短いです
「〜〜〜♪」
「おや、ごっほサンじゃないかい。随分と楽しそうだが、何かあったのかい?」
足取り軽くカルデアの廊下を歩いていると、ホクサイに声を掛けられる。
格好から察するに、今はホクサイが主体になっている様だ。
「あ、ホクサイ。そんなに楽しそうでしたか?」
「ああ、まぁナァ。何しろ浮いてる様に歩いてる上に、鼻唄まで歌ってるんだ。まるで酔っ払ってる江戸の町人みたいだぜ? 楽しそうと思うのは、当たり前だろ?」
どうやら、側から見たわたしはそんなに楽しそうだったらしい。
足取りが軽いのは自覚していたが、鼻唄まで歌っていたとは。
「それで、何があったんだい? あんたが良ければ、教えてくれよ」
自分の様子に自分で驚いていると、ホクサイが続きを促してくる。
まあホクサイなら話しても構わないだろう。
何しろ、ホクサイはわたしのライバルなのだから!
…………まあ、わたしが勝手に思っているだけだが。
おっと思考が逸れた。
今はホクサイの質問に答えなければ。
「エヘヘ、実はですね…………立香さまの部屋に呼ばれまして…………何やら、渡したい大事なものがあるらしくて…………それでいてもたってもいられなくてですね…………エヘヘ…………」
そう。
今日の朝起きたら、枕元にそんな旨を書いた立香さま直筆のメッセージカードが置いてあったのだ。
立香さま直筆というだけでも嬉しいのに、その上プレゼントがあるとは。
これはもう、アブシンスを飲んだ時と同じくらいにハイになってもおかしくはないだろう。
…………まあ、立香さまがいきなりそんな事を言い出した理由はいまいちわからないが。
わたしは最近何かやったのだろうか?
「あぁん? …………ああ、ますたあが最近用意してたあれか…………そういや今日は…………なるほど、そういう事かあ! マスターもやるじゃねぇか!」
「?」
すると、ホクサイが何やら納得した様な面持ちで大笑する。
ホクサイは何か知ってるのだろうか?
そう思って訊いてみようとしたが。
「いや、ここでおれがごっほサンに喋っちまうってのは無粋ってやつだ。ますたあも待っているだろうし、早く行ってやんな! 何、悪いことじゃねえのは確かだよ!」
とはぐらかされてしまう。
立香さまは一体何を渡そうとしているのだろうか?
悪いものではないようだが、ちょっとした不安が湧いてくる。
だがしかし、ホクサイに立香さまの部屋の方へ押し出されて、足を止める暇も無く立香さまの部屋の前に連れて行かれてしまう。
不安のせいか、部屋の扉がいつもより重く見える。
「それじゃ、あとは2人でごゆっくりナ!」
そして、不安に駆られるわたしをおいてホクサイが何処かに走っていく。
その顔には揶揄う様な笑みが浮かんでいたが、どう言う意味なのだろうか。
首を捻るが、答えは出ない。
ホクサイめ…………もうちょっと説明してくれても良いだろうに。
いやしかし、無粋とも彼? は言っていた。
すると余程隠しておきたいものなのだろうか。
はて、わたしにそこまで欲しいものはあっただろうか…………
悩みながら、立香さまの部屋のドアをノックする。
「はーい」
「立香さま、ゴッホです。入っても良いですか?」
「あ? ゴッホちゃん? 良いよー!」
すると快活な立香さまの声が返ってきたので、言われるまま部屋に入る。
「ゴッホちゃん、おはよう!」
「おはようございます、立香さま。本日もお元気な様で…………それで、このメッセージカードの事なんですけど…………」
部屋にはニコニコと、いつも通り、いやそれ以上に楽しげな立香さまがいた。
その姿にどうやら本当に悪い事ではないらしいと確信する。
しかし不安のせいか、立香さまへの挨拶もそこそこに贈り物について触れると言う不躾な事をしてしまう。
「あ、そうそう、それで私が呼んだんだよね。ちょっと待ってね…………」
しまったと思うが、幸いにも立香さまは気にしなかった様で裏で胸を撫で下ろす。
そして立香さまが棚を漁り始め、立方体の箱をいくつか出してくる。
おおよそ15個くらいと行ったところだろうか。
大きさとしてはちょうど、杯がすっぽりと収まる様な…………
その時、嫌な予感が走る。
「えっと立香さま、念の為聞いておきたいんですけどその中身って…………」
まさかとは思いながら、いやいやそれはないだろうと思って立香さまに確認する。
「ん? 聖杯だよ?」
しかし、嫌な予感というものは当たるもので。
わたしの予想通り、聖杯が収まっている箱がプレゼントと知って動揺する。
確かに頂けるなら欲しいとは言ったけど!
なんなら5個くらい欲しいとも言ったけど!
流石にこれは予想していない!
「え、と…………立香さま、それは…………」
立香さまから貰えるなら正直何でも嬉しいが、流石にモノがモノだ。
1個2個ならともかく、15個は流石にカルデアのルールとか管理システムとかそういうものに触れたりしないのだろうか。
わたしの為にしてくれるのは嬉しいが、立香さまがそのせいで怒られるのは望むところではない。
「ん? ああ、大丈夫だよ。この聖杯、ダ・ヴィンチちゃん達も知ってる奴だから!」
「そ、そうなんですか?」
しかし、その懸念は打ち砕かれる。
よく考えたらダ・ヴィンチさま達が聖杯の居場所を管理していない筈がないし、立香さまだってよく叱られているのだからマイルームの棚に仕舞った程度で隠蔽出来てるとは思い難い。
わたしもこっそりシミュレーターを動かしてはよく叱られているし。
それにも関わらず、15個も仕舞っているなら立香さまの言う通りなのだろう。
とはいえ。
「その、立香さま…………ゴッホ、何かしたでしょうか?」
わたしがここまでされる覚えはない。
正直
確かに戦闘には参加しているが、他の皆さまもそれは似たり寄ったりだろう。
立香さまに絵を贈ったりはしているが、それも習作を投げつけている様なモノだ。
正直彼女の役に他の皆さま以上に役立っているとは、思えない。
だからだろうか、嬉しいという気持ちも勿論あるが、何故、という気持ちの方が強い。
わたしにとって聖杯とは、大金の様なもので、大金はわたしにとっては縁の薄いものだから。
貰っても、相応しい感情を想起しづらいと言うべきだろうか。
「ん? あれ、気づいてないの?」
すると、立香さまが不思議そうな顔をする。
どうやらわたしがわからないのが意外だったらしい。
首を傾げながら、核心を口にする。
「だって、今日は3月30日だよ?」
「あ──────」
そして、その立香さまの言葉で遅まきながら気づく。
そういえば今日は、彼が生まれた日だったか。
そして…………わたしの生まれた日。
だから立香さまは、あの様なメッセージカードを。
「…………つまり、立香さまは誕生日の贈り物に聖杯を、ということでしょうか?」
「うん。…………その、迷惑だったかな?」
「いえ、そんな事は…………ただ…………」
「ただ?」
「…………実感が無くて。確かに今日は生まれた日ですが、とうに死んだ身ですので…………」
口ではそう言うが、実際には違う。
実感は確かにある。わたしは、ゴッホなのだから。
だけど。
わたしは確かにゴッホだが、同時に借り物の存在である。
そんなわたしが、果たして彼の生まれた日を借りて良いのだろうか。
しかし。
「…………うん。ゴッホちゃんが画号ゴッホを名乗るギリシャ生まれの女の子っていうのはわかってる。だけど、それでも今日はキミが生まれた日。だから、わたしは…………」
祝いたい。
立香さまにそう言われて、心の中で何かが溶ける。
確かにわたしは借り物だ。
だけど、彼女が見ているのはここにいるわたしだ。
ヴァン・ゴッホでは無く、クリュティエ=ヴァン・ゴッホのわたしだ。
だったら、わたしはそれを否定したくは無い。
わたしにアイデンティティをくれた、かけがえのない主の想いを。
──────僕は良いと思うよ。
頭の中で、誰かの声が響く。
それはまるで背中を押す様な、あるいは呆れている様な声でもあった。
聞き覚えのある誰かの声にありがとう、とお礼を言いながら彼女と目を合わせる。
「…………ゴッホちゃん?」
「…………ウフフ。ダメじゃないですか、立香さま…………ゴッホにこんなに貴重な聖杯をあげるなんて。ゴッホは、がめついですからね。もう返してなんて、あげませんからね、エヘヘ…………」
半ば誤魔化す様に、立香さまに言葉を返す。
彼女の想いを受け取る言葉を。
「…………じゃあ、聖杯の分もっとゴッホちゃんをこき使ってあげようかなー」
言葉は伝わった様で、お返しと言わんばかりに立香さまも笑いながら軽口を叩く。
お互いに軽口を叩き合い、空気が弛緩していく。
そして空気が弛緩し切った後。
「…………おめでとう、ゴッホちゃん」
「…………ありがとうございます、立香さま」
手を握られ、立香さまに正面から祝福される。
その祝福は先程と違ってわたしの胸に違和感無く染み込み、心を温かく染めた。
多分この後ぐだ子が用意した種火にもドン引きした