟の声が、ホウセンの正義感に火を灯していた。
ホウセンの両親は、かつて警察官をしていた。悪人を捕らえ、困っている人に手を差し伸べる両親、それはホウセンにとって、絶対的な憧れだった。けれど、両親は死んだ。通り魔事件で犯人に立ち向かい、殉職した。突然の " 名誉の死 " により自分を置いて居なくなった両親、その死を讃える周囲の人間、そして精神異常を装い刑を軽減されることとなった犯人。その全てに怒り、ホウセンは不良の道を行った。生きづらさを抱える仲間を集めてエビル団を作り、権力者であれ犯罪者であれ、老若男女誰であれ、悪人は悪人の手で裁くことを信条に戦ってきたのだ。そしてその度に沢山の悲劇に囚われた人々の心を背負って、その拳を握ってきた。今回だって、それは変わらない。
「残念だったな、クソ女ァ……! テメェを助ける人間なんて、何処にもいねぇ!! 殴ったところで、問題ねぇよなぁ!? 」
怒りに震えるホウセンにアイは怯えながらも、必死で言葉を搾り出す。
「そんなことない……! パパはこの町にいる、部下の人だって、沢山いるもの!! 優しいパパなら、ウチを助けてくれる!! 」
アイの瞳に、数秒怪しげな光が宿った。それを見たホウセンは、大きな舌打ちを放つ。
「……それだけは、ちっとだけ同情するぜ。だが、テメェの悪意はハッキリした! これで一切の遠慮も捨てて、俺は拳を振るえるってもんだ!!!! 」
「嫌…! 助けて!! なんでもするから!!!! 」
アイの叫びは、誰にも届かない。
「なんでもするぅ!? なら、大人しく殴られろ!! 」
「……ッ、こんなの虐めよ、虐め!! 誰か止めなさいよ!! 」
アイは喚くが、ホウセンはそれを鼻で笑った。
「皮肉なもんだなぁオイ! 虐めでヒト壊してきたお前が、最後の最後で大人数に囲まれてぶっ飛ばされるんだからよぉ!! 」
「………… 」
スミレは、その光景を静かに見ていた。因縁の相手の1人を裁くというのに、思いの外居心地は悪かった。
「スッキリしない顔だね 」
そのスミレに、ユッカが声を掛ける。
「私は 」
「居心地、悪いだろう? 」
言葉を選んでいる様子のスミレに、ユッカは被せるように尋ねた。
「……はい 」
「そうかい。……なら、アンタは不良向きじゃねぇな。アンタにトラウマを植え付けた人間がやられてるのに、素直に喜べないってのはアンタが善良な証だ。でも、忘れんなよ? あの光景は、アンタと似た境遇の人間達、そしてアンタ自身の復讐なんだ。つまりアンタ達が望んで作った光景だってことだ。だから、絶対に目を逸らすな。アンタは今回の依頼者として唯一の見届け人、アイという女の末路を、しっかり見届ける義務があるんだ 」
「……分かって、います 」
スミレは、拳を握りしめて呟いた。
「だろうな。……復讐って、冷静になって見ると、あんまイイもんでもないだろ? 」
「はい…… 」
スミレはただ黙って、その光景を待っていた。
「さあ、覚悟しろ……!! 」
「嫌!! ……助けて!!誰か!!!! パパ、早く来てよパパ!! 奴隷でもいいから!!早くウチを助けて!! 」
狂乱するアイを軽く突き飛ばし、ホウセンの丁度対角線の位置にアイを押しやった。そして右拳を、思い切り引き絞る。
「助けを求めたアイツらの言葉に、テメェは一体どれだけ耳を貸した!?どれだけ、他人に優しくあれた!? テメェという外道を砕くこの拳は、テメェの行い全部の結果だ!!」
「助け 」
「命乞いなら!! かつてのテメェ自身にでもやって来い!!!! 」
ホウセンの拳がアイの頬を鋭く捉えて、アイの頬に拳がめり込む。
「オオオオオオオオオオオオ!!!! 」
気合いの叫びと共に、その拳を力強く振り抜いた。
小さな体が、宙を舞う。沢山の恨みを抱えた、悪の拳によってその心は砕かれた。
初めから歪んでいたのか、何処かで歪んでしまったのか、それは分からない。本人にだって、きっと分からない。けれどこれから、この少女は罪を背負って生きていく。
「……その罪キッチリ償って生まれ変わろうって本気で思うなら、いつかエビル団に来い。そん時は俺達が、キッチリ扱いてやっからよ 」
アイの耳には、そんな声が聞こえた気がした。
アイ: 親ガチャ外れで幼少期から認識がズレまくった人。ある意味被害者だが、罪が消えることはない。明らかにやり過ぎた。どうにも、おかしな発言をしている
ホウセン: 10歳の女の子殴るのはちょっと気が引けたけど、やったことがヤバすぎてキレた。見た目ほど力が入ってる訳ではなく、アイの顔の負傷はそんなにデカくない。ダメージより、吹き飛ばすことを優先している。大人だったら、顔面殴りつけて地面に叩きつけてた。
もしもアイが罪を償うつもりがあるなら、手を差し伸べるつもりはある。尋問で、ある疑惑が浮かび上がっている。
スミレ: 自分の望んだ復讐の結末を見た。復讐について、考えるいい機会。
ぶっちゃけ復讐の意味について考える機会は、『逆襲』前に作っておきたかったので今回はいい機会だった