翌日。
本日も暑い日だ。というか昨日に輪を掛けて暑い。こんな炎天下に好き好んで外出している物好きは私か私と同じ暇人くらいだろうと錯覚するほどに。
何故だか無性に彼女が気になった私は、再び教会に訪れていたのだった。まあ金なし、時間ありの学生には丁度いい。問題は。
「大丈夫かなぁ…………また来ちゃって…………」
私は教会そのものには大して興味がない。いくらご自由にお入りくださいと書いてあっても、流石に信徒になるつもりのない人間が何度も訪れるのはどうだろうか、と思う。まだ二回目だけど。…………あと、あの娘若干不機嫌そうだったし。最後逃げられちゃったし。
昨日と同じように開かれている門の前でしばらく考える。
「…………あ、でも昨日確か…………」
──────きょ、今日はこの辺で! 失礼します!
こんなことを、言っていたような。
「今日はって、ことはまた来ても良いってことなのかな…………」
色々な申し訳なさとか不安とか諸々の「入らない理由」と彼女の言葉やせっかくここまで来たんだしという思いとか好奇心とかの「入りたい理由」を天秤にかける。
悩んだ結果、天秤は入る方に傾いた。
──────同時に、視界も傾く。
「──────あれ?」
そういえば、私、どれくらい外にいたっけ。
そんなことを思いながら、私の意識は沈んでいった。
──────花の匂いが鼻腔を擽る。
「ん、んんっ…………」
意識が底より浮上する。何か柔らかいものが頭の下にあると気づく。
「──────お目覚めになられましたか、立香様」
目を開けると、そこには昨日見た彼女─────確か、ゴッホって名前だっけ─────がいた。
「…………ゴッホ、さん?」
覚醒したばかりで回らない頭で、なぜ彼女の顔が見えるのだろうと考える。答えはすぐに出た。彼女に膝枕されているのだ。同時に、頭が痛むことにも。
「いてて…………」
ズキズキと痛む頭を抑えながら起き上がる。
「これを、どうぞ…………」
彼女にペットボトルを手渡される。
「あ、どうも…………」
特に何も考えずに中身を飲む。何故だか喉は無性に渇いていて、直ぐに飲み干してしまう。冷えた液体が喉を通って心地いい。どうやら中身はスポーツドリンクのようだ。
「あ、痛く無くなってきた…………」
「ウフフ、それはよかったです…………」
スポーツドリンクのおかげで頭が回ってくる。見渡すと、そこは昨日見た聖堂だった。どうやら床に布を敷いて寝かされていたらしい。
「どうして、ここに…………」
「貴女が、教会前で倒れていたので…………たまたま近くにお医者様がいたので、軽く診てもらった後、ここで安静にしてもらっていたわけです…………ウフフ…………」
彼女の言葉に納得すると共に、迷惑をかけたことに申し訳なく思う。
「あ…………すみません、迷惑かけちゃって…………」
「大丈夫です…………ここは教会なので…………困った人がいれば、助けます…………エヘへ…………それよりも、調子はいかがですか? お医者様の言葉では、軽い熱中症と転んだ時の衝撃で気絶したとのことでしたが…………」
そう言われて、自分の調子を確認する。頭痛は既に消えていて、意識も鮮明だ。自分で見る限りは、どこも悪くない。
「えっと、大丈夫です。その、ありがとうございます」
「ウフフ、それなら良かった…………」
しばらく、熱に浮かされたように彼女を見つめる。
「…………あっ。すみません、色々お世話になっちゃって」
正気に戻って視線を逸らす。
「…………………………ぁ」
彼女の声が聞こえた気がしたので、顔を見ると何故だか少し残念そうだ。
「…………あの、何か変なものでも付いてます?」
思わず気になって、彼女に訊いてみる。何か気になるものでもあったのかな。
「いっ、いえ、なんでもないです…………んんっ、それよりも何故またこの教会に? ご利益など無い、と言ったはずですが」
どうやら私の顔がどう、という話では無いらしい。…………逆に、何かを期待しているような顔の彼女に、何故来たのかと尋ねられる。
「えっと、その…………」
どう答えたらいいか迷う。信徒になりたいわけじゃないし…………
悩んだ結果、昨日と同じように素直に答えることにした。
「…………貴女に、会いたくて…………でも、教会に入るわけでも無いのに何度も訪ねるのは失礼かなと思って、迷っていたら…………」
「…………倒れてしまった、ということですか」
「はい…………」
結局迷惑を掛けてしまったという申し訳なさや恥ずかしさとか色々な理由で、彼女の顔を直視できない。俯いていると
「…………ふ。ふふ、ウフフフフフ…………」
彼女の笑い声が聞こえる。何か、おかしかっただろうか。いや、確かに客観的にみるとおかしい気がするけど。
「…………ああ失礼。その、嬉しかったもので」
「? 嬉しい、ですか?」
「はい…………理由は、内緒です…………エヘへ…………」
「???」
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。嬉しいってなんだろう。…………そういえば、昨日と口調が違うような…………?
「…………ところで。立香様は、絵はお好きですか?」
いきなり彼女に絵は好きかと聞かれる。
絵かぁ…………思い出すのは、昨日の彼女だけど…………
「えっと、嫌いじゃない、とは思いますけど…………」
「そうですか…………」
素直に答えたら、少し萎んだ顔をされた。まるで寂しい子犬のような顔だ。慌てて取り繕う。
「あ、でも昨日の絵は良かったです! 言葉じゃ上手く言えないですけど…………とても、綺麗でした!」
とりあえず、昨日見た絵の感想を伝えてみる。実際、昨日の向日葵は、未だ私の心を掴んでる。心の底で、もっと見たいと思うほどに。
「…………エヘへ。それなら、良かったです」
どうやら喜んでくれたようなのでホッとする。冷静になったところでふと疑問が湧く。
「…………なんでいきなり絵の話を?」
「ハウッ…………えっと、それはですね…………」
「それは?」
「…………………………」
無言の時間が流れる。やがて、彼女がぎこちなく背を向ける。
あ、これ昨日見たな、と既視感が私を襲う。
「…………失礼します!」
そして、予想通り彼女は逃げてしまった。
しかし、予想していたから今度は私も身体が動いた。彼女を追いかける。
「…………待ってー!」
教会の中に、二人の走る足音が響く。
彼女の走る速度自体は遅かったが、この教会の構造をよく知っているからかちょこまかと素早く、なかなか追いつけない。
それでも、素の速度が違うので徐々に追いついていく。
やがて彼女に追いつき、どうにか彼女の腕を掴む。
「ハァ、ハァ…………やっと捕まえた…………」
「うぅ…………離してください…………」
「いや離したらまた逃げますよね…………」
「エヘへ、そんなことは…………ないですよ?」
「目を逸らしながら言っても説得力無いですよ…………」
お互いに息を切らしながらそんな問答を続けていると、諦めたのか彼女がこちらを向く。
「…………わかりました。わかりましたから手を離してください…………」
逃げる気は無さそうなので言われた通りに手を離す。
すると、服を漁って何かを取り出す。
「…………さっきの質問への返答ですが、言葉で話すのは恥ずかしいのでこれを…………」
彼女に、何かを渡される。それは鍵だった。銀色の、小さい鍵。
「これは?」
彼女が指差す。
「そこの鍵です。どうぞ」
彼女が指差した先には、扉があった。どうやら、ここに入れということらしい。
鍵を開けて、部屋の中に入る。
そこには──────
「…………わ」
無数の絵が飾られていた。
絵のモチーフはバラバラだ。花を描いた絵があれば、畑で耕す人を描いた絵がある。明るい絵があれば、暗い絵がある。共通点が見出せないバラバラの作品群だ。
ただ、その中で唯一共通するのが───────
「…………すごい」
どの絵も、私の心を掴んで離さない。まるで蛇の瞳のように、その場に私を縛り付ける。心を抉じ開けるような衝撃が、四方八方から流れ込む。
その中で、ふと視界に向日葵が映る。
「あ、これって…………」
その向日葵は、昨日見た向日葵と同じだった。昨日見惚れた、綺麗な向日葵。その美しい姿にしばらく見惚れる。
よく見ると、飾られている絵は全て向日葵と同じタッチであることに気づいた。
もっと見たいという気持ちを抑えて、無理矢理瞳を閉じる。縛り付けるような感覚が消える。
彼女の方へ向き直る。
「この飾られている沢山の絵って…………」
半ば確信を抱きながら、彼女に尋ねる。
彼女は恥ずかしそうにしながら
「…………はい。全て、わたしが書いたものです…………」
と肯定した。
「…………もしかして、自分の絵を見て欲しかったからあんな質問を?」
心で思った疑問がそのまま口に出る。
「ハウッ…………はい、その通りです…………すみません、傲慢で…………エヘへ…………」
「そんなこと無いよ! どの絵も、すっごい良かった! こういう時、なんて言えば良いのかわからないけど…………ありがとう!」
「…………面と向かって言われると、恥ずかしいですけど嬉しいですね…………エヘへ…………」
「…………そういえば、なんでここに来たんだっけ」
「…………あ」
何故絵を見ることになったかを思い返し、お互いに見つめ合う。
「…………ぷっ」
やがて、どちらからともなく笑い出す。なんかどうでも良くなってきたな。
「…………戻りましょうか」
そんな彼女の言葉で、一緒に聖堂に戻り、お互いに自己紹介がてら色々と話しあった。
その中で、色々彼女のことも知れた。彼女は名目上はシスターなのだが、教会に人がいないため実質的に教会の神父役でもあるらしい。最も、人が来ないから普段は暇潰しに趣味の絵を描いているとか。それで良いのかと聞いてみると、キモいから良いという返答。どうやら彼女はこの教会をかなり嫌っているらしい。とんだ不良シスターだ。
なんでも責任者が戻るまで離れたくても離れられないとか。
段々自己紹介というより彼女の愚痴を聞く感じになっていったが、楽しく時間は過ぎていった。
「…………あ、もうこんな時間か」
窓から差すオレンジ色の光で、夕暮れ時になっていることに気づく。
「…………本当ですね。すみません、こんなつまらない話ばかりしちゃって…………」
「ううん、楽しかったよ。でも、そろそろ帰らないと」
「そう、ですよね…………」
帰るという言葉に、若干彼女が寂しそうな顔をする。
「…………ね、ゴッホさん」
「はい?」
「明日も、また来て良いかな? ゴッホさんが良ければ、明後日も、明々後日も」
「…………はい! もちろん、いつでも来てください!」
「良かった。じゃあ、今日から友達だね」
彼女の手を握る。
「これから、よろしくね。ゴッホちゃん」
「はい! また、明日!」
彼女に笑顔で見送られながら、私は帰路に着いた。
──────これが、私が教会に通うようになった理由。
「エヘへ…………友達…………初めて…………」
昨日来た人が今日は教会の前で倒れてた。
無事に目覚めたから良かったけど、どうなるかと思って慌ててしまった。…………でも、それを加味しても今日は良い日だった。
彼女──────立香様はわたしの絵を褒めてくれた。誰かに絵を褒められるなんて初めてで、無性に心が躍ってしまう。
それに、友達になってくれた。初めて、胸の内を誰かと喋り合うことができた。…………後半ほぼわたしの愚痴だったけど。
「良いもの、ですね・・・・・・・」
誰かと一緒に走り回ったり、くだらないことを話すのは初めての経験で、楽しかった。
…………だけど。
「良いの、でしょうか…………」
暗い部屋の中、ピクリ、と何かが動く。
それは触手だった。わたしの後ろから這い出る触手。一本だけじゃなく、何本も蠢き始める。
「こんな化け物が、友達なんて得てしまっても…………」
答えるものは、誰も、いない。
クトゥルフ要素若干強め