狂気的な恋   作:96963

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再び単発カルデア世界線
今度はお絵描き回




「立香様、絵を描いてみませんか?」

 

 ──────それは、突然の提案だった。

 

「絵?」

 

 おうむ返しにゴッホちゃんに聞き返す。

 

「はい。ゴッホと一緒に、絵を描いてみませんか?」

 

「まあ、良いけど…………私、普通だよ? 多分下手ってわけじゃないけど…………上手いわけでもないよ?」

 

 そう。私の絵の腕は、普通だ。覚えている学校の成績だと図工や美術の授業は真ん中止まりだったし。レポートで時たま図を書くこともあるけど、それにつけても普通と言われるくらいだし。正直絵がとても上手いゴッホちゃんと比べたら、落書きレベルのものだろう。

 

「──────別に、大丈夫ですよ? ゴッホが、教えますし…………それに、ゴッホは、立香様と一緒に絵を描いてみたいのです…………」

 

 そこまで言われると、ちょっと気になってくる。世界的芸術家のゴッホちゃんに手ずから絵を教えてもらえるなんて興味のある話だし、それに─────ゴッホちゃんの声が少し、震えてることに気づいたから。

 

「うん。良いよ。ゴッホちゃんに教えてもらうっていうのも、面白そうだし」

 

 だから、この話を受けることにする。

 

「…………! 本当ですか⁉︎…………ありがとう、ございます…………!」

 

「こちらこそ、よろしくね」

 

 ここから、私とゴッホちゃんの師弟関係? が始まった。

 

「立香様、まずは絵を描いて貰っても良いですか? どれほどの腕前か、確かめてたいので」

 

 彼女に真新しいスケッチブックと鉛筆を手渡される。

 

「うん、良いよ。何を描けば良い?」

 

「そうですね…………シンプルなものが良いと思うので、果物などはどうでしょう?」

 

 彼女に林檎を手渡される。

 

「わかった。これでとりあえずスケッチしてみるね」

 

 林檎を机に置いて、スケッチを始める。

 しばらく静かな時間が流れる。力を入れずに気楽に描こうとするも、ゴッホちゃんがいるからどうしても緊張してしまう。

 

「立香様、力を抜いて…………大丈夫です、最初は皆同じですから…………」

 

 彼女が耳元で囁いてくる。

 

「…………うん」

 

 その言葉で緊張が解れる。その後も、時折緊張しながら、ゆっくりと林檎のスケッチを完成させていく。

 最終的に完成したスケッチは、所々緊張で歪んでいるけど至って普通の林檎だった。

 上手いわけでも下手なわけでもない。良く言えば卒がない。悪く言えば…………面白みがない。

 

「…………どうかな」

 

「これは…………確かに、普通ですね」

 

「やっぱりかー…………」

 

 わかってたことだけど、ゴッホちゃんの言葉に肩を落とす。

 

「あわわわわ不快にさせたのなら申し訳ありません! …………えっと、その悪い意味ではなくて、絵を専門に学ばれているわけではないのなら、上手いというか…………その、すみません…………」

 

「別に、大丈夫だよ。わかってたことだから、気にしないで」

 

 ゴッホちゃんの慌て振りに苦笑しながら、気を取り直す。

 

「は、はい…………えっと、じゃあ立香様の腕もわかったので一緒に描いていきましょう!」

 

「え、いきなり描くの?」

 

「ええと、はいまあ…………こういうのは、技術を口頭で教えるより、実際に描いてやってみるのがわかりやすいものですから…………」

 

「へー」

 

 そういうものなのか、と納得していると

 

「…………それに、生前のゴッホは教師経験こそあれど、画家になる前の話で、絵を教えたことなんてなかったのでこっちの方がやりやすいというか…………」

 

「…………………………」

 

 なんだか、一気に不安になってきた。

 

「ハウッ…………………………見切り発車ですみません…………………………無計画…………死罪…………エヘヘ…………」

 

「…………まあ、良いけど」

 

 でも、問題はない。だって

 

「ゴッホちゃんのこと、信頼してるよ?」

 

 本心を口に出す。ゴッホちゃんが教えてくれるなら、きっと大丈夫と私は思っている。

 

「…………! …………はい! で、では今回の絵なのですが…………夜の絵、そう『星月夜』のような絵を描きましょう!」

 

「『星月夜』っていうと、宝具の…………」

 

 彼女の宝具の一つだ。かのヴィンセント・ヴァン・ゴッホの描いた名画と言われる絵。サーヴァントとしてのゴッホちゃんを調べる中で、資料として見たことがある。サーヴァントの霊基改造を主とする補助宝具。精神に悪いって理由で私はあまり見たことはないんだけど。

 

「はい。ゴッホが辛かった時期の一幅…………星空の下描かれた、死と生を超える糸杉…………かのサン・ポール・ド・モーゾール修道院で描いた絵です。…………そういうものと、記憶してます。この絵を、一緒に描きましょう」

 

「それは、どうして?」

 

「…………それは、内緒です」

 

「そっか」

 

 内緒なら、仕方ない。

 こうして、彼女と共同で『星月夜』を描くことになった。

 

 

 

 

 

「…………立香様、ここはこういう感じで…………」

 

 彼女に間違いを修正される。

 

「こんな感じ?」

 

 言われた通りに間違いを修正する。

 

「ええ、はい…………立香様、筋が良いですね…………」

 

「あはは、そんな褒めないでよ」

 

「いえ、本心ですよ? 林檎のスケッチを見た時も思ってましたが、立香様の筋は良いです。…………まあ、面白みはないのですが、わたしは上手い方だと思いますよ?」

 

「うっ…………」

 

 彼女は結構絵に関してはズバズバ言ってくる。だから、批判も賞賛も本音だとわかる。それだけに、お世辞なしで褒められた嬉しさと面白みがないと図星を刺されたショックに板挟みにされ複雑な感情になる。

 

「あ、すみません…………」

 

「いや、大丈夫。むしろ嬉しいよ」

 

 そんなやりとりを何度も交わしながら、彼女と糸杉が支配する夜を描いていく。製作の中、次第に私の中にも絵を楽しいと思う感情が湧いてくることに気づいた。

 ──────思えば、今まで絵を描いたのは必要に駆られて描いたものだった。学校の授業やレポートで描く絵や図。どれも義務的に描いたものだ。まあ、落書きとかはしてたけど、今描いてる絵って言えるほどのものでもなかった。頼まれたとは言え、私がやる義務のない、私がやりたいから描く絵はこれが初めてだ。

 ──────ああ、こんな楽しいならもっと早くやっていれば良かった。

 そんな微かな後悔と、今甘受する幸福への感謝。それを噛み締めながら、星空を描いていく。

 糸杉の夜が六割ほど完成した時のことだ。

 

 

「──────では、今日はここまでにしましょうか」

 

 そう言うと、ゴッホちゃんが片付けを始める。

 

「うん。今日も色々教えてくれてありがとう、ゴッホちゃん」

 

「いえ、ゴッホが言い出したことなので当然というかなんというか…………」

 

「それでも、嬉しいよ。だって絵を描くの、楽しいんだ。これは、ゴッホちゃんのおかげだから」

 

「! …………それなら、良かったです…………ゴッホのおかげで、立香様が絵を楽しまれているなら、これ以上の幸福はありません…………」

 

「あはは、大袈裟だなぁ。じゃあ、また明日ね、ゴッホちゃん」

 

「…………はい! また、明日!」

 

 ゴッホちゃんが自室に戻っていく。完全にゴッホちゃんの気配が消えた後、私は彼女から貰ったスケッチブックを取り出す。

 

「さーて、絵が完成するまでに終わるかな…………」

 

 私の夜は、続いていく。

 

 

 

 

 

 数週間後。

 

 今日の分の製作作業が終わった後。

 私達の共同製作は、終わりに近づいていた。星空の下描かれた糸杉は九割ほど完成し、後少しで『星月夜』が完成しそうだ。明日には完成するだろう。

 

「もうすぐ完成しそうだね、ゴッホちゃん」

 

「はい! 楽しみですね、立香様!」

 

 片付けをするゴッホちゃんは随分嬉しそうだ。でも、気持ちはわかる。私も嬉しいから。

 

「…………でも、少し名残惜しいですね」

 

 ゴッホちゃんが少し寂しそうにそう語る。

 

「…………何が?」

 

 不思議に思って聞いてみる。

 

「この時間が、終わることですね…………立香様と一緒に絵を描くのも、明日が最後…………」

 

「…………………………」

 

 確かに、そうだ。明日絵が完成すれば、この楽しい時間も終わる。

 それを思うと、私も寂しくなる。

 本当はこの時間をもっと過ごしたいけど、「今」の私じゃ何も言えず、口を噤む。

 

「…………エヘヘ、すみません。なんか変な空気にしちゃって…………では、また明日!」

 

「…………うん、また明日」

 

 彼女が部屋に帰っていく。帰っていくのを見届けてから、スケッチブックを出す。

 

「なんとしてでも、明日までに完成させないと…………」

 

 夜を徹して、筆をとる。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 ゴッホちゃんと私の共同製作は、ついに完成した。

 

「遂に出来たね、ゴッホちゃん」

 

「はい…………エヘヘ、この数週間、とても楽しかったです!」

 

「私も楽しかった。ありがとう、ゴッホちゃん」

 

「エヘヘ…………こちらこそ、ありがとうございました…………これで、『糸杉と村』改め『星月夜』完成です! 立香様の部屋に飾ってもらえると、ありがたいのですが…………」

 

「うん、全然良いよ。…………でも、本当にその名前で良いの? ちょっと、本物からズレてる気がするような…………」

 

 私という異物が入ったから、修正されてるとは言え、この絵は『星月夜』からズレている。

 

「…………いえ。これで、これで良いんです。これが、良いんです」

 

 そう言うゴッホちゃんの声は少し固かった。

 

「…………そっか。わかったよ」

 

 きっと、最初に言っていた理由に関するものだろう。深く追求するのはやめておく。私も、楽しかったから。

 そして、決意を固める。

 

「…………ゴッホちゃん」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「…………渡すものがあるんだ」

 

 ゴッホちゃんに、スケッチブックを渡す。

 

「…………これは」

 

「…………あの、ゴッホちゃんのおかげで絵を描くのが楽しかったから、いつもの時間が終わった後に、こっそり描いてたんだ。まだ、一人じゃ上手く描けなかったけど…………どうかな?」

 

 ドキドキしながら彼女の言葉を待つ。生まれて初めて、誰かに贈りたくて描いた絵だ。どんな感想が来るか不安になる。

 

 スケッチブックに描いたのは、私の顔だ。鏡を見ながらスケッチした。何度も失敗したけど、その度に描き直した。いつか送ってくれた、彼女の自画像のお返しに。君と、ずっと一緒にいられるように。貰ってばかりの君に、返せるように。

 

「…………………………」

 

「ゴッホちゃん?」

 

「…………とても、とっても嬉しいです…………こんな素晴らしいものを送ってくれて…………ありがとうございます…………」

 

 ポロポロと涙をこぼすゴッホちゃん。でもね、これだけじゃないんだ。彼女を抱きしめる。

 

「あのね、ゴッホちゃん…………」

 

「はい、立香様…………」

 

 涙声で彼女が応じる。

 

「これからも、たまにで良いから、君と一緒に絵が描きたいなって…………」

 

「…………もちろんです! ずっと、ずっと一緒に絵を描きましょう!」

 

「…………ありがとう。ゴッホちゃん…………やっと言えた」

 

 抱き合う私達を、優しい糸杉と星達が見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっかけは、ほんの軽い気持ちだった。

 わたしの宝具『星月夜』は見たものの精神を変えてしまう。だから、マスターである立香様にはなるべく見ないでもらうようにしていた。…………それが、寂しかったのだ。宝具という関係上わたしが描く『星月夜』は狂気の性質を持つ。だから、立香様に見てもらうことが出来ない。

 そんな寂しさから、立香様と一緒に絵を描こうという考えが出た。立香様と一緒に描けば、立香様というノイズが、宝具の『星月夜』としての性質を失わせる。立香様も言った通り、『星月夜』ではないからだ。だから、立香様も見ることが出来る。そういう魂胆からだったが、結果は予想以上にわたしの心を満たした。

 立香様と一緒に描くのは楽しかった。

 立香様の成長を見るのが楽しかった。

 立香様と一緒に完成を見ることが出来たのが嬉しかった。

 

 …………そして、最後に立香様から貰った、立香様の似顔絵。その似顔絵には想いが籠っていた。最初に見た面白みのないスケッチとは違う、温かい思いが。

 その絵を贈られた時、わたしはどうしようもなく…………心を撃ち抜かれてしまった。ダメ押しに、それに合わせた彼女の告白。これからも一緒に描きたいという願い。

 ああ、わたしは撃ち抜かれたうえに縛られてしまった。彼女という弟子に。

 

 

 ──────幸せだ。

 

 




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