ラブリーエンジェル美咲ちゃんの幸せ大作戦! ~み~んな幸せになぁ~れ!~ 作:とんこつラーメン
大切なのは、明日何が起きるかだ。
いつもと何も変わらない平日。
織斑一夏は今日もいつものように朝を迎えた…筈だった。
「ふわぁ~…流石に部屋にも金を掛けてねぇな~…。すっごいよく眠れたわ…あれ?」
体を伸ばしながら一夏が半身を起こす。
カーテンの隙間からは朝日が差し込み、天気も良さそうだ。
「…箒?」
本来ならば隣りのベッドで寝ていた筈の同居人の名前を呼ぶ。
だが、彼女からの返事は無い。
それどころか、室内には自分以外の気配を全く感じない。
「そういや…昨日ってアイツ、部屋に戻って来てたっけ…?」
どうも昨日の記憶が曖昧になっている。
授業が終了し、放課後になって、そこからの記憶が全く無い。
どこで何をして過ごし、どうやって学生寮の部屋まで戻ってきたのか。
部屋の中で寝るまで何をして過ごし、昨夜は何を食べたのか。
「…もしかしたら、先に起きて朝飯を食べに行っちまったのかもしれないな」
ここで悲観的な考えをしないのが彼の良い所でもあり、同時に悪い所でもある。
特に何も考えないまま、一夏は顔を洗い、制服に着替え、今日の授業の準備を軽く行ってから部屋を後にする。
結局、寮の食堂でも彼女の姿を見る事は無かった。
・・・・・
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・・・
・・
・
全く姿を見せない幼馴染に対して疑問を感じながらも、一夏は一年一組の教室へと向かう事に。
今度こそ、彼女に会えますようにと願いながら。
「おはよう」
「おっはよー! 織斑君!」
「おはよー!」
「おはようございます」
教室に入ってきた彼に対し、クラスメイト達が次々と挨拶をしてくる。
別になんてことはない。ごく普通の光景だ。
「なぁ…箒の事を見てないか? 昨日から姿が見えないんだけど…」
「「「ホーキ?」」」
「あ…あれ? もしかしてまだ名前覚えてない?」
まだ入学してからまだ少ししか経っていないのだ。
完全に名前を覚えるのは流石に難しいかもしれない。
「ほ…ほら! いつも俺と一緒にいたポニーテールのやつだよ! 授業中に大声を出してた…」
「「「ん~…?」」」
一夏の説明を聞いても、全員が首を傾げるばかり。
本当に何も知らないのか。
そう思い始めた時、一人の女子がある言葉を口にした。
「っていうか…その
「え?」
完全に予想だにしていない質問に、思わず一夏の頭がフリーズする。
「い…いや…何言ってんだよ! 箒だよ箒! 篠ノ之箒! 俺達と同じクラスの仲間で、昨日の放課後は俺と一緒に…一緒に…あれ?」
ここで何故か言葉に詰まる。
昨日の放課後の事を思い出そうとすると、頭に靄が掛かったかのような感じになるから。
「俺…何をやってたんだっけ…? 箒と一緒に…箒と一緒に…箒と…箒と…」
思い出そうとすればする程に記憶が曖昧になっていく。
次第に段々と思い出せなくなっていった。
その声を、その顔を、そして…その思い出を。
「篠ノ之って…そんな変な名字の子、この組にいたっけ?」
「しらなーい。本音は何か知ってるー?」
「私も知らないよ~?」
「だよね~?」
本当に誰も知らない様子。
当の一夏も、自分がどうしてそんな事を尋ねているのか分からなくなってくる。
「そ…そんな訳がない…! た…確かにあいつは、あの窓際の一番前の席に…え?」
頭の中の彼女が座っていたと記憶している場所に目を向けると、そこには別の生徒が座っていて、後ろの席の生徒と楽しく談笑をしていた。
「な…なんで…? だって、そこの席は箒の…」
「何言ってるの? あの席は最初から、あの子の席だよ?」
「そ…そんな…」
自分以外の全てが彼女の存在を否定する。
現実味のない出来事に、思わず後ろにふらついてしまう。
その時、教室にある人物が入ってきた。
「織斑。そんな所で一体何をやっている。とっとと自分の席に着け」
「ち…千冬姉…」
織斑千冬。
一夏の姉にして、一年一組の担任でもある。
それ以外にも色んな経歴の持ち主ではあるが、ここでは敢えて割愛する。
「私の事は『織斑先生』と呼べと、何度言えば分かる? また出席簿の一撃を味わいたいのか?」
「い…いや…すみませんでした…」
いつもと全く変わりがない姉の様子に、逆に安心感を覚える。
(そうだ…! 千冬姉なら流石に覚えている筈だ! 箒とだって知らない仲じゃないんだし!)
一縷の希望を姉に見い出し、一夏は思い切って尋ねてみる。
自分の期待が裏切られる事なんて微塵も想定せずに。
「ちふ…織斑先生!」
「どうした?」
「箒の事…覚えてるよな!?」
「ほうき…?」
弟の事を鋭く睨み付ける千冬。
その口から放たれた一言が、一夏の希望を打ち砕く。
「
「誰だって…箒だよ! 束さんの妹で俺の幼馴染の!」
「お前の幼馴染だと…? そんな名前の奴なんて私は全く知らんぞ」
「そ…そんな…」
千冬だけは知っていると思っていた。覚えていると信じていた。
だが、その淡い期待は目の前で全て無くなってしまった。
そんな彼を更に追い詰める一言を、千冬は何気なく放ってしまう。
「それと、束とは誰の事を言っている?」
「な…何言ってんだよ…! 束さんの事まで忘れちまったのかよッ!?」
「忘れたも何も、私は最初からそんな変な名前の奴なんて知らん」
「千冬姉の昔からの友人で! ISを生み出した張本人だろ! マジで何を言ってんだよッ!?」
「ISを生み出した張本人? はぁ…馬鹿かお前は?」
本気で呆れたように大きな溜息を吐き、千冬は腰に手を当てながら『事実』だけを述べた。
「たった一人の人間だけでISを生み出せるわけがないだろうが。常識的に考えろ」
「な…!?」
「ISは、世界中の有名な科学者たちが結集して生み出した、現代科学の結晶だ。お前がどんな妄想をしても、それはお前の勝手だが、人前では決して言わない方が良いぞ。馬鹿にされるだけでは済まんからな」
冷や汗がダラダラと流れる。
そんな馬鹿な事があってたまるか。
ある意味、世界でもっとも有名とも言うべき人間が、ある日突然に存在そのものを消されるだなんて。
(きょ…教科書! 流石に教科書には束さんの名前が載って…!)
急いで鞄の中から教科書を取り出し、中を確認する。
必死に目を凝らし、目的の名前を探すが…。
「ど…どこにも無い…!? 嘘だろ…!?」
教科書、参考書のどこを探しても、篠ノ之束の名前は存在しなかった。
それを知った時、一夏の頭の中からまたしても記憶が薄れていく。
(あ…あれ…? 束さんってどんな顔をしてたっけ…? どんな声をしてて…)
またもや大切な『ナニカ』が頭の中から消えていく感覚がする。
手放してはいけないと分かっているのに、まるで砂のようにサラサラと掌から零れ落ちていく。
「もう気は済んだか? なら、今度こそ早く席に着け」
「は…はい…」
呆然としながら、一夏は自分の席へと座ることに。
その日の授業は、全く頭に入ってこなかった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
もう本当に意味が分からない。
確かに『いた』という確信はあるのに、誰も二人の事を覚えていない。
自分もまた、二人の事を徐々に思い出せなくなっていく。
「ちくしょう…! なんでだよ…! なんで…」
昼休みになり、一夏はトボトボといった足取りで食堂へと向かっていく。
お世辞にも食欲があるとは言い難いが、だからと言って何も食べない訳にはいかない。
せめてスープ系でもいいから何か腹に入れた方がいいと思い、こうして足を向けているのだ。
「箒…束さん…」
俯きながら歩いている最中、ふと前を見ると…なにやら『見覚えのある後姿』を見つけた。
左右に揺れる黒いポニーテール。
そんなの、学園を探せば幾らでも良そうだが、それでも今の一夏には無視できない。
「ま…まさか…! 箒!!」
廊下を走り、その後ろ姿へと追いつき、その肩を掴んで振り向かせる。
「私に何か御用ですか?」
「あ……」
だが、そこにあったのは全くの別人の顔だった。
似たような髪型ではあれど、本当にそれだけ。
何もかもが辛うじて脳内に残っていた記憶とは違っていた。
「ご…ごめん…人違いだった…」
「そうですか」
勘違いだったとはいえ、自分の勝手で迷惑を掛けてしまった。
精神的に疲弊している一夏は、申し訳なさで一杯になっていた。
「どなたかお探しだったんですか?」
「あ…あぁ…知り合い…っていうか、幼馴染なんだけど…」
「幼馴染?」
「君みたいな髪型をしている女子で、名前はしの……『ほうき』って言うんだ。知らないか?」
急に名字が思い出せなくなった。
それどころか『ほうき』がどんな字だったかも忘れてしまった。
焦りの余り、それに気が付けなかったが。
「ほうきさん…ですか…。申し訳ありませんけど、私は存じ上げませんね。申し訳ありません」
「そ…そうだよな…。こっちこそ急に変な事を聞いてゴメン…」
「いえいえ。お気になさらず。ところで、アナタがもしや噂に聞く『織斑一夏』くんですか?」
「お…おう…。やっぱ、俺ってこの学園じゃ、そんなに有名なのか…」
「そりゃそうでしょう。IS学園唯一の男子生徒ですから。嫌でも目立ちます」
「そっか…」
自分がイレギュラーであることぐらいは流石に自覚していたが、改めて誰かから言われると自分の特異性を思い知らされる。
「しかし、こうして女子ばかりの環境で男一人と言うのも大変でしょう?」
「まぁ…な。けど、こうなっちまった以上は泣きごとなんて言ってられないよ」
「素晴らしい考えですね。『過去』を嘆くのではなく『未来』を考える。普通ではおいそれと出来ないことです」
「そう…かな…」
初対面の女子から褒められ、思わず照れてしまう。
よく中学時代の同級生たちから『鈍感野郎』などと揶揄されていても、彼もまた立派な思春期真っ盛りの一人の男子だった。
「こうして会ったのも何かの縁ですし、これから先も何か困った事が有ったら力になりますよ」
「い…いいのか?」
「勿論ですとも。困った時はお互い様…とよく言うでしょう? それに…」
「それに?」
誰もが見惚れそうな程に眩しい笑顔を見せながら、彼女は言った。
「私は…あなたにも『幸せ』になって欲しいですから」
「え…?」
その台詞と声に、思わず一夏の胸が高まる。
端的に言えば『ドキッ』とした。
「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私は『佐藤美咲』。一年三組のクラス委員をしています」
「三組の子だったのか…。俺は…って、もう知ってるんだっけか」
「はい。学園限定ではありますけど、君は誰に対しても自己紹介は不要でしょうね」
「違いねぇや。ははは…」
今日初めて心から笑った気がする。
同時に、一夏の頭の中から完全に『ソレ』が消えた。
(あれ? そういや俺…何をしてたんだっけ? 何かを探していたような気が…ま、いっか。忘れてしまうって事は『大したことじゃない』ってことだ)
一夏の楽観主義がここでも変な方向に働く。
もう既に、彼には『探し人』なんて存在しない。
「どうせなら、一緒に昼飯でも食わないか? 一人じゃ流石に寂しくてさ」
「私でよかったら喜んで」
そうして、二人は並んで歩きだそうとした…その時だった。
「あら? 来週には私との試合が待っているというのに、こんな場所で呑気にナンパとは…良い御身分ですわね」
「げっ…」
そこに現れたのは、金髪碧眼の美少女。
髪が僅かではあるがカールしているのが特徴的だった。
「それとも、もう勝負など捨ててしまったのかしら?」
「そんなわけあるか! 絶対にお前にだけは負けない!」
「口だけなら、何とでも言えますわ。そこの貴女」
「私ですか?」
急に話を振られてキョトンとなる美咲。
「お付き合いする相手は、もう少し慎重に選んだ方が宜しくてよ?」
「なんだとっ!?」
「あら怖い。では、失礼しますわ」
何故か美咲ではなく一夏が激高した事で、彼女は挑発的な笑みを浮かべつつ怯えたような芝居をしてから去って行った。
「…ゴメン」
「別に織斑君が謝る必要はありませんよ。それよりも、先程の彼女は…?」
「セシリア・オルコット。一組に在籍しているイギリスの代表候補生。で、来週の月曜にアイツと試合をする事になってるんだ」
「セシリア・オルコット…彼女が…」
去りゆくセシリアの背中を見つめつつ、美咲の目が黒く染まる。
その後、昼食を終えて教室に戻った一夏は、今朝の事を冗談半分に聞かれたが、何の事だか全く分からず『誰だっけ、それ?』と素で答えていた。
何を笑うかで人間が分かる。
なんでも笑えば人間は変わる。
斉藤茂太