single-minded Agnes Tachyon. 作:Nautilus
最初はただ、スカーレット君が走るからという軽い理由だけでレースを見ていた。しかし、最終コーナーを過ぎたあたりから、私は摘まんでいたクッキーが、広げていた資料の上に落ちることを気にも留めず、画面を食い入るように見ていた。
『内からもう一度ダイワスカーレットも差し返す!』
なぜそこから加速できるのか、道中掛かりっぱなしでスパートも失敗していた。もう、スタミナは底をついているだろうに。
『これは大接戦、大接戦のゴール!』
なぜあの限界を超えた走りができた?確かに元々スカーレット君の根性は優れたものがあるが、それでもあの走りは異常だ。要因としては何が考えられる。
それを知ることが私の実験に大きな進歩をもたらすことは明白だ。考えろ、考えるんだ。
「タキオンさん?どうかなさいましたか」
カフェの声で考察が中断する。薬品と紅茶とコーヒーの混ざった刺激的だが嗅ぎなれたにおいで熱を伴った思考が現実に戻ってくる。クリアになった視界が困惑するカフェを映す。
「カフェ!見ていたかい?スカーレット君のあの走りを!あの限界を超えた先にある走りこそがわたしの目的のために必要なものだよ!」
「あの、タキオンさん少し落ち着いてください」
カフェの諭すような声も、一度勢いづいた私には届かない。むしろ私の口は、加速度的に回り始めていた。
「ええい、これが落ち着いていられるか。ああまずはさっきのレースのデータを集めないと、シャカール君に協力を頼もうか、いやそれよりも先にスカーレット君はどんな感覚だったのか気になるな、というかそれ以前にスカーレット君の体は大丈夫だろうか、あの限界を超えた走りに彼女の脚が耐えうるのだろうか」
「タキオンさん、あの落ち着いて」
「ああ、なぜ私はレース場に行かなかったんだ。データが足りないじゃないか」
そうしていると、我々のいる室内にスカーレット君がインタビューに答える声が響いた。それを受け、私の出口の出ない思考に単純明快な答えへの道筋が浮かび上がる。
『---はい、次走は有馬記念を予定しています』
「なるほど、では私も、有馬記念に出ようか」
「タキオンさん!?」
「なに単純なことだよ、そこでならデータの収集が容易にできる」
カフェが話についていけずに目を白黒させているのを珍しく思いながら、トレーナー君に電話しようと席を立ったとき
「タキオンさん、先程の発言は本当ですか?」
「勿論」
「脚は大丈夫なのですか?」
カフェは、問い詰めるような口調で私に確認する。
「プランAはまだ捨ててはいないよ」
「まだあなたは走れるのですね」
「カフェ、君は一体何が言いた・・・・ああなるほど」
私はどこかねめつけるような視線を向けてくるカフェに答えるように、笑みを浮かべながら、一拍おいて言う。
「君、気付いているかい。とても好戦的な笑みを浮かべているよ」