狂気的な恋   作:96963

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新規一転61本目
業火の向日葵見たら思いつきました
業火の向日葵要素はないです
ラスト追記


嫉妬

 ──────それは、マイルームでゴッホちゃんと一緒に映画を見ている時だった。

 内容は彼女、いや彼──────ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの絵、『ひまわり』を主題として作られた映画だ。

 映画の内容自体は面白い。

 …………ただ、画面を見ていると何故か胸の中に黒い感情が湧き上がる。

 その感情が何か解らないままストーリーは進み、やがてエンドロールに入って映画が終わる。

 

「…………映画、終わっちゃいましたね」

 

「…………うん」

 

 微妙な空気が流れる。

 お互いに何を言えば良いのかわからず、沈黙が空間を支配する。

 

「…………立香様はこの映画、どうでしたか?」

 

 気まずい沈黙の中、先に口火を切ったのは、ゴッホちゃんだった。

 

「…………面白かった、と思うよ。アクションも派手だったし、ゴッホちゃんの…………ひまわりの絵について描かれたストーリーは個人的に結構好き。ゴッホちゃんはどうだった?」

 

 胸の中に湧いた黒い感情にはあえて触れず、当たり障りのない感想を返す。

 

「…………ゴッホ的には、少し複雑ですね」

 

 返ってきたのは、ある意味で予想通りの返答。

 

「…………そっか」

 

 だけど私は、その言葉に何も返せなかった。

 

「…………別に、このお話を否定する気はないのです。ただゴッホにとって、語っていないアレコレを詮索されるのはどうにもむず痒く…………あ、でもひまわりの絵を巡る話はゴッホ的に嬉しいというか…………褒められてるようで…………エヘヘ…………」

 

「…………そう、だよね」

 

 ゴッホちゃんが言っていた。墓に持っていった秘密はせめて、死者のものであるべきだと。それを暴く資格があるのは、本人だけだと。ここが私にとって引っかかっているのかもしれない。

 

「…………立香様」

 

「…………なに、かな」

 

 いつになく神妙なゴッホちゃんの声に思わず身構える。

 

「いつかの問いを繰り返すようですが…………ゴッホの秘密を、お知りになりたいですか?」

 

「…………いきなり、何を」

 

 彼女から飛び出た言葉は、予想外のものだった。

 思わず思考が止まる。

 

「いえ、この映画を見て少々気になったもので…………ゴッホの想いは、そんなにも皆気になるものなのかと…………もし、貴女が彼らのようにお知りになりたいのなら、どうか令呪を…………」

 

 その言葉を聞いて納得する。確かに、ゴッホちゃんを…………ヴィンセント・ヴァン・ゴッホやその絵を主題とした物語は数多くある。

 それは、それだけ多くの人があの炎の画家に魅せられ、その人生を追いたいと思ったからだ。

 きっとそれは、抗いがたい探究心なのだ。

 だけど。

 

「…………ううん」

 

 首を振って、いつかの時と同じように否定する。

 

「…………ゴッホちゃんは嫌なんでしょ? だったら、知らなくて良い」

 

「…………良かった…………ウフフ…………」

 

 私の答えに満足したのか、ゴッホちゃんの声が柔らかくなる。

 

「…………では、夜も遅いので今日はこの辺で。また一緒に、映画を見ましょうね…………ウフフ…………」

 

「うん、また一緒に見ようね」

 

 そして、ゴッホちゃんが部屋を出ていく。私一人が取り残される。

 

「…………………………はぁ」

 

 ベッドに転がって、一人嘆息する。

 

「…………仕方ないよね。うん、仕方ない。だってゴッホちゃん、嫌がってるんだし」

 

 そう言って、自分を誤魔化す。

 …………実際は、私も彼らと同じで、凄く知りたい。彼女の口から、その想いを聞いてみたいという好奇心がある。

 彼女と実際に触れ合ったからこそ、余計に強く思う。

 だけど、それは私には許されない。私に彼女の頭の中を暴く資格はない。だからこそ。

 

「…………羨ましい」

 

 それが許される彼の理解者、彼女が求める弟…………テオドルス・ヴァン・ゴッホにどうしようもなく羨望を覚える。

 彼はゴッホ最大の理解者。きっと、彼女にとっても…………そうなのだろう。彼女が胸の内に抱えているだろう苦しみも、彼ならきっと。

 その事実が、どうしようもなく私の胸を絞める。

 私は彼にはなれない。私は、彼女の理解者にはなれない。

 

「…………ッ」

 

 無意識に目を逸らしていた事実を認識し、噛み殺すような声が漏れる。

 黒い感情が溢れ始める。

 

「ああ、そうか…………」

 

 自分のものとは思えないような声に嫌でも理解させられる。

 映画はただのきっかけ。この感情は、きっと最初からあったものだ。あの映画はそれを照らし出したに過ぎない。

 ──────私は、彼に…………テオドルス・ヴァン・ゴッホに嫉妬している。

 ようやく自覚した自分の感情と共に、あのシミュレーターで見た幼い彼の姿を思い返しながら、私の意識は闇に消えていった。

 

 

 

 

 数日後。

 

 黒い感情はそのままだ。一度自覚してしまった以上、もう目を逸らすことはできない。

 じわじわと、黒い感情に心が染まっていく。彼への嫉妬は止まらない。

 …………彼女には、あれ以来会っていない。毎日会っていた時を思うと寂しいけど、会いたくない。

 …………会ったら、この黒い感情を彼女にぶつけてしまいそうだから。この醜い感情を、彼女にぶつけたくはない。

 

 

「…………外の空気でも吸おう」

 

 ボーダーは陸地で停泊中だ。サーヴァント達もちらほら外にいるし、私が出ても大丈夫だろう。

 管制室に外に出る許可を取り、ボーダーを降りる。

 

「…………っ寒い」

 

 気温的な寒さではなく、精神的な寒さを感じ身震いする。

 この寒さは真っ白に漂白された寒々しい世界から来るのか、私の心から来るのか。

 どちらなのかわからないまま辺りを回っていく。

 ボーダーから離れすぎないように、ぐるぐると無心で歩いていく。

 歩き続けていると疲れたので、休憩がてら近くの地面に腰を落ち着ける。

 

「ふぅ…………少しは、落ち着いたかな」

 

 無心で歩いたおかげか、黒い感情は少し小さくなっていた。

 思考が少しクリアになる。

 

「…………どうしようかなぁ」

 

 おかげで、目を背けていた問題に向き合える。

 ゴッホちゃんとどう接するか、という問題に。

 今は避けるという方法で、どうにか平静を保っている。でも、このままじゃいけない。ゴッホちゃんとは顔を合わす機会が多いんだし。

 …………でも、顔を合わせたら、きっと。

 

「…………それは嫌だなぁ」

 

 大の字に寝っ転がり、空を眺める。

 漂白された世界でも空は変わらず蒼く、思わず苦笑が漏れる。

 

「…………いっそ私も、こんな空のように変わらずにいられたら」

 

 こんな苦しい想いも、しなかっただろうに。

 そんな風に独り黄昏ていると。

 

「…………それは、嫌ですね、エヘヘ…………」

 

 ゴッホちゃんの顔が見える。寝転んでいるから、丁度彼女が私の顔を覗き込む形で目が合う。

 

「ッ⁉︎ゴ、ゴッホちゃん⁉︎」

 

 予想外の闖入者に泡を喰らい、慌てて飛び起きようとするも、彼女の触手に優しく絡め取られ、膝の上に頭を運ばれる。

 いわゆる、膝枕の形だ。

 

「…………やっと捕まえました。ここ数日、立香様に会えなかったから、寂しかったんですよ?」

 

「…………ッ、それは…………」

 

 会わなかったのは完全に私のせいなので、何も言えない。

 気まずさから逃げようと抵抗してみるけど、彼女の触手に優しく、しかしガッチリとホールドされて動けない。

 

「…………離しませんよ。離したら、立香様は逃げるのでしょう? ゴッホは寂しいんです。だから、離しません」

 

 どうやら彼女にはお見通しらしい。

 

「…………わかったよ」

 

 諦めて、彼女の膝枕に甘んじる。

 

「…………それで、何の用?」

 

 黒い感情を抑えようとして、ついぶっきらぼうな言葉になってしまう。

 

「用というほどではないのですが…………貴女と一緒に居たかった、では駄目でしょうか?」

 

「…………そう」

 

 彼女の好意が胸に刺さる。刺さるからこそ、返事が硬くなる。

 

「…………立香様、一つお聞きしても?」

 

 そんな私の様子を感じ取ったのか、不安気な声で彼女に訊ねられる。

 

「…………うん」

 

「…………ゴッホは、何か粗相をしたのでしょうか? ここ数日立香様がゴッホを避けていたのも、その粗相が原因なのでしょうか?」

 

 彼女の瞳は不安に揺れている。そこに付け込めと黒いモノが囁く。その囁きは甘美で、抗いがたい。そんな考えが内から出る自分に失望しながら、どうにか答えを返す。

 

「…………ううん、ゴッホちゃんは何も悪くない。ただ、私が自分に失望してるだけ」

 

「…………失望、ですか?」

 

「そう。だから気にしないで」

 

 会話を打ち切り、立ちあがろうとする。

 しかし立ち上がることは出来なかった。

 ゴッホちゃんに──────抱きしめられたからだ。

 

「ゴッホ、ちゃん?」

 

 予想外の行動と、彼女の温かくて冷たい体温に頭が惚ける。

 

「…………聞かせてくださいよ。ゴッホに関わることだから、ゴッホを避けたのでしょう? なら、わたしにも聞く権利があるはずです。わたしは、ゴッホなのですから」

 

 その言葉にもう逃げられないな、と諦める。

 正直、彼女に言いたくないことなんだけど…………捕まっちゃった以上、仕方ない。

 でも。

 

「…………えっと、恥ずかしいから場所変えてもらってもいい?」

 

 辺りには、私でもわかるくらいサーヴァント達の耳目が集まっていた。流石にこの状況では、ちょっと無理だ。恥ずかしすぎる。

 

「…………エヘヘ。では、立香様のお部屋に行きましょうか…………」

 

 ふわりと身体が宙に浮いたかと思えば、ゴッホちゃんに抱えられる。いわゆる、お姫様抱っこの状態だ。

 

「…………あの、恥ずかしいんだけど」

 

「逃げられたら、嫌ですので…………それに、ゴッホも恥ずかしいのでおあいこです…………では、行きましょう」

 

 彼女に抱えられてボーダーに戻る。なんだかお姫様というより、子羊の気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………なるほど」

 

 仕切り直して私の部屋。

 そこで、ゴッホちゃんに私の中の黒い想いを告白した。

 

「…………………………これが、私がここ数日間避けていた理由だよ」

 

 それに対するゴッホちゃんの反応は。

 

「…………………………ふふっ」

 

 笑い声、だった。

 

「…………あの、これでも結構真剣に悩んでるんだけど」

 

 笑い続ける彼女に非難を込めた視線を彼女に送る。

 しばらく笑った後、ようやく笑い声が止まる。

 

「いえ、笑うつもりはなかったのですが、つい。だって…………嬉しくて。そして…………………………あまりにくだらなくて!」

 

「くだら、ない?」

 

 くだらないって、何。私のこの想いは、胸を焼き尽くしそうなほど狂おしいのに。

 黒い感情が吹き出し始める。視界が黒く染まっていく。

 

「ええ、だって──────」

 

 しかし次の瞬間、すべてが霧散した。

 唇に、熱い感触が走る。

 彼女に──────唇を奪われた。

 

「ん…………ふっ…………」

 

 口内に舌が侵入してくる。それを拒もうとしても、無理矢理絡め取られる。やがて、舌が屈服してなすがままにされる。

 長い間、お互いに唇を求め続ける。

 どれほどそうしていただろうか、唇が離され、彼女に抱きしめられる。

 

「──────だって、貴女はテオではないけど、テオも貴女ではないのだから」

 

 

 

「──────良いですか、立香様。テオは確かにわたしの…………ゴッホの最大の理解者。でも、ゴッホを…………わたしを救ってくれたのは─────貴女なのですよ、立香様…………………………」

 

 ネモちゃん達もですけどね、とゴッホちゃんが言うのをキスの熱に浮かされた頭で聞く。

 

「どっちもゴッホ(わたし)にとって、かけがえのない大切なひとなのです。比較することなんて出来ない程に」

 

「だから、くだらないのです。貴女は既に、わたしの中に刻みつけられたのだから。消そうとしても消えない場所に、深く深く刻まれているのだから」

 

「そっ、か──────」

 

 ゴッホちゃんの言葉に、黒い感情が消えていくのを感じる。

 私は彼じゃないけど、彼も私じゃないんだ。

 ああ、確かに──────くだらないことで、悩んでたな。

 心の暗雲が晴れる。今の私の心には、黒い感情はどこにも見えなかった。

 

「ええ、そうなのですよ、立香様…………………………と、こ、ろ、で立香様?」

 

「ひっ」

 

 抱きつかれたままいきなり囁かれ、変な声が出る。

 

「なに、かな」

 

 どうにか、返答らしきものを絞り出す。

 

「さっきの告白ですが──────わたしへの告白と受け取っても?」

 

「えっと…………」

 

 その言葉に、私が喋った内容を思い返してみる。

 …………あれ? テオさんへの嫉妬を喋ったつもりだけど、それと同じくらいゴッホちゃんのことが好きって言ってるような…………………………

 それに気づくと同時に、自分でもわかるほど顔が赤くなるのを感じる。

 

「ウフフ、顔が赤いですよ、立香様…………………………それで、答えを聞いても?」

 

 笑顔の彼女に見つめられ、恥ずかしくて目を逸らそうとするも、逸せない。どうやら答えるしかないらしい。

 

「…………………………えっと、うん。好きだよ、ゴッホちゃん」

 

 恥ずかしくて、そんな言葉しか返せない。

 でも、彼女には伝わったらしい。

 

「…………………………エヘヘ! これからも末永く、ずーっと一緒にいましょうね!」

 

「…………うん」

 

 どちらかからともなく、唇を近づける。

 

 甘い甘い、味がした。

 

 

 

 

 

 

「…………ところでさ」

 

「?」

 

「何が嫌だったの?」

 

「嫌、とは…………?」

 

「ほら、私を捕まえた時に言ってたじゃん」

 

「ああ…………」

 

「えっと、言葉にすると恥ずかしいのですが…………その、立香様はブレ続けることにブレないお方です。そのあり方はゴッホには眩しく…………その輝きが無かったことになるのは、ゴッホにとっては嫌なことです…………」

 

「ふーん、なるほど、ね…………」

 

「…………あれ? 立香様、顔が赤いですよ?」

 

「…………そっちだって、赤いじゃん」

 

「…………………………エヘヘ」




嫉妬するぐだ子という概念
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