狂気的な恋   作:96963

48 / 56
久しぶりの健全話
そろそろ向日葵の季節なので書いてみました


ゴッホちゃんを夢で追いかける話

「え?」

 

 ───────気付けば、私は寝間着のまま都会の人混みにいた。

 漂白されたこの地球(ほし)にはありえないはずの光景に、思わず思考が止まる。

 都会(まち)には多くの人々が行き交ってていて、まるで人理漂白など無かったかのよう。

 ざわざわとした喧騒を響かせながら、何も無かったかの様に私の前を通り過ぎていく。

 

「…………どういう、こと?」

 

 目の前の光景に脳が理解を拒み、固まってしまう。

 私が知らぬ間に人理漂白は解決したのだろうか。

 いやいやそんな都合の良いことも無いだろう。

 だとすると。

 

「…………あ、そうか。これ夢か」

 

 これは私あるいは誰かの夢、ということになる。

 ならばと、試しに頬を抓ってみると。

 

「…………痛くない」

 

 痛みを感じることなく頬が伸びる。

 どうやら、夢であることは確からしい。

 しかし、これが私の夢なら、夢と気づいた時点でもう目覚めている気がする。

 なら、これは誰かの夢なのだろうか。

 また誰かと経路が繋がったのかな。

 でもこんな都会を夢見るサーヴァントなんているのかな。

 不思議に思うが。

 

「…………とりあえず動いてみるかぁ」

 

 待っても覚める気配は無いし、この夢の世界を探ってみるしか無さそうだ。

 なので、人混みに混じって歩くことにした。

 雑多に行き交う人々は夢だからか、寝間着のまま雑踏に混ざる私を見ることもなく、機械のようにどこかへ歩んでいく。

 それを少し不気味に思いながらも、なんとなく心の命じるままに歩いてみる。

 そのまましばらく歩いていると。

 

「…………?」

 

 視界にふと小さな違和感を覚える。

 違和感と言っても、部屋に飾られている絵が少し、ほんの少し傾いているくらいの、取るに足らないような、微かなものだが。

 しかし、今の私にはそれが何故か見逃してはいけないものの様に思えた。

 その心に従い、違和感の正体を探る。

 

「…………あ」

 

 すると、すぐにその正体に辿り着く。

 それは、小さな帽子だった。

 周りの人々が無機質に、迷いなく動いているとすれば、その帽子は、有機的に、迷う様に揺らめいていた。

 

「……………………ぁ」

 

 私の視線に気がついたのかその帽子、いや帽子を被った誰かが人混みに紛れて逃げようとする。

 いや、帽子だけでわかるはずが無いのだが、何故だか逃げようとしていると直感していた。

 そして、彼女を見失ってはいけないということも。

 

「…………待って!」

 

 だから、人混みを掻き分けて彼女を追いかける。

 ……………………何故私が、帽子しか見えない誰かを、「彼女」と確信したのかを疑問に思うことなく。

 

「……………………!」

 

 彼女はその小柄な身体を利用して、人混みをするすると抜けて私の視界から消えようとする。

 しかし、素の早さはそこまではやく無いらしい。

 多くの人にぶつかりながら走っている私から彼女が逃げ切れていないのが良い証拠だ。

 しかし、私の方もそこまで速いわけじゃない。

 故に、彼女との距離は中々縮まらず、お互いに付かず離れずの追いかけっこに陥る。

 しばらくそのまま彼女を追いかけていると。

 

「……………………!」

 

 唐突に、人の波が途切れる。

 私を妨げていた人の壁が無くなったおかげで、さっきよりもスムーズに走れるようになる。

 そのお陰か、彼女との距離が縮み始める。

 10m程開いていた距離が7mに、7mが5mに、5mが3mに、3mが2mに、2mが1mに。

 そして。

 

「つかまえ、たっ!」

 

「……………………ハウッ……………………」

 

 1mが0mに。

 彼我の距離が無くなり、彼女の手を私の手が掴む。

 

「なんで逃げるの…………◼︎◼︎◼︎ちゃん」

 

 無意識に、彼女の名前を呼ぶ。

 何故かどんな音だったか、わからなかったけど。

 

「……………………なんで」

 

「え?」

 

 しかし、彼女から帰ってくるのは疑問の声で。

 同時に、視界が白く染まっていく。

 そのまま、光に意識を飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「………………ん、んん…………」

 

 何故だか妙な眩しさを感じて意識が夢より浮上する。

 

「んー…………」

 

 眠い目を擦りながら身体を起こす。

 何か、変な夢を見ていたような。

 夢の内容は、思い出せないけど。

 同時に、違和感。

 あるはずのものが無い気がする。

 不思議に思い、ベッドを見ると。

 

「…………あれ?」

 

 昨日一緒に寝たはずの、ゴッホちゃんがいなかった。

 

「…………ゴッホちゃん?」

 

 どこに行ったんだろう。

 珍しく先に起きて、ご飯でも食べに行ったのかな。

 そう思うと、私もお腹が減ってきた。

 食堂に行こうっと。

 

 その日、ゴッホちゃんに会うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 ──────ああ、何故、貴女は…………

 

 

 

 

 

 

 

 ──────気付けば、私は寝間着のままどこかの森にいた。

 その光景に、昨日の夢を思い出す。

 

「…………これも、夢?」

 

 試しに頬を抓ってみると、予想通り痛くない。

 また誰かの夢に入り込んだらしい。

 昨日の夢と同じなら、また彼女を探せば良いのかな。

 そう思って、昨日のように心の命じるままに歩いてみる。

 すると

 

「ウフフ…………」

 

「さあ、こっちへ…………」

 

「ほら、水底へ…………」

 

 どこかで見たような、海月のような少女達が現れた。

 彼女達は一様に同じ顔をしていて、私を水底へ誘ってくる。

 その声は何故だかとても耳に響き、彼女達となら沈んでも良いとさえ思えてしまう。

 しかし。

 

「…………ん?」

 

 昨日と同じように、また小さな違和感が私を襲う。

 

「……………………」

 

「あ」

 

 違和感の正体は、すぐにわかった。

 それは、視界に移る1人の少女だった。

 その少女も他の少女と同じ顔をしていたが、一つ違う点があった。

 

「…………ハウッ…………なんで…………」

 

 その少女は、こっちを向いていなかった。

 他の少女達は一様にこちらを誘ってくるのに、その少女だけは私の事を誘わず、木の影に隠れる様にしてチラチラとこちらを見ていた。

 

「──────」

 

 その少女を見ると、急に海月の少女達の誘惑がどうでも良くなってきた。

 というか、そんな誘惑に構っている場合じゃない。

 彼女を捕まえないと。

 何故かそう思った私は、彼女に向かって、一直線に駆け出した。

 

「…………ひ…………っ」

 

 すると、彼女も昨日のように逃げ出した。

 …………あれ? なんで私昨日のあの娘と彼女が一緒だって思ったんだろう? 

 一瞬そんな考えが私の中に過ったが、すぐにそんな疑問はかき消えた。

 そのまま、彼女を追走する。

 昨日と違って、鬱蒼と繁った森のせいで足場は悪い。

 だけど、私はこういう道を走るのには慣れている。それに加えて、スタートは私の方が早かった。

 そのお陰もあって、すぐに彼女に追いつくことが出来た。

 

「捕まえ、たっ!」

 

「ハウッ…………」

 

「もう、なんで逃げるかな…………◼︎◼︎ホちゃん」

 

 また無意識に、彼女の名前を呼ぶ。

 昨日よりも、少しはっきり音が聞こえた気がした。

 

「…………だって」

 

「?」

 

 今度は、疑問の声じゃなかった。

 だけど、視界は白く染まり。

 光が意識を飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

「うーん…………」

 

 謎の眩しさを感じながら目を開ける。

 昨日と同じように、変な夢を見ていた気がする。

 ふと隣を見ると、誰も居ない。

 昨日ゴッホちゃんに会ってないから当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 …………なんだか、寂しい。

 最近はいつも一緒に寝ていたからなぁ。

 今日は会えるかな。

 

 …………だけど、今日も彼女に会う事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 ──────何故、貴女は、わたしの事を。

 そんなにも…………

 こんな、わたしの事を…………

 こんな、化け物の事を…………

 怖い、怖い…………

 いっそ、貴女が…………

 

 

 

 

 

 ──────気づいたら、深い海の底にいる。

 

「…………また?」

 

 今度は頬を抓らなくても、夢だとわかる。

 深海なのに、息出来るし、全然苦しく無いし。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 

「…………行こう」

 

 きっとこの夢にも、彼女が居る。

 彼女を、捕まえないと。

 そう心が叫んでいる。

 その想いに従い、奇妙な海中散歩を始めた。

 

「…………誰も居ない」

 

 昨日までの夢と違い、誰も海底には居なかった。

 これじゃあ違和感の見つけようがない。

 それでも、諦める気は無いけど。

 何も無く、真っ平な海底を一人気ままに進んでいく。

 

「…………お」

 

 そのまま歩いていると、やがて遠くに白い影を見つける。

 その影を認めた途端、心が跳ね上がる。

 その影は、昨日までの彼女とはかけ離れた姿だった。

 だけど、それは彼女だった。

 私の心を縛り付ける、彼女だった。

 気付けば、足が地面を踏み締めていた。

 

 

 

 

 

 

「は…………っ、は…………っ…………」

 

 どれほど走っただろうか。

 仮想の身体の息が上がり、もう止めようと身体中が悲鳴を上げる。

 だけど、彼女の影はまだ遠くにある。

 遠くにあって、とても掴めそうにない。

 でも。

 

「諦めて、なんて…………あげ、ない…………っ」

 

 心はまだ、彼女を求めている。

 なら、止まるわけにはいかない。

 仮想の身体を叱咤して、足を動かし続ける。

 すると、いきなり目の前の空間が歪む。

 

「…………うわ…………っ」

 

 それに驚いて足を止めると同時に、彼女の背中が目の前に来る。

 

「わ、わわわ…………」

 

 いきなり止まったせいでバランスが崩れ、彼女の身体にぶつかりそうになる。

 足に力を込めて踏みとどまろうとするけど、上手くバランスが取れず、尻餅を付いてしまう。

 

「いたた…………」

 

 本当は痛く無いんだけど、尻餅を付いた感覚的になんとなくそんな声が漏れる。

 そして、彼女に怪我が無いか視線を上げると。

 

「…………あ」

 

「……………………」

 

 こちらを見下ろす、彼女と目が合った。

 彼女の目は「何故」と問いかけるような色に濡れている。

 

「…………◼︎ッホちゃん」

 

 無意識に彼女の名前を、また呼ぶ。

 昨日よりもまたはっきりと、彼女を認識出来た。

 

「…………何故、貴女は、わたし(◼︎ッホ)の、ことを…………そこまで…………」

 

 彼女の声は一部が聞き取れなかった。

 だけど、意味はわかった。

 そして、その答えも。

 

「それは…………」

 

「それは…………?」

 

「君を、…………してるから…………君の何もかもが…………だから…………」

 

 その瞬間、視界が白く染まる。

 また意識が、光に飲み込まれる。

 

 

 

 

「…………またか」

 

 昨日もまた、妙な夢を見た気がする。

 内容は覚えて無いけど。

 今日もまた、ゴッホちゃんは居ない。

 …………寂しい。

 

 今日も、彼女に会う事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 ──────ああ、わたしは罪深い。

 わたしは口では貴女の僕と言いながら、わたしは貴女の事が信じられない。

 だって、こんな…………こんな、化け物を愛してるなんて、信じられない。

 …………確かに、わたしは貴女に愛される事を望んだ。

 そして、貴女は愛してくれた。

 だけど、同時に…………わたしは、怖い。

 貴女がなんの見返りもなく愛をくれる事を、貴女が、わたしの望み通りに接してくれることが。

 この身体に刻まれた狂愛による失望が、心に刻まれた狂愛による別離が。

 貴女もいつか、離れてしまうのはないかとわたしを不安にさせる。

 それなら、いっそ…………貴女が、裏切ってくれれば…………

 ああ、わたしは…………罪深く…………

 だけど、貴女の…………愛が、欲しい…………

 

 

 

 

 ──────気付けば、大輪の向日葵が咲く向日葵畑にいる。

 

「ここは…………」

 

 どうやらまた、夢の世界に来たらしい。

 ただ、今回はいつもと違う。

 頬を抓ると痛いし、鼻腔を向日葵の芳しい匂いが擽ってくる。

 無味無臭だった今までと違って、今回はまるで現実世界にいるようだ。

 だからなのか、今ははっきりとわかる。

 私が探す、彼女が誰かを。

 

「…………今から行くよ、ゴッホちゃん」

 

 向日葵畑に、歩みを進める。

 

 

 

 

「…………大きい」

 

 大輪の向日葵達はとても大きく、私の身長をあっさりと抜いて太陽を覆い隠してしまう。

 そのせいで私の視界は薄暗く、太陽の様に明るい花に囲まれているはずなのに何故か不気味に感じてしまう。

 

「…………さて、どこにいるのかな…………」

 

 当てもなく、薄暗い闇の中を探索する。

 やがて、少し開けた場所に出た。

 

「…………大きい向日葵だなぁ」

 

 開けているとはいえ、向日葵達が好き放題に伸びて太陽を覆い隠しているせいで薄暗いのには変わらない。

 その大きさに圧倒されていると。

 

「…………ん?」

 

 何故か違和感を覚えた。

 

「ん〜〜〜?」

 

 違和感の正体を探るために視界を巡らせていると、すぐにその正体に気づいた。

 というか、気づいてみたら何故気づかなかったのかと思うくらいわかりやすかった。

 

「…………ゴッホちゃん、みーっけ」

 

「…………やっぱり、見つけてしまうのですね、立香様」

 

「…………まあ、そりゃね」

 

 それは、ゴッホちゃんだった。

 頭を開花させた彼女が、向日葵として紛れ込んでいたのだ。

 最も、彼女は私より背が小さい。

 つまり、この向日葵達よりも背が小さい。

 だから、一回気づいてしまえばすぐにわかってしまうくらいバレバレだった。

 彼女が開花を解き、いつもの顔に戻る。

 

「…………立香様は、何故ゴッホにそこまでの愛を注いでくれるのですか…………聖杯を捧げて、夢の炎を燃やして、伝承を焚べて…………記憶を弄っても、あっさりゴッホを見つけて…………こんな化け物に、何故そこまで…………」

 

「何故って、それは……………………愛してるから、じゃダメ?」

 

「…………ダメです。それじゃ納得出来ません。この身体も、心も、愛で灼かれたんです。愛は…………愛だけは、怖いです」

 

 愛してるから。

 私が持つ答えはそうだけど、それじゃ彼女は納得しないらしい。

 もっと何か、別のものを示す必要がある。

 だから、行動で示すことにした。

 

「…………ゴッホちゃん」

 

「…………はい…………っ⁉︎」

 

 彼女の頭を、胸に抱える様に抱き締める。

 

「立香様、何を…………」

 

「…………多分、言葉で言ってもゴッホちゃんは納得しないと思うから。身体で教えてあげる」

 

 そのまま、彼女をぎゅっと抱き続ける。

 ドクンドクンと、夢なのに心臓が激しく鼓動を刻み始める。

 

「…………立香様の鼓動が…………」

 

「…………うん。ゴッホちゃんのせいで、高鳴っている」

 

「ゴッホの、せい…………」

 

「うん。ゴッホちゃんが好きだから、ゴッホちゃんがいると、高鳴るの」

 

「……………………」

 

「この高鳴りに、私は堕ちちゃった。虜になっちゃった。これが、もっと欲しいの…………だから、キミに振り向いて欲しくて、キミに何もかもを焚べる…………コレじゃ、ダメかな」

 

 すると、ゴッホちゃんがこちらを抱き返す。

 

「…………ゴッホちゃん?」

 

「…………そんな理由なんて、失望です。立香様は、もっと高潔な、素晴らしいお方だと思ってたのに…………」

 

「…………私は、そんな良い人じゃないよ」

 

「ウフフ、そうみたいですね…………でも…………ゴッホはそんな立香様の方が、嬉しいです…………エヘヘ」

 

「…………もう」

 

「ウフフ…………」

 

 そのまま、しばらくお互いに抱き合う。

 そんな私達を、向日葵達が見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…………」

 

 温かい感覚に包まれながら、目が覚める。

 

「…………ん?」

 

 なんだか、違和感を覚える。

 そう思って布団をめくってみると。

 

「…………ゴッホちゃん?」

 

「…………エヘヘ…………」

 

 ゴッホちゃんがベッドに潜り込んでいた。

 昨日はいなかったはずだけど。

 寝てる間に、潜り込んできたのかな。

 彼女はスースーと、安らかな寝息を立てながら私にしがみつくようにして眠っていた。

 そのまましばらく眺めていると。

 

「…………んぁ…………っ…………ハッ…………り、立香様⁉︎」

 

「あ」

 

 目が覚めたららしい彼女と、目が合った。

 

「な、何故立香様がここに⁉︎」

 

「いやここ私の部屋…………」

 

「ハウッ…………」

 

「…………まあ良いや」

 

「⁉︎り、立香様、何を…………」

 

 しがみついてきたお返しに、今度は私がゴッホちゃんを抱き枕にする。

 

「眠いからもう一眠りー…………」

 

「…………エヘ、エヘヘ…………」

 

 なんだか、良い夢が見れそうだ。

 

 




ゴッホちゃんかわいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。