狭間の地から四方世界へ   作:段々畑

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旅立ちと遭遇ー褪せ人

……ああ、何たることだ

 

我らの旅は、中断せざるをえん

 

地上の出来事など些事として切り捨てるつもりだったが

 

流石にこれは見過ごすわけにはいかない

 

地上に戻り、あの門の先へ向かってくれ

 

頼むぞ、永遠なる私の王よ……

 

 

 

────────────────────

 

 

 

…夜空に瞬く星々が伝えてくる

 

霧の彼方、狭間の地に異変が起きたことを

起きてはならぬ事が起きてしまったことを

 

ゆえに褪せ人は再び現れるのだ

異変を解決するために、己の大切な者達のために

 

星の世紀、王となった褪せ人が再び地上に降り立つのだ

王は流星となりて、大地に舞い戻るであろう

 

…されど、王が踏みしめる大地は狭間の地にあらず

 

四方世界

神々は律を定める前に遊戯に狂ってしまった

冒険という名の遊戯に

[宿命]と[偶然]をその手で転がしながら

 

人々は駒として終わることなき冒険に翻弄される

神々の作り出した物語の下で

哀れな駒たちは喜劇と悲劇に見舞われる

 

王はこの四方世界の大地に降り立つのだ

[宿命]と[偶然]の影響を受けぬ異端者として

 

…王よ、あなたは彼の地で歓迎されぬであろう

かつて駆け巡った、狭間の地と同様に

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 四方世界の洞窟、その中で無慈悲な声が響く。

 

「諦めろ」

 

 その言葉に冒険者になりたての少女、女神官は体を震わせる。どうしてこんな事になったのか。彼女は即席の一党でゴブリン退治に来ていた。ゴブリンに攫われた村娘を救うために。

 鉢巻を頭に巻いた青年剣士、その幼馴染の女武闘家、王都の学院を卒業した女魔術師、そして地母神の信徒である女神官の4人の一党。彼らは全員、駆け出しである白磁等級の冒険者であった。

 

 彼らはゴブリンなど恐るるに足りないと勇み足で洞窟の中を進み──

 

 不意を突かれて壊滅した。青年剣士は殺され、女武闘家は捕まり、女魔術師は杖を折られた上に短剣で刺された。女神官も怪我を負ったが、薄汚れた兜を被った在野最高位の銀等級冒険者、ゴブリンスレイヤーによって助けられたのだった。女神官は、まだ息がある女魔術師も助けるよう頼むが……

 

「毒だ」

 

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンが使っていた短剣を見せながら説明する。短剣には毒が塗られており、毒が体に回った後では解毒薬も無意味である。できることは、これ以上苦しませないことだけ。

 ゴブリンスレイヤーは女魔術師の喉を剣で突こうとするが──

 

 

 ガシッ

 

 

 何者かによって腕を掴まれ止められた。

 

「っ!?」

「え?」

 

 ゴブリンスレイヤーは咄嗟に掴まれた腕を振り解いて飛び退き、松明の明かりで自身の腕を掴んだ者を見る。女神官も突如現れた者を見る。

 

 手、足、胴には獣たちが刻まれた銀の武具、背中には豪華絢爛な青い布と白い布の二重の外套、頭部には額に宝石が埋め込まれた鉄兜。腰には剣が、左手には黒曜石が嵌め込まれた宝飾品が握られている。一見すると、その者は騎士のような出で立ちであった。

 

「あ、あなたは?」

 

 女神官の質問に対して、騎士らしき者は簡潔に一言だけ答える。

 

――褪せ人だ

 

 褪せ人?褪せ人とは?

 女神官もゴブリンスレイヤーも褪せ人など聞いたことが無かった。種族を指す言葉なのか。或いは部族、職業、階級などを指す言葉なのか。

 褪せ人は困惑している女神官と警戒しているゴブリンスレイヤーを一瞥した後、女魔術師の側で膝を突いて祈るように左手の拳を握る。すると、握られた拳から黄金の光が漏れ出した。

 

(これは......奇跡?)

 

 女神官はその黄金の光が、自身が使う奇跡に近しいものだと思った。その黄金の光から、地母神が司る豊穣を感じ取ったから。もしかしたら、と女神官の眼に希望が宿る。

 褪せ人が拳に宿した黄金の光を解き放つと、暖かく優しい太陽にも似た光で周囲が満たされた。ほんの一瞬であったが、女神官は光の中に多くの枝葉と根を生やす黄金の樹木を見た気がした。

 

「……!」

 

 光が放たれたと同時に女魔術師の体が、ビクッと動く。顔色が良くなり、体に力が入り始める。女神官はそれを見て安堵の笑みを浮かべる。

 

だが……

 

「……うっ、げほっ」

「え?そ、そんな……」

 

 直ぐにその顔は絶望に染まる。女魔術師は先程と同じく口から血を吐き出している。それは毒が癒えていない証。彼女はいまだに命の危機に瀕している。

 もう駄目なのかと女神官が思い始めた時、褪せ人の拳が再び光を放ち始めた。しかし、今度は豊穣を感じさせる黄金の光ではなかった。赤く熱を持つ光、すなわち火である。褪せ人の拳に火が宿っていた。

 褪せ人は火が宿った拳を女魔術師の腹部に向けて、軽く叩きつけるように押し当てた。

 

「熱っ…!」

 

 褪せ人の行動に驚く一同。女魔術師の小さな悲鳴を聞きとった女神官が声を張り上げる。

 

「なっ何をしているんですか⁉︎」

 

 助けてくれるのではなかったのかと、褪せ人に近づこうとする女神官。

 ゴブリンスレイヤーは咄嗟に女神官を止めようとする。彼はゴブリン以外のものを詳しく知らない。されど、相手が得体の知れない力を持つ者であることぐらいは分かる。安易に近づくなど、危険すぎる。

 ゴブリンスレイヤーが女神官を引き止めるため腕を伸ばし――

 

「ま、待って」

 

 その声に両者の動きが止まった。女神官は驚きと共に声の元へ顔を向ける。ゴブリンスレイヤーも慎重に視線を移動させる。視線の先では、先程まで死にかけていた女魔術師が、息を整えながら体を起こしていた。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

「えぇ、呼吸が楽になったわ……」

 

 女神官が駆け寄り、注意深く女魔術師を観察する。腹部に火傷が僅かにあるが、息は整い、熱と汗が引き、痙攣も止まっている。毒が消えていることは明らかだった。

 女神官は今度こそ助かったと確信し、へたりと座りこんで目からポロポロと涙を流す。その様子を見て、女魔術師は申し訳なさそうに微笑む。

 

「良かった…ほんとうに……」

「ありがとう、それとごめんなさいね……」

 

 女魔術師は奇襲を受けた際にゴブリンを一匹仕留めていた。だが、それは背後の物音に女神官が気づいたおかげだ。ゴブリンなどに何を怖がる必要があるのかと、高を括っていた自分が情けなくて仕方ない。

 

 駆け出しの冒険者達が助かったことを確認すると、褪せ人は立ち上がる。そこへゴブリンスレイヤーが声をかける。褪せ人が敵ではないことは分かったが、確認しなければならない事がまだ山ほどある。

 冒険者なのか?女魔術師に何をしたのか?そもそも、何故ここにいるのか?

 

 ゴブリンスレイヤーが一通り確認したところ、返答は次のようなものだった。褪せ人は冒険者ではなく旅人であること。旅の途中で偶然、この洞窟を見つけて興味本位で入ったこと。そして、奥からゴブリンスレイヤーと女神官の声が聞こえたので急ぎ駆け付け、祈祷で治療したのだと。

 

(……不可解だ)

 

 褪せ人の言う祈祷が奇跡の類であることは推測できる。だが、洞窟はゴブリンをはじめとした危険な生物の住処であることは子供でも知っている常識だ。冒険者でも王国の騎士でもない旅人が、偶然見かけた洞窟に入るなど普通は考えられない。そもそも彼の身に着けている装備は、どう考えても旅人が身に着けるような代物ではない。

 

 ゴブリンスレイヤーがどうしたものかと考えていると、褪せ人が洞窟の奥へ移動しようとする。

 

「待て、ゴブリンが待ち伏せしている」

 

 褪せ人はゴブリンスレイヤーの言葉に立ち止まる。少し考えるそぶりをすると、褪せ人は腰に付けていた剣を抜いた。

 その剣は装飾が施された直剣であった。刃の半身は炎を纏い、その逆側の半身には夜空の星を思わせる輝く石が施されていた。

 褪せ人は準備はできたとばかりに、また進み始める。ゴブリンスレイヤーが再び呼び止めるが、今度は立ち止まらず進んで行く。協力し合うつもりは無いらしい。

 自分も進みたいところだが、駆け出しの冒険者達を放っておく訳にもいかない。

 

「あの人は一体……」

「わからん」

 

 女神官の問いに、ゴブリンスレイヤーは簡潔に答える。そして、意識を切り替える。あの褪せ人は気にかかるが協力しないのであれば、どうなろうと自己責任だ。最低限の警告はした。まずは状況を整理することが先決だ。

 ゴブリンスレイヤーは、駆け出しの冒険者に幾つか質問する。彼は新人の冒険者達がゴブリン退治に行ったことしか聞かされていない。話し合いを行い、ゴブリンが奇襲に使った横穴と周囲の状況を確認し始める。

 

 青年剣士の亡骸は直ぐに見つかった。あまりにも酷い惨状に女神官は吐きそうになる。女魔術師も吐きそうになるが、堪えて周囲をよく観察する。

 

「女武道家がいないわ」

「あ、そ、そうです、もう一人仲間が……!」

 

 女神官達を逃がす為に奮闘し、ゴブリンに捕らわれた女武道家が見つからない。引きずられた跡があることから、奥に連れて行かれたことが分かる。

 

「はやく、助けに──」

 

 女神官が言い終わる前に、奥から大きな叫び声が聞こえて来る。耳をつんざくような悲鳴であった。その場にいた冒険者達は、それが何から発せられたのか瞬時に理解できた。

 

 ゴブリンだ。

 ゴブリンの断末魔だ。

 

 叫び声に混ざり、暗闇から足音が一つ聞こえてくる。走っているようだ。ゴブリンスレイヤーはベルトから短剣を抜き、足音の主に向かって投擲する。短剣が突き刺さる音、そして何かが倒れる音。松明で照らすと、ゴブリンが喉を短剣で刺されて死んでいた。ゴブリンスレイヤーは殺したゴブリンを観察する。

 

(……短剣以外の傷が無い。こいつが現れたタイミングからして、横穴に居たゴブリンが叫び声を聞いて巣から逃げようとしたか)

 

 横穴まで戻って正解だった。ゴブリンは一匹でも逃がすわけにはいかない。

 ゴブリンスレイヤーが観察を終える頃には、叫び声は止んでいた。辺りは静寂につつまれ、耳を澄ましても足音一つしない。

 

「巣の奥へ行く」

 

 何が起きたのかは想像がつくが、確認しなければならない。女武道家や村娘の安否はもちろん、ゴブリンの生き残りがいないどうか。

 

「お前達はどうする?」

 

 ゴブリンスレイヤーは駆け出しの冒険者達へ問う。後の事は彼に任せて、彼女達は戻る事もできる。女神官も女魔術師も戻りたいという気持ちがある一方、仲間を探しに行きたいという気持ちもあった。数瞬、思考を巡らして先に決断を出したのは女神官であった。

 

「行きます!」

「……私も行くわ」

 

 少し遅れて女魔術師も答える。杖を折られた自分は足手纏いにしかならないだろう。それでも、仲間を見捨てることはできない。

 ゴブリンスレイヤーは二人の返答を聞くと、簡潔に助言をして奥へ進み始める。

 

「警戒を解くな。暗闇では音を聞け」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 聞こえてきた足音に、ゴブリンシャーマンは口角をあげる。足音はゴブリンのものではない。しかも一つだけだ。つまり、侵入者が一人でやってくるという事。斥候が戻らない事が少し気になったが、相手が一人ならやる事は一つだけだ。

 

 部下を配置につかせて、待ち伏せする。

 

 今か今かと待っていると、侵入者が剣を構えながら姿を現す。同時に部下が侵入者に襲いかかる。

 マヌケめ。シャーマンが嘲笑っていると──

 

 襲いかかった部下が炎に焼かれた。

 

 侵入者が振るう剣から炎が吹き出していた。悲鳴を上げながら焼かれていく部下達。ゴブリンシャーマンは慌てて呪文を唱えようとするが、侵入者の剣先から今度は光の奔流が放たれる。夜空の彗星を思わせる奔流に肉体を抉られ、ゴブリンシャーマンは悲鳴を上げる暇もなく死んだ。

 最後に残ったホブゴブリンはパニックを起こす。正常な判断力を失い、泣き叫び、武器をめちゃくちゃに振り回す。侵入者は、そんなホブゴブリンのもとへゆっくりと向かって行った。

 

 

 

──────────

 

 

 

 奥にある広間へと進んだゴブリンスレイヤーと駆け出しの冒険者達は目を見開いた。広間の入口付近には焼死体のゴブリンが数匹、中央には刃物で切り刻まれたホブゴブリンの死体、奥のゴブリンシャーマンに至っては肉体のほとんどが消失していた。シャーマンが座っていた人骨の玉座は崩壊し、玉座の裏に隠れていたゴブリンの子供も既に死んでいた。

 

(……凄まじい、おまけに徹底している)

 

 ゴブリンスレイヤーは死体の数を数える。自分がこの巣で殺したゴブリンも含め、全部で二十二匹。取り逃しは無さそうである。

 女魔術師は周囲を見渡し、褪せ人を探す。しかし、見つからない。松明で周囲を照らしながら確認するが、居るのはゴブリンに捕らわれた人達だけだ。

 

「……あの人は?」

「わからん。ここにはもう居ないようだな」

「そんな!」

 

 横穴を通っている間に、外へ出たのだろうか。

 ゴブリンスレイヤーの返答を聞き、女魔術師は咄嗟に走り出した。

 

「女魔術師さん!」

 

 女神官が呼びかけるが、それに構わず女魔術師は出口へ向かって走った。

 

「大丈夫でしょうか?」

「巣のゴブリンは壊滅している。もし生き残りが居ても走れば逃げ切れるだろう」

 

 ゴブリンスレイヤーは捕らわれた人々の救助を始める。女神官は少し迷ったが、ゴブリンスレイヤーを手伝う事にした。

 

 そして、女神官はゴブリンに捕まった人達の末路を見た。女武道家は生きてはいたが、心が壊れていた。その惨状に女神官は嘔吐し、涙を流したのだった。

 

 ゴブリンスレイヤーは、これはよくある話だと語った。それを聞いた女神官は、様々な思考が頭の中を駆け巡り、よくわからなくなってしまった。ただ、ゴブリンは皆殺しにしなければならない、というゴブリンスレイヤーの言葉には同意できたのであった。

 

 

 

──────────

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 女神官が惨状を目の当たりにしていたころ。女魔術師は必死に駆けていた。

 彼女はまだ助けてくれた恩人にお礼も言えていなかった。恩人に感謝の言葉も送らず別れたくはなかった。

 

 息を切らしながら、洞窟の出口より外へ出る。急いで外へ出た為、太陽の明かりに目が眩んでしまう。目を細めながら、褪せ人の姿を探すがよく見えない。

 

 

 ふと、指笛が聞こえてくると同時に馬の嘶きが耳に入ってきた。

 

 

 目が漸く慣れてきて、緑の草原が見えてくる。

 そこには、角を2本生やした馬に跨る褪せ人の姿があった。こちらを見ているのが分かる。

 女魔術師はお礼の言葉を出そうとするが、息が切れて上手く声が出ない。

 せめてもの思いで頭を深く下げる。感謝の気持ちが伝わるように。

 

 どれくらい頭を下げたであろうか。恐る恐る顔を上げると、褪せ人はまだそこにいた。そして、首を一度だけ縦に振ると、馬を駆り去って行く。

 去り際、背中の青い外套に描かれた紋章が微かに見えた。女魔術師は、その剣と杖が交差する紋章がしばらく頭から離れなかった。




 補足説明

 褪せ人の装備について

 元々獣集いの武具を着ていた者はある思いから、背律の道を歩んだ。褪せ人も同じ思いを抱いて、暗い夜の道を歩むことを選んだ。その思いを忘れぬよう、褪せ人はこの鎧を着る。
 ただし、兜は別である。兜の獣は目と耳を覆っている。それは駄目だ。褪せ人には、見たいもの、聞きたい声がある。故にそれを見るに、聞くに、最も相応しい兜をかぶる。かつて、満月の女王に仕えた騎士の鉄兜を。
 鎧の青い外套には、元々紋章は無かった。褪せ人はある者に頼み、紋章を青い外套に縫わせたのだ。それは夜空に旅立つ前の、地上での思い出作りの一つでもあった。

 褪せ人は、狭い場所では王家に伝わる直剣を、開けた場所では結びと共に送られた大剣を扱う。
 左手の聖印は、己の行いに最も相応しいものを握っている。褪せ人にとって、神とは狩るものである。
 他にも雷を纏う槍、死を宿した黒い刃、青い王笏なども扱う。



褪せ人の祈祷

 毒の治療には、もっと良い祈祷がある。だが、褪せ人はそれを使わない。暗い夜の道を歩むと決めた時、その祈祷を自ら封印した。黄金律と二本指の祈祷を。
 黄金樹の祈祷は封印していない。特に古き黄金樹の祈祷には、最初の王を敬う気持ちが込められている。偉大な戦士でもある最初の王は、戦いの果てに褪せ人を王と認めた一人であったから。
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