皆さんも気をつけてください。
感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
……王よ、狭間の地へ戻ろう
戻って我らの旅を再開しよう
我々が手を貸さなくても良い
この世界の運命は
この世界に住まう者たちに任せれば良い
……そんなに、お針子が気になるか
私に嫉妬でもさせる気か?
ん?ふふ、そうだな
私も義弟たちを今でも愛しているよ
つまり、お互い様ということか
それに、このまま去るのは後味が悪いか
せめて彼女たちに異変について
話してやらねばな
彼女たちと交流し、
お針子を見つけたら帰還するぞ
……この世界に長く留まらないでくれ
私の王よ
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『お前は、よく学ぶものだな。我が弟子ながら、感心するよ。こんなに早く、歩きはじめるとはな。もっとも、師がよいのだろうがな』
脳裏に恩師の言葉が、浮かんで来る。優れた才を持つが故に禁忌に触れ、それを止めるべく己の手で殺した恩師が。
師よ、何故禁忌にこだわった
禁忌に触れずとも、素晴らしい
探究の道があったであろうに
貴方が見向きもしなかったであろう
鈍石がそれを証明したというのに
禁忌の先に何があるのか
わかっていたであろうに
褪せ人が恩師を思い出し嘆いていると、褪せ人の側にいる少女が不思議そうな顔をする。褪せ人は少女に謝罪し、続きを始める。
人に物事を教えることは初めての経験だ。誰かに教えてもらうことや、共に学ぶことはあったが、教える事はなかった。しかも、その相手は賢者と呼ばれている少女だ。聞いたところ、己の指導はそれほど悪くないらしい。お世辞ではないと願いたいところだ。
賢者の名に偽りは無い。彼女は苔薬の製法書を読み解き、作り方を学んだ。更に、腐敗を治せる火の祈祷も理論のみだが己から学んだ。
苔薬は製法書と材料を錬金術師に渡し、同じ薬効を持つ薬の研究と開発を行う。火の祈祷は、悪神の代わりに火の精霊の力で再現を目指すらしい。
何故、褪せ人が賢者に教授することになったのか。それは褪せ人が聖樹を調べ終え、最深部にある建物から外へ出ようとした時まで遡る。
「久しぶり!僕のこと覚えてる?」
その声だけで、褪せ人は彼女が誰なのか直ぐに分かった。声の方を見れば、長髪の少女が手を振っていた。狂い火の魔神王と戦っていた勇者と、その仲間たちだ。
「良かった、覚えててくれたんだ。あの時は、本当にありがとう」
勇者が礼を言うと、賢者と剣聖も頭を下げて礼を言う。褪せ人は一先ず、彼女たちが此処に居る理由を問う。
「理由は2つあるよ。一つはこの聖樹を調べるため、もう一つは貴方に会うためだよ」
勇者たちが、褪せ人に会おうとしていた理由は複数ある。その1つが、朱い腐敗の治療方法を学ぶためであった。
褪せ人も勇者たちに会おうと思っていたので、渡りに船である。彼女たちに教えてやらねばならない。聖樹のこと、この世界で起きていることを。
彼女たちに、この世界の者に大罪を背負う覚悟はあるだろうか。それとも、何もせずにこれから起きる悲劇を受け入れるのだろうか。
どの道を歩むにせよ、神の託宣も神の賽の目も役に立たない。もう、そんな物でどうにかできる事態では無いのだ。
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奇矯騎士と別れ数日が経過した。あと一週間ほどで、収穫祭が開かれる。お針子は奇矯騎士の言葉が頭から離れず、収穫祭の日をどう過ごすか悩んでいた。いっそ一日中、牧場で過ごすべきだろうか。
「失礼、貴方がお針子さん?」
「え?は、はい。そうですけど」
ギルドの壁際で悩んでいると、急に声を掛けられた。顔を上げると、日焼けした肌を持つ女性がいた。格好からして、尼僧のようだ。
「あの、どなたでしょう?」
「初めまして。私は貴方と良く組んでる神官の……う〜ん、先輩と言えばわかるかな?」
「ああ、地母神の神殿の方ですか。女神官さんには、いつもお世話になっております」
「こちらこそ、妹分がお世話になっています」
彼女は地母神の神殿で、葡萄の世話をしている尼僧である。葡萄尼僧は軽くお辞儀をし、明るい笑顔で話しを続ける。
「ねぇ、あの子の服を良く直してくれているでしょ?貴方の腕を見込んで、頼みたい事があるの」
「え、オイラに頼み事ですか?」
「そうなのよ。いつも針仕事してる子が、体調を崩しちゃってね。代わりに針仕事をしてくれる人を探しているの」
何でも、収穫祭で使う特別な衣装と飾りを仕立てないといけないらしく、大急ぎで針仕事ができる者を探しているらしい。
「でも、オイラは……」
「あの子から聞いてるよ。貴方が見知らぬ人のために、針仕事をしない人だってことは。ここだけの話ね、仕立てて欲しい物はあの子に関する物なのよ」
「女神官さんに関する物ですか」
「そうなのよ。強引な頼みかたで申し訳ないんだけど、どうか引き受けてくれないかな?」
お針子は悩む。女神官のこと、奇矯騎士のこと、収穫祭のこと。様々な考えが浮かんでは、消えていく。しばらくして、お針子は決心する。
「分かりました。その針仕事を引き受けさせていただきます」
「ありがとう!あの子も喜ぶわ」
女神官への感謝もあるが、今は悩み事を忘れたいという気持ちもあった。針仕事はお針子にとって、悩みを忘れるのに最適な仕事だ。
そうしてお針子は葡萄尼僧と共に、地母神の神殿を訪れた。神殿の人々は神官長を始め、とても親切な人ばかりであった。神官長のゴブリンスレイヤーへの愚痴には、少し困らされたりもしたが。
この日からお針子は、地母神の神殿で針仕事だけでなく簡単な雑用も手伝うことになる。女神官への恩もあったが、神殿の人たちとの交流を経て自然と手伝うようになったのだ。
そんなある日、冒険者ギルドの一区画にある武具店にて。
「すみません、神殿からの使いです」
「ああ、お針子さん。ちょっと待っててください」
お針子は神殿の手伝いで、武具店に荷物を受け取りに来ていた。丁稚が奥へ荷物を取りに行っている間、お針子は店内を見渡す。すると、ゴブリンスレイヤーと女騎士が何やら話しているのが聞こえた。珍しい組み合わせである。
お針子は挨拶しようと、2人のもとへ移動する。
「ん?お針子もいたのか」
「はい、おはようございます。お二人とも、何か買いに来たのですか?」
簡単に挨拶を済ませると、お針子は質問する。すると女騎士は顔を赤らめ、言葉を詰まらせる。ゴブリンスレイヤーは、いつも通り淡々と答える。
「杭と綱を二巻。針金と材木の類。それと円匙の新調をな」
「ああ、なるほど」
聞くまでも無い。ゴブリン退治の道具を買いに来たのだろう。お針子は納得して、首を縦に振る。
その様子を見ていた女騎士は、お針子に顔を赤らめたまま質問をする。
「な、なぁ、お針子。お前はあれをどう思う?」
女騎士が指差した先には、一つの鎧があった。必要最低限の場所のみ装甲部位に覆われた、やたら肌の露出度が高い鎧だ。しかし、軽装にしても装甲が少な過ぎないだろうか。
お針子は必死に考え、自身の経験からその鎧に評価を下して、女騎士の質問に答える。
「とても勇ましい戦士の鎧ですね。女騎士さんにも似合うと思いますよ」
「い、勇ましい?」
「はい。オイラの故郷にも、あのように動きやすい衣装を着た戦士がおりました。とても気高い方で、戦斧を力強く──」
「ち、違う!そうじゃないんだ!」
女騎士は、顔を真っ赤にしながら横に振る。お針子が頭に疑問符を浮かべていると、女騎士がコホンと咳払いして説明を始める。
「女の冒険者はな、その、結婚できる相手が少ないんだ」
「そうなのですか?」
「そうだ。トロルやドラゴンを一撃で倒す女など、貰いたがる奴は中々いない。男というのは、おとぎ話に出てくるような姫君を好むのだ」
「はぁ、なるほど……」
どうもピンと来ない。王の結婚相手はドラゴンを倒すどころか、打ち負かした後に配下の騎士として忠誠を誓わせていた。しかし、あの方は姫君でもあったから、やはり女騎士の言う通りなのかもしれない。
女の冒険者が結婚できるのは、昔からの知り合いか一党の仲間ぐらい。しかし、恋愛は一党の崩壊を招くこともあるため、リスクが高い。それでも、何もせずに機会を逃すなど避けねばならない。
「だからだな。私もあいつの気を引くために色々と考えてるんだ」
「それって重戦士さんのことでしょうか?」
「ああ、奴だな」
「……うん」
顔を再び赤らめながら、女騎士が肯定する。事情を察し、お針子は考える。お針子は、只人の恋愛には疎い。
「そういうことには疎いんですが、鎧を着るのは違うと思います」
「そうなのか?」
「そうですよ。鎧は、戦いに出る者が着るものです」
「同感だな。そもそも、お前は普段から鎧だ。奇襲するなら手を変えるべきだ。平服を着ろ」
「良いですね。オイラもそれに賛成です」
「平服を……わ、わかった。すまん、変なことを聞いて」
「構わん。同業者だろう」
「困った時は、お互いさまです」
「……お前たちは変わり者だが、やはり悪い奴じゃないな」
女騎士は穏やかな笑顔を浮かべて、立ち去っていく。あの笑顔を、重戦士に向けるだけで気を引けそうなものなのに。きっと、そんな単純な問題ではないのだろう。
女騎士を見送り、振り返ると工房の老爺が笑いながら待っていた。
丁稚がお針子に渡す木箱を持って戻って来ると、直ぐにゴブリンスレイヤーの注文を取りに行かせる。お針子とゴブリンスレイヤーは、軽い雑談をしながら受け取った品物を丁寧に確認していく。
「しっかし、お針子を初めて見た時は長続きしないと思っていたが、思いのほか馴染んでいて驚きだな」
「そうでしょうか?」
お針子は荷物から貨幣を取り出し、老爺に手渡す。
「そうさ。そっちの奴は馴染むまで5年かかったって言うのに、大した奴だよ」
老爺はゴブリンスレイヤーを指差して笑い、ゴブリンスレイヤーは何も言わずに貨幣を取り出す。代金の支払いを終えると、老爺が南洋式の投げナイフを紹介してきた。ゴブリンスレイヤーが投げナイフを観察している間、老爺がお針子に話しかける。
「そういや、お前さんの王は投擲武器を扱うのか?」
「はい、スローイングダガーとかククリとか」
「ククリか。仕入れたら買うか?」
「買わん。ククリはゴブリンに奪われると厄介だ」
「お前さん、そればっかりだな」
「他にも、毒を入れた壺とか扇投暗器とかも使っていましたよ」
「扇投暗器?そいつはどんなものだ?」
扇投暗器は、5本の投擲用の刃を一つに纏めたものだ。お針子が扇投暗器の説明をすると、ゴブリンスレイヤーが興味を持つ。
「牽制に使えそうだな。ゴブリンに奪われても、束ねなければ大して脅威にならない。ここで作れるか?」
「できなくはない。しかし、再現するには時間がかかるぞ。実物があれば話は別なんだが」
「残念ながら、実物は持っていません」
「そうか」
ゴブリンスレイヤーは南洋式の投げナイフを購入して、武具店をあとにした。顔は見えないが、少し残念そうに見えたのは気のせいじゃないだろう。
「お針子、お前さんは何か欲しい物はあるか?」
「今はありませんが、お金を貯めたら知力強化の指輪を買おうと思ってます」
「なるほどな。仕入れたら教えてやる」
「ありがとうございます。では、失礼します」
お針子は荷物を持って武具店を出て、地母神の神殿へ向かう。神殿の中に入ると、葡萄尼僧が待っていた。
「お疲れ様。悪いわね、針仕事以外も手伝ってもらって」
「いえ、お安い御用です」
葡萄尼僧と話していると、女神官が奥からやって来た。少し汗ばんでいることから、どうやら舞の練習をしていたようだ。
「こんにちは、お針子さん。私の衣装を仕立ててくれるそうで、ありがとうございます」
「完成まで少し時間がかかりますが、頑張ります」
「はい、楽しみにしています」
その後、お針子は忙しくも充実した日々を過ごし、遂に衣装を完成させた。完成した衣装を見ながら、女神官と葡萄尼僧、神官長がお礼を言う。
「お針子さん、ありがとうございます」
「話はこの子から聞いてたけど、想像以上の腕前ですね」
「いえ、母さまに比べたらまだまだです。もっと精進しないと」
「それなら、本格的に針仕事を請け負ったらどうかしら?腕を上げるためにもそうするべきだと思うけど」
葡萄尼僧の提案に、お針子は悩む。正直、悪くないと思う。お針子としても、ここで針仕事をするのはとても充実していて楽しかった。けれど、王のお針子としての自負も捨てがたい。葛藤する思いを抱えながら、必死に考える。
「…………そうですね。王と再会してお許しが出たら、針仕事を請け負いたいと思います」
「そこは譲れないのね」
「はい、そこは絶対に譲れません」
お針子がはっきりと返事をすると、神官長が笑いながら話かけてくる。
「あなたの王様は果報者ね。あなたのような人が仕えていて」
「そんな、オイラなんか……」
「謙遜する必要はありませんよ。あなたは素晴らしい人です。もっと自信を持って良いのですよ」
神官長の褒め言葉に、お針子は少し恥ずかしがる。王との出会いがあったとはいえ、ここまで褒められることには慣れていない。照れ隠しに手早く道具を片付けて、神殿を出る。牧場に戻ろうとしたところで、女神官が話しかけてきた。
「お針子さん、改めてありがとうございました。それとこの事は──」
「大丈夫です。ゴブリンスレイヤーさんには秘密にしておきます」
「はい、お願いしますね」
お針子は、振り返り地母神の神殿を見る。神官長も葡萄尼僧も素晴らしい人達であった。
「お針子さん、収穫祭を楽しみにしていてください」
「え?」
「お針子さんの頑張りに答えられるよう、私もいっぱい練習しますから!」
女神官は明るい笑顔で挨拶をし、神殿へ入っていく。お針子は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。収穫祭の日をどう過ごすのか、まだ決めていないのに。行かない可能性だってあるのに。
でも、これも何かの縁なのだろう。歩き出したところで、心に決めた。
収穫祭には必ず行こう。女神官の舞も必ず見よう。
牧場へ帰る途中、歩きながら街を見渡す。あちこちから聞こえる屋台を組み立てる音、目に映る様々な色の吊るされた旗、街中が祭りの準備で大忙しだ。
奇矯騎士も、この光景が見たかったであろうに。彼が嘆いた祝詞とは、どのようなものだったのだろうか。少し怖いが、明日になればはっきりする。
ふと、屋台の側に座る少年が目に入り立ち止まる。天灯の準備をしているようだ。聞いた話によれば、天に浮かぶ提灯を魂の道標とするらしい。魂が無事、天へ帰れるように。
星まで届く訳ではないが、夜空に浮かぶ天灯は見応えがあるだろう。お針子にとって、収穫祭の中で1番の楽しみである。
(………?)
少年を見ていたら、香ばしい匂いがしてきた。この匂いは覚えがある。少年の側にある屋台からだ。気になって屋台の裏に行くと、夫婦が何かを茹でていた。茹で上がったものを味見して、夫婦は笑顔を浮かべる。
「やったぞ。ようやくあの味に届いた」
「苦労した甲斐があったわね。……あら、誰かしら?」
「あぁ、すいません。良い匂いがしたものですから」
お針子は、夫婦が食べていたものを見て確信する。王が好きなものの一つ、覚えがあって当然だ。
「ゆでエビですか。美味しそうですね」
お針子の言葉を聞いて、夫婦が目を見開く。
「お前さん、どうしてこれをエビと言ったんだい?」
「え?」
「だってこれ、どう見てもザリガニじゃないか」
夫婦の言葉に、お針子はハッとする。夫婦の足元にある箱には、まだ生きている食材が鋏を振り上げている。そうだ、これはザリガニだった。
「すみません。知り合いがザリガニをエビと呼んでいたものですから」
お針子の言葉に夫婦が顔を合わせる。そして、少し興奮気味に話しかけてくる。
「その知り合いって、ひょっとして鉄仮面の大男だったりするかい?」
「え?は、はい。その通りです」
「ああ、やっぱり。こんな所で、あの人の知り合いに会えるとは……これも地母神様のお導きかねぇ」
夫婦はお針子の返事を聞いて、嬉しそうに体を震わせる。すると、今度は背後から声がした。
「あの人のこと知ってるの?」
振り向くと、天灯を作っていた少年がいた。どうやら彼らは、王の好物を作っていた人物を知っているらしい。
「ええ、知っています。いつもエビ……ザリガニや蟹を茹でている人です。以前お会いした時は、ゆでカニをいただきました。あの人は、お元気ですか?」
お針子の質問に、少年の表情が暗くなり俯いてしまう。そして、顔を俯かせたまま言葉を紡いだ。
「僕ね。あの人のために天灯を作っていたんだ」