ラブリーエンジェル美咲ちゃんの幸せ大作戦! ~み~んな幸せになぁ~れ!~ 作:とんこつラーメン
放課後になり、セシリアは一人で中庭のベンチに座って空を眺めていた。
本来ならば、教室にて談笑に耽ったり、部活に精を出したり、図書室で勉強をしたりなどをしている時間帯だが、今のセシリアにはどれもする気が起きなかった。
初日に日本を侮蔑し、それに加えて男性軽視…所謂『女尊男卑』発言をしてしまった事で、何処に行っても冷たい視線を浴びせられることになった。
学校と言う閉鎖社会では、情報伝達の速度は常軌を逸している。
特に年頃の女子高生の情報収集能力と情報拡散能力は下手をすればマスコミよりも上であることがある。
それが悪い噂ともなれば、その伝達速度は光の速さすらも超越するかもしれない。
事実、セシリアの愚かな発言は文字通り、あっという間に学園中に知れ渡り、たった一日にして彼女は学園中の嫌われ者となった。
他のクラスや学年にも在籍している同郷の生徒達には特に強い怒りを示している。
彼女のせいで、自分達も同じような人間だと思われてしまったからだ。
今は特に目立ったことは何もされてはいないが、それも時間の問題。
このまま行けば、ほぼ確実にイジメ問題へと発展するであろうことは、誰にも容易に想像が出来た。
ならば自室に変えればいいではないかと思われるだろうが、そうは問屋は降ろされない。
IS学園の学生寮は余程の事情が無い限りは、基本的に二人一組で部屋を利用するようになっている。
それはセシリアも例外ではなく、彼女の部屋には同居するルームメイトが存在していた。
だが、そのルームメイトからもセシリアは露骨に嫌われている。
彼女自身の迂闊な発言もそうだが、なんとセシリアは祖国にある自分の屋敷から、様々な高級家具などを運び込んでいて、殆ど部屋を占領しているに等しい状態と化していた。
そんな事をされて同室の人間が黙っている筈もなく、ルームメイトは部屋にいる時は常にセシリアを無視し、万が一にでも視界に入れば即座に嫌そうな顔をしながら舌打ちをする。
そして、寝泊まりをする際は絶対に他の部屋にいる友人の所に行くようにしていた。
これは教師陣も承知しており、事情も把握しているので何も言わない。
「ハァ……」
学園のどこにも居場所は無い。
それどころか味方すらもいない。
完全完璧なまでの孤立。
全てが自分の自業自得だと分かってはいるが、同時に自分は何も間違ってはいないという自負もあった。
どうしようもない堂々巡り。
永遠に答えの出ないメビウスの輪。
今のセシリアは人生に詰みかけていた。
「げ。人種差別大好きなイギリス人がいる」
「うわぁ…早くどっか行こうよ」
「そうだね。私達の事を猿呼ばわりする奴と同じ空間で生命活動なんてしていたくない」
「マジウザい。つかキモい」
「私達の半径100㎞圏内で心臓動かすなよな」
「つーか、そんなに日本が嫌ならIS学園に入学とかすんなっつーの」
「超同感」
ワザとらしく大声で罵倒される。
反論したいが、もしすれば逆に自分の首を絞めることになる。
もう既に、学園内における自分の評価は地の底にまで落ちてしまっているのだから。
女子達が去って行くと、途端にホームシックに陥る。
屋敷が懐かしい。祖国が懐かしい。
あそこには自分の居場所がある。味方がいる。
一人じゃない。孤独じゃない。
「ここにいましたか」
「ひゃあっ!?」
突然、後ろから声を掛けられ、思わず変な声が出る。
咄嗟に振り向くと、そこには昼休みに見かけた少女…『美咲』がいた。
「先程振りですね。セシリア・オルコットさん」
「あ…あなた…どうして私の名前を…」
恐らくは別クラスである彼女が、どうして自分の名を知っているのか。
それを尋ねようとしてハッとなる。
今の己は悪い意味で学園中の有名人だ。
同学年ならば、名前ぐらいは知っていても不思議じゃない。
「織斑君から伺いました」
「あの男から…」
そう言えば、昼休みに一緒にいる姿を目撃していた。
それならば確かに納得がいった。
「…それで? この私に何か御用ですの? 知っていますでしょう? 今の私は…」
「えぇ、知っていますとも。あろうことか、様々な国の人間が集うこのIS学園に置いて、まさかの人種&性別差別発言をして、一夜にして全校生徒を敵に回したイギリスの代表候補生さん?」
「そこまで知っていて、どうして……」
「アナタの事が気になったから。それではいけませんか?」
気になった。
日本に来て初めて言われた言葉。
それを聞き、思わず目頭が熱くなりそうになったが我慢した。
「私は一年三組のクラス代表を務めている『佐藤美咲』と申します。セシリア・オルコットさん。私が貴女がどうして『差別』を助長するような発言をしたのか。それをどうしても知りたいのです」
よりにもよって、それを聞きたがるとは。
質が悪いにも程がある。
「お聞かせください。お願いします」
話したくない。話すわけにはいかない。
話す義理も道理もない。
それなのに、いつの間にかセシリアの口は美咲に向けて自分の過去を話し始めていた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
気が付けば全てを美咲に話していた。
自分の母がとても強い女性であったこと。
母の背中を見て育ち、同時に強い憧れでもあったこと。
婿養子として結婚した父が、母に引け目のような物を感じていたであろうこと。
そんな父を嫌悪し、母と同様に自分も父の事を鬱陶しいと思っていたこと。
それが切っ掛けとなり『男』いう存在自体を嫌うようになっていったこと。
そして…今から三年前に両親揃って他界してしまったこと。
無くなった両親の残した遺産を守るために必死に頑張ったこと。
「…ご両親はどうして亡くなられたのですか?」
「越境鉄道の横転事故…ですわ」
「鉄道の事故…」
「えぇ…。その時の事故の死傷者は最終的に数百人を超える程で、私の両親も例外ではありませんでした…」
あの時の事は今でも昨日の事のように覚えている。
突然、家に警察の人間がやって来て、自分を見知らぬ場所へと連れて行き、そこで変わり果てた両親の姿を見せられ確認を取らされた。
どうして、こんな事になったのか。
なんで、こんな事が起きたのか。
本当にワケが分からなかった。
「大切な人を失う…気休めかもしれませんが、その気持ちは私もよく分かります」
「え? あなたも…?」
「はい。私も嘗て、とても大切な人を目の前で亡くしました」
虚空を見つめながら美咲がポツポツと語り始める。
そうしないとフェアではないと言わんばかりに。
「『彼』は、優しすぎる人でした。誰よりも『幸せ』を望んでいた。誰かを『幸せ』にしてあげたいと思っていた。だけど、出来なかった。最後の瞬間まで自分の事ではなく、自分以外の人々の事を案じていた。何も出来ずに、見ている事しか出来なかった私の事でさえも『幸せ』にしてあげたいと仰っていた」
「美咲さん…」
言わなくても分かる。簡単に理解出来る。
美咲にとって『彼』の存在は、自分の両親以上に尊く掛け替えのない人間だったのだと。
「死ぬ間際、『彼』は私に言いました。『自分の代わりに誰かを『幸せ』にしてあげて欲しい』と。正直、言われた瞬間は困りました。だって、私が一番『幸せ』にしてあげたかったのは、他でもない『彼』だったのですから。何一つ良いことなんて無い人生。苦痛と悔恨に満ちた人生だったのに、それでも『彼』は『どこかの誰かの幸せ』だけを願い続けた。だから、私はその『
人に歴史あり。
それは万人共通の事であり、セシリアも美咲も決して例外ではない。
どんな人生にも浮き沈みは必ず存在し、だからこそ人生は尊く美しいのだ。
「だからこそ思うのです。オルコットさんのお父上も『同じ』だったのではないかと」
「私のお父様と…アナタの『彼』が…同じ…?」
「そうです。『彼』は人々の『幸せ』を願っていた。それと同じように、オルコットさんのお父上もまた、アナタとお母様の『幸せ』を誰よりも願っていたのではないでしょうか?」
常に母に対して引け目を感じていて、強い意志を持っていなかった父が自分達の『幸せ』を願っていた?
セシリアには美咲の言っている意味が良く分からなかった。
「要は『必要悪』というものです。婿養子である自分自身を敢えて情けなくすることで、お母様の事を立てていた。そうすることが最もベストだと思ったから。自分の立場を正しく理解し、簡単に『贄』に出来るのは容易な覚悟ではありません」
「で…でも…お父様はずっと腰が低くて…」
「それは、あくまであなたや他人が前にいる時だけ…ではないのですか?」
「誰かがいる時だけ…父は『弱者』を演じていた…?」
「あくまで可能性の話ですけどね。実際、ご両親が二人だけでいる時の事をアナタは知っているのですか?」
「い…いえ…」
言われてみれば確かに、自分は両親のプライベートの事は全く知らない。
どこでどんな風に出会い、どうして恋に落ちたのか。
今にして思えば、両親の事で知らない事が余りにも多すぎた。
「も…もし…もし本当にそうなら…私は…お父様に…なんてことを…」
どうして、今の今までずっと、その考えに至らなかったのだろう。
本当に二人が相思相愛で、心の底から愛し合っていたのならば、最後の瞬間に二人一緒に鉄道に乗っていた理由も想像出来る。
「あ…あぁぁ…! お父様…お母様…私は…私は…!」
真相を知りたくても、もう両親はこの世にいない。
勿論、二人のプライベートを知っている人間なんて知らないし、心当たりもない。
文字通り、真相は闇の中に葬られてしまっている。
「もっと…もっと早く…このことに気が付いていれば…! 私は…」
何もかもが遅すぎた。
父の態度に対する勘違いから始まった一連の因果が、今の自分に繋がっている。
子供だったから、なんて言い訳は通用しない。
同じ子供でも察しの良い者はいる。
一番近くにいた自分こそが誰よりも理解し、父の味方になるべきだったのではないのか?
「もう一度…ご両親に会いたいですか?」
「会いたい…会いたいに決まってますわ…! でも、そんなこと…出来る訳がない…」
後悔、先に立たず。
どれだけ願っても、どれだけ嘆いても、時間は戻らないし、死者は決して戻ってこない。
それがこの世の摂理にして、絶対なる掟。
覆す事の出来ない無常なる現実。
「大丈夫」
「え…?」
突然、美咲が後悔に震えるセシリアの身体を優しく抱きしめた。
その優しさに、思わず涙が溢れる。
「そんなアナタの為に、私はここまで来たんです」
「それは…どういう意味…?」
「セシリア・オルコットさん。あなたを……」
「『幸せ』にしてあげます」
ワタシハココニイル