狂気的な恋   作:96963

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今までの世界線とマジで関係ない世界線
アイデア貰って書きました。


運命

 ──────突然だけど、私には好きな人がいる。でも、その人がどんな人物かは全く知らない。その人について知っていることは…………名前と、とても綺麗な絵を描くこと、それだけだ。

 彼女か彼かはわからない。ただ、その絵に惹かれたのだ。──────私は生まれつき、欠落を抱えている。何かが足りない。でもその何かがわからない。理由も分からない虚しさを抱えて、無色の世界で生きてきた。でもある日、私は私の運命に出会った。それは、きっと世間的には取るに足らない絵なのかもしれない。だけど、私にとっては色の亡い世界を塗り替えるほどの衝撃を与えたのだ。

 その絵に出会ったのはなんとなく散歩をしていた時だ。公民館の近くだったか。そこに、無造作に絵がかけられていた。

「題名『習作、糸杉の夜』、作者クリュティエ=ゴッホ…………」

 無意識に呟く。その絵は、絵に疎い私が何故か知っているヴァン・ゴッホの作品の一つ『星月夜』にそっくりだった。質感も何もかもが。ただ唯一、真新しさだけが本物との境界を分けるほどに。私はその絵から目が離せなかった。本物の『星月夜』がこんなところにあるはずがない以上、この絵は題名通り習作なのだろう。でも、習作のはずなのに。その絵は私を掴んで離さない。本物の『星月夜』を見たことがあるが、そんなことは起きなかった。まるで、細い腕に絡め取られて深海の底へ連れて行かれるよう。何故だろう、その異常な感覚に、私の心は歓喜していたのだ。ようやく会えた、と。

 それが私と彼(彼女)との出会いの始まりだった。私は家に帰ってすぐにクリュティエ=ゴッホなる人物を検索にかけた。しかし、ゴッホを名乗る何者かの情報を得ることは出来なかった。どうやらインターネットでは活動してないらしい。ならば、と件の絵がかけられていた公民館に問い合わせる。しかし、結果は芳しくなかった。ゴッホ某…………いや、それは失礼だな。ゴッホ先生と呼ぶべきだろう。ゴッホ先生はどうやら公民館の依頼で描いているのだが、自分の素性を明かすな、との条件で描いてるらしい。だから、ゴッホ先生がどこの誰かはわからなかった。しかし、公民館の職員がぽつりと「彼女も難儀だなぁ」と呟いていたため、女性ではあるらしい。一歩前進。

 その日から、私の、彼女──────ゴッホ先生を探す日々が始まった。私は、金だけは諸事情により無限にあるため、まずは探偵を雇うことにした。結果から言えば、彼女を見つけることは出来なかった。どうやら、相当姿を見せたがらないらしい。が、彼女が住んでいるだろう地域を絞り込むことは出来た。そこからは自分でやりたいと思い、追加の調査は断った。思えばこの時、既に彼女への恋心が芽生えていたのかもしれない。そこからは地道な調査の日々だった。彼女が住んでいるだろう地域を虱潰しに張り込み、少しずつ彼女の活動範囲を推定する。大きな円を狭めるように、少しずつ少しずつ彼女を探す。

 季節は流れ、気づけば向日葵が咲くころになっていた。彼女の絵もゴッホの『ひまわり』と似たような作品に変わっていて、時間の流れを感じる。丁度、彼女の絵と出会って一年が経っていた。その頃の私は、彼女に対して明確に恋をしてると自覚していた。日々変わる彼女の絵、それを追う内、私は彼女の絵だけではなく、彼女自身にも魅了されていた。いくら顔を隠しても、その人間性は絵に滲み出る。彼女の絵は本物のゴッホと寸分違わず同じかもしれないが、そこから感じる彼女は、彼女の絵からしか顕れないのだ。絵から覗く僅かな彼女に、私は惚れていた。

 そんな時、ついに転機が訪れる。彼女を発見したのだ。それはたまたまで、彼女が外から買い物に戻る姿を捉えたのだ。無論、私は彼女の貌を知らない。しかし、彼女の絵から感じる彼女のイメージと完全に一致したため、私はその少女をゴッホ先生と断定した。そう、ゴッホ先生は少女だったのだ。

 私は後をつけ、彼女の住処を特定した。それは古いアパートで、彼女が絵を描くには環境が少し、いやかなり悪いんじゃないかと素人の私が思うくらい──────ボロかった。

 その日はいきなり押し掛けることはせずに、その場所を記録して帰ることにした。彼女の邪魔をしてはいけないという思いと、初めて見たゴッホ先生に胸の高鳴りを抑えられる気がしなかったからだ。

 

 翌日。

 私はゴッホ先生の部屋の前にいる。しかし、彼女の部屋の扉を叩くことが出来ない。初恋の人に会う緊張や、拒絶されることへの恐れ、彼女に会えることの嬉しさなど、様々な感情が絡み合った結果だ。しかし、いつまでも部屋の前にいるのも不自然なので、意を決してドアを叩く。すると中から返答が来た。

「はーい、いまいきまーす…………」

 初めて聞く彼女の声。それは私の理性を溶かし、私から冷静さを奪う。

 扉が開く。

「どちらさま…………」

「あっあのゴッホ先生! わ、私と、同棲してください!!」

 

 

「…………………………へ?」

 

 沈黙が流れる。私はやらかした、と思い、ゴッホ先生はいきなりの発言にフリーズしてしまってる。気まずい沈黙の中、先に口火を切ったのはゴッホ先生だった。

「と、とりあえず中にどうぞ…………」

「あ、はい…………」

 最悪だ。

 

 

 数分後。

「…………なるほど、それで立香様、貴女は一切の情報を流していないゴッホの元に来た、と…………」

「はい!」

 彼女の部屋に上がった私は、これまでの経緯を説明した。

「…………ゴッホの元に来た理由はわかりました。しかし、何故いきなり同棲などと…………」

「そ、それは…………」

「それは?」

「ゴッホ先生の絵を、もっと見たいからです! その為に、ゴッホ先生には私と一緒に住んで欲しくて…………」

「…………はぁ。わかりました。このまま放置して付き纏われたら鬱陶しいですし、貴女のその要求を受け入れましょう」 

「本当ですか⁉︎」

 受け入れてもらえると思ってなかった分、望外の喜びについ頬が緩む。

「…………しかし、良いのですか?」

「何がです?」

「…………ゴッホは、かのヴァン・ゴッホの再現しか出来ない、画家としては出来損ないの存在です。そんなゴッホを、わたしを囲う必要がどこに─────」

「そんなことはありません!!! いくらゴッホ先生でも言って良いこと悪いことがあります!!!」

「ハゥッ⁉︎」

 ゴッホ先生の言い方につい口調が強くなり、ゴッホ先生がそれに驚く。

「ゴッホ先生の絵は、ヴァン・ゴッホの再現なんかじゃないです‼︎ゴッホ先生の絵はどれも、ゴッホ先生らしさが溢れてます‼︎それは、例えゴッホ先生にも否定させません!!」

 構わずにそう続けるとゴッホ先生は呆れた顔で

「…………わかりました」

 と続ける。

「まぁ、貴女を止めることが出来ないのはわかりましたし…………ただ、同棲には一つ条件があります。これを受け入れないなら同棲はなし、ということで」

「わかりました! 受け入れます!」

「ちょ、まだ言ってないのに…………はぁ、では条件を言います。

 とりあえずゴッホに先生呼びはやめてください。ゴッホはまだ、そんなふうに呼ばれるほど、自分を認められないのです。例え貴女がどのように思っていても」

「じゃあ、どのように呼べば良いですか?」

「…………敬語もやめてください。別にゴッホで良いです」

「じゃあ、ゴッホちゃんで! よろしく、ゴッホちゃん!」

 ゴッホちゃんに手を差し出す。

「…………よろしくお願いします、立香様」

 ゴッホちゃんは苦笑しながら、手を握り返しくれた。

 それから、ゴッホちゃんとの同棲生活が始まった。

 ゴッホちゃんはどうやらかなり苦労しているようで、普段は内職で生計を立てていたようだ。そのせいで、自分の絵を描く時間が中々取れず、せめて腕が鈍らないようヴァン・ゴッホの絵の習作ばかりしていたらしい。

 その内職をする理由が無くなったからか、ゴッホちゃんは今私の家で一日中絵を描いて過ごしている。ゴッホちゃんの絵を描く姿が見れて、正直幸せ。彼女はどうやらヴァン・ゴッホの再現以外の、オリジナルの絵を描くまで自分の名を発表する気はないようで、最近はオリジナル作品の制作にかかりっきりだ。ちょくちょく彼女に画材を求められるが、そんなの毛程も痛くない。むしろそれでゴッホちゃんが好きに描けるならどんどんあげちゃう。それが私の幸せだから。

 そんなこんなで同棲から一月ほど経った時、ゴッホちゃんの絵が完成したらしい。丁度、秋の風が吹くころだった。

「題名『太陽の貴女』?」

「…………はい、勝手ながら、立香様をモデルに描かせていただきました…………駄目でしょうか…………?」

「…………そんなことないよ。うん、すっごく嬉しい」

 その絵は、私をモデルに描いた絵だった。どうやらゴッホちゃんは、ゴッホちゃんを眺める私を逆に観察していたようだ。その絵を見ると、自然に涙が流れる。

「ど、どうされました立香様⁉︎や、やはり、勝手にモデルにされるのは嫌でしたか…………?」

 私を心配する彼女の声が響く。

「違う、違うの。ただ、ゴッホちゃんが描いた絵を見ると、私の世界が新しい色に染まるようで、私の心の空洞を埋めてくれるようで、それが嬉しくて涙が出るの。それが、私を描いたゴッホちゃんのオリジナルなら尚更」

「…………ありがとうございます」

 ゴッホちゃんが俯きながらお礼を言う。お礼を言いたいのはこっちなのに。

「こっちこそ、ありがとう。それで、この絵はどうする?」

 涙声でお礼を言い、この絵の処遇を聞く。

「…………この絵は、私が初めて描いたオリジナルです。例え不出来でも、私にとって最高傑作です。当然、発表します」

「わかったよ。私に任せて。君の絵は素晴らしいって、私が世界に証明する」

「立香様…………」

「君には返しきれない恩がある。これはただの、恩返しだよ」

 

 

 私は、私の全能力でクリュティエ=ゴッホという存在を世界に知らしめる。

 

 

 

 

 

 ──────数日後、クリュティエ=ゴッホの名は世界中に、とは行かなかったが少なくとも日本において、電撃的に広まった。

 

 

 

 

 数ヶ月後。

 初めての絵を完成させてからはや数ヶ月の時が経った。わたしは、今も絵を描いている。立香様の手腕は素晴らしく、無名のわたしはいきなり世界に名が広がった。ボロアパートでろくに絵も描けなかったわたしは、今や毎日絵を描いて過ごしている。不満などあるわけがなく、今の状態は幸福そのものだ。…………しかし、胸には黒いものが巣食っている。

 今のわたしは立香様のお膳立ての上にいるだけだ。立香様が去れば、きっとわたしは元のわたしに戻ってしまう。立香様に限ってそんなことはない、と思うけど(いきなり押し掛けてきたし。正直あの時は何を言ってるんだろうこの人、と思ったものだ)わたしよりふさわしい人がいるのでは、と益体もないことを考えてしまう。

 立香様は今、わたしの絵を広めるために世界中を回っている。それはわたしにとっても望むことだ。…………けど、何故わたしなんかにそこまで、とも思う。わたしのデビュー作のあの絵を見た時、立香様は涙を流していた。それは彼女曰く感動で泣いていたらしいけど、何がそこまで彼女を惹きつけるのか。悪い気はしないけど。そういえば、ここに来て最初の数日間は、無茶を言わせて同棲を解消しようと、かなり高い画材を要求したりした。でも立香様は太陽のような笑顔で、全部買って来てくれるのだ。最初はただ喜んでたけど、今は正直罪悪感が凄い。しかも立香様はわたしが何気なく欲しいな、と思ったものでさえ気づいたら買っているのだ。正直引く。…………けれど、プライドにかけて自分の作品とするつもりはなかった習作に、ゴッホを、わたしを見出して海の底から引っ張り上げてくれたのは立香様で。ある意味諦めていたわたしを見つけてくれたあの日、わたしは立香様に呆れていたけど、感謝もしていたのだ。全く、彼女には振り回されてばかりだ。

 …………だから、例えわたしのためでも、わたしのそばに彼女がいない事実が胸に刺さる。わたしはもう、彼女なしじゃ生きられない。でも、彼女はわたしがいなくてもきっと──────

 そんなのいやだ。だから──────

 

 

 数時間後。

 立香様が寝ている。さっき帰ってきた彼女は、疲れていたのかすぐにベッドに倒れ込んだ。

 わたしはそれをただ、じっと見ている。わたしの手にはロープが握られていて、これからどうするかは明白だった。

 わたしは彼女を失いたくない。だから、例え貴女に失望されても、わたしは、貴女を、立香様を縛り付ける。

 わたしは、彼女の四肢をロープで動けないように拘束する。これで、彼女はもうベッドから出られない。

 わたしは彼女に馬乗りになり、彼女の唇を奪おうとしたところで──────彼女が目覚める。

「ん、んう…………ゴッホちゃん? ん? え、ナニコレ。縛られてる?」

「立香様」

「どうしたの、ゴッホちゃん?」

 彼女の声は、縛られてることに困惑しながらも、いつも通りで。若干苛立つ。

「今から、貴女を襲います」

「…………良いよ?」

 彼女からの予想外の承諾に面食らうも、どうにか反撃する。彼女の心を、奪おうと。

「…………ッ立香さま、わかっておられるのですか⁉︎貴女は、わたしに縛られて、今から襲われるんですよ⁉︎」

「わかってるよ。わかった上で、ゴッホちゃんなら何されても良いよって言ってるの」

 彼女の返答に黒い心が揺れる。

「どうして、貴女はそこまで…………そこまでわたしに尽くすのですか、捧げるのですか!」

 わたしの心からの叫びが響く。

「…………私はね、空っぽだったんだ」

「…………は?」

 彼女からの予想外の返答につい呆ける。

「私は空っぽで、ただ無意味に生きてきたんだ。だけど、ある日あの公民館で君の絵を見た。その時私は変わったんだ。色を亡くした私の世界は鮮やかに塗り替えられ、私はあの時生まれ変わったんだ。だから、それを与えてくれた、私に世界を与えてくれた君になら私の全てを捧げることが出来る」

「…………それが、理由ですか。それが」

 だから、彼女はあの絵を見て泣いていたのか。

「うん。だけど、胸を張るに足る、理由だ」

 これが、立香様の告白。でも、その告白を受けて尚、わたしは。

「…………わたしは、立香様がどこかに行ってしまうと思うと胸が張り裂けそうです。今の告白を聞いても、そう思います」

「うん」

「だから、立香様」

「わたしに、縛られてください。一生わたしのそばから離れないでください」

「君のためなら、喜んで縛られるよ」

「なら、これは誓いです」

 彼女の首に噛み付く。彼女の首に浅い傷が刻まれる。

「これで、貴女はわたしのもの。わたしのものには、印をつけないと」

「わかったよ」

 そして、彼女に付けた傷を隠すように、彼女に首輪を巻く。首輪には鎖が付いていて、それはわたしに繋がっている。これで、彼女はもう逃げられない。

「これで、立香様と一生一緒…………エヘヘ…………」

 彼女を縛り付けたことについ笑みが漏れる。きっと今のわたしの顔は、悍ましく歪んでいるだろう。

「さあ、夜はこれからです。たっぷり時間をかけて、貴女はわたしのものだと刻みつけます」

「君が望むなら、いくらでも」

 長い、長い夜の間、わたしと立香様はお互いに歪んだ愛を確かめ合った。

 

 

 数日後。

 わたしと立香様は、表面上は同じ関係だ。立香様はわたしの名を広げ、わたしは絵を描く。

 けれど、違う点がある。

 立香様は家から出なくなった。正確には、わたしが家にいる間は、ずっとわたしのそばに居る。わたしはそれに満足して、絵を描き続ける。

 わたしたちの世界はふたりだけの閉じた世界になってしまった。きっと、側からみれば歪だろう。

 でも、お互いに感じている。

 これが「幸せ」と。

 




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