ーーーーーーーまだ、ホワイトデーのお返しは残っている。私も普段遠慮していないから、もっと遠慮無く自由になんでも言ってくれて良いのになぁ。そんなことを思いながら、絵のモデルとして午前中を過ごして、午後はゴッホちゃんと一緒にシミュレーションで彼女の「故郷」ーーーーーーー1800年代後半のオランダで、向日葵畑を散歩する。彼女は向日葵畑をスケッチしていて、私はそれを眺めている。スケッチする彼女の顔は無邪気で、楽しそうだった。その光景は微笑ましく、ずっと眺めていたいと思う。今までで感じたことがないほど穏やかに一日は過ぎていく。別に穏やかな日が今までなかったわけじゃない。でも、好きな人と何をするのでもなく一緒に過ごす一日。それは、ゴッホちゃんと恋仲になってから初めて経験した一日なのだ。彼女と歩いた向日葵畑の匂い。繋いだ手から感じる彼女の体温。オレンジ色の夕陽に照らされる向日葵達。そして、オレンジ色の夕陽に照らされる彼女の楽しそうな横顔。一個一個を取れば、なんでもない、平凡な光景かもしれない。だけど、私にとっては、その光景が何よりも輝いて見えたのだ。その一日は私の心に刻まれ、忘れることはないだろう。
「ーーーーーーーありがとう、ゴッホちゃん」
気づいたら、お礼を彼女に言っていた。
「へ? ゴッホはただ、いつも過ごしている場所で、立香様と一緒に過ごしたかっただけなのですが、何故お礼を?」
「私、初めて知ったんだ。好きな人と一緒に過ごすなんでもない日が、こんなにも輝いて見えるなんて」
「…………そうですね。ゴッホも、立香様と過ごすこの今日は、とても、とても楽しかったです」
もっとこの時間を過ごしていたいと思う。だけど、シミュレーションルームの利用時間はそろそろ終わるころで、退室しなきゃいけない。
「…………そろそろ帰ろっか、ゴッホちゃん」
名残惜しく思いながら、そうゴッホちゃんに切り出す。
「…………ええ、そうですね。名残惜しいですけど、これで終わりですね。…………最後に立香様、少し良いですか?」
「どうしたの、ゴッホちゃん?」
「お顔を、こちらへーーーーーーー」
「こう? 一体ーーーーーーー」
唇が塞がれ、暖かいものが唇に触れる。唇と唇の触れ合いーーーーーーーいわゆる、キスだった。彼女とのキスは何度もしたことがある。だけどーーーーーーーこんな穏やかなキスは、初めてだった。私にとってキスは、血の味が滴る狂気の味だった。でもこのキスは優しく、甘く、蕩けるようなキスだった。例え触れている時間は数秒でも、1秒が無限と思えるほどに長いキスだった。やがて彼女の唇が離れ、彼女と目が合う。
「ゴッホ、ちゃんーーーーーーー?」
「エヘヘ…………この場所なら雰囲気バッチリだと思い、貴女の唇を奪わせてもらいました…………ウフフ…………どうだったでしょうか…………?」
「…………凄く、良かったよ。こんなに優しくて甘いキスは初めてだった」
「エヘヘ…………また立香様の初めて、ゴッホが奪っちゃいました…………」
「…………君になら、何を奪われても良いよ。全部、君にあげる」
「エヘヘ…………そんなことを言われると、昂って、咲いちゃいます…………ウフフ…………」
と、彼女と話していると、無粋なアラームが鳴り、我に帰る。シミュレーションルームの終了時間だ。我に帰ると途端に恥ずかしくなって、彼女に背を向ける。
「か、帰ろっかゴッホちゃん。時間みたいだし!」
「そ、そうですね、帰りましょう!」
お互い恥ずかしくて、顔が真っ赤だった。もっと恥ずかしいこともやってるのに何故だろう。向日葵の魔力、だろうか。
でも、手は繋いでる。夕陽の中を、彼女と一緒に帰っていく。
良い時間だったので、そのまま食堂に向かうと、ピーク時とズレていたのか、幸い人はいなかった。もしかしたら気を遣われていた、のかもしれない。
まああまり人に見せつけるものでもないし、良かったのかもしれない。彼女と一緒に食事を食べる(さすがに食べさせあいっこはさっきのこともありやらなかった)。
そして、夜の帷が下りる。
今夜は、私の部屋で過ごすことになった。昨日みたいなことになるのだろうか。ゴッホちゃんに内心ドキドキしながらも、一旦別れて後で合流することになった。
そして、シャワーを浴びて身体を洗った後、ベッドに腰掛けて彼女を待つ。何故だろう。胸の高鳴りが止まらない。あのキスのせいだろうか。彼女が私を愛してることがわかるからこそ、彼女が次に何をしてくるのか、それが楽しみでならない。
そんなふうに悶々としながら彼女を待っていると、ドアが叩かれる。
「どうぞー」
そう答えると、入ってきたのは、予想通りゴッホちゃんだった。
「お、お邪魔します…………ウフフ…………」
「いらっしゃい、ゴッホちゃん。何をする?」
「…………ウフフ…………」
「?」
入ってきてからドアの近くを動かないゴッホちゃんを不思議に思ってると、鍵が閉まる音がして、電灯が落ちる。きっとゴッホちゃんが閉めたのだろうけど、どうしたのだろう。そう思っていたら、ゴッホちゃんが白い向日葵の姿に変わる。
「ゴッホちゃん?」
「立香様、今日は立香様をゴッホの抱き枕にさせていただきたく…………」
「うん、もちろん良いよ? ほらおいで?」
「エヘヘ…………ゴッホ歓喜…………立香様はなんでも受け入れてくれる…………」
「言ったでしょ? 君に全部あげるって」
「…………では、お願いします…………!」
すると、ゴッホちゃんの触手が私を絡め取り、私をベッドの上に優しく置く。ゴッホちゃんもベッドの上にやってくる。ゴッホちゃんは私と目線が合うように私を縛り、そして私を抱き締める。彼女と目が合う。
「立香様、貴女の愛はわたしだけのものです」
「うん」
「例え、マシュ様でも、貴女の愛は譲れません。貴女はあらゆるサーヴァントに親愛を振り撒く。それはきっと、貴女の善性によるものでしょう。わたしはそれでもいい。それが立香様の立香様たる所以なのだから。むしろそれがなくては立香様とは言えません。でも、愛だけは別だ。貴女の愛は、わたしだけに向けてください。わたし以外に向けないでください」
「うん」
「…………本当に、良いのですか? わたしは、クリュティエは、嫉妬深い水怪と伝承にある存在です。そんなわたしは、あなたを昏い水底に連れて行ってしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫。ゴッホちゃんがどんな存在でも、私は受け入れる。だって、君がいなきゃ、今の私は無いんだもの。言ったでしょ、私は君に狂っているって。私は、君に付いていくよ。例えそれが深い深い光もない水底でも。私にとっては、君が光だ。…………私も、君を離さない。君が嫌だと言っても、離さない」
「…………ズルいです。どれだけ脅かしても、立香様は受け入れてくれる。わたしをわたしのまま受け入れてくれる。これじゃ、抑えが効きません…………!」
「…………でも、私を傷つけるのは畏れ多いんでしょう?」
そう、不満を込めて言ってみる。
「ええ、ですので、今回はある人に頼みました」
「ある人?」
「ええ、名前を出すなと言われたので言えませんが…………その人に、夢の世界への道を繋いでもらいました」
「夢の世界なら、好き放題出来るってこと?」
「…………はい! 夢なら、立香様を傷つけることも無いですし、思う存分発散することが出来ます!」
「…………良いよ。君が満足するまで、私を滅茶苦茶にして?」
そう、悪戯っぽく言ってみる。
「エヘヘ…………容赦しませんからね…………ウフフ…………!」
そして、意識が重たくなる。穏やかな日は消え去り、狂った夜が始まる。
セコム連中はきっと傍観してる。
次でホワイトデーは終わりそう
まだ来てないけど