あの日から数日たった。
私達の関係は少しだけ変わったが、基本的には以前と変わらない関係だ。変わった点は、夜の時間。毎夜訪れるゴッホちゃんと私は狂気の時間を過ごしている。ゴッホちゃんを自分の衝動のままベッドに押し倒し、その矮躯を貪り、傷を付ける。ゴッホちゃんはサーヴァント、それもギリシャの水怪ニンフとの融合体だ。だから私ごときが付ける傷は一夜のうちに消えてしまう、それに甘えて私は毎夜ゴッホちゃんの身体を弄んでいる。側から見れば狂っていると、自分でも思う。そして朝が来るたび、私は自分のしでかした事に恐怖し、それに付き合ってくれる彼女に対して申し訳なく思ってしまう。だけど毎夜繰り返してるからだろうか、しばらく感じていたあの衝動は夜の時間以外は微々たるものとなった。そして今日も朝の雲雀が鳴き、1日が始まる。一緒に過ごしているから、ゴッホちゃんとは当然同じタイミングで食堂に付く。ゴッホちゃんは当然隣に座っている。
「先輩、最近はゴッホさんと仲が良いのですか?
「え、そうかなマシュ? 別にいつも通りだと思うんだけど…………」
「そ、そうですよマシュ様…………ゴッホと立香様は普段通りに仲が良い、ですよ? エヘヘ…………」
実際、夜の時間以外は食堂で隣になる以外は前ーーーーーーーあのバレンタイン以前と変わっていないはずなのだ。
「私から見た個人的所感ですけど、先輩はしばらく前、ちょうどバレンタインの後あたりからゴッホさんを避けていたように思います。ですがここ最近は毎日ゴッホさんと一緒に食事を摂っていらっしゃいますし、よく一緒にいると聞いています。これは仲が良い、と言える状態かと」
「ああ…………そういうことね。別にゴッホちゃんを避けていたって訳じゃないんだけど、確かにゴッホちゃんとはしばらく会えていなかったからね、ここ最近はその反動、って感じかな」
私の後輩に嘘を吐く。実際は避けていたし、夜の時間は狂っているとしか思えないが、ゴッホちゃんと最近は仲が良い、と言って差し支えない関係だ。しかし、私の後輩に私の秘めたる狂気を見せたくはなかったし、彼女との夜の時間を失いたくはない、という執着から嘘を吐いてしまった。胸がちくりと痛むが、しょうがない。かわいい後輩に嘘を吐いた罰だ。
「反動、ですか」
「エヘヘ…………ゴッホが立香様と会えなかった分、立香様が埋め合わせをしてくれる…………ゴッホ幸せ…………」
とゴッホちゃんが呟くと、マシュは納得したかのようになるほど、と呟き、顔から疑問の色を消した。
「そういう事ならば、納得です。サーヴァントととのコミュニケーション、マスターの役割ですね!」
「そ、そうんだよマシュ。あはは………………………………ありがとう、ゴッホちゃん」
合わせてくれたゴッホちゃんに小声で礼を言う。そうこうしているうちに朝食の時間は終わり、私はいつも通りトレーニングとシミュレーションにおけるサーヴァントの強化に励む。
〜カルデア管制室〜
「うーん、最近立香ちゃんの様子がおかしいなぁ」
「どういう事だね技術顧問? 立香は別に、いつも通りだと思うのだがね」
「ここ最近、立香ちゃんしばらく悩んでいた感じがしなかった?」
「…………言われて見れば、まあ確かに何かに苦悩しているようではあったが。そこまで気にすることかね? あの年頃の少女には良くあることではないのか? それに最近の様子を見れば、解決しているように見えるがね」
「まあ確かに私の「記憶」でも、あのくらいの女の子は悩みが多いって言ってるけどさー、なーんか妙なんだよねー」
「妙、とは?」
「立香ちゃんは、悩みを昇華していない。悩みを小さく固めて心の奥底に沈めて、無理矢理解決したように振る舞っている。そんな感じに見えるんだよねー」
「…………なるほどな。確かに、それが事実なら少々由々しき事態だが…………立香のバイタルデータはどうかね? プライバシーの観点から視覚的情報は無いが、それ以外の視点から記録してはいるのだろう? 異常はあるのかね?」
「それがそういうわけでも無いんだよねぇ」
「なら、楽観視することは危険でも、とりたて騒ぎ立てることでも無いのでは? いつも通りに立香を見ていればそれで良いと思うが…………」
「うーん、まあそれもそうか。まあ個人的に気になるからちょっとだけ、ちょっとだけ立香ちゃんを普段より強めに見ていても良い? ゴルドルフくん?」
「…………程々にしておきたまえよ。それと、視覚的監視は禁止だ」
「はーい」
そして、時間は巡り、夜の帷が落ちる。
狂気の時間が始まる。
「エヘへ立香様、不祥このゴッホ、今夜もマスター様のお相手をさせていただきたく来ちゃいました………………ゴッホ参上…………」
「ゴッホちゃん………………まだ早いんじゃない?」
そう思い時計を見ると、夜の帷はとっくに落ちていたが、完全な闇というにはまだしばらくの時間を要しそうな時刻を指していた。
言い換えれば、中途半端な時間というやつだ。
「エヘヘ…………その、立香様に毎夜貪られていたせいかその、癖になりまして.今夜も貪ってもらいたく参上した次第でございます…………ウフフ…………」
そう言いながら彼女は後ろ手でドアに鍵を掛け、明かりを落とし、白く美しい向日葵の異形となる。
ああその姿をこの部屋で見ると心が軋む。理性の鎖が音を立てて崩れ、内に居る獣が解き放たれる。
彼女が欲しい彼女の血が見たい彼女の歪む顔が見たい彼女を食べたい彼女を壊したい彼女が苦しんでいて欲しい彼女に見て欲しい彼女を傷つけたい彼女を辱めたい彼女の尊厳を否定したい彼女を切り刻みたい──────そんな歪んだ思いが溢れ出て止まらない。理性が押し潰され、思考が狂気に染まって行く。ああもう考えられない。ギリギリのとこで狂気の綱を引き、襲いたいと跳ねる早馬を抑えつける。ただそれだけを考える。
「………………」
「エヘヘ…………立香様、今夜もこのゴッホに「折檻」を…………ウフフ…………」
その一言で最後の理性が消え、狂気に塗りつぶされた脳が彼女を襲えと指令を下す。私は命じるままに彼女をベッドに押し倒し、その海月の身体を貪る。
「エヘヘ…………どうぞ立香様の思うがままに…………」
彼女のドレスを食い破り、咀嚼し、飲み込む。
そして破れた布から覗くその矮躯に喰らいつく。
やはり彼女の肉に味は無く、彼女に流れる血の味だけが私の舌を叩く。その血の味はどうしようも無いほど背徳的で、罪の味がした。
もっと食べたい。もっともっと彼女を喰らいたい。この血の味をずっと噛み締めていたい。
ああ、だけど──────こんな醜い欲望を持つ私が心底嫌になる。
彼女の好意に甘えてるだけで自分の狂気を抑えられない。ゴッホちゃんは大丈夫、むしろ嬉しいとまで言ってくれるけど、欲望のままにゴッホちゃんを傷つけているのは紛れもない事実だ。私のどこが信頼に足るマスターなんだ。ただの、獣じゃないか──────
「…………立香様? どうして泣いておられるので? ゴッホが、何か粗相をいたしましたか?」
「…………ううん、違うの。ただ苦しくなっちゃって。どうしてこの欲望を抑えられないんだろうって…………」
「…………抑えなくてもよろしいのでは? ゴッホは、今この関係にいられることが嬉しいですよ?」
「…………それでも、私は、ゴッホちゃんを傷つけたくないし、ゴッホちゃんが受け入れてくれるとしても朝が来るたびに血まみれになる君を見たくないんだ。私は、どうすれば良いのかな…………」
「立香様…………」
(ああ、やはりこのお方はお優しい…………例えゴッホが望んでも、自分の欲望のままに他者を傷つけることに苦しむ…………私としては今の状況は好ましい。けれど、我がマスターたる立香様が苦しむのは本意じゃない。立香様には、笑っていて欲しい…………あの笑顔こそ、私が憧れた太陽なのだから…………しかし、どうすれば…………)
「…………ごめんね、ゴッホちゃん。こんなことに付き合わせて…………」
そう血の滴る顔で私は赤い華が咲くゴッホちゃんに謝る。今も涎が止まらない、醜い獣の顔で笑いながら。
「立香様が謝ることはないですよ…………だって、これはゴッホから提案したことなんですから…………ただ、今はお疲れのご様子。ですので今日はお休みください。ゴッホが付いていますから、どうぞ安らかに──────」
「あ──────」
彼女の笑顔を見ると、安心して意識が落ちる。意識が落ちて昏い海の底に沈んでいく──────
「どうか、いい夢を──────」
ゴッホちゃん食べたいよね
ちょっと改修