おかしな雰囲気になってたら良いんだけど
翌日。
本日も太陽は機嫌良く大変お日柄の良い日である。
宿題なども当に終わって暇な私はせっかくなのでゴッホちゃんに会いにいくことにした。
昨日、「また、明日」って言われたしね。
自転車を漕いで彼女のいる教会へ向かう。
だいたい30分後。
教会に着いたので自転車を停めて教会の中に入る。
花の香りが、私を出迎えた。
「おじゃましまーす…………」
若干小声で虚空に語りかけながら聖堂に向かう。
きっと、そこで絵を描いているだろうと思い。
果たして、そこに彼女は──────いなかった。
「あれ?」
辺りを見回してみても、彼女の気配は無い。不思議に思いながら聖堂の中心に向かうと、彼女のものと思われる画材が置いてある。
「トイレにでも、行ってるのかな」
そう思い、椅子に座ってしばらく待つ事にした。
「そういえば、ここの神様って一体誰なんだろう。花の神様って話は聞いたけど…………」
ゴッホちゃんは花の神と言ったけど、名前は教えてくれなかった。気になって改めて聖堂を見回してみる。
聖堂はいわゆる最大手の十字教とよく似た造りをしている。しかし、崇めているものからしてきっとその手の宗教とは関わりがあるわけでは無い…………気がする。…………うーん、でも少しだけ似た様な雰囲気を感じるような…………?
聖堂の中央には石製の大きな花がある。御神体の類なのかな。
そして、もう嗅ぎ慣れた花の匂い。
どこから漂ってくるのかはわからないけど、不快にならない程度の強さで花の香りを感じる。
線香や護摩みたいなもの…………なのかな。
昨日や一昨日はゴッホちゃんとゴッホちゃんの絵に目を奪われてあんまり考えてなかったけど、こうして目を向けてみると結構気になってくる。
そういえばゴッホちゃん一人しかここにいないんだっけ。どうしてなのかな。
そもそもなんで私達は町外れにあるとはいえ、こんな奇妙な教会を思考の外に弾き出していたんだろう。
冷静に考えるとすぐに目に付くおかしな点に思考が逸れていく。
しかし。
「…………エヘヘ、昨日ぶりですね、立香様…………」
そんな考えは、昨日できた新しい友達の声で綺麗に吹き飛んでしまった。
「あ、ゴッホちゃん」
気づいたら目の前にゴッホちゃんがいた。いつの間に来たんだろう。
ま、いっか。
特に気にすることもなく席を立つ。
「うん、昨日ぶりだね、ゴッホちゃん。どこ行ってたの?」
「エヘヘ…………ちょっとトイレに…………すみません、お待たせして…………」
「気にしないで、ゴッホちゃん。私もいつ来るか言ってなかったし。…………ところでさ」
「はい?」
「今日は何を描いてるの?」
画材が置いてあったから、何かを描いてるのはわかったけど、ゴッホちゃんに悪いからどんなものかまだ見てない。
「あ…………そうですね、実は…………今日はまだ、描いてないんです、エヘヘ…………」
「そうなの?」
「はい…………その、新しいことに挑戦したくて…………」
「新しいこと?」
新しいことって何だろう、ゴッホちゃんって結構色んな絵を描いていた様な…………
「はい…………その、それでですね、立香様にお願いがあるのですが…………」
「お願い? うん、私に出来ることなら良いけど…………」
何だろう。一体何をお願いされるのかな。少しドキドキしながら彼女の言葉を待つ。
「で、では…………そっ、その、わ、わたしの…………モデッ、モデルになってくれませんか⁉︎」
「モデル…………………………」
予想外の言葉にびっくりして思わず言葉が詰まる。
「…………………………」
しばらく沈黙していると、まるで捨てられた子犬みたいな表情をしてる彼女に見つめられる。
「…………その、やっぱり駄目でしょうか…………いえ、駄目なら駄目でいいんです…………すみません…………」
「あ、いや違うの! 駄目ってわけじゃ無いんだけど…………ただ、モデルっていきなり言われて困惑しちゃって…………どうして私なのか、教えてくれる?」
彼女の寂しそうな声に正気に戻り、慌てて取り繕う。それにしても、モデルってどうして私が? 多分絵のモデルって事だと思うけど・・・・・・・私をモデルにしても特に面白みがあるとは思えないんだけどな…………
「…………えっと、その…………昨日も話した通り、わたしはここで1人過ごしているわけです…………」
「うん」
「ですので…………人と会うことも少なく…………会っても同年代の方は居なくて…………」
「…………うん」
「…………昨日、初めて出来た友達が、貴女なのです…………」
「…………………………」
改めて聞くと、中々ヘビーだ。彼女は外見的にきっと私と同じか少し下くらいの年齢だと思う。それなのに、同じ年の子が近くに居ないって──────想像することも出来ない。
「…………だから、図々しいと思うのですが…………友達の記念に、貴女の似顔絵を…………描きたくて…………きっと、寂しさを紛らわすことが出来るから…………」
「…………なるほどね」
ようやく、モデルと言われた意味が理解できた。
「…………どうでしょうか。個人的には、恥ずかしい思いを吐き出したので受けてくれると嬉しいなーなんて…………いえ何でも無いです忘れてください…………無理強いする気はないので、どうぞ断ってください…………」
ゴッホちゃんを見ると、顔が赤い。きっと自分も言ってた様に、恥ずかしいのだろう。
…………そんな顔を見ると、断る気にならない。友達、だからね。
「…………ゴッホちゃん」
「…………は、はい…………」
「──────喜んで、引き受けるよ」
「! ─────はい、ありがとうございます…………!」
彼女が笑う。
その笑顔は、朝露を跳ね除ける、大輪の向日葵のような笑顔だった。
しばらく後。
椅子に座り、私はモデルになっていた。
「では、始めますね…………えっと、なるべく早く終わらせるので、なるべく気負わずいてくれたら…………座っていてくれたら、ある程度自由に動いてくれて良いので…………」
「…………別に、気にしなくても良いよ? どうせ暇だし…………」
「…………エヘヘ、お気遣いありがとうございます…………でも、わたし的に、モデルの方に我慢を強いらせる訳には、いきませんので…………」
どうやら彼女なりのプライドらしい。ならしょうがない。肩の力を抜く。
カリカリと、鉛筆の走る音が響く時間が続く。
楽にして良いと言われたので、家から持ってきた漫画本などでも読んで暇を潰す。…………本当は、ゴッホちゃんと話して見たかったけど、集中してる彼女に声を掛けるのは、躊躇われたから。
しばらくすると、走る音が止まる。数冊ほど読み終わった時だろうか。
「ゴッホちゃん?」
気になってつい声をかける。
「…………えっと、今日はここまでで」
どうやら、今日はここで終わりらしい。
「ふぅん…………どれくらい出来たか、見ても良い?」
「はっ、はい…………どうぞ…………」
許可を貰ったので除いてみる。そこにあったのは、私の顔だった。
いや、もちろん絵、それも下書きだと頭ではわかっているのだが、鏡の様な真に迫る絵に思わず息を呑む。
「…………どう、でしょうか…………まだ下書きなので、自信は無いんですけど…………エヘヘ…………」
「すごい…………」
「え?」
「すごいよ、ゴッホちゃん…………! 下書きなのに、こんな素敵な絵が見れるなんて…………」
純粋な賞賛が口から漏れる。
「エヘヘ…………ありがとうございます…………褒められるというのは良いですね…………」
…………でも、絵ってこんなに早く終わるものだっけ? 下書きだけでも、結構掛かると思ったんだけど…………まあ、良いや!
「ね、ゴッホちゃん」
そんな事よりも、自分の中で湧き上がる欲求に気づく。
「? はい、何でしょう?」
「写真、撮っても良い? 家で帰っても見返したくて」
この素晴らしい絵を記憶だけに留めるのは勿体ないと思い、彼女に提案してみる。
「──────! はい、もちろんです!」
良かった。というわけで写真を撮ることにする。
「…………」
カメラアプリを起動してスマホの中に絵を収めるも、何か物足りない気がしてシャッターを押せない。
しばらく考えると、ゴッホちゃんがいないからか、と思い当たる。
「…………? 撮らないのですか?」
スマホを構えてシャッターを押さない私を怪訝に思ったのか、ゴッホちゃんが訊ねてくる。
「いや、どうせならゴッホちゃんと一緒に撮りたいなーって…………ダメ、かな?」
「…………………………」
すると、ゴッホちゃんがいきなり黙り込んでしまった。
「ゴッホちゃん?」
「ハウッ…………いっ、いえ大丈夫です! 写真ですね! はい一緒に撮りましょう! …………あ、でもまだ下書きで恥ずかしいので、他の方には秘密でいて貰えるとありがたいです…………」
なんだ、そういうことか。何かまずいことでもあるのかと思っちゃった。
「オッケー。じゃあ撮ろう」
その後、数枚ほど私とゴッホちゃんが写った写真を撮った。
写真には、きらきらした夕陽が差し込でいた。
「それじゃまた明日ねー!」
「はい、また明日…………ウフフ…………」
立香様が帰っていく。その姿を見送り、やがて姿を見失った後、教会に戻る。
「…………………………はぁ」
教会にはまたわたしひとりが残される。
今まではひとりは寂しくなかった。誰も来なかったから。
でも、立香様のせいで。誰かと過ごす温かさを知ってしまった。
だから、寂しい。
「明日、来てくれますかね…………」
不安からそんな声が漏れる。
いや、きっと来てくれるだろう。だってまだ絵は出来てないし。
でも、来てくれなかったら。そう思うと心が震える。
「…………っ寒い…………」
夕方とはいえ夏なのに寒気がする。
「やめて、出ないで…………」
不安に反応して背中から触手が這い出ようとする。
写真を他の人に見せない様に頼んだのは恥ずかしいからじゃない。──────怖いからだ。
写真は真実を写し出す。ならば、わたしがひた隠しにしている真実も──────きっと白日の下に晒される。
だから、本当は断るべきだった。適当な理由をつけて。立香様がわたしの本性を見たら、きっと離れてしまう。
でも断れなかった。立香様と…………友達と、記録を残す魅力に逆らえなくて。
わたしには、記録が無かったから。
だからどうか願わくば、真実が闇の中に葬られます様に。
ひとり願うわたしを、花が見下ろしていた。
中々こっちはネタを考えるのが難しい
月下はプロットは纏まってるけど書くのに気力がいる
難しい