幕間2ネタバレあり
「立香様、お願いがあります! ──────ゴッホを、縛ってください!」
「…………………………はい?」
いきなりマイルームに押しかけてきたゴッホちゃんの放った一声は、私を凍りつかせた。
「えっと、どういう意味かな…………?」
流石に訳が分からず困惑する。いやまあゴッホちゃん痛いのが好きとかっていうからそういう趣味の子なのかなーって受け流していたけどそれにしたってこんな縛ってくれっていきなり言ってくる子だっけ…………………………?
「…………あ、いえ別に変な意味じゃないですよ?」
「もうその言葉が変な意味にしか聞こえないんだけど」
半目で彼女を見つめてると、慌ててゴッホちゃんが何かを取り出す。
「何これ?」
彼女に渡されたのは、縄に縛られている女性の写真だった。それだけ書くとなんか如何わしいけど、実際のところ如何わしさは感じない。どちらかと言えば…………芸術的、と言っても良いだろう。見てると圧倒される。
「これはロープアートと言いまして…………わかりやすくいうと女性を緊縛することなのですが、一般的な緊縛と違いこれは『縄』と『女』を画材として用いた画期的な表現方法なのです!」
そういうと更にゴッホちゃんが写真を見せてくる。確かに、そこに写る女性は…………えっと、そのえっちな動画とかに出てきそうな淫靡さを感じない。むしろその写真に収められた空間を美しく彩る華、のような印象を受ける(中には女性を中心に大きな螺旋を作るように縛ったものもあり、見てて飽きない)。
のだが。
「…………これが、さっきの縛ってっていうお願いとどう関係するの?」
「実はですね…………これはカルデアの資料を漁ってる時に見つけたものなのですが、ゴッホ、これに感銘を受けまして新作に取り入れようとしたのです。ですが…………」
「ですが?」
「その、ゴッホが生きていた時代ではあまり見なかったと思われる表現法でしたので、上手く描けず、ならば実地で体験しようとマスター様にお願いに参った次第でございまして…………エヘヘ…………」
「…………なるほどね」
「…………その、駄目でしょうか?」
不安そうにゴッホちゃんが見てくる。…………まあ、正直最初から答えは決まってるんだけど。
「ううん、良いよ。えっと、私が縛れば良いんだよね?」
そう、答えは最初から決まっている。私はゴッホちゃんのお願いなら結局なんでも聞いてしまうのだ。…………自分でも甘いなあ、とは思うんだけど。ゴッホちゃんはなんだか放って置けないから。…………ううん、違うね。私はきっと、彼女のことが好きなのだ。…………理由はきっと些細なもの。自分でも忘れるくらい。でも気づいたら好きになっていた。好きな人の頼みは、断れないよね。
「…………はい! ぜひお願いします! ではこちらを! 縄はもう用意してありますので! 縛り方はこんな感じで!」
どこからか取り出した縄と縛り方の手順書? みたいなものを手渡される。
「…………全く、しょうがないなぁ」
まるで見透かしていたような手際の良さに、苦笑してしまう。
「…………じゃあ縛るよ、ゴッホちゃん」
「はいどうぞ! 遠慮なく! ちゃちゃっと縛っちゃってください!」
縄を携え、期待した目でこちらを見る彼女を手順書に沿って縛っていく。
まずは、両脚を縛っていく。両脚を曲げて、そのままの状態で固定する。丁度正座の体制になるように。やってみると意外に難しかった。それでもどうにか両脚を拘束し、次に両腕を縛っていく。
両腕を後ろに回して、手首を拘束する時、ふとある言葉がリフレインする。
『赤毛のあなた、あなたは救いを手放した』
『ゆえに、いずれふたたび、あなたは剃刀を手に取るでしょう』
「…………ッ!」
思わず手に力が入る。
「痛っ…………」
気づけば、つい彼女の手首を強く縛りすぎてしまった。
「あっごめんゴッホちゃん! すぐやり直すね…………」
急いで彼女の縄を解く。
「いえ、ゴッホはこのままでも…………痛いのは好きですし、エヘヘ…………」
そんな彼女の態度に何故だか不安を覚える。
「もう、駄目でしょ! ゴッホちゃんは画家なんだから、腕は大切にしないと! 絵を描くの、好きなんでしょ?」
縛り直しながら彼女を叱る。今度は、縛りすぎないように。
「は、はい…………確かに、それはそうですが…………ゴッホはサーヴァント。仮初の身体なので、そこまでお気になさらずとも…………」
彼女の言葉に言われてみれば、と思い出す。しかし、不安は消えない。
「…………それでも、だよ」
理性で抑えきれないない不安が漏れ出る。
「…………はあ。まあ立香様がそこまでおっしゃるなら…………」
よくわからない、といった顔をしながらも、ゴッホちゃんもとりあえずは納得した顔をする。
私もそれに一応納得して、気持ちを切り替える。
縛り直した手首を起点に、胴体と腕にかけて縄を回していく。後手縛り、と呼ぶ縛り方らしい。
「出来たよ、ゴッホちゃん。どうかな?」
彼女の拘束が終わる。
「…………エヘヘ、縛られるのは初めてですが、これはこれで良いものですね…………! 適度に伝わる痛みと身体を動かせないもどかしさがたまりません!」
「…………新作の参考にするんじゃなかったっけ?」
いやまあ、予想通りの反応と言えば予想通りなんだけどさ。
「ハウッ…………立香様の冷たい視線…………何かに目覚めそうです…………エヘヘ…………」
この始末だ。
「…………もう。もう少ししたら解くよ、ゴッホちゃん?」
「…………名残惜しいですが、仕方ありませんね。実地で確認することも出来ましたし。立香様、ありがとうございます」
「ゴッホちゃんの助けになったなら、良かったよ」
数分後、彼女の縄を解いていく。ゴッホちゃんの腕には、痛々しい痕が残っていた。…………それを見て、チリリと何かが胸に走る。
「エヘ、エッヘヘへ…………ではこれで、立香様…………」
「うん、またねゴッホちゃん」
片付けを終えて、ゴッホちゃんが帰っていく。
──────不安は、消えない。
「エヘ、エッへへへ…………ではこれで、立香様…………」
わたしの腕に刻まれた縄痕を見ながら彼女の部屋を出る。
「エヘへ…………立香様に縛られた痕…………ウフフ…………」
立香様に付けられた痕、というものがわたしの心を擽る。新作のため、という名目なら立香様に合法的に縛ってもらえると思って頼んでみたが、予想通り立香様は縛ってくれた(いや新作のため、という理由も本当なのだが。わたしの個人的な目的と
「…………おっと、ちゃんと新作も描かないと…………良いものが描けそうです…………ウフフ…………!」
せっかく縛ってもらえたのだから、その恩に報いねば。
自室に戻り、キャンパスを広げる。先程縛られた感覚を種火に、キャンパスにカタチを象っていく。情熱を薪と焚べて、心の中を具現化する。
「…………ふぅ。こんなもの、でしょうか」
しばらく熱中していると、絵が完成していた。しかし。
「…………足りない」
ロープアートを参考に、わたしなりに心の炎を全部込めて描いてみたのだが。
わたしが満足するレベルではなかった。新作、とは言えない。習作、といった感じだ。
「…………………………どうしましょうか」
新作を描くと言った手前、このレベルのものを立香様に見せることは出来ない。クオリティを上げる方法を考える。
「…………………………もっと、情動を。心を燃やす情動を」
考えた結果、そこに行き着く。
「…………………………エヘヘ」
わたしの頭に、不敬で背徳的な考えが浮かぶ。
翌日。
「立香様、もう一度ゴッホを縛ってください! 今度はもっと激しく、遠慮なく、冒涜的に!」
結局、立香様にもう一度縛ってもらうことにした。情動が足りないなら、その情動を増やすだけだ。不敬すぎるが、こうする他に仕方ない。…………………………図々しいと内から出る思いを、殺しながら。
「うん、良いよ!」
意外にも立香様は快く受け入れてくれた。むしろ昨日よりも抵抗がない。それに引っ掛かりを覚えなくもないが、新作を完成させたいという思いに駆られて流されてしまう。…………わたしにとって、完成させると誓った新作を完成させないことは、わたしの否定とも言えることなのだから。
そして、立香様は再びわたしを縛ってくれた。昨日よりも激しく、多彩な方法で。それはわたしの心を刺激して、炎に薪を焚べていく。炎はより燃え上がる。…………それと同時に、炎の下で蠢く黒い欲望も。
しばらく後、縄が解かれる。
「どうだった、ゴッホちゃん?」
「これなら、新作を完成させられるかと…………! ありがとうございます、立香様!」
「ううん、君の助けになるなら私はなんでもやるよ」
その言葉に、わたしの中の黒いドロドロとしたものが鎌を擡げる。
「で、では立香様…………!」
不敬と、傲慢とわかっていながらも、欲望が口を突く。
「ん、なーに?」
「…………これからも、時々ゴッホを縛ってもらえたらと!」
彼女に縛られるという行為は、わたしがマスター様から離れられない、ということを感じるようで、安心感を覚える。それはとても甘美なもので、忘れられない味だ。昏い海の底を揺蕩うわたしにとって、それは地上より届くアンカーだ。拠り所の不確かなわたしを縛り付けてくれる拠り所。
だから、もっともっと欲しいと願ってしまう。
「もちろん、良いよ」
彼女はこんな無茶な願いにも快く答えてくれた。
「ありがとうございます、立香様…………エヘヘ…………」
心の隅で申し訳ないという気持ちを抱えながら、拠り所が手に入るという誘惑に勝てず、彼女に甘えてしまう。
──────そこから、わたしは深みに落ちていく。
気づいたら、画材がある。立香様が用意してくれたものだ。
気づいたら、行った覚えのないベッドで眠っている。立香様が運んでくれた。
気づいたら、食事がある。立香様が用意してくれたものだ。
気づいたら、物が片付けられている。立香様が片付けた。
気づいたら、──────
気づいたら、わたしは立香様に完全に依存していた。このままではいけないと思い、抜け出そうとしても、抜け出せない。
ドロドロの檻で包まれるように、ゆっくり沼に沈んでいってる気分だ。
でも、不快感はない。息苦しさはない。矛盾するようだが、抜け出そうと思えば、抜け出せるほどの緩い拘束だ。抜け出せないのは、わたしがこれを心地よく思い、心の底ではずっと浸っていたいと思っているからだ。
そんな日々の中、わたしは絵を描き続ける。気づけば、描き上げた新作の数は片手で数えられなくなっていた。
ある日、彼女──────立香様に訊いてみる。
変わったようで変わっていない、彼女の顔を見ながら
「何故、わたしを檻に入れてくれたのでしょうか」と
彼女の返答は──────
私は、ゴッホちゃんが好きだ。彼女に離れて欲しくない。だけど、あの予言のような言葉がリフレインする。ゆえに、いずれふたたび、あなたは剃刀を手に取るでしょう。それはまるでかのヴィンセント…………ウィレムの末路を示しているようで。不安になった。でも、彼女が望むように縛り付けるのは無理だ。だって、私は彼女の全てが好きだもの。無論、そこには彼女の絵も含まれる。それを消してしまうようなことは出来ない。
──────だったら、檻で囲おう。君が抜け出したいならいつでも抜け出せる緩い檻。その檻で、君の心を縛り付ける。
「何故、わたしを檻に入れてくれたのでしょうか」
ゴッホちゃんから訊ねられる。
その問いに関する答えは一つだ。
「──────君を、愛してるから」と。
ヤンデレっぽくなったかな?