狭間の地から四方世界へ   作:段々畑

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お久しぶりです。
気が付けば一ヶ月経っていました。


感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。


収穫祭ーお針子、褪せ人

 ああ、今宵も月と星が美しい

 星の世紀は今日も健在です

 

 私の不安は、やはり杞憂であったようですな

 

 異界へと旅立ったお針子は元気でしょうか?

 どうか息災でいて欲しいものです

 

 あの御仁は私を信頼して

 あの子を私に預けて下さった

 なのに、疑いを抱いてしまうとは

 

 流星を見た程度で不安になり疑いを抱くなど

 

 全く、この教会をお預かりしている者として

 何と情けないことでしょう

 

 ああ、御仁よ

 どうかお許しください

 

 私は結びが反故されたときに

 起きたことを全て見てきました

 

 故に結びが再び反故されることが

 何よりも恐ろしいのです

 

 だから……

 異界に旅立つあの子に確かめて欲しいと

 頼んでしまいました

 

 あの子は御仁を全く疑っていなかったのに

 

 せめてのお詫びとして、

 あの子が無事に出会えること祈りましょう

 

 ……いえ、これも余計なお世話かもしれませんね

 

 例え、どれだけ離れていようとも

 あの子と御仁の絆は確かなものなのですから

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「フンッ!」

 

 フランベルジュを呪物に突き刺して燃やす。こうした品は物によっては簡単に破壊できないが、今回は呆気なく破壊できた。

 呪物を破壊した奇矯騎士は、周囲を確認する。足元には女性の冒険者たちの死体と、奇矯騎士が倒した闇人の死体があった。

 

 奇矯騎士が辿り着いた時には、冒険者たちは既に闇人に殺されていた。冒険者の仲間と思ったのか、闇人は奇矯騎士が話しかける前に襲いかかって来たので、やむを得ず返り討ちにしたのだった。

 

 死んだ彼女たちは、きっと神々に愛されていた。だからこそ、彼女たちの愛する者が病に侵された時、冒険が用意された。そして、何も果たせず全滅という形で冒険は終わったのだ。

 

「何とも救いのない話じゃ」

 

 ここで起きたことは、神の振るう賽の目の結果によるもの。奇矯騎士には、闇人に殺された冒険者たちが神々の被害者にしか見えなかった。文字通り、神の戯れの被害者に。

 神々に愛された者は、望む望まぬ関係なく冒険に巻き込まれる。神々は、自由意志を尊重しているようで、選びようがない選択肢を冒険者たちに迫る。これでは、導きにより狭間の地に送られた褪人たちと大差無い。

 

「二本指と黄金樹は、とっくの昔に狂い果てていた。この世界の神々も例外では無かったということか」

 

 奇矯騎士は、死地を求めてこの世界へ来た。己を縛る約束や思いが果たされた今、残る望みは華々しく終わること。願わくば、星を砕いた英雄と同じく戦士として名誉ある死を。

 しかし、神々が用意した冒険の果てで死にたくは無い。それは、己の求める戦士の終わりではない。己の本分を忘れ、ただ自分達の作った遊びに興じる神々の駒として終わりたくは無い。

 

「……もっとも神々が賽を振る日々ももうすぐ終わるがな。戦いに疲れ果て、己の本分を忘れ遊戯に狂った者たちに、これから起きることを止めることなど不可能であろう。せいぜい、指を咥えて見てるのが精一杯じゃな」

 

 先日の夜のことだ。星見を行った際、王が異変の全容を明らかにしたことを星々から教わった。そして、これから起きるであろう災難についても。

 この世界の者たちが、災難に立ち向かうことは難しい。例え勇者でも、生き残るのが精々だ。多くの者が、為す術も無く終わりを迎える。

 

「被害を食い止める方法はただ一つ。それには、王の力が不可欠であろう。だが、王が手を貸すかどうか……」

 

 異変の全容には、暗月の女王も驚き恐怖したことだろう。それは王に最も関わって欲しくないことだったから。関わってしまえば、暗月の女王が最も恐れていることが起きる可能性があるのだから。

 今頃、暗月の女王は帰還するよう王を説得していることだろう。

 

 もし、王が暗月の女王の説得を払い除け手を貸す可能性があるとすれば、それはきっと……

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 目を凝らして遠くを見れば花火が見える。耳を澄ませば楽団の賑やかな音楽が聴こえてくる。牧場からでも、収穫祭の活気がはっきりと伝わってくる。ここまでの活気に触れるのは水の街以来だ。

 お針子が祭りの活気に圧倒されていると、牧場の家から牛飼娘が出て来た。

 

「おはようございます。素敵な衣装ですね」

「うん、おはよう。……似合ってるかな?」

 

 牛飼娘は、いつもの作業着とはまるで違う、鮮やかで素敵な刺繍が施されたドレスに身を包んでいた。先日の女騎士の時も思ったが、やはり着る服で印象は大きく変わるものだ。聞けば、牛飼娘の母親が着ていたものらしい。ドレスには染みもシワも無く、大切に保管されていたのがわかる。

 

「とてもお似合いですよ。ゴブリンスレイヤーさんも、そう思いますよね?」

「ああ、そうだな」

「本当?えへへ」

 

 ゴブリンスレイヤーの感想を聞いて、牛飼娘は少し恥ずかしそうに照れる。そして、先陣を切って進もうとする彼の手を握り、顔を真っ赤にしながら収穫祭へと向かって行った。お針子も一緒に行くつもりであったが、二人の邪魔をするのは野暮であろう。

 祭りの日に心が踊るのは、牛飼娘も例外では無い。願くば、ゴブリンスレイヤーも少しは心を躍らせて欲しいものだ。

 

 お針子は二人が見えなくなった後、牧場主へ挨拶を済ませて収穫祭に向かった。

 

 

 

「牧場で作られたベーコンはいかが?ジャガイモも付いてるよ!」

「スモモのブランデーをお試しあれ!舌も蕩ける甘さだよ!」

「ゆでエビはいかが?材料はザリガニだけど絶品だよ!騙されたと思って食べてみな!」

 

 街に入るとあらゆる音と声が、お針子を取り囲んだ。ラッパ、太鼓、笛など楽器の音色、行き交う人々の足音。出店の主が客を引く為に声を張り上げ、大道芸人が歌いながら踊り、そこら中から笑い声がする。

 祭りを初めて経験するお針子にとって、その賑わいは全てが新鮮であった。

 

 一先ず、あの親子に挨拶をするついでにゆでエビを購入する。ゆでカニは食べてしまったから、王へ渡す分も含めて多めに購入した。

 お針子のお目当ては日が沈んだ後の行事だ。それまで、祭りを見ながら適当に時間を潰さなければならない。

 

「おや?」

 

 前方の人だかりを見ると、知り合いの冒険者たちが集まっていた。少年斥候と圃人の少女巫術師、その横には新米戦士と見習聖女、貴族令嬢の一党もいる。更に、ゴブリンスレイヤーと牛飼娘までいた。

 場所は酒場の入口。どうやら蛙の像の口へ銀玉を入れる遊びをしているらしい。

 

「十玉銅貨一枚!一玉でエール一杯!子供にはレモネードだよ!」

(……ああ、なるほど)

 

 ようは少年斥候と新米戦士が玉入れに挑戦したものの上手くいかず、ゴブリンスレイヤーに手助けを頼んだのだろう。お針子は、酒場の亭主に同情した。お針子の知る限り、この辺境の街の冒険者でゴブリンスレイヤーより投擲が上手い者はいない。

 ゴブリンスレイヤーは銀玉を受け取ると、次々と像の口へ投げ入れる。

 

「旦那ァ、ちっとは手加減してくださいや」

 

 周囲から小さな歓声と拍手が上がり、亭主が笑いながら愚痴る。少年たちはゴブリンスレイヤーにアドバイスを求めるが、練習しろと一刀両断され再び挑戦し始める。

 そんな少年たちの側で、牛飼娘はゴブリンスレイヤーに話しかけポケットから指輪を取り出した。そして、指輪をゴブリンスレイヤーに渡すと右手の薬指にはめてもらう。それを見ていたお針子は、心の中で祝福を送る。

 

(牛飼娘さん、ゴブリンスレイヤーさん、おめでとうございます)

 

 お針子は二人が契りを交わしたのだと勘違いしていた。王が契りを交わした際、暗月の女王の右手に指輪を送ったことが原因であった。通常、永遠の愛を意味するのは左手の薬指であるのだが。

 実際、牛飼娘は左手の薬指にはめて欲しかった。しかし、恥ずかしくて右手にしてもらったのだ。

 

 牛飼娘は嬉しそうに指輪を太陽に掲げると、再びゴブリンスレイヤーの手を取り二人で歩いて行った。

 

 二人が立ち去ったところでお針子は酒場の前に行き、冒険者たちに挨拶をする。

 

「皆さん、こんにちは。素晴らしい日ですね」

「あら、お針子じゃないの」

 

 お針子の挨拶を聞き、女魔術師が振り返る。そして、いつもより嬉しそうな様子に気づく。

 

「どうしたのよ?お祭りとはいえ、随分ご機嫌ね」

「はい!つい先ほどゴブリンスレイヤーと牛飼娘さんが契りを交わしたのを見たものですから」

「え!どういうこと!?」

 

 お針子の言葉に、女魔術師だけでなく他の女性陣も興味津々という具合に体を乗り出す。玉入れをしていた少年斥候と新米戦士も、お針子の言葉に思わず振り向く。

 

「残念ながら、あれはそういう意味じゃないわよ」

「え?違うのですか?」

 

 お針子が言葉を続けようとしたところで、酒場から妖精弓手が現れる。彼女は酒場の中で、ゴブリンスレイヤーたちの様子を観察していた。そしてゴブリンスレイヤーたちが去った後、お針子がとんでも無い事を口にしたので慌てて止めに入ったのであった。

 

「指輪をはめたのは右手だったでしょ?契りなら左手のはずよ」

「そうなのですか?残念です……」

 

 妖精弓手の言葉に、お針子は落胆する。

 

「しかし、おかしいですね。我が王は、あのお方の右手に指輪を送ったと聞いたんですけど……」

「それって、プロポーズの話?」

「プロポーズと言いますか、我が王があのお方の王になった時の話です」

「ふぅん……」

 

 妖精弓手がちょうどいいとばかりに笑みを浮かべる。

 

「ややこしいこと言った罰よ。その話、詳しく教えなさい」

 

 そう言うと、お針子の返事も待たずに酒場の中へ誘導する。他の冒険者たちも、興味を示して酒場の中へ入っていく。

 貴族令嬢と女魔術師は少し渋っていたが、圃人の野伏が「じゃあ、私だけでも聞いてこよー」と言うと、その肩を掴んで「聞かないとは言っていない」と言って酒場の中へ入った。

 酒場の中には蜥蜴僧侶と鉱人道士もいて、お針子は大勢の知り合いに王と指輪の話をすることになる。お針子の話は他の酒場の客も惹きつけ、話し終えると拍手が巻き起こるのであった。

 

 

 

───お針子の話(フィルター付)───

 

 

 

 王になる使命を背負った旅人は、教会にて美しき姫君と出会った。旅人が姫君に話しかけると、姫君は旅人へ贈り物を渡して消え去ってしまった。

 

 二人はとある塔の中で再会することになる。旅人は姫君のため秘宝を求めることになり、その道中で星を砕いた英雄を打ち破る。そして、地下に隠された都市で秘宝を見つけ出すのであった。しかし旅人が秘宝を姫君に渡すと、姫君は塔から旅立ってしまうのであった。

 

 旅人が姫君の後を追うと、姫君は洞窟の中で小さく弱り果てた姿となっていた。旅人が姫君に話しかけるが、姫君は反応を返さない。旅人は、辛抱強く姫君に話しかけ続けた。すると、姫君は観念して旅人へ再び頼み事をする。己を呪う、災いの影を払って欲しいと。

 旅人は姫君と共に古代の都市を抜け、その先にて姫君を呪う災いの影を打ち破る。呪いが解けると再び姫君は旅人のもとを去る。王家の紋章が入った鍵を、その手の中へ残して。

 

 旅人は魔術師の住処で、その鍵と合う宝箱を見つけた。その宝箱には、姫君の伴侶へと送られるはずだった指輪があった。奇妙なことに指輪には忠告が書かれていた。

 

 姫君は孤独を歩む、何者もこれを持ち出すな。

 

 旅人はあえて忠告を無視し、姫君を探すことにした。おぞましい腐敗にまみれた地下湖を抜け、その先に待ち構えていた暗黒の落とし子を打ち破る。傷つきながらも、旅人は歩みを止めない。そして、輝く石の竜を倒した末に姫君を見つけ出すのであった。

 

 姫君は寝ているのか、何も語らず身動きもしなかった。旅人は姫君の手を取り、指輪を姫君の指にはめる。気が付けば、王家に伝わる魔剣が旅人の手に握られていた。それは、契りが交わされた証。

 目覚めた姫君は旅人に語る。

 

 あなたこそ私の王だった。あなたが王で良かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 酒場での語らいは予想以上に長いものとなった。語らいが終わる頃には、もう日は沈みかけていた。女神官の晴れ舞台を見逃さないよう早足で広場へ向かうと、天灯を飛ばす準備をする人たちで溢れていた。ゆでエビを売っていた親子もおり、少年がお手製の天灯に火を灯していた。

 

 赤い夕暮れの光が消え、空が星に満たされる。街は闇に沈み、冷たい風が吹き付ける。

 

 一人が天灯から手を放して飛ばすと、次々と天灯が空へ向かっていった。あの親子の方を見ると、無事に飛ばすことができた天灯に向かって少年が手を振っていた。天灯は死者の魂を導くもの。天灯に向かって手を振る少年の様子は、自分たちを救ってくれた恩人に別れを告げているようでもあった。

 

 お針子が天灯に目を奪われ空を見上げていると、奇麗な鈴の音が広場に響いた。

 

(いよいよですね)

 

 この収穫祭の最大の行事にして、慈悲深き地母神へ捧げられる神楽。その踊り手は、自分の良く知る女神官。着ている白い衣装は、お針子が作成したもの。

 女神官は両手で長大なフレイルを振るいながら、祝詞を口にする。奇矯騎士が嘆いた祝詞を。

 

(……これは)

 

 鈴の音と共に聞こえてくる祝詞。それは確かに素晴らしいものであった。しかし、同時に抗うことを諦めているようにも聞こえた。

 奇矯騎士が真に嘆いたのは、神々の在り方よりも抗う者がいないことであったのかもしれない。お針子も前々から疑問に思っていたのだ。

 

『神様、どうか骰子を振らないで下さい』と、何故誰も口にしないのだろうと。

 

 彼らは知っている。神々が骰子を振るうことを。悲劇も喜劇も骰の目次第であることを。彼らはそれを、神々の正しき姿であると思っている。それは世界を真に支配するものが、神々などではなく骰子であることを示しているのに。歪と矛盾に溢れた信仰を、誰もが当然のごとく受け入れている。

 その在り方が真に正しき姿であるというのなら、冒険者も武器を持たず骰子を持ち歩けば良い。怪物と出会ったなら、互いに骰子を振って勝敗を決めれば良い。出目が悪かった方が自ら命を落として、出目の良かった方が生き残れば良い。

 

(……あり得ませんね。絶対に)

 

 祝詞を最後まで聞き届けたお針子は、誰にも挨拶することなく静かに広場を後にした。

 

 

 

──────────

 

 

 

 気が付けば、街を離れて牧場のすぐ側まで来ていた。周囲は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 お針子は、足を止めて今日の出来事を振り返る。悪くない一日であった。祭りは初めてで驚きに溢れていたし、酒場で王のことを語るのは楽しかった。天灯が夜空に向かっていく様子も、新しい星が生まれる様子を見るようで素晴らしかった。それなのに心は晴れず、気分が落ち込んでしまう。

 

(今日はもう寝ますか……)

 

 そう思い歩みだしたとき、茂みから物音が聞こえてきた。お針子が物音の方を振り向くと、何かが飛んできて肩に突き刺さった。

 

「グッ……ゥゥ......」

 

 意識が朦朧とし、身体が傾いて倒れる。肩に刺さった物の正体は、毒が塗られた手投矢であった。ぼやけた視界で茂みから現れた襲撃者を懸命に見るが、その姿にお針子は見覚えがなかった。

 

「だ、誰ですか?」

「お前と良く組んでいる雑魚狩り野郎の被害者さ」

 

 雑魚狩り?ひょっとしてゴブリンスレイヤーの事であろうか。もしそうだとしたら、被害者とはどういう意味だ?

 

「あいつのせいで冒険ができなくなってよ。しょうがねぇから、街をこっそり出て仕掛け人になろうと思ったんだが」

 

 襲撃者はその顔に笑みを浮かべながら、お針子に近づく。

 

「けれどよ、街を出るにも仕掛け人になるにも先立つものが必要だろ?どうしようかと考えた時、思い出したんだよ。雑魚狩り野郎の仲間に、弱そうなくせに立派な杖を持っている奴がいたって」

 

 襲撃者がお針子の腹を蹴り上げる。その鈍い痛みに耐え切れず、お針子は杖を手放してしまう。襲撃者は地面に落ちた杖を拾い上げると、舐め回すように観察する。

 

「思った通り、雑魚には勿体ない代物だな。この杖は、俺が代わりに有効活用してやるよ。あと必要なのは口封じだが、その前に憂さ晴らしでもしていくか」

 

 そう言うと、襲撃者は短剣を取り出す。襲撃者はお針子の腕を掴むと、その指の根元に切っ先を向ける。お針子は懸命に抗おうとするが、毒のせいで声を出すこともできない。襲撃者が、短剣を高く振り上げて──

 

 ドスッっと背中に強い衝撃が走った。痛みだけでなく凍える寒さが身体を包み、身動きが取れなくなる。

 

(な、何が?痛い、いや寒い!火、誰か火を!)

 

 手に入れた杖を何者かに奪われると、横腹を強く蹴られる。体が宙に浮き、道の端まで転がる。

 

(だ、誰だ?雑魚狩り野郎か?)

 

 強張る身体を何とか動かして、蹴り上げた者を見る。そこにいたのは、ゴブリンスレイヤーではなかった。革鎧とは比べ物にならない、銀の鎧を身に着けた騎士のような者であった。一目で立ち向かってはならないと分かる者の出現に、襲撃者はパニックに陥る。

 

(し、知らない!こんな奴、知らないぞ!)

 

 騎士のような者は、襲撃者とお針子の間に立つ。まるで、お針子を守ろうとするかのように。その様子から、ある噂を思い出す。お針子が探している、王と呼ばれる者の話を。襲撃者は漸く、自分のしたことを後悔し始めた。

 

 褪せ人は沸き上がる怒りを抑えきれなかった。聖樹で勇者たちと再会した際、彼女たちから話を聞かなかったらどうなっていたことか。

 

『あなたの事は、大司教が冒険者から聞き出したの。西方辺境で活動してる冒険者で、たしか名前は──』

 

 褪せ人はその手に神狩りの聖印を取り出すと、燃え盛る黒い炎を作り出す。

 

「ま、待ってくれ。あんたの配下にさせてくれよ。そこにいる奴より俺の方が絶対役に立つから、な?」

 

 ガチガチと奥歯を震わせながら、襲撃者は必死に命ごいをする。だが、黒い炎は勢いを増すばかりであった。まるで、褪せ人の怒りがより強まったことを示すかのように。

 

 ……ああ、あいつが良いことを言っていたな

 

 褪せ人は黒い炎を最大限にタメると、容赦なく襲撃者に向ける。襲撃者は必死に何か喋っているが、その言葉を耳に入れる気など毛ほどもない。

 

 卑しい盗人には、天罰が必要だ

 

 黒く重たい炎は、襲撃者の何もかもを焼き尽くしていく。装備、体毛、血肉、そして骨すらも。放たれた黒い炎が消え去る頃には、元が何かもわからない黒ずみしか地面に残らなかった。

 

 

 

──────────

 

 

 

「それでですね、司祭様ったら酷いんですよ。王が地上に降り立っただけで、結びが反故にされたんじゃないかって嘆くんですから」

 

 お針子の話を聞いて、褪せ人は暗月の大剣を右手に持ち胸の前に掲げる。狭間の地に伝わる、剣に誓いを捧げる所作だ。その意味を、お針子は良く知っている。

 街からも牧場からも離れた丘の上で、二人は互いに己の身に起きたことを語り合っていた。収穫祭で購入した、ゆでエビを頬張りながら。先ほどの襲撃者のことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

「しかし……まさか、そんなことが起きていたなんて……」

 

 一頻り語り合った後、お針子は呟いた。褪せ人から聞かされた異変の全容に、お針子は驚きを隠せなかった。同時に、これから起きることに嘆いてしまう。しばらくの間に沈黙が流れた後、お針子は口を開いた。

 

「王よ、お願いです。どうか、どうか、この世界の人たちを救ってくれませんか?」

 

 お針子は言葉を震わせながら、必死に言葉を紡ぐ。その様子を褪せ人は、静かに見つめる。

 

「この世界は狭間の地と同様に、神々によって呪われているのかもしれません。それでも、彼らは懸命に生きています。神々が用意した冒険を乗り越えて、生を繋いでいるんです。例えそれが、骰子の出目による結果であっても。ですから、ですから、どうか……彼らを救ってください。どれだけ困難が待ち受けていようとも、あの街に住む人達に死んで欲しくないのです」

 

 お針子は言葉から、褪せ人はある人物の言葉を思い出す。己が王になるため、火種となった少女の言葉を。

 

『この世界がいかに壊れ、苦痛と絶望があろうとも。生があること、生まれることは…きっと、素晴らしい。だから貴方に、王を目指す貴方に、それだけは否定して欲しくない』

 

 お針子の頭を撫でると、褪せ人は立ち上がり指笛を吹く。そして霊馬と共に再び駆け出して行く。その姿を見えなくなるまで、お針子は見つめていた。

 

「我が王よ、感謝致します」

 

 

 

──────────

 

 

 

 ……王よ、分かっているのか

 この世界を悲劇から救う方法は一つだけだ

 それは奴に手を貸すという事だ

 

 ああ、分かっている

 今この世界を見捨てるのは、あいつと同じだ

 母を捨てた、あの男と

 

 だがな、私は恐ろしいのだ

 もし、万が一のことがあったら私はきっと……

 母と同じように壊れてしまうだろう

 

 ……そうか

 その言葉、どうか忘れないでくれ

 

 ならば私も……覚悟を決めるとしよう




 右手の薬指に指輪を送った理由ですが、魂と人形が鏡写しになっているからと個人的に考えています。その場合、人形の右手が本体である魂の左手になるので。
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