ほのぼの
──────カルデア、ある日のこと
「エヘへ、失礼します…………」
今日も敬愛するマスターである立香様のマイルームに入る。彼女のマイルームには毎日のように入り浸っているが、今日は少し様子が違っていた。
「おや…………?」
いつも出迎えてくれる立香様の姿が無い。マイルームにはいるはずなので辺りを見回してみると、ベッドの上で着替えもせずに倒れていた。
「立香様ー? ゴッホですよー?」
不安になって覗き込んでみると、微かな寝息が聞こえる。どうやら、眠っているようだ。
「ウフフ、お疲れなのですね…………いつもゴッホ達を導くマスター様であらせられる貴女なら、そういうこともあるでしょう…………」
どうやら、激務で疲れて眠り込んでしまったらしい。そのままだと風邪をひいてしまいそうなので、布団を掛ける。
せっかく立香様の部屋に来たのに当の立香様が寝ているのは少々寂しいが、お疲れの立香様を起こすわけにも行かない。なので、椅子に座って彼女の寝顔を眺めることにする。お話は彼女が起きてからやれば良い。
「ウフフ、かわいいお顔ですね…………」
眠っている彼女の顔は、力が抜けている。いつも何かしら気を張っている普段の彼女と比べたら、年相応といった顔をしている。
そういえば、彼女の寝ている姿をじっくり見たことは無かったなとふと気づく。時々一緒に寝ていたりもするが、わたしの方が先に寝ついてしまうせいで見た記憶がない。
こんな安らかな顔はレアなもので、このまま記憶に留めておくのは勿体無い。
「…………誰にも見せなければ、問題ない、ですよね…………」
気づけば、わたしはスケッチブックを取り出して彼女の寝顔をスケッチしていた。彼女を起こさないよう静かに鉛筆を走らせる。
鉛筆の走る微かな音だけが響く、静かな時間が流れていく。
しばらく後、極力音を立てないように描いていたので、少し時間がかかったがスケッチが完成した。
「…………エヘへ、この寝顔はわたしだけのもの…………♪」
彼女の顔を描き上げたことに喜びの声が漏れる。寝顔のスケッチは、なかなか上手く描けていると自分では思う。このまま色を塗れば、きっと新しい作品になるだろう。普段見れない彼女の一面をこうして枠に捕らえることはなんとも背徳的な情熱を感じる。…………………………でも、不思議とこれを誰かに見せる気にはならなかった。…………うん。これは部屋に戻ったら引き出しにしまっておこう。
そう思い、スケッチをしまう。
その後も、彼女の寝顔を眺め続ける。時計を見ると結構な時間が経っていたが、目覚める気配は無い。
「もう遅い時間ですね…………どうしましょうか…………」
ちょっと迷って、彼女のベッドに入ることにする。時々寝てるし、許してくれるだろう。布団に潜り込み、眠りに着こうとした──────前に。
「エヘへ、どうせ起きないなら、ちょっと悪戯しても…………バレない、ですよね」
布団に入る前に、彼女に馬乗りになり、彼女の頬に顔を近づける。
わたしの唇が彼女の頬に触れるその直前。
「…………ふぁ〜あ。…………ん? んん?」
その声に驚いて思わず止まり、彼女と目が合う。
「…………ゴッホちゃん、何してんの?」
いきなりの彼女の覚醒に、頭が真っ白になる。
「…………………………エヘへ、その…………………………」
なんとか言葉を紡ごうとするが、上手く繋がらない。
「…………ゴッホちゃん?」
「…………すみませんでしたぁッ!!」
どうすれば良いかわからず進退極まったわたしが選んだのは、土下座だった。ベッドの上から飛び降りて、そのまま土下座の体制に移行する。
「いや、あの、え?? どういうこと???」
なんか起きたら、ゴッホちゃんに馬乗りにされてた。
どういうことかと思い聞いてみると、いきなり土下座し始めた。
「…………とりあえず、どうして土下座してるのよ、ゴッホちゃん」
「…………いえ、その気づけば身体がこうしてたと言いますか…………エヘへ…………これ、意外にしっくりきますね…………」
「いや君日本出身じゃないでしょ…………」
彼女は色々と複雑なサーヴァントだけど、決して土下座がしっくりくるような日本出身のサーヴァントではない。
「とりあえず、正座」
「はい…………」
とりあえず土下座されたままでは話が進まなさそうな気配がしたので正座させる。彼女の顔を見ながら、もう一回聞いてみる。
「説明を」
「えっと…………その、いつも通りに立香様の部屋に入ったのですが…………」
「うん」
「立香様が眠ってたので…………しばらく眺めた後、一緒に寝ようと思いまして…………」
そういえば、被った覚えのない布団がかけられていた。ゴッホちゃんがかけてくれたってことなのかな。
「それで…………どうせ寝てるならちょっとした悪戯でもしようと思い…………」
「思い?」
「そ、その…………キ、キスをしようと思いまして…………あ、もちろん唇じゃなくてほっぺにですよ?」
「で、キスする直前にわたしが起きたって感じね」
「はい…………タイミングよく…………あるいは、悪く…………」
「なるほどねー…………」
彼女の弁を聞き考える。悪戯と言っても、ほっぺにキス程度のかわいいものだ。正直、ゴッホちゃんが遊びにくるのはいつものことだし寝ていたのは私の方だからそれくらいは別に良いんだけど…………それだけじゃないな、とも思う。だって
「ね、ゴッホちゃん」
「は、はい! なんでしょう!」
「まだ、隠してることあるよね?」
ゴッホちゃんが、私の寝顔を眺めてるだけなんて殊勝なサーヴァントじゃないのはよくわかってるし。
「い、いえそんなことはないですよ? マスターである立香様の寝顔を拝見していただけでそれ以外は何も!」
ちょっと突いてみると、案の定怪しい感じを醸し始めた。
「本当かなぁ〜? ゴッホちゃん、何か隠してな〜い?」
からかい混じりに詰め寄ってみる。
「いえ本当に何も! 立香様の寝顔を拝見してキスしようとした以外は!」
「怪しいなぁ〜。あ、じゃあこうしよう。隠してることを教えてくれたら、キスしても良いよ」
「ほ、本当ですか⁉︎え、えっと実はですね…………あ」
ゴッホちゃんの喜びそうな交換条件を出してみたら、予想通りに釣ることができた。
「ほらやっぱりあるじゃん。出せ出せ〜」
「う、うぅ…………ズルいです、立香様…………」
観念したのか、ゴッホちゃんが何かを取り出す。それは…………スケッチブックだった。
「これ? 一体何を…………」
スケッチブックを受け取り、パラパラとめくってみる。大半は彼女のラフと思わしき絵で埋まっていたが、一枚気になるものを見つけた。
それは──────私のスケッチだった。
私の寝顔が描いてある。きっと寝ている時に描いたのだろう。その絵は精巧で、色を塗ったら今にも飛び出してきそうな力を感じる。───────少し、戸惑う。
「えっと、これは…………」
スケッチは、確かに私の顔を写している。でも。
「…………その、いつもの太陽のような立香様のお顔は見慣れてますが、寝顔は中々見ませんでしたので…………珍しくて、つい…………」
「…………」
「…………立香様?」
「…………私って、こんな顔してたっけ」
鏡で見る私の顔とのズレに、少し戸惑う。
「? ええはい、かわいらしいお顔でしたよ? ゴッホは、いつものお顔もですが、こちらのお顔も…………」
「…………そっか」
ストン、と何かが落ちる感覚。
「…………ふふっ」
なんだ、そこに居たんだ。…………カルデアに来てから、非日常が日常になって。ずっと危険と隣合わせで。いや、別に今更嫌だってわけじゃないんだけど。変わっていく私の中で、それでも変わってないものを見つけることが出来た。
それを見つけてくれた彼女─────ゴッホちゃんを抱きしめる。
「?? 立香様、何を?」
「ね、ゴッホちゃん」
「…………はい」
「この絵、私にくれないかな」
「…………えっと、それは…………」
「お願い。なんでも、するからさ」
半ば懇願に近い声で、彼女に頼む。
「…………しばらく、時間をいただけますか…………貴女に捧げるものなら、これでは足りないので」
「…………わかった。…………ありがとう」
「いえ、立香様の望むことなら、ゴッホはそれに応えます…………貴女の、サーヴァントですから…………………………ところで、立香様」
「ん?」
「なんでもして、くれるんですよね…………?」
「…………あ」
思えば、とんでもないことを言ったかもしれない。彼女にそんなことを言うってことは、好き勝手されるということで。ゴッホちゃんは卑屈だけど、図々しい。一度隙を見せたら、とことんしゃぶり尽くしてくる。追い詰めていたはずが、逆に追い詰められる。
でも。
「しょうがないなぁ。良いよ、ゴッホちゃん」
まあ、悪い気はしない。
「エヘへ…………!」
数日後。
私の部屋には、新しい彼女の絵があった。
私の寝顔の絵。恥ずかしいから、壁にかけてはないんだけど。
その絵を見つめる。
「…………よし、行こう」
世界は日々変わっていく。それでも、変わらないものは確かにある。見失っていたけど、見つけることが出来た。
さあ、今日も忙しい1日の始まりだ。
書いてみたらいい感じになった気がする