ラブリーエンジェル美咲ちゃんの幸せ大作戦! ~み~んな幸せになぁ~れ!~ 作:とんこつラーメン
私達は死に始める。
ヤンネ・テラー
入学式の次の日。
初日から早くも授業があるというIS学園の性質上、二日目ともなればもうソワソワした空気は消え、いつも通りの雰囲気が流れ始める。
それは、この1年3組も決して例外ではなかった。
「ねぇねぇ佐藤さん! 一組の話聞いた?」
「一組の? さぁ…存じませんが…何かあったんですか?」
クラスメイトの一人が美咲に話しかけてくる。
流石はクラス代表。
もう彼女達の心の中心になりつつあるようだ。
「あのクラスさぁ…初日から早くもやらかしたっポイよ?」
「やらかした…とは?」
一体、一組が何をしたというのだろうか。
なんの事情も知らない美咲は、思わず小首を傾げる。
「あぁ~! それ私も聞いたよ! 例の男の子とイギリスの候補生が一悶着を起こしたんでしょ?」
「そうそう! 完全な女尊男卑な発言をしただけに飽き足らず、日本の事を見下す事まで言ったらしいよ!」
「有り得ないよね~。幾ら、IS学園が特区みたいな場所とはいえ、ここが日本であることには違いないのに」
「IS学園に通っている約7割近くが日本人だってことを理解してるのかな?」
「してないよ、きっと。もししてたら、絶対に馬鹿な発言なんてする筈ないし」
「下手をしたら戦争に発展するかもって考えに、どうして至らないんだろう?」
どうやら、イギリスから来た子が致命的な失言をしてしまったらしい。
確かにそれは由々しき事態だ。
他のクラスで起きた事とは言え、同じ学園に通っている以上、他人事とは言い難い。
「それで、例の男子と言い合いになって、試合をする事になったんだって」
「はぁ? 幾らなんでも無謀過ぎない? 絶対に勝ち目無いじゃん」
「やっぱそう思うよね。けど、その男子は『ハンデはいるか?』的な事を抜かしたらしいよ?」
「…バカ?」
「バカだと思う」
エラい言われようだ。
本人の事を何も知らないから、擁護のしようもないが。
「そういや、そもそもどうしてそんな事になったの?」
「クラス代表と決める話し合いになった時、例の子が全員から一点集中で他薦させられて、それにブチ切れたイギリスの子が喧嘩を売ったって感じみたい」
「…冗談抜きで意味が分からない。他薦されないで怒るぐらいなら、自薦すれば良かったのに」
「無駄にプライドだけ高かったんじゃない? ほら…天下の候補生サマだし」
「その一言で全てに納得出来てしまう自分が嫌だ」
切っ掛けは些細な事。
だけど、その小さな火花が業火に変わろうとしている。
最悪の事態になる前にどうにかしなくては。
「そのイギリスの方のお名前はなんて仰るんですか?」
「えっと…確かー…」
「『セシリア・オルコット』じゃなかったっけ?」
「セシリア・オルコット…」
その高貴なる名を心の奥底にしっかりと刻み込んだ。
もしかしたら、彼女の事もいつか『幸せ』にしないといけないかもしれないから。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
あっという間に時間は過ぎ、もう放課後になった。
美咲はクラス代表として、プリントを配ったり、教室の戸締りをしたりしていた。
「一組ってのは唯我独尊な奴ばかりなのかしら?」
「昼休みのアレねー…。確かに、あれは普通にナイワー…」
またもや何かを話している様子。
クラス代表として、聞いていない振りは出来ない。
「どうかしたのですか?」
「あ…佐藤さん」
「実はさー…お昼休みに食堂でまた一組の子が変な事を言っててねー」
「変な事…?」
「そ」
またもや一組関連の話か。
一組というクラスは本当に話題が尽きないクラスだ。
「佐藤さんは『篠ノ之束博士』の事は知ってるよね?」
「篠ノ之束…」
篠ノ之束。
この世にISと言う存在を生み出した張本人で、今の世を作り出した元凶とも言える天才科学者。
常人を遥かに凌駕する頭脳と身体能力を持つと言われ、それ故に世界各国の首脳陣は全員が彼女の逆鱗に触れないように細心の注意を払いながら仕事をしている。
他にも言うべき事は多々あるが、美咲にはどうでもいいことだった。
「その篠ノ之博士の妹が、一組に在籍してたんだって!」
「マジで驚きだよねー。候補生と言い男子と言い、一組はもう完全に学園内の特異点になりつつあるよね」
言われてみれば確かに。
一年一組に重要な人物達が集中し過ぎているような気がする。
明らかに何者かの作為的な意思を感じてしまう。
「その子がさ、昼休みに例の男子と一緒にお昼を食べてたの。噂じゃ、二人は幼馴染同士らしいよ」
「そうなんですか。でも、それは別に普通のことでは?」
「ここまではね。問題は『この後』なの」
「はぁ…」
もしこれが普通のクラス代表だったならば、この話も遊び半分で聞き流していた事だろう。
だがしかし、美咲は違う。
彼女は『幸せの探究者』。
例えどんな些細なことであっても、絶対に聞き逃す事はしない。
「どうやら上級生にも例の試合の噂が知れ渡ってたみたいで、食堂で二年生の人が二人に話しかけてきたの。『自分がISの事を教えてあげようか』って」
「とてもいい申し出じゃありませんか。上級生ならば教えを乞うのに打って付けです」
「私も佐藤さんと同じ事を思ったよ。けど、その妹ちゃん…なんて言ったと思う?」
『私は篠ノ之束の妹ですから』
「だって! いきなりの身内自慢ですよ! くぁ~! 普通に腹立つ~!」
「しかもその子、教室で博士の事を聞かれた時に『自分は関係ない』って大声で叫んでたらしいよ? 自分自身で否定しておいて、都合が良い時だけ姉の威を借るってマウントを取るって普通に有り得なくない?」
「常識なさ過ぎでしょ。普通に博士が可哀想」
彼女がどんな意を持って、そんな事を言ったのかは分からない。
けれど、傍から見たら確かに良い印象は持たないだろう。
「……おや?」
ふと美咲が天井を見上げる。
「佐藤さん? どうかしたの?」
「いえ…なんでもありません」
数秒間だけ虚空を見つめた後に、美咲は徐に教室の扉に向かって歩き出す。
「すみませんが、少し用事を思い出しました。先生には『戸締りは全て終えた』と伝えておいてください」
「「はーい」」
普通ならば、いきなりの行動に少なからず疑問を感じるところだろうが、彼女達にはそれは無かった。
何故なら、もう既に彼女達は『幸せ』だからだ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
IS学園 校舎屋上。
そこでは、一人の一年生が三人の二年生に囲まれていた。
「あんたさぁ…ちょっと調子に乗ってない?」
「篠ノ之博士の妹だからって、上級生に逆らっていい理由にはならないよねェ…」
「…何が言いたいんですか」
「生意気だって言ってんだよ!! ついこの間まで中防だった分際でよぉ!!」
激高した瞬間、二年生の一人が一年生の少女に向かって膝蹴りをかます。
広い場所なら避けられたかもしれないが、囲まれている状態ではどこにも逃げられない。
結果として、そのまま攻撃を受けてしまう羽目に。
「が…はぁ…!」
「キャハハハハハハハハハ! オラオラ! 昼間の威勢はどうしたよ! 妹ちゃんよぉ!!」
「一年の癖に二年生に逆らうから、こうなるんだよ!!」
「ほらほら! 避けないと綺麗なお顔に傷がついちゃうよ~! アハハハハ!」
罵倒だけをしていた二人も一年生の少女の両腕を掴み、完全に身動きを封じてからの人間サンドバックごっこを始めた。
「あ~…サイコー! クソ生意気なガキをボコす瞬間って『生きてるー!』って気がするわー!」
「う…ぐぅ…!」
「悔しかったら、愛しの彼でも呼んでみな~! 来てくれればの話だけどなぁ~!」
「イヤ~ン! ダ~リ~ン! たちゅけてぇ~…ってか!?」
腹、胸、顔、後先を考えずに至る所を暴行される。
やがて、彼女が力尽きコンクリートの床に倒れ込むと、二年生たちは今度は彼女の身体を足蹴にし始めた。
「どーしたよ? とっとと立てよ~! 天才科学者の妹ちゃ~ん!」
「天才の妹なら、これぐらい平気だよねぇ~!」
「う…うぅぅ…!」
「はい! 一本釣り~!」
苦悶の表情を浮かべる彼女のポニーテールを掴んで持ち上げ、その顔目掛けて唾を吐き出した。
「ペッ! これに懲りたら、もう二度とあたし等に逆らうような真似すんじゃねぇぞ」
「あ……う……」
「わーったら…返事ぐらいしろやクソ虫がぁ!!」
もう逆らう力すら残されていない彼女に追加のストレートパンチ。
口の端から血が流れるが、そんな事を気にしている余裕はない。
「あーあ…もう飽きちゃった~」
「それになんか疲れたね~。お? 丁度いい所にベンチがあるじゃ~ん!」
「よっこいしょっと」
「ぐ……!」
捨てるように床に落とした一年生の背中に、三人が揃ってのしかかる。
ミシミシと音が鳴るが、三人は全く気にする様子は無い。
「にしても、ミっちゃんマジでいい蹴りしてるよね~!」
「こう見えてもアタシ、前に格闘技やってたことがあんだよね~!」
「凄いじゃ~ん! ってことで、明日もウチらのサンドバック役よろしくね~!」
返事は無い。
屍のようではあるが、まだ生きてはいる。
苦しくて話す事は出来ないが。
「もし先公にチクったりしたら……」
耳元で静かに囁く。
「今度はマジでぶっ殺すから」
「う…うぅぅ……!」
悔しい。悔しさの余り、涙が込み上げてきた。
「こいつ泣いてやがるし~! マジ受けるんですけど~!」
「おね~ちゃ~ん! たちゅけて~! いたいでちゅよ~!」
「ついでだし、こいつを裸にひん剥いてから楽しい楽しい写真撮影会とかする? そうすりゃ、都合のいい奴隷ちゃんが出来上がるっしょ」
「「それ採用!」」
「「「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」」
次のする事を決めると、二年生たちは背中からどいて彼女の制服に手を掛け始める。
どうやら、本気で彼女を辱める気のようだ。
「さぁ…脱ぎ脱ぎしまちょーねぇー?」
「や…やめ…て…」
せめてもの抵抗に声を出すが、それももう無意味。
万事休すか。
そう思われた時だった。
「こんにちは」
「「「へ?」」」
突如として聞こえた謎の声。
全員が声のした方へと振り向くと、そこには自分達と同じ制服を着た一年生の少女…美咲がいた。
「え…? ちょ…誰?」
「わ…分かんない…」
「つーか、屋上にはちゃんと鍵を閉めておいた筈なんだけど…」
いつもとは違い、ずっと満面の笑みを浮かべ続ける美咲に二年生たちは不気味なものを感じた。
そしてそれは、床に横たわっている少女も同じだった。
(だ…誰だ…あいつは…?)
色んな疑問が頭に浮かんでは消えていく。
全員が戸惑いを隠せない中、美咲が二年生たちに言い放った。
「幸せにしてあげます」
『笑い』とは、
地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである。
ニーチェ