狂気的な恋   作:96963

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ようやくしっくりきた気がする


自覚

 ──────沈んでいく。深い、深い、水底へ。最近何時も見る夢だ。この世界はただ昏く、深い。抜け出す方法も分からず、ただ揺蕩うように沈んでいく。私はどうすればいいのだろう。本能は狂ったように彼女を求め、理性は本能を否定する。理性と本能の解離。それによる苦しみが私を締め付けて離さない。夜の時間は確かに私を満たしていく。だけど同時に理性は悲鳴を上げ、この状況から逃げたいと叫びだす。好きだからこそ傷つけるという矛盾に心は軋み悲鳴を上げている。分かっている。わかっているんだ。今の状況は応急処置。致命的な症状を抑えるために別の症状が発生している。このままこの関係を続けることはできない。速く、この気持ちに決着をつけないと。

 

「付ける必要はあるのかな? だって、彼女は君を受け入れるし、君も満たされるんでしょ?」

 

 そう誰かの声が響く。

 

「君はただ、本能のままに彼女を求めればいい。その方が楽でしょ?」

 

 実際、その方が楽だ。そう考えることが出来たらこんなややこしい事態にはならなかっただろう。けれど、それじゃダメだ、と思う。

 

「その理由は? 苦しみながら本能に溺れる君が溺れることを拒む理由は? 何も考えずに溺れればいい、それできっと君は楽になれる。少なくとも今よりマシだ、拒む理由がない」

 

 だって──────

 

「だって?」

 

 私はまだ、納得していない。

 

「納得?」

 

 私が想う彼女へのこの気持ちへの納得だ。私はこの気持ちがどこから生まれるのか、まだ理解ってない。そんな状態でただ本能のままに彼女を貪るのは……彼女に対して失礼だ。

 

「呆れたね。彼女はサーヴァント、君はマスターだ。所詮使い魔に礼を気にする必要があるの?」

 

 そう、私は彼女のマスターだ。だから、私は彼女のマスターとして、彼女の信頼に応えたい。彼女に甘えたままではいたくない。サーヴァントとマスター、例え契約上の関係、使い魔とその主人という関係が正しいものだったとしても、私は、彼女と対等に接したい。だから、今の状況は……マスターとして、嫌だ。

 

 ……違う。不自然だ。マスターとして、じゃない。そんな感情はサーヴァントに対しては誰にでも持っている。もっと、ゴッホちゃんにだけ思っている何かがあるはずだ。……わからない。だけど、光明は得た。

 

「呆れたエゴだね。なら好きにするといいよ。……結局は、君が選ぶことだし。本能に溺れるもよし、苦しむもよし。君がどんな決断をしようと構いやしないよ。せいぜい、いい選択が出来るといいね。じゃあ、そろそろ目覚める時だ。選択することを、おすすめするよ」

 

 ──────そういえば、貴方は誰? 

 

「……君も聞いたことがあるだろう、人は精神、魂、そして肉体から構成され、また解離したそれぞれが心を持つ、こともあると。つまりはそういうことだ。ああ、君の場合は記憶だったか? まあ大して変わらない、私は鏡だ。私の言葉は、君の無意識な思考を示している。その思考に対する答えを、君は先程まで見ることが出来なかった。私はただそれを示しただけさ。そして、君が知らないことは私も知らない。後は君が決着をつけて」

 

 ──────そうだね、ありがとう。じゃあ、行くよ。

 

「朝の雲雀が鳴き、夜の帳は上がる。良い現実を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お目覚めになられましたか、立香様」

 

 目が覚めると、ゴッホちゃんの顔があった。いわゆる膝枕の体制らしい。昨日つけた傷は治っていて、いつも通りの綺麗な肌だ。

夢の内容は覚えていない。ただ、覚悟は決まった

「……おはよう、ゴッホちゃん。昨日はありがとうね、あのままやっていたら私、危なかった」

 

「えへへ……感謝されて恐悦至極……でもゴッホが原因でもあるからゴッホ複雑……」

 

「そんなことないよ、ゴッホちゃん。ゴッホちゃんの提案は確かに活性アンプルのように私にとって苦しい結果になった。でもゴッホちゃんの提案のおかげでわかったことがあるんだ。だから今度は私から提案があるの」

 

「? 何でしょう?」

 

「今日でこの関係は終わりにしよう」

 

「……ハゥッ⁉立香様はそれでよろしいので⁉また、苦しむことになるのでは?」

 

「……だから、私の気持ちに決着を付ける。ねえゴッホちゃん、今夜、また私の部屋に来てほしいんだけど……大丈夫?」

 

「……立香様のご命令であれば、何なりとお申し付けください。ゴッホは、わたしは、あなたの僕なのですから……」

 

「……ありがとう。じゃあ、食堂に行こうか!」

 

 そう言って私はゴッホちゃんといつも通りに食堂に行く。まだ出口は見えないけれど光はある。後はそこに向かうだけだ。それが例え、私を誘う獣の眼光だとしても。

 

 

 

 

 

 食事を終えた後、ダ・ヴィンチちゃんが声をかけてきた。

 

「立香ちゃーん。今、大丈夫?」

 

「ダ・ヴィンチちゃん。大丈夫だよ?」

 

「ちょーっと聞きたいことがあるから、二人で話せるかな?」

 

「? まあいいけど……じゃあゴッホちゃん、後でね」

 

 そうゴッホちゃんに手を振って、ダ・ヴィンチちゃんと一緒に二人きりになれる場所に向かう。

 

「まあ、ここらへんでいいかな。何、大した話じゃないんだ」

 

「どうしたの? ダ・ヴィンチちゃん」

 

「単刀直入に聞くけど、君、今ちょっとおかしいんじゃない?」

 

「……ダ・ヴィンチちゃんから見てもそう思うんだ」

 

「……心当たりは、あるんだね。良かったら、話してもらいたいな。あ、別に無理にとは言わないよ? 今のところ、違和感を抱いてるのは私くらいだ。他のサーヴァントは知らないけどね。だからきっと些細なことなんだろう」

 

「……ううん、大丈夫。実は私も相談したかったから」

 

 そう言うと、私はここ最近ゴッホちゃんに抱いてる想いや、ゴッホちゃんと毎夜行なっている凶行について話した。

 

「……ということなんだ。だから、ゴッホちゃんに対して抱くこの想いの理由を知りたいの」

 

「……うーん、そう来たかぁ。まあ、ある意味良かったといえるのかな。ねぇ立香ちゃん、本当に気付いていないの?」

 

「え?」

 

「君のその気持ち、歪んでるけど世間一般的には恋って奴だぜ? まあ、多少というかかなり狂気的だとは思うけど」

 

「……えっ」

 

 この気持ちが、恋。そうなのだろうか。

 

「恋多きバーゲスト。本人から得られた記録では、愛する者を食したという。後はブリュンヒルデとシグルドかなぁ。恋という感情の発露が暴力的になることは珍しいことじゃない」

 

 それに、とダヴィンチちゃんは続ける。

 

「……君は、彼女……ヴァン・ゴッホが嫌いじゃないんだろ?」

 

 当たり前だ。だからこんなに悩んでいるのに、と肯定する。

 

「じゃあ簡単だ。それは恋の病って奴。君は自覚していないみたいだけどね。ただ、ちょっと普通の恋の形とずれているだけさ」

 

 恋。これが恋。言葉にすれば陳腐な答え。だけど、私の心のずれを直すパーツとして、かちりとはまった音がした。

 

 思い返してみれば、彼女を見た時、感じた想い。……あれは、一種の独占欲ではなかったか。

 

「まあいずれにしろ、彼女とは話し合った方がいいね。後は当事者同士の問題だ」

 

「……うん。ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 今わかった。私が苦しんでいたのは凶行を行う狂気、じゃない。狂気なんて何処にでもある。本能だけじゃない、理性もとっくに狂っている。私が苦しんでいたのは私の知らなかったこの気持ち──────恋だ。私は彼女に恋しているのに衝動のまま始まったあの関係じゃ恋心を伝えられないから苦しかったんだ。ゴッホちゃんに甘えて進めない現在にいるのが嫌だったんだ。

 

 答えは得た。見つけてみればどうしようもなくありふれた、小さな答えだったけど、見つけたからこそ私は今、彼女に向き合える。……まあ、初恋がこんな狂気的とは思わなかったけどさ。

 

「おっと、急に目の光が変わったね? 力強い、君らしいいい目だ。恋する乙女は最強ってやつかな? まあ、私は止めないさ。立香ちゃんに危険があるわけじゃないしね。頑張ってね!」

 

 ゴッホちゃん。ゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃんゴッホちゃん──────彼女の事を思うと思考が止まらない。ああ、早く彼女に会いたい。そしてこの気持ちを伝えたい。例えこの恋が儚く終わるとしても。気づいたら、水底にいたはずの沈んだ気持ちは、光の指す陸上へ、浮上していた。




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