狭間の地から四方世界へ   作:段々畑

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連休中に投稿しようとして、ここまで遅れてしまった。
本当に申し訳ございません。

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。


腐敗の怪物と奇矯者ーお針子

 輝石の礫が頭部に直撃し、怯んだ隙に短剣で突き刺される。短剣は喉に突き刺されていたが、それでも反撃を行おうとする。しかし喉から引き抜かれた短剣が、今度は眉間に突き刺され倒れてしまう。それでも立ち上がろうとするが、眉間の短剣がより深々と刺されてしまう。朱い腐敗に侵されたホブゴブリンは、漸く動かなくなった。

 腐敗したホブゴブリンが死んだことを確認し、ゴブリンスレイヤーは立ち上がる。

 

「……確かに中々死なないな」

 

 ただでさえ、一般的なゴブリンよりも強いホブゴブリンが、より頑強になっている。様子を岩陰から見ていた女神官が話しかける。

 

「これも朱い腐敗の影響なのでしょうか?」

「間違いないと思います」

 

 女神官の疑問に、お針子が答える。彼らは、村を荒らし回っている腐敗したホブゴブリンを退治しに来ていた。

 通常なら見られない腐敗したホブゴブリンの群れ、倒した数は4匹に上るが未だ全滅には至っていない。目撃情報から察するに、まだ10匹は残っている。外にいた者たちは倒したので、残りは洞窟の中だろう。

 

「しかし、気に入らんな……」

「腐敗の影響がですか?」

「それもあるが、この装備もだ」

 

 ゴブリンスレイヤーは、腐敗したホブゴブリンの武器を拾い上げる。一般的なホブゴブリンの武器は、棍棒や金棒である。しかし、拾い上げたものはどちらでもなかった。

 一見すると短い曲刀か手斧のように見えるが、それは柄を短く切り落としたグレイブであった。グレイブは、金属でも石でも木でもなく硬質の貝類で作られている。

 

「腐敗の眷属の武器、それに手を加えた物ですね」

「ゴブリンに武器を提供するとはな……」

 

 お針子が武器の正体を口にし、ゴブリンスレイヤーが唸る。腐敗したホブゴブリンの武器は、紛れもなく腐敗の眷属である蟲たちが使う武器であった。

 

 腐敗の都市が焼き払われた後、その残党は西方辺境に逃げ込んだ。腐敗した怪物の大部分は、軍が懸命に捜索し殲滅した。しかし全ての怪物に対処することはできない為、一部の怪物は無視されることになった。その筆頭が、腐敗したホブゴブリンだ。

 本来のホブゴブリンは、ゴブリンが成長する際に先祖返りした者たちである。しかし、彼らは朱い腐敗の影響でホブゴブリンとなった者たちであった。彼らは、知性が低下している代わりに頑強かつ凶暴化しており、村を見境なく襲撃するようになっていた。

 国は腐敗したホブゴブリンに懸賞金を出すことにし、冒険者に対処させることにした。しかし、相も変わらず依頼を受ける者は少なかった。死体を必ず処理しなければならないことも、不人気に拍車をかけていた。

 報酬に関係なく、ゴブリンを積極的に相手にする冒険者がいたことは、幸運なことであった。

 

 ゴブリンスレイヤーは、洞窟の中で寝ていた腐敗したホブゴブリンに短剣を投げつけると、直ぐさま撤退する。洞窟の入口でお針子と女神官に合流すると、背後から腐敗したホブゴブリンが叫びながら追いかけて来た。

 

「あの……これで大丈夫何ですか?」

「問題ない。こいつらはバカで()()()()

「マヌケですか……」

 

 洞窟の入口には、大量の油が敷かれていた。腐敗したホブゴブリンたちは次々と油に突っ込んで来て転倒していく。後続から続いてくる者たちも、転倒した仲間を気にも留めず突っ込んで来る。

 

「幾ら頑強でも、マヌケな奴は並みのゴブリン以下だ」

 

 これが普通のゴブリンなら油を警戒し、突っ込んで来ることはない。場合によっては、別の通路を使って背後に回り込もうとしてくるだろう。だが、腐敗したホブゴブリンはその程度のことすら考えられない。

 

 ゴブリンスレイヤーは、全員が油まみれになったことを確認すると松明を投げ入れた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 日が沈んだ頃のギルド 、幾つかの冒険者たちが帰還して酒を飲みながら談笑していた。

 ゴブリンスレイヤーたちは、ホブゴブリン退治から帰還すると受付嬢へ報告を始める。

 

「報告はやっておく。もう休め」

「ふぁ……よろしくお願いします。ゴブリンスレイヤーさん、お針子さん、おやすみなさい……」

「おやすみなさい、女神官さん」

 

 女神官は小さく欠伸をし、目をこすりながら二階の宿に戻っていった。女神官が戻ったことを確認すると、ゴブリンスレイヤーは報告に、お針子は周囲の知り合いに挨拶をする。

 

「皆さん、お疲れ様です」

「おう。かみきり丸にお針子、ご苦労じゃな」

「お針子殿、腐敗したホブゴブリンとやら如何でしたかな?」

「とてもしぶとかったです。でも、ゴブリンスレイヤーさんの敵ではありませんでした」

 

 お針子は、ゴブリンスレイヤーがどの様に腐敗したホブゴブリンに対処したかを説明する。妖精弓手が、呆れたように声を出した。

 

「オルクボルグは、ほんっとに相変わらずねぇ」

「しかし、今回ばかりは小鬼殺し殿のやり方が最適でしょう」

「どの道、死体を燃やさないといかんからのぅ」

 

 朱い腐敗に侵された怪物は、燃やさなければならない。一つの死体から広範囲に朱い腐敗が広まることはないが、放っておけば惨事の原因になりかねない。未だに、腐敗の治療法は見つかっていないのだから。

 

「けれど困りました。ホブゴブリンは退治しましたが、腐敗の眷属を見つけることができませんでした」

「その眷属って、腐敗が無い場所では生きられないんでしょ?もう死んでるんじゃない?」

「だと、良いんですが……」

 

 お針子が不安そうな表情を浮かべていると、ギルドの扉が開けられた。入ってきた人物を見て、お針子は驚き、ゴブリンスレイヤーもそちらを振り返る。

 

「あぁ、良かったぁ。帰っていたんだね」

 

 入ってきたのは、牛飼娘であった。走っていたのか息を切らしており、ゴブリンスレイヤーを見て安心しているのが分かる。

 

「今報告を終えて帰るところだが、何かあったか?」

「それが……牧場の外れに見たことない人がいるの……」

「盗賊か?」

「そんな感じではないんけど……」

「直ぐに行く。報告は以上だ」

「お疲れ様でした。ゴブリンスレイヤーさん」

 

 ゴブリンスレイヤーの返事を聞いて、牛飼娘は安心する。報告を聞いていた受付嬢は、少し名残惜しそうにしていたが、直ぐにいつもの笑顔に戻る。

 

「行きましょう、ゴブリンスレイヤーさん」

「オルクボルグ、私も行くわ」

「拙僧も行きますぞ。牧場に何かあれば、あのチーズが食べられなくなりますからな」

「酒のつまみが減るのは良くない。仕方ないのぅ」

 

 お針子だけでなく、妖精弓手と蜥蜴僧侶、鉱人道士も牧場に付いて行く事になった。牛飼娘は、冒険者たちに深く感謝した。

 

 

 

──────────

 

 

 

「伯父さん、帰ったよ」

「ああ、戻ったか」

 

 牧場主は家の外で待っていた。牛飼娘が冒険者たちを連れて来たのを見て、安心した様子であった。ゴブリンスレイヤーが牧場主に事情を確認する。

 

「不審な人がいると聞きました」

「ああ、牧場の外れに人がいてな。街道の方だ。盗賊ではなさそうなんだが、行商人にも見えん」

「わかりました。二人は家にいてください」

「すまない。よろしく頼む」

 

 ゴブリンスレイヤーたちは二人を牧場の家に帰すと、直ぐに移動を開始する。

 しばらくすると、牧場主の言う通り遠目で街道に人がいるのが見えた。剣を地面に突き立て、岩に腰掛けている。

 

「何あれ?道化師?」

「ふぅむ、確かに盗賊ではなさそうですな」

「まぁ、あんな派手で目立つ衣装の盗賊など、普通おらんじゃろう」

 

 腰掛けている人物は、色鮮やかな鎧を着込んでいる。ぼろ布のフードに隠れて、顔は見ることができない。

 

「空を見上げているようだけど、何をしているのかしら?」

「星を見ているようだ」

「まるで、お針子殿のようですな」

 

 ゴブリンスレイヤーたちの陰にいたお針子が、腰掛けている人物を見る。しばらく観察した後、あっと声を出した。

 

「あの人、王の知り合いかもしれません」

「会ったことあるのか?」

「いえ、でもあの特徴的な装いには聞き覚えがあります。オイラが話し掛けても良いですか?」

「構わない。油断はするな」

 

 ゴブリンスレイヤーたちが近づくと、腰掛けている人物が気付いて振り向く。

 

「ほう、冒険者か」

「はい、あなたはここで何を?」

「星を見ておる。今夜は星が実に良く見える」

「星見ですか。その鎧の装い……もしかして、戦祭りの主催者である奇矯騎士様ではないですか?」

「確かに儂は戦祭りを開いたことがあるが………」

 

 奇矯騎士は怪訝な顔を浮かべた後、お針子が狭間の地の出身者であることに気づく。

 

「おぬし、もしや狭間の地の亜人か?」

「おっしゃる通りです。王にお針子として仕えています」

「やはりそうか。おぬしが亜人のお針子か」

 

 お針子と奇矯騎士は、お互いに自己紹介と事情を説明する。お針子はゴブリンスレイヤーたちとの出会いから、今までの冒険のことを。奇矯騎士は、腐敗の都市での出来事から西方辺境まで来た理由を。

 

「なるほど、騎士殿は収穫祭を見に西方辺境まで来られたと」

「わざわざ辺境まで来るとは、まさに奇矯者じゃなぁ」

「でも、収穫祭ってまだ先でしょ?」

「待つのには慣れておる。開催を待つのも、祭りの楽しみの一つよ」

 

 お針子の知り合いと分かり、警戒を解いて奇矯騎士に話しかける。

 

「しかし、牧場の者たちには要らぬ不安を与えてしまったな」

「こちらから説明しておく」

「感謝する。儂も、星見は別の場所で行うことにしよう」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、奇矯騎士は礼を述べる。悪意がなかったとは言え、奇矯騎士も己に非がないとは思っていない。

 

「うぅ……王よ、我が王よ......」

 

 お針子は、奇矯騎士から王が己を気に掛けていることを知り、目から涙をこぼしている。奇矯騎士としても、祭りを目当てに訪れた場所で出会えたことに喜んでいた。同時に、少し思うこともあった。

 

「しかし、まさか冒険者をしておるとはな……王が知ったら、さぞ驚くじゃろうな」

「承知の上です。王に再会できたら冒険者証を返却して、冒険者を辞めるつもりです」

「それが良いだろう。おぬしが冒険者をしていることを、王が喜ぶとは思えん」

「え、ちょ、ちょっと、どういうこと!?」

 

 お針子と奇矯騎士の言葉に、妖精弓手が驚く。

 

「何を驚いている?」

「何をって……オルクボルグは何も思わないの?」

「お針子は王に会うため冒険者を始めた。目的を果たせば、危険な冒険者を辞めても不思議ではない」

「それは、そうなんだけど……」

「なるほど、己の本懐を遂げた後なら致し方ありませんな」

「こればかりは他人が口出すことはできないからのぅ」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、妖精弓手は渋々引き下がる。蜥蜴僧侶は納得し、鉱人道士は残念そうにしている。冒険者は、危険が伴う職業なのは周知の事実である。尤も、彼らが冒険者をやりたがらないのは別の理由もあるのだが。

 

「俺は牧場に戻る。お針子はどうする?」

「オイラは、もう少し奇矯騎士様と一緒にいます」

「そうか」

「拙僧らもギルドに戻りましょう」

 

 お針子と奇矯騎士を残し、各々は挨拶を済ませて帰ることにする。

 その後、二人は一晩中星について語り合った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 次の日、ゴブリンスレイヤーと女神官がギルドに入ると、お針子が駆け寄って来た。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、受けて欲しい依頼があります」

「ゴブリンか?」

「腐敗したホブゴブリンと腐敗の眷属です」

「眷属……ゴブリンに武器を渡した奴か。居場所が分かったのか?」

「奇矯騎士様が調べました。昨日の洞窟から、そう遠くない場所です」

「えっと、どなたでしょうか?」

 

 お針子が、女神官に奇矯騎士について説明する。ゴブリンスレイヤーたちには伝えていないが、お針子と奇矯騎士は星見で腐敗の眷属の居場所を調べていたのだ。

 

「なるほど、収穫祭を見に辺境まで。ということは、その奇矯騎士様が依頼主なんですか?」

「いえ、依頼主はオイラです」

「え?どういうことですか?」

 

 奇矯騎士は一人で戦うつもりであったが、お針子がギルドに依頼を出すことを提案した。しかし、奇矯騎士は報酬となるものを持ち合わせていない。そこで、お針子が立て替えることにしたのだ。

 近くで聞いていた、妖精弓手が口を挟む。

 

「理由は分かったけど、そこまでしないといけない物なの?そもそも、死体が腐るのは自然の流れなのよ?」

 

 自然に存在する腐敗は、死体を地に帰して植物や樹を育てる。そして、雨が降れば水を通して川や海の生き物に恵みを与えるのだ。故に腐敗は、自然の循環に欠かせないものである。

 

「その目で見れば理解できると思います。あれは自然の物ではなく、決して広めてはならないと」

 

 妖精弓手の言葉を、お針子は強く否定する。そもそも朱い腐敗の起源は外なる神にあり、世界を侵す侵略者の一部とも言える。自然に生まれる物ではなく、朱い腐敗に侵された者が自然に帰れる保証は何処にもないのだ。

 

「準備が出来次第、すぐに出発する」

「ちょっと待って、私も行くわ」

「え?でも報酬は2人分しか……」

「ツケでいいわ。今回だけ特別よ。朱い腐敗を、この目で見てみたいし」

 

 3人はお針子の助言の元に準備を進める。そして奇矯騎士と合流し、出発した。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「むん!」

 

 奇矯騎士が炎を放つと同時に、フランベルジュを強く振るう。フランベルジュは炎を纏い、腐敗に侵された怪物を容赦なく燃やしていく。ホブゴブリンだけでなく、腐敗の眷属が飼いならしていた狼まで。彼の力量は、狭間の地にいた頃から全く錆びる様子がない。

 

「……凄い」

 

 女神官は、奇矯騎士の技に感嘆を述べる。力強く振られる炎を帯びた剣、お針子の術とは異なる輝く剣の魔術。彼が一人で討伐に出ようとしていると聞いた時は、まさかと思った。しかし、目の前で起きていることを見れば、彼なら可能なのではないかと思える。

 ホブゴブリンと狼、合わせて8匹。その内、5匹を彼一人で倒してしまった。

 

「想像以上の力量だ」

 

 ゴブリンスレイヤーも、奇矯騎士の力量に少なからず驚いていた。お針子から、奇矯騎士のことは一通り聞いてはいた。しかし、お針子自身も王から聞いていただけで、奇矯騎士の戦いを見るのは今回が初めてだ。百聞は一見に如かずとは、よく言ったものである。

 

「外の怪物は片付きましたね。しかし怪物を退治して、その後はどうしましょう?穴を崩しても、中に溜まっている水をどうにかしないと腐敗が広まってしまいます」

 

 彼らが来ていたのは、鉱山の跡であった。周辺が朱い腐敗に侵され始めていることから、ここに腐敗の眷属が潜伏しているのは間違いない。同時に、鉱山の何処かに水が溜まっていることも。この辺りで水脈を掘り当てたという話はないことから、雨水が長い時間を掛けて溜まったものだと思われる。

 

「手はある」

 

 ゴブリンスレイヤーは、道具袋から巻物を取り出す。女神官が怪訝な顔をしながら、ゴブリンスレイヤーに問う。

 

「先に確認しておきたいんですが、その巻物を発動させると何が起こりますか?」

「こいつは《転送》の巻物だ。指定した場所は───」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、女神官は絶句してしまう。しかし、お針子と奇矯騎士は感心する。

 

「なるほど、それなら朱い腐敗もどうにかなります」

「ふむ、おぬし中々の切れ者じゃな」

「ゴブリンもゴブリンに手を貸す者も、見逃すわけにはいかない」

 

 後は腐敗の眷属を倒し、水場を見つけるだけ。

 方針が決まった時、女神官は一つの違和感に気づいた。先ほどから、妖精弓手が静かなのだ。

 

「妖精弓手さん、どうかしましたか?」

「……いえ、別に。早く行きましょう」

 

 いざ、鉱山の中に乗り込もうとしたときだ。中から、粘つく糸のようなものが飛んでくる。ゴブリンスレイヤーたちは、周囲の岩陰に身を隠し襲撃者の姿を確認する。

 それは長い胴体を持つ蟲であった。長い手足が二本と短い手が無数に生えており、長い手には長柄武器が握られている。明らかに人ではないにも関わらず、その手足だけは人と似た形をしていた。

 初めて見たゴブリンスレイヤーたちも、それが腐敗の眷属だと直ぐに理解できた。腐敗の眷属は、手を空へ掲げて粘つく糸を飛ばして来る。腐敗に仕えんとする者たちの祈祷、《蟲糸》だ。しかも腐敗の眷属は一匹ではないらしく、《蟲糸》が絶え間なく飛んで来る。

 

「私が引き付けるわ」

「え、ちょっと、妖精弓手さん!」 

 

 妖精弓手が、返事も待たずに駆け出す。岩陰を利用し、上手いこと腐敗の眷属の背後に回りこむと、用意していた火矢を放つ。火矢が腐敗の眷属に突き刺さると、一斉に妖精弓手の方を振り向き《蟲糸》を放つ。妖精弓手は直ぐに岩陰に隠れ、《蟲糸》を回避する。しかし《蟲糸》に気を取られて、一匹の腐敗の眷属が接近していることに気づかなかった。腐敗の眷属がグレイブで攻撃し、それを妖精弓手が避けたところを《蟲糸》が襲い掛かる。

 

「───ッ!」

 

 《蟲糸》は遂に命中し、妖精弓手は深手を負う。腐敗の眷属は、止めを刺そうと《蟲糸》を再び放とうとする。しかし、突如として己と周囲が油まみれになり、火が放たれる。油から逃れた者も、奇矯騎士が燃え盛るフランベルジュで胴体を寸断する。

 腐敗の眷属が全滅したことを確認し、女神官が妖精弓手に駆け寄り《小癒》を施す。

 

「妖精弓手さん、どうして!あなたまで無茶をしないでください!」

「……ごめんなさい」

 

 目に涙を貯め、感情が入り混じりながら、女神官は妖精弓手を説教する。彼女が、ゴブリンスレイヤーのように無茶をしたことが許せなかったのだ。妖精弓手は女神官に謝罪すると、直ぐに立ち上がる。

 

「言い訳は後でさせて、早く腐敗を止めないと」

「本当に平気か?」

「……もう、あんな無茶はしないわ」

 

 ゴブリンスレイヤーの問いに簡潔に答えると、妖精弓手は鉱山の中に向かって歩き出した。

 

 その後、鉱山の中を進み無事に水場を発見した。道中、ホブゴブリンと腐敗の眷属が何体かいたが、問題なく対処できた。

 鉱山の高低差を利用して雨水が貯められた水場には、沢山の生き物の死体が投げ入れられており、朱い腐敗に侵蝕されている。

 妖精弓手が、朱い腐敗を観察する。

 

「……やっぱり、これが原因なのね」

「何の話ですか?」

「精霊たちが泣き叫んでいるの。こんなの初めてだわ」

 

 妖精弓手には、鉱山に近づいた時から水の精霊と土の精霊の叫び声が聞こえていた。自然に属さぬ朱い腐敗は、精霊も他の生き物も腐敗で蝕み殺す。そこから生まれる恩恵を受けることができるのは、腐敗の眷属ぐらいである。自然の循環で行われる、腐敗とはかけ離れた物だ。

 

「オルクボルグ、さっきの巻物を使って。お針子の言う通り、これは絶対に広めてはならないわ」

 

 妖精弓手の言葉に、女神官は驚く。ゴブリンスレイヤーのやり方に、いつも眉をひそめている妖精弓手がここまで言うなんて想像できなかったから。

 

「鉱山の大きさは思ったほどではなかった、入口から巻物を使う」

 

 鉱山の入口まで戻ると、ゴブリンスレイヤーは巻物を使用する。転送されて流れ込んできた物に、鉱山内の朱い腐敗と怪物の死骸は焼け溶けて、骨も残ることは無かった。

 

「先日、王も似たような事をしていたのう」

「ゴブリンスレイヤーさんみたいに、火山の溶岩を《転送》したんですか?」

「いや、古い呪術に溶岩を呼び出す術があるのじゃ」

 

 鉱山に溶岩が流れ込んでいく様子を、妖精弓手は少し離れた場所で座って見ていた。その表情は、悲愴に満ちている。女神官とお針子が近づき、妖精弓手に話しかける。

 

「大丈夫ですか?」

「正直、かなりきついわ。自分の認識の甘さを、こんなに憎く思ったのは最初のゴブリン退治以来よ」

「仕方ないことです。オイラの故郷でも、あの地に花が咲くまで腐敗の危険性を理解していた者は、ほとんどいなかったのですから」

「故郷、ね………街に帰ったらお姉さまに手紙を出そうかしら。こんなものが、私の故郷に蔓延するなんて耐えられないもの」

 

 ゴブリンスレイヤーが巻物を使い終えると、鉱山の入口を確認する。溶岩は鉱山を満たし、もう雨水を貯めることは不可能だ。朱い腐敗の発生源は、完全に潰された。

 妖精弓手が、不安そうに周囲を見渡す。

 

「周囲の大地は大丈夫かしら?」

「発生源を持たぬ腐敗は恐れるに足りん。後は、自然の力に任せれば良い」

「……そうね。自然だって決して軟ではないわ」

 

 妖精弓手が、先ほどより少しだけ明るい声で返事をする。自然に存在する物も、無力なわけではないのだ。人が免疫を持つように、狭間の地のキノコも腐敗に対抗して毒を身に着けたのだから。

 

 鉱山の外にいた怪物の死骸も全て燃やしたことを確認すると、ゴブリンスレイヤーたちと奇矯騎士は鉱山を後にした。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「お針子、礼を言う。おぬしのお陰で、無事に腐敗の発生源を潰せた」

「お礼はオイラにではなく、ゴブリンスレイヤーさんに。発生源を潰せたのはあの人のお陰ですから」

「うむ、あの冒険者は実に良い。月擬きが喜ぶ冒険ではなく、ゴブリン退治に徹底しているところが特にな。正に、小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)よ」

 

 夜の街付近で、奇矯騎士とお針子が星を見ながら語り合う。奇矯騎士は、月擬きが用意する冒険を行う冒険者の中に、ゴブリンスレイヤーのような者がいることが嬉しかった。しかし、今回の事で悲しい事実にも気づいてしまった。

 

「お針子よ、すまぬ。儂は街を去ろうと思っている」

「え?収穫祭を見て行かないのですか?」

「ああ、もう良いのだ。この地の祭りを、儂は楽しむことができない」

「何があったのですか?」

 

 それは、鉱山に向かう道中で休憩を取った時であった。奇矯騎士に、女神官が話しかけてきたのだ。

 

『奇矯騎士様。その……相談に乗ってもらって良いですか?』

『む?儂に相談?』

『奇矯騎士様は祭りが好きで、過去には主催者も務められたと聞いたので』

『ふむ、祭りに関する相談というわけか』

『はい、収穫祭の祝詞について』

 

 奇矯騎士は、この世界の祭りをまだ詳しく知らない。神に関しても同様で、その祝詞となれば尚更である。故に、過去の収穫祭の祝詞を女神官から聞いたのだ。

 

「聞くに耐えんかった」

「そんなに酷いものだったのですか?」

「この世界の者にとっては、素晴らしいのだろう。だが儂には、祝福の言葉ではなく、呪いの言葉に聞こえるのだ。おぬしのように王の苦難の道と、黄金の祝福がもたらした物事を知る者にも、同じように聞こえるであろう」

 

 奇矯騎士は憤慨していた。神から与えられる祝福は、転じて呪いになりうることを褪せ人たちは良く知っている。

 

「何と嘆かわしいことか!冒険をさせるためだけに冒険を用意し、その結末を骰子に委ねるなど!この世界に住まう者は、あの祝詞の意味を恐ろしさを、どれだけ理解しておるのか」

 

 奇矯騎士のフードに隠れた仮面、その下から涙が流れている。お針子は、その様子をただ黙って見ていることしかできなかった。

 涙を流し終えると、奇矯騎士は立ち上がる。

 

「お針子よ、儂はもう行くとしよう。おぬしとゴブリンスレイヤーに出会えただけでも、この街に来た甲斐はあった。もし、王と再び出会うことがあれば、おぬしのことを伝えておこう」

「………はい、ありがとうございます」

「縁があれば、またどこかで会おう。王に仕えし、お針子よ」

 

 立ち去る奇矯騎士の背中を、お針子は見えなくなるまで見つめていた。

 空からはもう星の姿は消え始め、日が昇り始めていた。

 収穫祭まで、あと僅か。




出来ることなら、連休中に二話投稿しようと思っていたのに。
遅筆な自分が憎いです。



朱い腐敗の巨大化について補足

巨大な犬と鴉がいる理由は諸説あり、古代の巨人の遺体が朱い腐敗に侵された地にあることから、元々巨人の領域で大きな生物が住んでいたという説もあります。本作では、朱い腐敗による進化や先祖返りなどの、突然変異を理由としております。
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