狂気的な恋   作:96963

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準備回


着替え

 翌日。

 私は目が覚めると、いつもと異なる温かい感触に気づく。はてと思い、すぐに思い出す。

「そっか、ゴッホちゃんがウチに来たんだ…………夢じゃ、なかったんだ」

 彼女はすやすやと眠っていて、その寝顔は愛らしい。

「かわいいなぁ、ゴッホちゃん」

 その寝顔をしばらく堪能した後、彼女を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。

「うーん、今日はいい朝だ」

 伸びをして、朝日を迎える。いつもと変わらない朝日はしかし、新しい日常の始まりを祝福しているようで、心が躍る。

「とりあえず、朝食を作ろう」

 いつも作っている朝食を、今日からは二人分。その事実を噛み締めつつ、ゴッホちゃんが起きる前に仕上げようとなるべく手早く調理する。

「まあ、朝ごはんだしこんなもん…………だよね?」

 流石にカルデアのには劣るが、手早く作った割にはそこそこ良い朝食が出来たはずだ。さっと調理器具を先に洗っておく。ふと彼女を見ると、まだぐっすり眠っている。朝食が冷める前に食べようと思い、彼女を起こす。

「ゴッホちゃん、ゴッホちゃん。朝ごはんだよー」

「ん…………んぅ…………あ、立香様、おふぁようございまふ」

「おはよう、ゴッホちゃん。朝ごはんもう出来てるよ」

「ふぁーい…………」

 彼女は朝が弱いらしく、眠そうな顔をしている。寝ぼけ眼のまま、テーブルに着席する。

「「いただきます」」

 今日の朝食の内容は、トーストにサラダ、スープにヨーグルト、後スクランブルエッグだ。

「立香様は、料理もお上手ですね…………」

「そう? お口にあったなら、嬉しいよ」

 まあ、この数週間一人で作ってたし、多少は上達していると思うけど。別に、料理の経験がないわけじゃないし。

 しばらく静かな時間が流れ、お互いに朝食を食べ終わる。

「ごちそうさまでした…………ふわぁ…………まだちょっと眠いです…………」

「お粗末様でした。コーヒー飲む?」

「あ、お願いします…………」

 片付けながら、インスタントコーヒーを淹れる。ええと、水で練ると良いんだっけ。水で練りながら、頃合いを測って、お湯を投入する。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます…………」

 彼女がコーヒーを飲んでいる間に、食器を手早く洗う。ゴッホちゃんは少し多めにしたけど綺麗に平らげてくれて、洗い物は楽だった。

 

 

 数分後。

 ゴッホちゃんもしゃっきりした目つきになり、目が完全に覚めたらしい。

 ゴッホちゃんの目の前に座る。

「さて、と。ゴッホちゃん、これからどうしたい?」

「そうですね…………ゴッホとしては、やはりまずニホンを散策したく! 新しいインスピレーションが得られるやもしれませんし!」

「オッケーオッケー…………って言いたいけどちょっと待った」

「?」

「ゴッホちゃん、散策するのは良いけどその前にまず…………服を買おう」

「服ならもう、ありますよ?」

「…………うん、まあそうなんだけどね。君の服はその、日本ではちょっとまずいというか下手したら私が捕まりそうでね」

「…………そ、そうなのですか⁉︎」

「そうなんだよ」

 今は寝間着姿なのでぶかぶかのシャツを着ている少女、と言った風貌だが、昨日この家に来た時の彼女はカルデアでの格好、つまり裸に成人男性用のズボンを胸近くまで上げて、ベルトで縛っている状態に、カーディガンみたいなものを羽織っている格好だ。そんな彼女を外に連れ出したら外見的に私が捕まってしまう。

「で、でも外に行かねば服を買うことも出来ないのではないのですか…………?」

「まあ、そこは通販でどうにか。一旦通販で適当な服を買ってから外でまた服を買おう」

「は、はい…………」

 ゴッホちゃんは見る見る間にしょんぼりしてしまった。ちょっと胸が痛むが、誰が悪いでもなく感覚がズレているだけなので、そこはだんだんすり合わせていけば良い話だ。私はズレを直そうとして諦めちゃったとこがあるのでとこなのでなんとも言えないが。

「だから、今日は家で過ごしたいと思うんだけど」

「仕方ないですね…………」

「とりあえず、一緒に通販サイトを見てみる?」

「お願いします…………」

 ノートパソコンを持ってきて、彼女を膝の上に乗せる。ゴッホちゃんは140cmという小ささなので、すっぽり私の膝に収まり。

「どんな服がいい?」

「…………あ。この服、この服が良いです!」

「これ? これは…………なるほどね。色は白でいい?」

「はい! 後、これとこれとこれもお願いします!」

「オッケーオッケー。どんどん頼んで良いからね」

「…………………………その、大丈夫なのでしょうか。これだけで結構な金額になってると思うのですが…………」

「ん? お金のこと? お金なら大丈夫だよ。元々人理修復で沢山お給金が支払われる予定だったのが、人理漂白の解決で更に増えたからね。正直、もう働かなくても良いくらいにはあるんだ」

 私が堕落しているのは、ある意味そういう理由もある。

「そ、そうなのですね…………立香様、お金持ち…………ゴッホ驚愕……………………………………」

「…………………………」

「ゴッホちゃん?」

「あの、それなら立香様、もう一つお願いします…………」

「?」

 ゴッホちゃんはどうやら、更に欲しいものがあるらしく、彼女にパソコンを任せてみる。

「ええと…………これも、ください」

「画材? もちろん良いよ?」

「あ、ありがとうございます…………これで…………」

 何か言っているようだけど、最後の言葉が聞こえない。まあ、良いか。

 そうこうしている内に、ショッピングの時間は過ぎていき、最後に決済して代金を支払う。

「よし、これで明日には届くでしょ」

「そ、そんなに速く⁉︎知識として現代の通販については知っているつもりでしたが、実感すると違いますね…………」

 そうだね、と首肯しながら、パソコンを机の隅に押しやる。しばらくそのままの体勢でゴッホちゃんの感触を噛み締めていると

「…………あの、すみません立香様…………ちょっと恥ずかしいです…………」

「ああ、ごめんごめん。ゴッホちゃんがいるんだなぁって思ってたら、つい、ね?」

 名残惜しくも彼女を膝から下ろす。

「それにしても、明日服が来るまで家の中ですか…………ゴッホ的には、惰眠を貪っても良いと思うのですが…………」

「うーん、どうしようか。あ、そうだ」

「? 何かあるので?」

「確かこの辺に…………あったあった」

 私は収納にしまっていたあるものを取り出す。

「これは…………タブレットと、ペン? ですか?」

「そうそう、なんとなく買っていたんだ。買ってからずっと仕舞っていたけど」

 私が出したのはいわゆる液タブと言われる奴で、デジタルで絵などを描くときに使用するものだ。この街に帰ってきた時、ゴッホちゃんがいないあまりの寂しさを紛らわすために買ったけど、自分でイラストを手慰みに描くのは余計に寂しさを強くするだけって気づいたからすぐ封印して、使い方を覚えたくらいにしか使ってないけど。こんなとこで役に立つ時が来るとは(液タブを買った理由はかつての同人誌製作で使い慣れていた、というのもある)。

「これ、現代で絵を描くのに使われているんだけど、ゴッホちゃんもこれで絵を描いてみない?」

「ああ、ええと…………刑部姫様や水着のジャンヌ・オルタ様が使われていたものですか。確かに、今の絵具で描いてみるというのも、一興ですね」

 彼女の顔が画家の顔に変わっていく。その顔は真剣で、とても格好いい。どうやら興味を引けたようなので、パソコンをもう一回持ってくる。

「使い方は、こうで、こうして…………」

 彼女に使い方を教える。新しい画法は新鮮なのか、彼女はすぐに使い方を覚えて、絵を描き始めた。

「…………うん」

 彼女が集中し始めたタイミングで邪魔にならないように少し離れる。絵を描いている彼女の顔は一心不乱で、真面目で、格好いい。普段のかわいい姿からは想像もつかない程だ。彼女に恋した理由の一つだ。私は絵を描く彼女の横顔が好きだった。あの顔に、私は目を灼かれたのだ。

 どうやら一心不乱に描いているようなので、昼食は片手でつまめるものを作るとしよう。時計を見ると、時刻は昼前。今から用意すれば良い感じになりそうだ。冷蔵庫の中を確認。入っているのは、サラダに使った野菜の残り、ハム、ベーコン、ソーセージ、卵、パン、各種乳製品、その他諸々。うん、サンドイッチにでもしよう。

 具材をいいサイズに刻み、パンの上に乗せていく。各種ソースやバターも忘れずに。そんなことをしながら数分。サンドイッチが出来上がった。

 お皿に盛り付けた後、お盆に載せておく。サンドイッチなら冷めても美味しいし、食べやすい。

「ゴッホちゃん、ここにお昼ごはん置いとくからね」

 うっかり彼女の手が当たったりして絵の邪魔にならない位置にお盆を置き、彼女に伝える。

「…………? ああ、はい。ありがとうございます」

 ちょっと無愛想な返事。でもそれだけ絵に集中しているということで。そんな彼女の顔を眺めながら、私も昼食にする。静かな時間が過ぎていく。

 私が食べ終わる頃、ゴッホちゃんも食べ終わっていて、お皿の中は空だった。

「ごちそうさまでした」

 ゴッホちゃんの言葉を受け止めながら、食器を洗っていく。

 その後は、彼女が満足するまで絵を描いてるのをただ眺めた。とても充実した、時間だった。

 

 

 

 

 ふと時計を見ると、もう夕方で、そろそろ夕飯の準備をした方がいい頃合いだ。ゴッホちゃんに何か欲しいものはあるか、と聞いてみる。

「…………では、肉料理をお願いします」

 との返答。そういえばゴッホちゃんは肉や魚が好きだったな。彼女が描き終わる時間がわからないから、冷めたらダメ、というか温め直したらダメなものはやめておこう。

 ええと、豚肉があったから生姜焼きかな? 冷蔵庫を見ると、幸い生姜焼きの材料が揃っていたので生姜焼きに決定する。

 そのまま、生姜焼きの調理に入る。生姜焼きだけじゃ寂しいから、白米と味噌汁も作っておく。まあ彼女もカルデアでよく白米や味噌汁食べてたし大丈夫だろう。その時聞いてみたら普通に好きな部類らしいし。

 そんなこんなで色々とやってる間に、どうやら一旦は納得のいく形に仕上がったらしい。視界の隅で彼女が立ち上がるのが見える。こっちも料理は完成していて、今は洗い物をしているところだ。

「ゴッホちゃん、夕ごはんできたよ」

「あ、はーい…………」

「どう? 楽しめた?」

「ええまあ、はい…………ゴッホ的にはやはり油彩が慣れているので油彩で書きたい所ですが、こちらもまあ。たまに描く分には息抜きになって楽しいですね」

「なら良かったよ。後で見せてもらってもいい?」

「…………まあ、良いですけど。息抜きの習作なので、容赦してくださいね…………いたた、すみません長く座っていたから腰が…………」

「ああ…………まあ痛くなるよね、大丈夫?」

「…………これが、受肉するということですね…………ちょっと慣れないので、後でマッサージしてもらっても良いですか?」

「もちろん。さ、食べよ」

「「いただきます」」

 彼女と一緒に夕飯を食べる。他愛もない雑談をしながら、夕飯は進んでいき、食べ終わる。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 さくっと後片付けを終わらせて、歯磨きなど。

「どうだった?」

 感想を聞いてみると。

「ニホンの肉料理も良いですね…………また食べたいです…………」

 とのこと。

「じゃあまた今度、作ろうかな」

「エヘヘ…………楽しみにしてます…………」

 夕食のあれこれが終わった後、腰が痛いらしいゴッホちゃんにマッサージをする。カルデアで取った杵柄というか、私は結構色々なことを教えてもらったので、プロ並みではないけど、やれることは多い。マッサージもその一つだ。昔やった感覚を思い出しながら、腰をほぐしていく。

「おっ、おお…………効きますねこれ…………」

「まあ腰は大事にしないとねー」

「おっ…………そこ、もう少しお願いします…………」

「はいはい」

 入念に腰をほぐしていたら、いつのまにかゴッホちゃんが溶けていた。十分だと思い、マッサージを打ち切る。あんまやってもあれだしね。

「はふぅ…………気持ち良かったです…………立香様は、なんでも出来ますね…………」

「そうかなぁ?」

 別に、普通の人と変わらないと思うけど。

「ウフフ、立香様はそういうお方ですよね…………だからわたしは…………」

「? 何か言った?」

 何か言ったような気がするけど、小さくて聞こえない。

「いっいえ何も⁉︎」

「そう? なら良いけど」

「え、エヘヘ…………」

 

 その後、彼女の絵を見せてもらった。

 ゴッホちゃんが描いた絵は、初めての道具で描いた習作とは思えない程上手で、このままイラストサイトに投稿出来そうな程だった。

 そのことを彼女にいうと、

「いえいえこれ習作なので習作を世に出すことは恥ずかしいというかゴッホ的にはせめてもっと納得した出来のものを出したいというか」

 とパニクっていた。うーん、私にはそう見えないけどなぁ。まあ彼女が嫌ならしょうがない。スマホに保存するのは許可が頂けたので喜んで保存する。

 

 夜の帷が落ちて、良い子は寝る時間になる。別に良い子ってわけじゃないけど、そろそろ眠ることにする。ゴッホちゃんも眠いらしい。

 というわけで、昨日と同じように一緒のベッドで眠る。

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、新しい道具で試しに絵を描いてみた。思ったより簡単で、そこそこ納得がいくものは出来たが、立香様に贈った絵ほどではない。つまり、人に見せる程ではない。…………まあ、立香様には見せて欲しいと言われたから見せたのだけど。投稿すれば良いのに、とも言われたがその勇気は出ない。出すならもう少し納得のいくものを。まあつまり、わたしには油彩が一番合っているということだ。…………まあ、あれはあれで楽しいので立香様に言った通り息抜きに使いそうではあるが、人に見せることは無いだろう。見せるとしても、立香様だけだ。彼女はわたしのダメなところも含めて受け入れてくれるから。

 …………さて、話は変わって油彩の話だ。立香様にはわたしを養っていけるだけの資金があるようだが、このままでは心苦しい。だから、油彩で生計を立てられないだろうか。幸い、ゴッホは死後名声を得ている。かの向日葵の絵ほどには行かなくても、そこそこの稼ぎは出るのでは無いだろうか。色々贈ってもらってるわたしだが、少しずつ恩返していきたいな。

 そんなことを思いながら、わたしの意識も夢の中に落ちていく。

 おやすみなさい、立香様。良い夢を。

 




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